神に選ばれたくなかった男
ちょっとした短編を書いてみました。
興味のある方は、軽い気持ちで読んでやって下さい。
やった……!
エドワードは驚嘆の声を上げ、同時に恐怖した。
超大国の超軍事機密。
数人しか知らない極秘プロジェクト。
それがたった今完成した。
そのウィルスは、人にしかないDNA中の特殊な塩基配列に反応して強力な毒素を作る。
0.1gで即死してしまう恐ろしい毒素。
ウィルスの潜伏期間は1週間。
どんな動物もキャリアーになる。
つまり、ばらまけば誰にも気付かれずに敵戦力を壊滅させることが出来る。
人は警戒できても、鳥や魚までは警戒できない。
そこを利用するのだ。
このプロジェクトの提案者は気が狂っている。
そう思わざるを得ない。
エドワードは常に思っていた。
プロジェクトの誕生は20年ほど前。
メンバーは常に5人。
その間改良を重ね、囚人を使った死刑という名の人体実験も行ってきた。
プロジェクトの性質上、メンバーの入れ替えの際に前メンバーも生贄にされた。
体のいい口封じである。
メンバーになる時、そのことは知らされない。
逃げられたら機密が漏れてしまうからである。
エドワードは、統括者として唯一初めからいるメンバーなのだ。
彼の科学者気質・野心家気質がそれに向いていたからかもしれない。
そういえば、プロジェクトが完遂したことで、私はどうなるのだろう?
今までのメンバーのように殺されるのだろうか?
そんなのまっぴらだ!
エドワードは、プロジェクトを統括する軍幹部に何も告げず、ウィルスを持ち出した。
さてどうしよう?
持ち出したのはいいが、私が消えていることはすなわち、ウィルスが完成したということ。
私を怪しんで追手が来ているかもしれない。
知らぬ存ぜぬを通すか?
いや、それだとその場で射殺されてしまう。
ふむ……?
気が付いたら、エドワードは鳥の楽園に来ていた。
研究施設からそれほど離れていない場所。
カモフラージュには持って来いの区域。
何も知らずに渡り鳥が羽を休めている。
彼らに託そう……。
エドワードは小瓶を開け、渡り鳥の群れの中に放り込んだ。
そして何食わぬ顔で研究施設へこっそり戻っていった。
「あれ、ここに小瓶がありませんでしたか?」
戻るなり、エドワードは所員のジョンに尋ねられた。
「ああ、それならかなり古かったので処分したよ。ひびが入ってウィルスが漏れたら困るからね。」
「そうでしたか。気が付かずにすみません。」
「気にしなくていいよ、ジョン。さあ、続きを始めようか。」
ふとエドワードは思った。
あと何日生きられるだろう、と。
次の日、なぜか大統領が直々に研究施設へ視察に来た。
ウィルスが完成真直と聞いて興味を示したのだ。
エドワードは、ばらまいたことを悟られないように適当に話を合わせていた。
大統領は満足して帰っていった。
これがそもそも間違いだった。
後に、感染ルートは複数あると研究論文には書かれている。
1つは、エドワードがばらまいた渡り鳥。
1つは、ばらまいた湖から川を下って大海原へ向かっていった鮭の群れ。
そして、もう1つは……。
エドワードがウィルスを撒いてから1週間後。
あちこちの国の首相・大統領が次々と泡を吹いて、倒れていった。
同じ頃、研究施設の内外でも急に倒れる者が続出した。
そうか、そうきたか……。
エドワードはそう思った。
ばらまいた際、エドワードにもウィルスが付着していたのだ。
可能性はあると思っていた。
だから【あと何日生きられるだろう】という言葉が頭の中に浮かんでいたのだ。
それが大統領にも感染した。
運悪く、その後G20首脳会議だったのだ。
移動中に大統領から何人もの感染者がいた。
そこから一気に全世界に拡散したのだ。
研究施設を訪れた際、大統領は考えていた。
これが完成すれば、我が国は世界を手中にできる。
核のように保管場所や必要経費がかからない。
何よりも他国に気付かれずに事を進めることが出来る。
なぜか、自分は感染しないと高をくくっていた。
世界が驚き、この事態に反応する前に、人が消えていった。
静かに、静かに。
人々は恐怖した。
他の動物は何ともないのに、人だけが死んでいく。
これほど怖い事があるだろうか。
電気が止まった。
水道も止まった。
ガスも止まった。
供給するために必要な人が皆死んでしまったからだ。
こんなことは本当は望んでいなかった。
ただ解放されたかっただけなんだ。
それなのに……!
今は草木が生い茂っているビル街。
新たな生態系が生まれようとしている。
支配者はいなくなった。
あれだけ繁栄を謳歌していた人類が。
でも完全に滅亡したわけではなかった。
「ふう。」
歩き疲れたエドワードがため息をついた。
そう、皮肉にもエドワード唯一人だけが生き残っていた。
ウィルスが反応するはずのDNAの塩基配列が、エドワードのDNAには欠けていたのだ。
そこでようやく、自分がプロジェクトの統括者として選ばれた真の意味を理解した。
殺さなかったのではない、殺せなかったのだと。
それを逆に利用されたのだと。
これから後悔しながら生きていく。
ずっとずっと、重い十字架を背負いながら。
自分もいつかは死ぬだろう。
それまで、次の生態系がどのように築かれていくのか、見守ろう。
エドワードは独りぽつんと佇んでいた。
終わりと始まりの、あの鳥の楽園に。
そうして千年が過ぎた。
エドワードが死ぬ気配は全くない。
寧ろ若返った気がする。
そう、ここにも皮肉があった。
実はエドワードもウィルスに侵されていたのだ。
死ねないように。
ウィルスの宿主として生かされるように。
もう決して誰も殺すことのないウィルス。
エドワードは人としての尊厳を殺されてしまった。
これが皮肉と言わずに何と言おうか。
感染ルートの特定等、やれることは全部やった。
研究者として、もう出来ることはない。
こんな事のために、神は私を選んだのか……?
だとしたら、恨むぞ、神よ……。
これが、ある研究者の末路である。
神に選ばれし者の……。