1話
魔導魔術学園の試験会場に髪と眼をクロスグラント家特有の蒼髪碧眼に魔術を使って変えたネザクがいた。
世界最大の魔術学園といえども所詮はこの程度かと、筆記試験の問題の程度の低さに内心呆れていた。そんなことより自分にはすべき事がある、と気持ちを入れ直し周囲を見渡す。
護衛対象の双子を探すがこの辺りには、いない様だ。何気なく視線を左の方にやる。ネザクの表情が強張る、アズライル家のかつての兄弟達がいた。レイラノーラを筆頭に分家の者も合わせて8人。彼らの表情から見るに他者を貶め弱者を嘲る腐ったような性格はやはり変わっていなかったのだと判断する。過去の事を思い出し、僅かに殺意を出してしまった。するとそれに気づいたのかレイラノーラのみが周囲を見渡す。
ネザクは殺意を出してしまったという失態に気づき、怪しまれぬようゆったり自然に、かつ全力でその場から撤退し始める。筆記試験会場を出て実技試験会場に向かったネザクの肩に手が掛けられる。ネザクは反射で逃さぬようその腕を掴み振り向きざまに拳を突き出すが、しまったと腕を止める。途中で行動を停止する。その拳は、肩に手を掛けた犯人の顔から数センチ離れたところで止められついた。
ネザクは慌ててその手を離し、目の前の2人の少年に謝る。
「すまない。肩をいきなり叩かれたモノだから反射で反撃してしまった。」
「お、おう、こっちも悪かったな筆記試験の後で神経質になってる時に刺激しちまって。こっちこそすまなかったな」
ネザクが反射で殴り掛かったことにうまい具合に勘違いしてくれたお陰で乗り越えられた。
その隣にいた少年がネザクに話しかける。
「アンタ名前はなんて言うんだ?ちなみに俺はシリウス•グラットだ。よろしくな、ちなみにそこでアホ面晒してんのがジェイクだ」
「シリウスやめろよ」
「事実だろ?ジェイク」
「ああっ、馬鹿にしてんのか」
最初の軽い冗談から少しずつヒートアップして取っ組み合いを始めてしまった。あまり同年代の少年とは会った事がなかった為、どうすればいいのかと顔には出ないが、軽くパニックに陥ってしまう。が後ろからさ
らに新しい声が近づいて来る。
「そんな馬鹿共はほっとけばいいのよ。馬鹿共が巻き込んでごめんなさいね」
「おい、アリス誰と誰が馬鹿だって?」
「アンタ達の他に誰がいるのよ」
「なんだと」
仲裁に来ていたはずの少女、アリスがシリウスとジェイクのケンカに参戦してしまい、その場はさらに混沌と化す。
魔術の構築を始め他のでさすがに不味いと思い、魔術式の構築に干渉し魔術式を崩壊させる。それがきっかけになったのか冷静になった彼らはネザクに礼を言う。
「さっきから悪いな」
「止めてくれて助かったぜ」
「お陰で冷静になれたわ。ええと…貴方名前はなんて言うの?」
「そういえば聞いてなかったな」
「なんて言うんだ?」
「俺の名前はネザク•クロスグラントだ。受かるかはわからないがよろしく頼む」
彼らはネザクの名前を聞き思っていた以上の名門が出てきたからかこれ以上ないくらいに目を見開く。
「魔術式の構築をあっさり止めたから只者じゃないとは思っていたがクロスグラント家だったとはな」
「しかもよく見たら、クロスグラント家特有の蒼髪碧眼じゃない」
「こっちこそよろしく頼むぜ」
「ああ、そろそろ実技試験会場の方に行ったほうがいいんじゃないか」
試験時間となり試験官が試験内容を説明する。内容は 使える魔術の中で使い慣れている魔術を魔力測定器にぶつけること、見るところは使用した魔術の等級と構築の密度と構築に掛かった時間を見ること、時間圧縮の為に10人を一度に見ること。
共に受ける受験生を見てつくづく自分は運命の神に嫌われているらしいと、思う。シリウスらの3人組と一緒で良かったと思うが、アストライヤ家当主候補筆頭のレイラノーラに、相変わらず粗暴な言動が目立つジェイドと、周囲を見下した目をするヴィクターと、彼らの世話係に任命されたであろうミリアム。ただ1つありがたいと思ったのは護衛対象である双子の姉弟の紅原叶と紅原楓と接触できたことだ。
ジェイドやヴィクターは中級魔術•フレイムスピアを使用、記録は80程度だった。彼らは本当に魔術師の家系か、と疑いたくなるほど酷かった。使用した魔術こそ中級のなかでもそこそこ上位の魔術だが、かけた時間のわりに構築が最悪だった。それなら使用した魔術の等級こそ低いもののしっかり構築された下級魔術•ウインドカッターを使って3桁に達したシリウスらのほうがよほど凄い。
そして護衛対象の姉弟は魔術に関わって4年も経っていないはずなのに限られた者だけが使えるという空間魔術の中級魔術•グラビティスピアを発動させる、構築密度と構築時間は初心者にしては目を瞠るものがある。あのレイラノーラすらも僅かに目を見開いていた。
レイラノーラが使用した魔術は上級魔術の中でも中位ほどに位置するバーニングブラスト。構築式の密度は彼らの数倍はあり、構築時間も10秒足らずにもかかわらず記録は500。
ネザクが使用する魔術はレイラノーラの使用した魔術と同等程度の位置にある上級魔術•フリージングブラスト構築密度は彼女と同等、構築時間は10秒程で記録は490。彼女には届かないものの圧倒的な記録だった。
試験が終わるとレイラノーラがネザクに話しかける。
「私と同等の記録といい、先程の魔術式を崩壊させた手腕といい、流石はクロスグラント家と言ったところか」
彼女に友好的にされたことがなかった為、黙っていたらそのままどこかに行ってしまった。
至近距離で顔を見ても髪や瞳を染めているからか、死んでいると思っているのか、はたまた憶えてすらいないのかわからないが気づかれる事はなかった。
ネザクは試験を終え、一週間後の発表を待つ為の仮拠点に向かっていた。ただし1人ではなく。
「なぁネザク。本当にお前の家に行ってもいいのか?」
「さっきも言ったが発表を待つ間だけの仮拠点だぞ。実家の話では知り合いの家らしい。
俺も知ってる人らしいのでいけばわかるはずだ」
「その人の迷惑にならない?」
「…………大丈夫……のはず…だ」
「おい、本当に大丈夫か?」
渡された地図を見る限りではこの辺りの筈だが、周囲の家の表札を見る限りはでは知ってる家名は見当たらない。しばらく行くと周囲の家とは一線を画す豪邸が視界に入る。もしやと思い近くまで行く。すると表札には《紫鳳院》とある。ネザクは今回のことを組んだであろう矢野支部長や養父のアスラに一言申したかった。一体どこののどこに魔王の拠点に滞在する奴がいるのか、と。
「なぁネザクここか?」
「やっぱ大公家と言うことはあるわね。仮拠点でこの大きさなんてね」
「デッケェな。どんぐらいあんだ?」
口々に家を見た感想を言っていくがネザクには、それに答える気力がなくなっていた。年頃の少女の住む屋敷に滞在する自分いい印象は抱かないだろうと想像される。
脱力したままドアノッカーで扉を叩く。
しばらくしてメイドが扉を開け中に招き入れる。
「ネザク様と、その学友の方ですね。主様がお部屋でお待ちです」
シリウスら3人はこのような屋敷には、初めて入ったのか興味深そうに周囲を見渡している。
3階の奥の部屋に案内されてネザクらは、その部屋の扉を開ける。中に居たのは黒髪長髪で右目が紫で左目が紅という左右非対称の奇妙な眼をしたしかしそれでも美しい誰が見ても美少女と言える容姿の少女が、着替えている途中だったのか下着姿で服を持ったまま立っていた。
「え?」
キョトンとした顔をした後下着姿を見られたと気付いたのか、その白い肌を見る間に真っ赤に染め上げる。
ネザクも突然の光景に目を奪われるが、彼女が背中から6対12翼の漆黒の翼を出現させ腕をこちらに向けたあたりから迅速に撤退を始める。
「キャアァァァァァァァァ」
「まずいっ」
ネザクが扉から離れると同時に、漆黒の羽根が射出されネザクの顔が一瞬前まであった場所を通り過ぎる。
魔術を使ったのか扉が自動で閉められる。
数分後中から物音が消え、扉がそーっと開けられる。顔を出すのが気まずいのか手が出てきて手招きをする。
ネザクらが入ると少女はソファーに座って待っていた。
気まずいのか顔をそらしながらネザクに挨拶をする。
「久しぶりだねネザク何ヶ月ぶりかな。あと元気にしてた?」
「ああ久しぶりだな半年ぶりだな。先ほどのを含めなければ元気だったな」
「あれは君が悪いんじゃないか」
挨拶を交わすネザクたちにしびれを切らしたのか男どもが質問をだす。
「おいネザク。この人は誰なんだ?」
「とゆうかネザク。どういう関係なんだ?」
ネザクが危惧していた通りに勘違いした2人は、質問を繰り返す。
「ばっ、ばば馬鹿ぁ。こっ、この人、いやこの方はねぇ……」
「どうしたアリスそんなに慌てて」
「アリスはこの人のことを知ってるのか?」
「この人は第8席魔王•紫鳳院紅葉様よ」
「ま、ままま魔王⁉︎」
「第8席って言うといっつも仮面を着けてる奴か」
「あの仮面の下がこんな美少女だったなんてな」
紅葉は公の場でも仮面を着けている為、その素顔はあまり知られていない。
「て言うかネザク。私としては君が試験終わって早々に友達を連れてきたことが驚きなんだけどね」
「酷い言われようだな」
「だってねぇ。あんまり喋んないしいっつもムスッとした顔してるし人と関わろうとしないし」
「うぐっ」
その酷評に思わず言い返したネザクだったが、事実を言われれば黙るしかない。だがその評価にシリウスが反論する。
「まあ確かにその通りだけど、関係無い俺らのケンカを止めてくれたからネザクは優しいヤツなんだと思う」
知り合ってから半日も経っていないのに人をそこまで信じることのできるシリウスがとても眩しく見えた。恥ずかしくなってアリスやジェイクの方を見ると、その通りだと言わんばかりに首を縦にふる。他人の、純粋に信じる視線を受け、ネザクは赤面する。それを見た紅葉がニヤニヤしているので、無視することにした。
彼らが帰った後、紅葉は懐から仮面を取り出し装着する。すると雰囲気を一変させる。先程雰囲気が朗らかな春と例えるなら、今の彼女の雰囲気は全てを拒む極寒の冬で《鉄仮面》の異名に相応しい冷徹な気迫を纏っていた。
「例の双子とは接触できたか?」
「ああ。顔を合わせた程度だが顔は覚えられた筈だ」
「それはい結構」
「アストライヤ家の者どもはどうした?接触はしたか?何を思った?感情は抑えられたか?」
彼女は魔王として任務の報告を受けた後、そんな質問をした。今の冷徹な彼女らしからぬ質問に戸惑っていると仮面を外し懐にしまう。つまり今の質問は魔王としてではなく、ネザクの親友としての質問だと仕草でうったえている。
先程の朗らかな雰囲気に戻り、僅かに心配の滲んだ目でネザクを心配そうに見つめている。
「相変わらず下衆な奴らを見て殺意をぶつけてしまった。レイラノーラとは実技試験で僅かに負けてしまったが」
「まあまあ、そもそも私達は本職が違うんだから気にしない気にしない」
「ああ、そうだな」
「にしても魔術適性皆無だったのに、数年でかの天才殿と魔術で競えるようになるなんてかの無色の悪魔•暴食王は伊達じゃないね。私とも魔術で戦えるんじゃないかな」
「流石にお前の相手は無理だ」
そう言ったネザクの顔には疲労の色が見えていた。
「今日はもう休んだほうがいいんじゃないかな。いろいろあって疲れただろうしさ」
「そうさせてもらうぞ」
「君の部屋は二階の右から三番目の所だよ」
一週間後_________
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発表を見てそのまま入学式という魔導魔術学園のシステム上荷物を全部持って行かなければならないのでネザクは大量の荷物を持って家の前に立っていた。
「送って行こうかネザク」
「いやいい。魔王様なんかに送ってもらったら大騒ぎになる。一週間の間だったが世話になったな。」
「いいって事さ、私と君の仲じゃないか。任務で私が送られてくる事がない様に頑張りながら、学園生活楽しんでね」
「そうならない様に頑張ろう」
「ああちょっと待って。」
「ん?」
彼女はネザクの両手首を握り、何らかの魔術を2度使用する。
「なんだ?」
「議会の連中がうるさくてね。その術式は君の悪魔を一時的に封じる効果がある。生体リンクしてあるからピンチになったら解除されるからね。」
第15回魔導魔術学園入学試験•次席入学者________ネザク•クロスグラント