プロローグ後編
『少年、君の叫びは実に心地良かった。望みどおり悪魔が来たぞ。私と契約すればその望み叶えよう‼︎』
倒れこんでいるネザクの前に芝居ぶった口調で悪魔と名乗る男が立っていた。彼はいかにも高級そうで、貴族の好みそうな服を着ていた。それだけならば少々イタイ人と済ますことが出来るが、一般人には蝙蝠のような羽が背中に4対8翼も生えてなどいないし、身体の至る所に口など無い、そして何よりその身に纏う気迫と可視化される程の魔力がかれを人外の存在であると証明している。
悪魔。悪魔と言ったかこの目の前にいる男は。確かに数秒前までここにはいなかったのにいるということから只者ではないことは判るが悪魔とは信じられない。それでも初めて自分の声が、願いが、望みが、叫びが誰かに届いたということか、それだけでもう笑みが自然と浮かんでくる。
「あは、あはは、あははは」
突如笑い始めたネザクを疑問に思ったのか、問い掛ける。
『どうしたんだい少年、何か良い事でもあったのかい?』
良い事でもあったのかいだって?あったに決まってるじゃないか、初めてだ、初めて僕の声が、願いが、叫びが、誰かに届いたんだ。これが嬉しいってことか。あはあはは、ああ駄目だ笑いが溢れちゃうよ、ああ良いなぁ嬉しいって、ああ良いなぁ笑えるって。ああ忘れていたよこんな僕の声を聞いてくれた良い人|(?)なのに。まったく僕って駄目だなあ。問い掛けには応えないとね。そう思って口を開く。
「良い事があったんだ。初めてだよ初めて僕の声が誰かに届いたんだ。」
男は問い掛けに答えが返ってくるとは思っていなかったのか僅かに目を見開く。
『そうかい?それはよかったね。』
男は自分のことかの様に整った顔を綻ばせる。
『さっきも言ったけどね私は悪魔なんだよ、先程の叫びが気に入ったんだ。私と契約すればなんでも叶えよう。契約すればあんな理不尽には会わないし、家族だろうと友達だろうと作ってあげるし、なんなら私が家族になっても良いよ。
さぁどうするかい?』
男、悪魔はネザクにとって魅力的になるであろう提案を出し蠱惑的な笑みを浮かべ、腕を差し伸ばす。
ネザクはその提案を聞いて思った。ああこれで1人じゃない、と。ネザクはその提案に迷いなく頷き、最後の力を振り絞って左腕で男の差し伸べた腕を取る。
すると、ネザクの身体に血とは別のナニカが身体中を這いずり回るのを感じた。全身に張り巡るのを感じたあと、ネザクに衝撃が奔る。身体中からパキパキという音が鳴り響き身体を作り変えられるのを感じる。その副産物として全身から痛みがひき怪我が癒え、身体に力が溢れる。
すると、頭の中から声が聞こえる。
『どうやら契約は成功したようだね、おめでとう少年、いや相棒と言った方がいいかな?では改めて名乗ろう私の名はベルゼビュートだ。』
ネザクは生まれ変わったと言えるほどの身体を跳ねたり、手を開閉させたりして性能を確かめながらネザクも名乗る男
「僕はネザク。ただのネザクだよ。ベルゼビュート。」
すると、2人分の足音と喋り声が聞こえる。
「そろそろだな。」
「ああ、さっさと処分して帰るとするか。」
ネザクは、それを聞いて慌てるが、ベルゼビュートは余裕の態度を崩さない。
『私と契約して悪魔遣いとなった今の君なら赤子の手を捻るように殺せるさ。あれは君とアストライヤ家との最後の繋がりだよ。あれをさっさと排除してどこかに行くとしよう。』
ネザクは、未だ慣れない身体をほぐしながら彼らに近づいていく。
「おや、出来損ないじゃないか。なんで身体の傷が癒えているかは知らないがわざわざ歩いて来てくれてよかったよ。探す手間が省けた。」
「さぁ、死ね出来損ない。」
彼らはネザクに向かって中級魔術ブレイズランスを無数に展開させて、ネザクに放つ。
が、ネザクに当たる瞬間、ネザクは腕に悪魔魔術暴食之口を発動し、ブレイズランスに振るう。すると掌にある口に吸い込まれでもするかの様に消え失せる。
「は?」
「おいっ、出来損ないお前は今何をした」
1人は惚けてポカンとした顔を晒して、もう1人は未知の現象に焦ったのか怒鳴り散らす。ネザクは、深い溜め息を吐く。こんな奴らに怯えていたのかと。
「くだらない」
彼らに向かって接近する、今度は、手刀を作りその刃の部分に暴食之口を発動し、彼らに振るう。口に触れた部分から消失し、両断する。1人は胸を裂かれて絶命したおそらく死んだ事すら理解出来なかっただろう。もう1人は、未知の暴力を使うネザクに恐怖し、腰を抜かす。
「ひっ、ひいぃぃぃぃぃぃ」
それでも無様に逃げ出そうと手足を動かす。
「ほら、君達の言う出来損ないだよ。いつもの様に怒鳴り散らして殴ってみなよ。どうしたの?いつもいつもこうやって蹴っていただ、ろっ!!」
右足の付け根を、暴食之口を発動させた足の裏で食い潰す。男はあまりの苦痛に悲鳴をあげる。
「うるさいよ」
男の顔を食い潰す。
『ああネザク。こいつらの心臓を食べるんだ。そうすればより強くなれる』
ネザクは彼の言うとおりに、男の胸に手を捩じ込んで、心臓を抉り出す。そしてそれを口に運ぶ。しばらくの間、クッチャクッチャという咀嚼音のみが響いていた。
調度口の中の肉がなくなる頃、屋敷のある方向とは逆の方向から足音が聞こえてきた。ネザクは、それに気づき油断なく辺りを警戒する。
しばらくすると、1人の男が歩いてきた。歳は80歳程で、白い髪には僅かに青い髪が混じっている。老人だがその身のこなしは素人目に見ても、無駄が無く洗練されているのが見て取れる。間違いなくさきほどの男達とは格が違うのがわかった。どうしようかと考えていると、向こうから話しかけてきた。
「なぜお主の様な小童がこんなところにおるのじゃ?」
「捨てられたから」
「捨てられた?このあたりじゃとアズライルか。それはなぜじゃ?」
「僕には魔術適性が無かったから」
「魔術適性が無かったじゃと?お主本当にそんな理由で捨てられたのか?」
ネザクの身の上話を聞いていくにつれて、彼の顔が怒りで歪んでいく。ネザクは、自分のことじゃないのに自分のことのように怒ってくれる彼のことを良い人だと思った。
「なら後ろで倒れておる其奴らは、どうしたんじゃ?」
「僕を処分しにきた魔術師だよ。殺そうとしたから返り討ちにした。」
「お主がか?魔術適性がなく捨てられたというお主がか?」
「うん。本当なら殺されているはずなんだけど、ベルゼビュートのおかげさ」
「ベルゼビュート?今ベルゼビュートといったか?」
「?うん」
「ベルゼビュートは悪魔だとしっておったか?」
「うん、悪魔だろうと救ってくれたからね」
彼は顎に手を当て考え始める。しばらくすると此方に向き直り、ある提案をした。
「お主、儂の孫にならんか?」
「さっき言ったと思うけど、僕は悪魔遣いだよ?それでもいいの?」
「なに案ずるな、悪魔遣いなぞ無数に見てきたわ。それにお主の様な小童をこんなところに置いて行ったら魔王アトラ•クロスグラントの名が廃るわ」
僅かに考えたあとネザクは彼の孫となる事を決める。
「そう言えば、名はなんというのじゃ?」
「名前はネザク。だだのネザク」
「ならお主はこれからは、だだのネザクでも無く、ネザク•アズライルでも無く、儂の孫のネザク•クロスグラントじゃ」
出来損ないのアストライヤ家の魔術師が死に、クロスグラント家の悪魔遣いが誕生した瞬間だった。
ネザクはアトラの後ろをついて行き、それなりに歩くとその先には、飛行機が停まっていた。ネザクは初めて見る飛行機の存在に驚きを隠せず、むしろ今まで抑圧されていたせいかその目は好奇心で染まっていた。
アトラは初めて見る飛行機の存在に心躍らせるネザクを見て満足げに微笑む。
「どうじゃネザク?凄いじゃろ。」
「うん、すごいよ。おじいちゃん。」
ネザクらの乗る飛行機はすでに、雲すら置き去りにする上空数千メートルといったところにあり、ネザクはといえば、通常に生活していれば決して体験する事の出来無いことである雲を見下ろす、あたり一面真っ白に染まっている光景に夢中になっていた。
「ネザクや、お主は儂と共に来て幸せか?」
「うん。おじいちゃんと来てよかったよ。初めて家族らしいこともしてもらえたしね。」
ネザクはアトラの方に向き直り心の底からの無邪気な笑顔で問いにそう答える。だがアトラはそれを聞きネザクがどのよう扱いを受けて来たを改めて知り、当主同士として何度か会ったことのあるサイモンに怒りが湧く。が無邪気に笑うネザクを見て今まで虐げられてきた分愛情を注げばいいか、と思い直す。
しばらくして飛行機はクロスグラント家本家のある日本に到着した。そこに待っていたのは、アトラの部下達。ネザクは多数の大人を見て過去のトラウマが蘇るのか、彼らを労いながら進んでいくアトラの服の裾を掴みピッタリついて行く。
やがて、黒服の彼らの列を避けながら1人の蒼髪碧眼の男がアトラの前に立つ。
「父上、それでも今回はどのような用件で?帰国予定は2日後の筈では?」
「ああそうだったんじゃがなぁアスラ……」
アトラが男の問いに対して言葉を濁していると、男の目にアトラの後ろにいるネザクが目に止まる。
「おや、父上?そちらの少年はどうしたので?」
「其奴が今回の帰国を早めた理由でな、儂の新しい孫だ」
アトラは、ネザクの境遇を簡単に説明する。説明を聞いた男に顎に手を当て考え始める。やがて答えが出たのか腰を屈め、ネザクと視線を合わせる。
「ネザク君、君には2つ選択肢がある。1つは何処かの孤児院に入る。そしてもう1つは君にとっては最も辛いかもしれないが、魔導師としてクロスグラント家の者と成るか。どちらを選んでも出来る限りの支援はしよう。さぁどうするかい?」
ネザクは既に答えを決めていた。迷う必要などない。故に___
「これからよろしくお願いします。名前はネザクと言います」
ネザクは自分の欲しい物だった家族を得ることとなった。
8年後______________
_________
_____
ネザクは随分昔のことを思い出したなと思う。あの日アトラに会わなければ、いやベルゼビュートが来てくれてなければ既に殺されていただろう。
自由魔導連合•日本支部の最上階扉を4回ノックし、中から返事があった為、支部長室と書かれたプレートを掲げる室に入る。
「とりあえずおめでとうと言っておこう。その歳でAA階級に至るとはな。」
額に大きな傷の目立つ黒目黒髪の、裏社会の者でもひと睨みすれば逃げ出すであろう厳つい顔をした男がそう言う。
だが、ネザクは知っている。この男はかなり神経質で、皆が魔導式拳銃の入っていると噂している懐には特製の胃薬が入っていることを。たまについている目の下の隈ができた理由が心霊番組を1人で見て寝れなくなっただけだと。
「おい、いま失礼なこと考えなかったか?」
まあそれでも睨むと怖いことに変わりはないが。
「それを言う為だけに俺をここに呼んだのか?矢野支部長」
「まぁそれもあるがな。議会からの命令だ。お前は今年何があるか知っているか?」
そう言われて記憶を遡るがまったく見当もつかない…いや待てよ、そうかあれがあったか
「思い出したようだな。今年魔導魔術学園に皇帝階級指定を受けた双子が入学する、わかるか?」
「護衛か?だがなんで俺のところに持って来た。」
「歳が近い若くて有能な奴は今お前しか手が空いていないんだよ」
「待て。紅葉はどうした?」
ネザクの脳裏には、1人の悪魔遣いの顔が浮かぶ。同年代で自分よりも圧倒的に強く、そして第8席魔王でもあり《|鉄仮面》《てつめんぴ》の異名を持つ彼女の方が適任だと思うが。
「いったろ?誰も手が空いてねえって、それに《鉄仮面》はお前だけじゃ困難だと判断されたら護衛任務に追加で来る。だからあんまり緊張せずに学生楽しんでこい」
既にネザク1人の力では抗えないところまで来ていた。それでも渋るが無駄だと悟り、無言で頷く。