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第一話

 それは昔の話……

 時の勇者と魔王が三日三晩戦い続け、ついに決着を迎えた。


「くくっ……! ハッハッハ!」

「何が可笑しい!」

 自身の負けを確信しているにも関わらず、高笑いを上げる魔王に、勇者は苛立ちを隠せないでいた。


「貴様が滑稽過ぎるからに決まっておる。」

 剣で斬られ、魔法で燃やされ、凍らされ、一切の力を失ったまま立ち尽くしている身で、尚も不敵に笑いながら(のたま)う。


「負け惜しみを!」

「だと思うか?」

 もう抗う術もないはず……しかし耳を打つ言葉には、真実を告げているという、えもいわれぬ深みがあった。


「人間とは罪深い……己の欲望を満たす為なら、他者を犠牲にしても厭いとわない。」

「そ、そんな事はない!」

「事実だ。でなければ我が復活する道理がない。」

 右の人差し指で軽くノックするように、魔王は自分の心臓を示す。


「我の力の源は、人の悪しき願い。」

 その言葉に眉を顰める勇者。


「妬み、嫉妬、憎悪。この世界が様々な負の感情で満たされ時、我は肉体を得られるのだ! 今は貴様に敗れたと認めよう。だがいつの日か、我は再び人間共の前に現れるてあろう! クハハハハハ!」


 またも高笑いを続ける身体に限界が訪れた。手足の指の先からどんどんと崩れていき、ついに笑い声を残して魔王の身体は世界から消え去った。


 「人間は、お前が思うほど愚かじゃないぞ魔王……!」

 呪いのような最期の言葉に、勇者は新たな決意を胸に秘めた。



□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「ま……うさ……」

 何だ……?

「……きて……さ……」


 酷い倦怠感を感じつつ、脳内に響く声に覚醒する。

「おはようございます、魔王様」

 声の正体は、自身の忠実なる部下にして右腕と言える存在、側近であった。


「ぬぅ……我は死んでいたのか……?」

「はい。ですが、私が復活のお手伝いをさせて頂きました」


 そのセリフに敗れた事実を再認識させられたが、思い直す。

「あれから、どれだけの時が流れた?」

「およそ五百年程でございます」


 魔王の直感は正しかった。

 あの勇者が生きてはいないくらいの眠りから覚めたのだろうという予感。


「ハハ……ハハハハハハハハ! 気分がいい、実に気分がいいぞ! では早速、人間共に我の恐怖を思い出してもらおうか!」

「えっ!? ちょっ、魔王さ……あ~あ、行っちゃったよ」


 制止を聞かずに、目覚めた場所を飛び出した魔王を追う事もせず、立ち尽くす側近。

 ため息を一つ吐き出すが、どうせすぐに戻ってくるという確信にも似た思いが、側近に待つという選択をさせた。





「ほう、これが今の世界というものか。」

 勇者と戦っていた時とは思えぬような、様変わりに少しの驚きと躊躇(ためら)いを感じる魔王。空は暗く、魔族が跋扈(ばっこ)する刻限であるのを示しているにも関わらず、眼下に広がる光景は煌々(こうこう)と輝いていた。


 しばしの間、人間の在り様を眺めていたが、ついに地上に降り立つと決めた。そして再度、世界征服という野望を成就する時。


「きゃっ!」

 そう意気込み、降り立った場所の近くに人間の女が一人、魔王の威容に驚いたのか、悲鳴を上げた。


「ふむ、運が良かったな女。今は気分が良い。(こうべ)を垂れ、恐れ(おのの)くのであれば、見逃してやらん事もない」


 魔王も気分が高揚していたのだろう。

本来なら、人間など目に入っただけで命を奪おうと思っていたものを、許すと言ったのだ。

それこそ奇跡に違いない出来事だった。


「へ、変質者!?」

 その奇跡を無碍(むげ)にするように女は手元の道具を弄くる。数秒後には、その道具が甲高い音を鳴らして、不快感を覚えさせられた。


「くっ……! 何だ、この音は!?」

 そう困惑しているところに、円筒形の金属が宙に浮いて群れをなし、向かってくるのが見える。


「フシンシャ ハッケン」「ホバク ホバク」

 円筒形の物体は、平坦で生気のない声を放ち、その身体を中ほどから左右に開け、金属の筒の先端を魔王に集中させている。


「なるほど、ゴーレムの類か。だが、我の魔ほ「スタンネット ハッシャ」ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 ゴーレムが向けた筒の先端から、網が目にも留まらぬ速度で飛来して接触した瞬間、魔王の網膜が白んで、雷に打たれたような衝撃が走った!


「ぐっ! 何だこれは!?」

「ムリョクカ シッパイ デンアツアップ」

「貴様等、我に――うんぎゃあああああぁぁぁぁ!」


 絡み付いた網から、先ほどよりも強力な衝撃が身体を襲う!途切れる事無く蝕む謎の衝撃は、時が進むにつれて威力を増していく!


 いや、正確には謎ではない。

 何故なら、勇者に喰らったら雷撃魔法と同じ痛みを感じているのだ。つまり、この攻撃の正体は"雷"!


 だが、魔王は思う……

 勇者の魔法より強いんだが!? と。

 このままでは、何も出来ずに倒されてしまう。その事実に、他者よりも巨大なプライドが更に膨れ上がり、意地で反撃に移る。


 身体を絡め取っている網を掴み、残る力で上半身を半回転させ、ゴーレムを壁に叩きつける。と同時、幾分かの安らぎを得る。

「こ、攻撃が……止んだ、か……」


 先ほど見た女は顔こそ平凡ではあったものの、人間共の重要人物――どこかの国の姫であったのろうか?

 でなければ、あのような強力な兵器を何体も呼べる訳がない。そうであれば、人質にするのも悪くはない。


 結論付けて、後を追おうとしたが、耳をつんざく音に集中が途切れてしまった。

「緊急事態! 緊急事態! 警備ロボットが不審者に破壊されました! 至急、応援に向かって下さい! 繰り返します……」


 そこら中に鳴り響く声の内容的に"警備ロボット"という物が、このゴーレムの名前であると理解した魔王は、地面に落ちている影が密度を増している事に不安を覚え、視線を舐めるように上へ向けた。


「はあああああぁぁぁぁ!?」

 万に一つ……いや、億に一つの可能性に賭けて負けた結果に、その短くはない生涯で初めての間抜けな声を上げた。


「ナカマ カタキ」「ヤッチマオウゼ」「イイトオモウ」「ヒャッホウ アバレテヤルゼ」


 警備ロボットなる物が百は下らないだろう数で、金属の筒を魔王に向けていた。

「ブソウヘンコウ スタンネット カラ ビームホウヘ」


 一体が宣言すると、残りもカチャカチャと音を立てる。変わったのは、金属の筒が一度引っ込み、再び魔王を狙った事だけ。

 だが心配なのは、先ほどよりも太くなっているのだ、筒が。


「ハッシャ ヨウイ」

 武装をビームホウとやらに変える宣言したのとは別の一体が告げると、全ての警備ロボットの前方に光の球が現れた。


 避けないと死ぬ! 直感的に頭に浮かんだため、魔王は横に跳んで逃げる。

「ハッシャ」


 光の球が、線となって立っていた場所を襲う! 一つだけ避け損ねた物が、魔王の右肩を直撃した!


「痛っでえええええぇぇぇぇぇ!」

 魔王たる者が使うものではないはずの、下品な言葉遣いが自然、口を押し広げて吐き出された。


「チッ シトメラレズカ」「モットダ モットウテー」「ヤルノハ オレサマダ」

 間を置かずにビームホウが空から落ちてくるが、反撃の手立てはない。なにせ、魔法ではないのか詠唱時間がない。


 仮に反撃できても、あの短い時間では精々が数十体を倒せる程度。その隙を狙われたら死ぬ。最後に……

アイツ(・・・)に斬られた時より痛いのは、どういう事だ!?」


 神の加護を受けて清められたはずの勇者の剣。魔族に対して最大の攻撃力を誇るはずの武器で受けた傷よりも、ビームホウとやらの方が体力を削っていく。

 ゆえに魔王は防戦一方。もっと言うと、空を飛んで逃げ回っている。





 それから、どの位の時間が経ったのだろうか? スピードでは勝っていた魔王が、ついに逃げ切る事に成功したのだ!

「はぁ、はぁっ……げほっ! 何だったんだ、あのゴーレムは……?」


 実はスピードに分があると判断した時点で反撃も行ったのだが、警備ロボットは必ず壊された数の倍を補充してきたため、最後はとんでもない状態に陥っていた。


「仕方ない……一旦、側近の元に戻って説明を聞くか。」

 この世界が今どうなっているのか? それを知らないと命がいくつあっても足りない。そう実感した夜だった。

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