表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

山岳地帯で初デートする時の必需品

 

 どれくらい走ったのであろうか?


 常ならば、砦内の自室と食堂の往復ぐらいしか歩かない人間が、突然に山2つほど移動すれば、間違いなく腰やら膝やらぐらんぐらんだ。

 もう、感覚はない。惰性で手足は駆けて行く。

 馬鹿なのであろうか?いや獣ならばこの山道は余裕であろう、私は獣になりたい。ってなんでですかん。は、苦痛を緩和させる脳内物質が仕事し過ぎて思考がふざけてしまう。どうしましょう。


「あの」


 背中から唐突に呼び掛けられ、今まで必死で追い出していた、柔らかな感触に自らの全てを支配され転がるように崩れて止まれば、二度は起き上がれないほどの疲弊に縛られた。


「!、大丈夫ですか?」


 大丈夫です。と、強がりたかったが声は出ない。

 当たり前だ、ふた晩寝ずに走り抜けた。

 命よりも大切な宝物を背負って、生まれて初めて本気を出して、当たり前だ。少しでも、立ち止まればたぶん再び走り出せはしない、恐怖に囚われて。動けなくなるに決まっている。

 わかりきっていたから、水のひとくちも飲めやしなかった。

 繰り返し問いかけられる彼女の声が、だんだんと遠去かり意識は深く沈んだ。





 その男は普通の人間だった。いや、村の中で誰よりも少しだけ優しい人だった。


 その村は穏やかな人々の住む村だった。周りを山々に取り囲まれて、環境は厳しかったが暮らしを脅かす魔物は少なく、実りも豊かであった。真実、平和だったのだ、あの災害が起こるまでは。

 大地が揺れ、灰が降り、視界は不気味に赤茶気て、家から出ることは難しいが備蓄された食糧には限りがある。体力のある者は村の外へ出たが助けを呼んで戻ることは無いだろうと心の底ではわかっていた。

 男の妻は折悪く臨月で移動は叶わない、だから待った、子が産まれる事を、来ることは無いであろう助けを、ギリギリまで待った。しかしどうにもならなかった、食糧は尽き果て妻には赤子を産み出す余力はなかった。

 男は頼まれた。懇願された、すでに死地にある、愛しい妻に。

 そして成し遂げた、まだ息をしている彼女の腹を裂き我が子を取り出したのだった。


 こんなことならば、あの時。すぐにでも彼女を背負って山々を越えれば良かった。


 碌に泣かない赤子を骨と皮になった我が身に抱え獣道をひた走る。気がつけば災害地を踏破して、幽鬼の如き姿で静かで平和な村や街を襲い、飢えを満たし、子を育てた。

 何事もなかったかのように丸々と育って行く赤子の奇跡はほんの僅かも男を癒さず、ただただ後悔ばかりを募らせる。蟠り溜まる心の重りは、どれだけ暴れようとも、どれだけ酒を飲み酔い払おうとも軽くはならずに溜まり続けて、男の心は潰れて消えた。

 そもそもとうに人では無くなっていたのだ、死地から抜け出すために、小さな命を繋ぐために、彼女の臓腑を喰らった時に。





 オヤジはひとでなしだが、いつの間にか山賊の頭領になって貧困でどんづまりの人々をどうにも行き場の無い人々を助けた。家畜の様な豚と変わらないほどに育ったオレは、気付けば常に殴られて意味も分からず蹴られては、浴びるほど酒を飲むオヤジに自分の産まれた時の話をつまみとばかりに聞かされる。

 ここに居たら、いつ迄もオレは人には成れはしない。わかってはいるが動けない、怖くて怖くて動けない。


 身体中が痛くて動けない、指先ひとつ動かせない。


 傷んで渇き切った口の中に水がゆっくりと流れ込む、どれくらい時がたったのだろう。



 なぁ、オヤジ。オレは大切な人を背負って上手に山を越えられたかな?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ