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第六話

視界? 今見えているもの、というより、これは俺が見ている視界だと断定していいものだろうか。やばい、俺はどうなったんだ? 分からない。分からなすぎて自分が目覚めたということに気づかない。いや、当然のごとくその気づかないのかど

うかすらも釈然としない。        ただ、なんとなしに白いと思われる空間から、俺は穏やかな安心感を得ていた。蛍光灯の光。かすかに鼻腔を差すこの匂いはなんだ? ああ、そうだ。薬品かなにかの匂いだ。わりと嫌いじゃない。だとしたらここは病院かどこかかな。俺はどうしてこんなところにいるんだろう。


 「やっと起きたようね。」

 声が聞こえた。と同時にどこか見覚えのある顔が俺の視界を覆った。

 「う、うわあ!!」


 俺はびっくりして全身の筋肉が覚醒したかのように動いた。痛え。そこでようやく気がついた。俺は医務室のような部屋のベッドで寝ていたんだ。おそらく今の今まで。そして見事に落っこちた。手垢の付いたあまりにベタな展開すぎで恥ずかしいが、今は体のあちこちからくる痛みがそれすら感じさせない。とりあえずベッドの上へ舞い戻る。


 「ごめんなさい、驚かせちゃったようね。カズマ君、はじめまして。レイリー・春野よ。よろしく。まあ、正確に言うとはじめましてではないかもしれないけどね。」


 目の前にいる女。すっと通った鼻立ちにすっきりとした顔、若干黒みがかった青色の瞳を有している。全体的に、どこかの国のお嬢様を連想させるような上品な雰囲気が感じ取れる。と同時に、その妖艶で大人っぽい声質が、彼女にどこかミステリアスな、いや、もっと言ってしまえばダークな影を醸し出させていた。彼女のことを俺は知らないわけがなかった。そう、彼女こそが俺が、もとい、俺たちが決死の思いで救ったあの女であった。


 「カズマ君、あなたが私を助けてくれたそうね。改めてここで感謝するわ。ありがとう。」

 「あ、ああ。でも今度は俺が、助けられちまったみたいだな。はは。」

 「あなたのピンチを救ったのはあなたの弟さんよ、たしかタイチ君だったかしら。でも、そうね。なんだかようやく会えたって気がして嬉しいわ。」

 「ん、どういうことだ?」


 「わざわざ言わせたいの? ふふふ、じゃあ・・・・・・、そうね。こんな感じかしら。あなたは私に出会った。でも私はその時、その瞬間あなたに出会っていなかった。今度は私があなたに出会った。でも今度はあなたがその時、その瞬間私に出会うことは叶わなかった。それでも、結局、いえ、必然的に私たちはこうして出会うことになった。これをあなたはどう感じるかしら。私は、そうね・・・・・・、運命。ふふ、そう感じるわ。」


 「んんんんんんんん、え、えええええええ、えーとー。」

 やばい、どもる!? なんだこの妙な緊張感は!?

 「ふふ、恥ずかしいわね。それとも少し解釈が強引すぎたかしら。ロマンチストは嫌い?。」


レイリー・春野。俺は、座っているベッドのすぐ隣にいる彼女の存在をこれでもかというくらいに感じていた。それにもかかわらず、どうしたことだろうか。彼女の言っている言葉が全然耳に入ってこない。というか、なんだ。体がなんだかすごく火照っている気がする。おい、やめてくれよ、女の子の前で顔を紅くするなんてこと。恥ずかしいとかそういうレベルじゃないぞそりゃ。いや、でも考えてみればこうなってしまうのも当然といえば当然か? なにせ医務室という小さな空間に女の子と二人きりだ。しかも有体な言い方をすれば美人。これで平常心でいられることの方がおかしいんじゃないか? 


 「いや、よく分かんないな。あは、あはははは・・・・・・。」

 何だその誤魔化し方は!? 俺は心の中で盛大な突っ込みを入れるも、当の自分自身はと言えば、なんとも情けない。そもそも相手を視界にすら入れることができていない。アホみたいに正面に見える掛け時計を見つめるのみ。もちろん時刻を確認するという最低限の思考力も今はない。


 「カズマ君、あなたはとっても私に似ているわ。」

 「えっ?」


 俺はなんとかレイリーのほうを向く。落ち着こう。落ち着こう。よし、これで大丈夫。ちゃんと話せなくては相手に失礼だしな。

 「あなたも私も負の経験、負の過去、負の歴史をもっているから。」

 「なんだよ、それ。超能力でも使って調べたのかよ。」

 「そうね、こうやって。」


 そう言うと彼女は座っていた椅子を引いてこちらへ寄ってきた。レイリーが俺に顔を近づける。どういうことだ!? しかも目を閉じて!? 再び体がカーッと熱くなるのを感じる。心臓の鼓動があからさまに大きくなる。冗談抜きに、この鼓動音が相手に伝わるんじゃないかと危惧するほどに。

 「冗談。嘘よ。ふふふ。」


 俺はいつのまにやら閉じていた目をハッと見開いた。レイリーは何事もなかったかのように行儀良く座っているだけだ。もはや全身から汗が噴き出しているんじゃないかと思うくらい茹で上がってしまった。まさに恥の一言である。


 「でも聖母ルネの言うことは嘘ではないわ。消したい経験、消したい過去、そんなのは私たちが望む限り、言葉通り消してしまっていいものだから。」

 俺はすっかり上がりきった体温を必死で冷ます。レイリーはなにかの宗教の信者なのであろうか?

 「カズマ君、あなた人を傷付けたことがないのね。」

 「えっ。」

 「喧嘩をしても、いえ、そもそも滅多に喧嘩なんてしないのかもしれないけれど、あなたは決して相手を殴ったりすることはなかった。そう、たとえそれがタイチ君とのささいな兄弟喧嘩であっても。」

 「なんで・・・・・・。」


 俺は驚いた。驚いたというよりは呆然としてしまったのかもしれない。どうして、彼女は、レイリーはそんなことを知っているんだろう。

 「すごいな、レイリーさんは。本当に超能力者みたいだ。」

 「レイリーでいいわ。それにそんなんじゃないわ。ルネが教えてくれるだけよ。」

 そう言って彼女は微笑む。なんだか全てを見透かされている気分だ。


 「ああ、俺は今まで生きてきた中で一度も人を殴ったり蹴ったり、攻撃したことなんてなかった。弟にもいつもぼこぼこにされていたよ。あいつは俺のことが嫌いみたいだし。」

 「そんなあなたはロドムにあっさり負けた。でも、それは仕方の無いこと、私はそう思うわ。」

 「へへへ、情けない話だよな。でも、俺は結局争いが嫌いなんだ。暴力はまちがっていると思うんだ。それは本当の解決にはならないんじゃないかって、そう思うから。」

 「でも、それを否定する人たちは多い。そして、あなたにとってもそれが本当に正しいかどうかなんて分かっていない。だから、その今までの経験を、歴史を、負け続けていたという過去を心のどこかで忌み嫌っている。」

 「それは分からない。でも、そんな気もするよ。つらい経験や過去を消し去りたいのかもしれない。そういう意味では、レイリーももしかしてそんな経験が?」

 「誰しもが消し去りたい過去、いらない経験と歴史、そういったものはもっているわ。でも、大丈夫。私とあなたの消したい過去は、すべて聖母ルネが背負ってくれるわ。」

 「俺は信者でもないのに? どうして?」

 「それはとてつもなく簡単な理由よ。」


 俺とレイリーの目が合う。今度はしっかりと彼女の目を見つめることができた。

 「私があなたのことを・・・・・・、好きだからよ。」


 そう言ってレイリーは席を立った。彼女は部屋から出ようとドアの方へ向かう。

 「それもまた、嘘、冗談よ、てか。」

 「私とあなたはきっと救われるわ。たとえ他のだれもがそれを否定したとしても。」

 「そうか・・・・・・。」


 俺はレイリーの言葉をしっかりと噛み締める。理解はできなくても、意味は分からなくても、それでも今この瞬間はそうすることが責任に感じられた。そんな彼女は帰り際、ドアを開けると反転。こちらを向き直ると、


 「最後に一つ、聞いていいかしら。」

 「ああ、何?」

 「あなたをお見舞いにたくさんの人が来たの。あなたはずっと眠っていたから気がつかなかったかもしれないけど。その中に、一際あなたを心配している子がいてね。」

 「そいつはなんだかありがたい話だな。」


 「ええ、確か名前を、佳苗・・・・・・、とか言っていた気がするわ。彼女とあなたは・・・・・・。」

 「え?」

 「いえ、なんでもないわ。それじゃあまた。」


 そう言い残してレイリーは部屋を出て行った。不思議だった。とても不思議な感じがした。素直に言うならそれが嘘偽りのない感想だ。しかしそれ以上に、それが何かは分からないけれど、彼女には何かが、そう、何かが秘められている。俺はそう感じざるをえなかった。


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