第五話
ユキ会長の迫真の演説で、一校生とその他元乗客達に現状報告がなされる。さすがは会長だ。俺は会長の隣で聴衆の面々を見回すが、明らかに混乱していた生徒たちが、紛いなりにも一個の集団として統率されているようだった。
「ですので、私たちはひとまずこの町で生活していかなければなりません。そして、この町をより知るために調べなければなりません。そうしなければ現状を打破することはできません。だから、みなさん、どうか力を貸してください。」
「一つ、よろしいでしょうか。」
会長の話す途中、集団の先頭列にいた一人の男が手をあげた。たしか彼は・・・・・・、いや誰だったかな。なんとなく見知った顔のような気がする。もちろん同じ学校の生徒なのだから、すれ違っていたりといったことは当然考えられるのだが、なんというかそれ以上にもっとはっきりとした印象を彼にはもっている。あの鋭い目つきに、さらにそれを強調するかのようにかけられた銀縁の眼鏡。はて、ちょっとした有名人だったかな。
「なんだね、君。質問は後にしたまえ。」
「いいわ、北条君。そこのあなた、ごめんなさいね。これが終わったあとに聞くわ。もう少しだけまっててね。」
会長の美声が響く。よく通る声だなと毎回感じる。なんだか、まさにリーダーとして必要な素質を兼ね備えて生まれてきたような人みたいだ。それに比べて北条は・・・・・・。
「うるせーぞ、北条はでしゃばんなー。」
「三頭身ハゲは出てくるなー。」
「だ、誰が三頭身だってえー。」
少し口を挟むだけでこの有様である。頼むから会長の邪魔をしないでくれ。というかなんでわざわざ来たんだよ。
「じゃあ、最後にこの後の方針なんですが・・・・・・。」
ふいに俺は会長に目配せされる。ん、なんだ。何かあるのか?
「みなさんにはこの場所から東へ100メートルほど進んだ場所にある、聖アッシジ学園に向かってもらいます。」
なんてこった。会長、いつのまにやらそんなところを確保していただなんて。確かに会長の計画では、この推定400人とされる一校生とそのほか何名かをどこかに収容させる場所が必要であった。それをすでに発見していたということか。きっと俺たちとは別口で情報を手に入れていたのだろう。会長ほど人脈をもった人もそうそういないだろうし。
「ではみなさん、急がなくてもいいので、規律を乱さないように学園へ向かってください。あとさっきの男の子は私たちのところに先に来てください。」
会長の締めの挨拶でこの場はひとまず終了だ。俺たちはすぐに先の男のもとへ向かった。俺はやはり、どうしても、彼を知っているような気がするのだ。まあ、話せば分かるだろうか。
「で、君、一体なんの用があるんだね?」
「あなたに聞くことはとくにないのですが、会長、あなたに私から一つ提案があります。」
男の話し方は独特だ。言ってしまえば相手をどこか見下したような、そんな話し方をする。北条がぐぬぬと唸るのも少し納得できる。
「提案とは一体なにかしら。一校主席合格、その後も常に校内成績トップランナーを走り続けていると有名な、田島ホウセイ君。」
「あ。」
会長がそう言って、ようやく思い出した。目の前の男。田島ホウセイ。とにかく抜群に優秀な人間で、一校入学以来、学校成績ではトップに君臨し続けているということでかなり有名な男である。これだけ分かりやすい情報がありながら、俺は忘れていたようだ。
「会長にそんな風に知られているというのは光栄ですね。」
「当然よ。あなたの評判はかなりの人間が知っているわ。それより提案ってなにかしら。」
「はい、いきなりですが会長、あなたはこの町の謎をどの程度まで知っておいでですか?もしや先の演説で話された内容で全て・・・・・・ということではないでしょう。」
「残念だけど私は知っていること、その全てを話したつもりよ。いくつかの推測も交えてだけどね。みんなには情報を与えることが必要だと思ったから。」
「そうでしたか。なら、私はあなたが知りえていないであろう情報を、まあもちろん私も自分の推測を交えてということではありますが、いくつかもっております。ですから・・・・・・、」
「だったら、早くその情報を私たちに教えてほしいわ。さっきのスピーチの場でも言ったはずよ。何か知っていることのある生徒はなんでもいいから伝えてほしい、と。」
「落ち着いて最後まで話を聞いてください、会長。そんな焦らないで。私はね、その情報を教えるかわりにある一つの条件を呑んでもらいたいのです。情報は大切ですからね。そう安々と教えたくはないんですよ。」
「・・・・・・。分かったわ。じゃあ、聞きましょう。その条件て何?」
「私をね、生徒会のメンバーに加えてほしいのですよ。」
「どうして? その理由を聞きたいわ。」
「はい、そうですね。あえて言うなら・・・・・・、一つ立場、もとい地位、そう、地位を手に入れておきたいんですよ。このような緊急事態ではなおさらね。」
俺は初めて、この田島ホウセイがこんなにもべらべらと饒舌にしゃべるのを聞いたわけだが、まあなんともいけ好かない感じだ。それともあれか、彼があまりに優秀すぎて俺には理解できない類の話なのだろうか。
「生徒会長、三代ユキ、あなたはすでにこう考えている。学園に生徒を集め、その後は彼らを統制する。そうでしょう? そして私はこう考えるのです。ならばその統制する側にいるべき人間は優秀でなければならない、と。」
「・・・・・・。」
「会長さん、そうです。あなたの察しの通りですよ。私たちが今置かれている状況、それはまさに学校という規模に縮小された国家。つまり私たちが行うべきは・・・・・・、政治。そうではありませんか?」
田島ホウセイがそう言ったまさに直後、俺の目にトラウマが映った。そろそろじゃないかと危惧はしていた。そう、例の白い怪物、ロドムが数体、後方よりゆっくりとこちらに近づいてくるのが分かった。
「会長、またあいつらが!!」
「ええ、分かっているわ。田島君、今の話はまた後よ。ひとまずここは逃げてちょうだい。」
そう言われた田島ホウセイは、にやりと何か含みのある笑みを浮かべるとすぐに、さきに学園の方へと向かっていた集団へと走り去っていった。会長があいつをどう判断するかは分からないが、今はそれより目の前のことだ。ロドム。こいつらをなんとかしなければ。
「ロドムが出たわ。ダイスケ君、生徒会のメンバーを呼んで! 誰がロドムとの戦闘経験があるかは分からないから今は私たちでなんとかするわ。」
ユキ会長は即座にダイスケに連絡し、応援を呼んだ。俺も今度は闘ってみせる。
「会長、俺も闘います。」
「わ、私にも任せてください。」
「うおーーーーーー。」
俺は北条とともにロドムたちへと突っ込んだ。聞いた話なら相手は強くない。いける。俺はそう確信して己の拳を振りかざす。
「おりゃーー。」
俺は複数いるロドムたちのうちの一体に目標をしぼり攻撃した。が・・・・・・、
「あれっ?」
手ごたえがない。想像ではロドムの体はどろどろとしていて、湿気を感じるものかと思っていたのだが、どうしたことだろう。俺はまるで空気に触れただけかのような感触をえた。そして、次の瞬間。
「ぐほあ!!」
俺は腹部に衝撃を感じた。そして思わず体が後ろによろけ、気づく。しまった。最初の俺の攻撃は空気にふれたみたい、なんかじゃない。文字通り避けられただけだ。おまけに腹部にパンチを受けるという反撃まで食らってしまった。でも、倒れるほどの衝撃ではない。次はいける。
「うおーー。」
二発目の攻撃。今度こそと思った。しかし、
「ぐわあ!」
俺の顔面に痛みが走る。また失敗かよ、チクショウ!
「うおりゃあ!」
三度、四度、五度・・・・・・、俺は何度も繰り返した。そう、何度も、何度も、何度も、何度も。何度だってやってやるさ。そう決めていたからだ。けれどそのたびに体のいたるところから痛みが走る。くそ、痛え、痛えよ。なんで、なんでだ。なぜこんなにも痛え。なんで俺はやられっ放しなんだ? くそ、分からない。納得できない。したくない。俺は無力なんかじゃ・・・・・・。やべえ、なんか目の前が暗くなってきた気がする。つうか、なんだ? なんだかくらくらしてきたぞ。
「へへ、まじかよ。こんなところで・・・・・・。」
俺は自分の体が限界を迎えたことを悟った。おそらく今まさに倒れようとしている。明滅する視界の先でロドムと戦う仲間の姿が見えた。情けない。みんなまだ戦っているというのに。
「おい・・・・・・、何・・・・・・んだ。馬鹿・・・・・・き。」
俺は完全に力を失う直前、そんな声を聞いたような気がした。誰だろう。なんだかものすごく聞き覚えのある、聞きすぎて嫌になるようなこの声・・・・・・。
「おい、てめえ! 何チンタラやってんだ! この馬鹿兄貴!!」