『説得』あとがき
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
幼い頃から妄想癖のある子どもだった私が、その妄想を文字にしてみようと思ったのはもう10年ほど前のこと。
そうして書きためた(書きかけた?)物語は多々あれど、今回のこの『説得』が、このような場への初投稿の作品となります。
まだまだ不慣れなため、また、実生活の多忙さから、後半に向けて超不定期更新となってしまいました、申し訳ありません。これが何よりの反省点です。次は完結させてから投稿しよう……。
また、思い入れが強すぎて、書きすぎてしまった感があります。もっと、お読みくださってる方の想像の余地のある文章を書きたい、今はそう感じています。
平安時代への憧憬はきっと、幼稚園の頃に読んだ『鉢かづき』や『かぐやひめ』のお話から。小学生になってからはイギリスにも憧れ、特にイギリスの一連の女流文学が大好きです。
中学生の頃から今も変わらず一番の愛読書は『ジェイン・エア』、ジェイン・オースティンに触れたのは大人になってからで、その中でも特に惹かれたのがこの『説得 Persuasion』でした。……今書いてみて気づきましたが、ある種、虐げられた女の子のお話が多いですね(汗)
『説得』とはなんだか地味なタイトル……と最初は思ったりしましたが(それは、今回の悩みどころでもありました)、過去の恋を忘れられない主人公アンの、ウェントワース大佐への恋心の描写の細やかさは現代にも通じるものがあり、大好きな作品となりました。一番のキーワードが恋文だということもあり、好きが昂じて、じゃあ平安時代に置き換えてみたら? と思いついたのが本作です。
とてもとても、原作には及びません。それでも、結子というひとりの女性の心の、失恋の哀しみから芽生えた微かな期待、不安と慄きと喜びを追いかけていくのは、とても楽しい作業でした。
原作を下敷きにはしましたが、19世紀イングランドと平安時代の日本とでは、許されていること、風習、その他様々な点でかけ離れていることも多く、たくさんの変更と創作も織り込みました。なんか違う! とおっしゃらず、まったくの別物としてお楽しみいただけたなら、と思います。
この物語の最後、結子は雅嗣の力添えで二条堀川の邸を取り戻します。実はこのシーンは、原作には書かれていません。
オースティンという作家は、出版された原稿に関しては惜しげもなく処分したそうなのですが、出版されなかったボツ原稿は処分せず手許に取っておいたため、現在まで残されており、そのボツ遺稿の中に、恋文を手渡すあたりの章の別バージョンが見つかっています。
そこには、アン(結子)のかつて住んでいた邸に住むクロフト海軍提督(内大臣)の提案として、もしエリオット氏(元亘)と結婚するのなら邸を貴女に返す準備がある、と義弟のウェントワース大佐(雅嗣)に伝えさせるシーンが描かれていました。義兄、とても好人物として描かれてはいるのですが、ちょっとばかりニブチン……残酷なことをさせますね。
結局は削られてしまったワンシーンなのだけれど、アンの何よりも大切な邸、借金のせいでこの邸を失うところから始まる物語において、出世したウェントワース大佐の財力をもってすればアンの父男爵の借金を返すことも可能だったでしょうから、邸を取り戻すことは描かれていなくとも当然の帰結点のように思えます。なので、オースティン自身にもそのアイデアがあったのなら……と、使わせていただきました。
最後に、先ほども触れましたタイトルについて。
原作の日本語訳は今回使っている『説得』のほか、さすがにこれは色気がないと思われたのかどうか、『説きふせられて』という訳にされている方もおられます(岩波文庫版など)。
物語において、タイトルは読者を掴むための大きなきっかけであり、センスを見極めるものでもあり……『説得』という、恋愛色皆無なタイトルで損してるのでは? と考えたことも正直、一度や二度ではありませんが、でも、やはりここで、たとえば『平安なんちゃらかんちゃら〜』的な別タイトルをつけても、それは逆に原作を貶めるような気もして。潔く、このままでいこうと思います。
とにかく、美しい物語を書きたかった。
美しい言葉で、美しい恋を描きたかったのです。
その点で、まだまだだな、と自分の力のなさをひしひしと感じました。もっともっと、感覚を磨いていきたいと思っています。
とにもかくにも、ここまで書き続け、完結させることができましたのは、ひとえにお読みくださった皆さまのお陰です。私ひとりでPCに向かっているだけでは、決して書き上げることはできませんでした。心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
次は……次もまた、大好きな平安時代の物語になるかと思いますが、でも、現代ものも描きたいです。 んー、妄想がいろんな方向へと突っ走っております。さて、どちらへ進みましょうか。
どうかまた、皆さまに、新たな物語でお目にかかれますことを。
書き尽くせぬ感謝を込めて
夕月 櫻
追伸
参考文献におまけとして載せましたが、音楽からのインスピレーションが私の場合、実は最重要だったりします。
今回は、五嶋みどりさんの研ぎ澄まされたストイックな演奏が心を締めつける、ブルッフ作曲『スコットランド幻想曲』。このうちの序章が第一章、第1楽章が第二章のイメージでした。このGrabe - Adagio Cantabileの一部分ばかりエンドレスで聴き続けた私は、まるで壊れたプレーヤーのよう。序章の物哀しく甘美でやるせない旋律は、私の中でそのまま、結子の心の孤独と切なさそのものでした。
ご興味がおありの方は『Bruch Scottish Fantasy Midori』で検索してみてくださいね。