食物連鎖
人類における食物連鎖の頂点とは。
裏野ドリームランドって知ってる?と彼女から尋ねられたのは確か去年のちょうど今頃、真夏の暑い日だった。彼女とは長い付き合いだったような気がするが、あんなオカルティックな話を1度もしたことがなかったので少なからず衝撃を受けたことを覚えている。
「裏野ドリームランド?……いや、聞いたことないな」
聞いたことがない、というのは事実であった。名称から察するにテーマパーク辺りだろうとは思っていたが、裏野ドリームランド。裏野夢の国。裏の夢の国とは、なかなかどうして夢が見られなさそうな名前である。見られたとしても悪夢くらいだろう。きっと客足は遠のいているに違いない。
「ふーん……まあ君友達少ないから仕方ないか、結構有名だと思ってたんだけどなぁ」
透明感のある笑顔をこちらに向けたまま煽ってくる。一言余計である。友人なぞ最小限いれば充分なのだ。
「で?僕の交友関係の狭さは今に始まったことじゃないんだけど、わざわざそれを確かめに来たのかいお前は。なんという時間の無駄遣いだ。暖簾と相撲をとっていた方がまだマシなんじゃあないか?」
「そんな無駄なことして何になるんだ、君と会話していた方が何倍も有益さ。でだ、その裏野ドリームランドというのは閉園した遊園地なんだが、本当に聞き覚えはないかい?」
客足は遠のいているどころか途絶えてしまっていた。やはりネーミングセンスが無かったのが原因であろう。支配人は何を考えていたんだ。
「何度聞かれても全く聞き覚えはないね。一体なんなんだい、その遊園地は。お前に廃墟趣味なんてあった覚えないけど」
廃墟探検に行きたい、とか言い出すんじゃないだろうなこの娘。
「そうかい……それは残念だ。で、本題なんだけど、一緒に探検しに行かね?」
「絶対嫌だ」
本当に言い出しやがった。
なんでわざわざクソ暑い中危険を冒してまでそんなところに行かなければいけないのか。
「まあ待て、理由くらい聞いてくれたっていいじゃないか」
「どうせくだらない理由だろ?第一、廃墟なんて危険極まりない。世界で何より怖いのは人間だ。廃墟に人が住み込んでた、なんて話いくらでもある」
そしてそういった人間は何をしでかすかわからない。
「まあまあ、そこには人間なんて住んでいるはずがない。いるのはもーっと怖いモノさ」
「なんだって?」
その遊園地にはナニカがいる。彼女はそう言ってのけた。
そんな話があってから数日後。僕らは山の中にいた。ミーンミーンとセミの合唱がうるさいくらいに響き渡っている。
あの後非常に興味深い話をされ、その遊園地に行くことになった。行くことになってしまった。今となっては不思議である。初めは全く行く気なんてなかったのに、彼女の話術の賜物であろうか。
「なにぼーっとしてんのさ、転んじゃうぞ」
相も変わらずニコニコとしながら何かほざいてる。誰のせいでここにいるのだと思ってるのだろうか。めちゃくちゃ暑い。ポタポタと汗が滴り落ちている。歩いてればすぐに着く、と言われていたがその前に倒れてしまいそうだ。
「いや、一体どうしてこんな所に来るハメになってしまったんだろうと熟考してただけさ。来る気なんてなかったのにね」
「んー、どうしてだろうね?
そんな事より!楽しみだね、『ミラーハウス』」
涼しい顔をしてしらばっくれやがった。しまいには殴るぞ。
「『ミラーハウス』か……」
ミラーハウス。鏡の家。僕が不覚にも興味を持ってしまった原因である。
話によると、その家から出る前と出る後で性格が全く変わってしまう、文字通り鏡写しのようになってしまった人がいるらしい。よくありそうな噂である。
自分の身近であるとは思ってもいなかったが。
「でね、そのミラーハウスにはナニカがいるんじゃないかって学校で噂になっててさ、ちょっと気になっちゃって」
とか何とか言われてノコノコついてきてしまったのである。
「全く……1人で行ってその煩わしい性格が少しでも大人しくなれば良かったのに」
「イヤだなあ、私をなんだと思っているんだい君は。そんな簡単にこの性格が変わるわけないだろう?」
「自覚あるなら治せや」
大方その噂だって誰かが遊園地に入られたくないから流した噂であろう。そもそも廃園になったからと言って不法侵入には変わりないのだ。もしかしたら警察あたりが流していたりして。
「その考えは違うと思うなぁ、だって噂なんて流しちゃったら興味持たれちゃうでしょ?むしろ来て欲しいから噂を流す、寂れて廃れた只の遊園地にミラーハウスというトッピングを加えることで食べられる人が増えたんだよ」
「あっそ……」
……急に真面目になったのは兎も角、何より考えていた事を当然の如く読まれ否定されたことに驚いている。
実はエスパーだったのかこいつ。
「エスパーなのかこいつって顔をしてるね?そんなんじゃないさ、ちょっと付き合いが長ければ君の考えてる事なんてすぐわかるよ」
「ナニカなんかよりお前の方がずっと怖いわ」
こいつとは高校に入ってからの仲であったはずなのでそんなに長い付き合いじゃないと思うのだが……
「ほら、話している間にもう着くよ、あれが裏野ドリームランドだ」
そう言われて前方を見る。そこにあったのは、確かに遊園地にと言われれば遊園地であっただろうモノ。ほとんどの建物が崩れかけ、原型がわかるのはどこの遊園地にもあるジェットコースター、メリーゴーランド、観覧車、そして『ミラーハウス』らしきモノ。
きっと以前はそこそこ賑わってたであろうに、今では夢の国というより夢の跡地。沢山の夢があったであろうそこもただの薄気味悪い残骸と化していた。
「ふーん、これがか。何だか気味が悪いな」
気が付けばあれほど出ていた汗はすっかり引いてしまっていた。周辺の温度が明らかに下がっている気がする。あれほど煩く聞こえていたセミの音も聞こえない。
「昔は結構栄えてたんだけどね……今じゃこの有様だよ、ほらあっちの方に城まであるんだぜ」
確かに遠くの方に城らしきものも見える。ただ半分以上崩れていて華やかな様子はない。
「というかお前ここについてだいぶ詳しいな」
詳しいというか詳し過ぎる。
「君なんかより交友関係は広い自信はあるからね、入ってくる情報も断然多いに決まっているだろ?」
「ふーん、そんなもんか」
「そんなもんだよ」
なんとなく納得いかなかったが大したことでもなかったので気にしないことにした。ミラーハウスを早く見に行って帰ろうという気持ちの方が大きかった。
「さて、君も気になっているだろうし、とっとと中に行ってみようか」
「気になってる訳じゃなくて早く帰りたいだけだっつーの」
少し嘘をついた。早く帰りたいというのは確かだったが、僕の中ではミラーハウスへの興味がこの前より増大していた。実際現場に来たからだろうか。早くミラーハウスを見に行きたい。
看板が取れかかっていた入口を抜けると、中もなかなかにひどい有様だった。右を見ると荒れ果てた売店。テーブルや椅子が我楽多のように転がっていた。窓ガラスは割れてそこら中に散らばっている。
「結構荒れてるな、サンダルで来なくてよかった」
前には噴水が置いてあったのだろう、少し水の腐ったようなツーンとした匂いがする。ツタか何かが石に巻きついていてこれ以上噴水として機能させないようにしてるようにも見える。
人間の気配はどこにもなく、危惧していた生きている人に襲われる、などということは起きないだろう。多分。
「ほら、だから言ったでしょ?人っ子1人いない。これで存分にミラーハウスを楽しめるよね」
なんて言いながら勝手に先に行ってしまう。
「あ、おい待て待て、そこにある案内板見てから行こうぜ」
いくら外からは何となく場所がわかったって、遊園地は迷路のようなものだ。道が入り組んでいてどこがどこに繋がっているか検討がつかない。だから子どもたちは迷子になるのだ。廃墟なんかで迷子になったらシャレにならない。迷子センターだってないのだ。
案内板の方を見ようとするが、廃棄されてからかなりの年月が経っていたのか文字がかすれて読めない。これだと迷ってしまうではないか。
「そんな読めない地図見ても意味無いよ。こっちだよ、こっち」
まるで元から道を知ってたかのように迷いなく進んでいく。
慌ててついていくとすぐに『ミラーハウス』と書いてある看板が見えてきた。ミラーハウスとしっかりと読めてしまった。違和感。妙に新しい。いや新しいというよりは周りと比べて全く廃れていない。ここだけまだ営業を続けているじゃないかと思えるほどに。
「やっと着いたね、ここがミラーハウスさ。入った人の性格がコロッと変わってしまうという噂の、ね」
「案外新しいんだな。もっと如何にも出そうって感じの雰囲気かと思ったけど」
入口で感じた薄気味悪さをここでは全く感じず、それが逆に不気味だった。むしろそれこそ遊園地に来た子どものように、早く楽しみたい、早く入りたい、とさえ思っていた。
「ま、新しい方が変に怪我の危険とかなくて安心だけどさ……ほら、とっとと入ってとっとと帰ろうぜ?もう眠いんだよ」
「そうだね、私も早く入りたくてウズウズしてたんだ。入口はこっちだよ」
誘われるままに入っていく。彼女の発言は不思議でも何でもなかった。もう何でもいいからどんどん奥へ行かせてくれ。
中は至って普通のミラーハウス。鏡でできた道があるだけ。なんの変哲もなかった。
「なんだ、大したことないじゃあないか。特に変なことはな……」
いや、違う。目の前に強烈な違和感。
何故隣にいるはずの彼女は鏡に映っていないんだ?
驚いて横を向く。確かに彼女はここに存在している。映らないなんてこと有り得ない。
「どうしたんだい、そんな鳩が機関銃食ったような顔しちゃって。何かおかしいことでもあったのかい」
死んだような顔でもしてたのか。そんなこと言っている場合じゃない。待て。ぼくは何故ここにいる。この女に誘われたから?確かにそうだ。ぼくとこいつは長い付き合いで―――――
長い付き合い?こいつとは高校からの付き合いではなかったのか?記憶の混濁。何が何だかわからない。どうしてこいつは汗を全くかいてなかった?どうしてこいつは地図も見ずにここまで辿り着けた?
そもそもこの女はいったい誰なんだ?
「いっそう混乱しているようで何よりだ、昔の私を見ているようで懐かしいね。まぁ君も運が悪かったと思ってさ、大人しくしてくれたまえよ。君みたいに交友関係の狭い、ない人間はなかなか見つからなくてね、君を見つけた時はホントに嬉しかったなあ」
やっと身代わりを見つけられた。
そういうや否や彼女はいつの間にか手に持っていたナイフをぼくに深く突き刺した。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!??」
いたい。それ以外に形容できない。なんだこれ。どうしてこうなったんだ。なぜいまおそわれているんだ。
「ゴメンね、君自体が1回死なないと私が中に入れないからさ。もうちょっとで痛くなくなるから我慢してて」
グサッグサッと容赦なく突き立ててくる。内臓が掻き乱される感覚。あつい。ひどくあつい。抵抗ができない。いしきのこんだく。いたみもなくなってきた。しぬのか、こんなところで。よくわからないじょうきょうで、むいみにころされてしまうのか。
「いーや、決して無意味なんかじゃない、意味はあるよ私にとっては、君の魂は兎も角として体は私が有効活用していくから安心してね。君の肉体は生き続けるんだ、大丈夫、君よりはうまくやっていけるから」
ほとんどなにをいっているかわからない。なにもみえない。なにもいえない。なにもかんがえられない。まっくら。まっくらだ。さきのない、ふかいやみ――――――
と、まあこれが僕に起きた出来事でさ、今こうしているのもその女のせいなんだよ。全く仕方の無い食物連鎖みたいなもの、自然の摂理なんだ。だから僕は抵抗できなかったし君も抵抗できない。受け入れるしかないんだ。恨むなら友人の少なかった自分の人生を恨んでくれよ。いやあ全く自分の変化に気づいてくれない人がいないっていうのも悲しいもんだ。やっぱり友達は多いほうがいいね、昔の僕を殴りたいよ。というわけでさ、大人しくしていてくれたまえ。すぐ終わるからさ、運が良ければすぐ逝けるよ。まあそもそもこんなことに巻き込まれたこと自体運の悪いことなんだけど。大丈夫だって。この体になってからコミュニケーション能力は高まった、君の人生は僕がしっかりと受け継ぐし上手くやっていくよ。それじゃあね、バイバイ。
そう言って僕は目の前で震えている少女にナイフを振り下ろした。
初めてのホラーでした。お目汚し失礼。