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第四話

 あれから三カ月が過ぎ、季節は夏真っ盛り。そして、

「……」

 魔王は死んでいた。文字通りの意味で。


「……ぶはっ! こ、ここは!?」

「魔王様、いいかげんに一日一悪だの止めて頂けませんか? 魔電池だってタダじゃないんですから」

「側近か。復活して早々の説教も止めてくれんか? それに、ちゃんとバイト代から出してるんだからいいだろ?」

「そういう問題じゃありません、まったく……」


 宣言通り一日に一回は何かをやらかすようになった魔王。

 一悪と表現しないのは、確かに法に触れるが、仮にも王が働く悪事にしては、しょうもないものが多いためだ。


 例えば、巨大建造物の電飾を(いじく)って"マオウサマ サイコー"と照らさせたり、コスプレパーティーなるものに本物のゾンビを召喚してパニックを起こさせたり、自動販売機のコーヒーとコーラの中味を入れ替えたりと、良いように言っても度を超えた悪戯(いたずら)と表現されるようなものばかり。


「なんで、そんな子供じみた事ばかりやるんだか……やっぱり電撃のせいで、中味がショートしたんですかね?」

「聞こえてるぞ、側近」

 横目で睨み付けるが、誰のせいで苦労してると思ってるんだ? とでも言いたげに睨み返す側近。


 実際、魔王が悪戯をすると怪我をして帰ってきたり、つい先ほどのように、死んでる事も少なくない。

 電飾の件では、警備ロボットに見つかり、逃げ回ってる最中にうっかり高圧電流部に触れて感電死。コスプレパーティーではゾンビに人を襲わないように命令していたものの、パニックになった客の防犯グッズで悶えてる間に"人間を"襲わないゾンビに食われたりと、魔王って実は尋常じゃないほど雑魚なんじゃないか? と思い始めている側近であった。


「今日の日課は終わったし、バイトに行くか!」

「そうですね……はぁ」

 あれから側近に教えられて判明した事実がある。

 それは、自分で魔力を生み出せる魔族の場合、容量以上に補充すれば人間に姿を変えられるという事。


 魔電池を使い、体内魔力を補充した魔王は、枯れ木が割れるような音を立てながら変身を遂げていく。

 こうして悪戯をする時としない時で姿を使い分け、普通の日常を過ごしているのだ。

「ふぅ」

「やはり魔王様はあれですね、魔族の時は恐ろしい姿だったのに」


 金髪の美丈夫、物語から抜け出した王子と言っても差し支えない容貌(ようぼう)、左は濃く深い紅、右は蒼く澄み切った瞳のオッドアイを持った――


 側近が口を開く。


「人間の時は中の中」

「そんなに平凡か?」

「――の中の中になるとか、笑えますね」

「そこまで!?」


 実際、何とも特徴がない姿は、先に変身を済ませていた側近と比べると天と地ほどの差がある。

 黒目に少しだけ茶色がかった髪の色に身長170cm前後で、190cmは越えているであろう側近は見上げなければならない。顔の作りは普通の中の普通。喋らなければ居る事すら気付かれず、存在も忘れられそうなくらいだ。


「いや、もう本当に元の姿の威厳とか、くその欠片も感じられませんね。身を隠すには最適だと思いますよ」

「くそって……側近は最近、口の悪さがハンパないな」

「そう思うなら、自分の行動を振り返ってみてください」

「おぉっと、もうこんな時間だ急がねば!」


 また小言が始まりそうな予感を感じた魔王は、慌ててアパートの外に飛び出した。

 その後ろ姿に溜め息を漏らしながら後を追う側近であった。


 アパートから徒歩三十分の距離にある二人のバイト先。

 それは夜の蝶が妖しく誘惑の舞いを披露している店。ではなく……


「あらぁん、今日は二人とも遅めねぇ。いくらバイトだからって気を抜いちゃダ・メ・よ?」

 毒蛾が怪しく盆踊りを全力で踊っているオカマバーだった。


「すまんな、ちょっと用事がって近いな! 謝るから離れろ!」

「あん、もぅ……い・け・ず♡」

 鼻息がかかる距離まで顔を近付けていた店長を引き剥がし、事なきを得る魔王。

 二人がオカマバーで働いている理由。それは、あの再会の日の半年前に遡る。



□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「ごめんねフィリオ君。もう、この店じゃ君を雇えないんだ」

 側近ことフィリオは職を失った。原因は分かっている。


「もうちょっと自分の思ったように顔を変えられませんかね……」

 美し過ぎて客が増えるのだ。

 確かにそのおかげで客が増えると店は喜んだが、すぐに掌を返す。

 店の中にはフィリオを見つめるだけの客でごった返し、アルバイトに入りたいと希望者が列を作る始末。バイトの始まりと終わりはファンやストーカーを撒くのに必死になる。


 実はフィリオは出自にも問題があり、父親がインキュバスなのだ。

 魔族状態の姿は母親寄りで周りに影響はないが、人間に変身すると無意識に女性に対してフェロモンをバラまいてしまう。


「よっし、この子が大人になったら俺みたいにモテるように、(まじな)いを施しておくか」

 とは、かつての父親談である。


 家からバイト先までなら何とか抑えられるが、さすがに働いてる間中は無理がある。なら魔電池で補充するか、魔族の姿のままでいいのでは? というのも難しい。


 まず、側近のフェロモンを常時抑え込もうと思うと、魔電池による魔力の補充も常に行わなければならず、物理的にも資金的にも難しい。

 また、人間と慣れ親しんでいるのは、あくまで動物みたいに変身できる種族だけであり、フィリオが魔族の姿でいたのでは怖がられるだけだ。

 どこぞの魔王が変質者と間違えられたように。


 そうして次のバイトに悩み、夕暮れ時に公園のベンチに腰掛けていると、やたら野太い声がした。

「ちょっと、そこのイケメンさん」

 声の主は花柄のYシャツに、ピッチピチのレザーパンツを履いた、四十代くらいの男だった。


「……はい? 私ですか?」

「そうよぉ」

 野太い声の男は、フィリオの隣に座った。


「どうしたの?」

「え、いやその」

 急な問い掛けに、どうしたものかと言い淀んでいたが、その男は尚も続ける。


「憂いを帯びたイケメンもいいけど、やっぱり笑顔の可愛さには負けると思うのよ。だから、困った事があるなら言ってちょうだい、力になるから!」

「まずは近いんで離れてください」

 初対面だというのに、やたら馴れ馴れしく距離を詰めてこようとする男に、最初はどん引きしていたものの、その勢いに負けて理由を喋ってしまった。


「んま!? こんなイケメンを辞めさせるなんて勿体無いったらないわ! いいわ、ウチで雇ってあげる!」

「いや、あのですね……」

「遠慮しないでいいのよ? あたしとフィリオちゃんの仲じゃない!」

 胸をドンッ! と叩き、任せろという雰囲気を(かも)し出すのは頼もしくもあり、ありがたくもあったが、知り合ったばかりで、仲も何もなくないか? そう思わずにはいられないフィリオだった。


 だが、それよりも重要な……もしも次のバイトが決まりそうだったら、先に伝えようと決めていた事がある。意を決して枯れ木の割れるような音を鳴らし、変身するフィリオ。


「あの……私、魔族なんですが構いませんか?」


 男は目を丸くしてフィリオを見つめていたため、きっと駄目だろうと、諦めて立ち去ろうとした腕を掴まれた。


「あの?」

「お……」

「お?」

「面白いわぁ! 何、今の!? どうやったの!」

「え、いや、ちょっ、何ですか!?」


 男が見つめていた理由は、変身するのが見てて楽しかったかららしい。ちなみに魔族うんぬんの件は、オカマは心が広いから問題ないとの意味不明な持論で受け入れられた。

 こうしてフィリオは長い間、場所を変えつつ働いていた苦労から解放され、さらにその数か月後に魔王を紹介する事になるのだった。

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