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青き炎 ― 七日目の決意 ― /prototype 2 : ぼくのすきなもの

作者: 有我 十希

人類が宇宙に進出し、惑星間での壊滅的な戦争が起こったこと。

その戦争で致命的な破滅を引き起こした人工知能と、その末裔たちとの

相克を通じ、生と死について向き合うことで、

人生のすばらしさ、生きることの喜びを謳う一連の作品群「青き炎」


僕たちは、本当のところ、何が好きだったんだろうか。

 最初から象がそんなに好きだったのかと言われると、そうでもなかった。今はもちろん好きだけど。

 長い鼻と、大きな耳、厚ぼったい皮膚があって。見上げるくらい大きいけれど、優しそうな眼をしてて、大人しい性格をしていて。子供たちの人気者でさ。そうだね、本当は最初から好きだったんだな。


 だから、僕が最初に挑戦したのが象だったのは、必然だったのかもしれない。


こういうのも恥ずかしいけれど、僕は自分の頭の良さには自信があった。だから、きっと誰にもできなかったことが出来ると疑ってなかった。たとえば、宇宙の真理を解き明かすようなことだって。

 大人になると、宇宙の真理を解き明かすのは流石に無理だな痛感したけどさ。それに近いことはできるとおもってね。その相手が象さん。すごく努力したよ。大変なことだってのは分かってたし、だからこそやる価値があると思ってた。


 そう、僕は象さんを増産しようとしてたんだ。


 よかった、まだ読んでくれるんだね。このページを破り捨てられるかと思ったよ。文字としてのデータなんだから、印刷してないとは限らないしさ。僕の周りにもそんなヤツばかりだった。研究所の在籍証明書だって目の前で破られたもんな。あはは。


 僕のやり遂げようとしてたことは、それだけひどいことだった。あの時、皆の言葉に耳を傾けていればなぁ。僕にも余裕がなくてさ。大変な苦労の末に、僕はやり遂げた。ひとりぼっちになったけどね。


 妻はいなくなっちゃった。僕の目の前で。あの時間から僕の時計は止まったままだった。残されたのは僕と、息子だけ。その息子のことにだって目を向ける余裕がなかった。必死だったなぁ。


 でも、そうだね。念願叶ったときに、真っ先に伝えたい人は、やっぱり息子だったなぁ。


 あの日のことをよく覚えてる。初めて心に余裕ができた日でもあったし。象さんと息子を一緒に遊ばせてあげたら、とっても楽しそうにはしゃいでさ。

 止まっていた時計が、動きだしそうな予感があって。ワクワクした。目をそむけたくなるような失敗と、その後ろ暗さを、ぜんぶ帳消しにできるんじゃないかって。度を超えた期待をしている自分が恥ずかしくて、すぐに苦しくなったけど。


「ぱぱ! このこ、なんていうの?」

「ごまんごせ・・・」

 検体番号55093号、そういう野暮ったいことを答えそうになって、僕は口ごもった。

「おまんご! このこ、おまんごっていうんだね!」

「ちげぇよ。」

「おまんご!!!」

「ぉ、おう。」


 楽しそうに、初めての友達と遊ぶ息子。普通に象さんだよって言えなかった自分のこともどうでもよくなりそうな笑顔。息子にとっての、初めての友達が出来た。名前は、おまんご。

 その夜、ぐっすりと眠る息子をみていて、僕はおもった。

 象さんを増産するのは後回しにしよう。


僕が検体55093号をオマンゴと呼ぶようになるのに時間はかからなかった。深いことを考えなければ悪い名前ではないし、だんだんと愛着も湧いてきた。オマンゴはこれまでにないほどすくすくと育っていった。だけど、ある日。


「ぱぱ。オマンゴ、元気ないよ。」


 そのとき僕は、増産成功後のことはきれいさっぱり考えていなかったことを思い出した。そういった技術や研究成果を誰かに伝えて終わりだと思っていた。後のことは、誰かがどうにかするだろうと。それはつまり・・・。


「ぱぱ。オマンゴ、風邪ひいたのかな・・・。」


 底冷えする思いがした。僕は生産することにおいては誰にも負けない自信があったけれど、生産後の育成や管理についてはからっきしだ。つまり、このオマンゴの風邪の治し方もしらないわけだ。

 

 大好きな人が居なくなってしまった後の、時計の進め方だって。

 

 そのあとの僕の行動は素早かった。頭の良さには自信がある。頭の良さで解決できないことはない。あってたまるか。突き動かされるように情報をかき集めた。


 象の育て方。さんざっぱら象に似ても似つかない肉の塊をこねくり回しておいて、何をやっているんだと、脳裏に囁く声も、今はどうでもよかった。息子の時計まで止めてたまるか。


調べれば調べるほど絶望していく。どれだけ調べても、オマンゴの体に何が起こっているのか、俺には突き止めることが出来なかった。オマンゴの優しかった目が虚ろに曇っていく。息子はオマンゴから離れようとしない。それはまるであの日の。あふれる涙をこらえきれずに、僕は泣きじゃくっていた。


 なんで運命はこんなに残酷なんだろう。自分ひとりで生きてきたつもりだった。その結果がこのザマだ。


なんでもいいから、救いが欲しい。僕はある飼育員の雑記に目を通すことにした。たとえ治療に直結しなくても、ヒントがあるかもしれない。ふんだんに写真を取り入れた雑記に映る、象と飼育員の笑顔が、なんとまぶしかったろう。まるっきり、こことは違う世界だった。


 まぶしい太陽。赤茶けた土と緑の茂み。きらめく水たまり。濁った水を鼻で吸い上げて、背中に浴びせる象。どの写真も、楽しそうだった。この写真が撮影された場所が、今はもうないなんて。


 この時代の人は、思いもしなかったろうな。空から太陽が落ちてきて、七日間で全部焼け焦げてしまうなんて。厳密にいうと、地球が太陽に落ちるんだろうけれど。あの日に空を見上げた人にはどう感じられたんだろう。どっちでもよかったろうな。


もう、ないんだ。オマンゴの故郷は。それは俺も似たようなものだ。


 興味深い記事が目に留まった。

 動物園で飼育されている象は幸福なのかどうか、の議論。

 孤独に立ち尽くす、老いた象の写真が目を引いた。


 もしかしたら、オマンゴは、寂しいのかもしれない。

 

 他人の孤独や苦痛は誰にも分らない。まして、相手が象ならなおさらだ。

 俺や息子はまだいい。行こうと思った場所に行ける。でも、オマンゴは?


 象は本来、長い時間を探索に費やす生き物であることが報告されている。

 オマンゴが居る場所は限定されている。しかも、動物園よりもなおたちが悪い。閉鎖されて視界が限定されている。外の世界を知らないのだ。生まれてからずっと。


 オマンゴを、どこでもいい、この星の、もっとマシなところに連れて行きたい・・・。

 元はと言えば、赤く凍てついた荒野だったこの星にだって、今は作物が実っている。

 今はなくても、どこか。


 いつか、どこか。きっと、どこかに。


 いま、俺に、できること・・・。


 ◆◇◆◇◆


 できることをやろうと、決意してからは早かった。

 これまで決別してきた人たちに、助けてくれと頭を下げた。

 それなりの対価や代償を求められたが、今の俺には些細なことだった。


 オマンゴを、連れていくことができた。

 これまでよりかは悪くない、もっとマシな場所。


 この星に、こんなキレイな場所があるなんて、知りもしなかった。


 弱っていたオマンゴが、すこしずつ元気になっていった。

 息子の時間を止めずにすんだ。俺の時間も、動き出している。


 妻の最後の言葉を思い出す。


「わたしが居なくなった後が心配ね。あなた、ひとりぼっちになりそうで。あの子のこと、よく面倒みるのよ?」


 ねぇ、俺の時計、今、やっと動き出したよ。


 涙に滲む景色の先、息子が俺を読んでいる。


「ぱーぱー! あのこはなんていうのー?」

 やたら背が高く首の長い生き物。それによく似た生き物の名を継いでいたような。

「キリンさん、じゃなかったかな。キリンさんは好きかい?」

 息子は、とびっきりの笑顔でうなずいた。

「うん!! でも、ぞうさんはもっとすきです!!」

 ああ、そうだな。深くは考えないよ、俺も。からからと心地よく笑いながら、俺は答えた。

「そうだな。俺もすきだ。なんかもう、全部好きだ」


 輝く太陽が、俺たちに微笑んでくれていた。

キリンさんはすきです。

でも、ゾウさんはもっとすきです。


たとえ何が憚られても、好きなものは好きと言える勇気って大事です。

子供の頃、好きだったものはなんですか?


今の自分に戸惑いを感じているとき、かつて自分が好きだったものが、ふと訪れて答えをくれるかもしれません。

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