第一話
荒れ果てた町。世紀末というのはこういう状態のことをいうのであろうか、そんなことを連想させるような重々しく、陰鬱な空気を充満させたこの地に、俺たちはいた。この地に来てからおそらく三日ほどたったであろうか。正確な時間経過は分からなかったが、どれだけ荒んだ救いようの無いような場所も地球の法則には生真面目に従うものだった。朝がきた、と思ったら昼になり、当然のごとくその後は夜になった。俺たちはそれをきっちり三回経てきた。未知なる物という恐怖に、不安に押しつぶされそうになりながら。
「いたんだ! ここに来る途中、女の子が倒れてた。赤い血も見えた。多分重症だ! このまま放っといたら死んでしまうかもしれない。だから!」
「だから、どうするってんだ! そいつを助けに戻るってのか!? 無理だろ!! なあカズマ、周りを良く見ろ! 例の怪物がうじゃうじゃいやがるんだ。逃げるしかないだろ!」
「でも・・・・・・。それじゃあ・・・・・・。」
俺は思う。いいのか、ここで逃げ出してしまって。確かに今助けに戻ったらあの化け物に捕まってしまうかもしれない。そしてそいつらが、その後俺たちに何をしようとするか、そんなことは考えたくもない。でも、そうだとしても、ここで見捨てるわけには・・・・・・いかない。
「翔太、お前は美樹と佳苗を連れて先に逃げろ。俺はやっぱ戻る!」
「っておい、待てよ、カズマ。 待てったら!!」
「駄目よ、カズマ、戻ってきて! 早く!」
佳苗の声が後ろから響いてきたが、知ったことじゃない。俺はもう決めたんだ。あの女の子を助けるって。ここで見捨てたりなんかしたらきっと後で後悔するに決まっている。人は助けあって生きていく。誰かが困っていたら助ける、そうして世の中は上手く循環しているのだと、俺はそう教えられた。そして、それはきっと正しいあり方なんだ。だから、俺は走った。怪物に追われつつたどってきた道を、ひたすらまっすぐもどった。
前方から例の怪物たちの姿がおぼろげながらに見えてきた。不気味だ。白くて液体みたいにどろどろとした風な外見の人型の生物だ。いや、生物かどうかは知らない。大きさは俺たち人間とそれほど変わらないけれど、人でいうところの顔のあたりに真っ赤で大きな眼球らしき物体が一つだけついていて、とにかく気持ちが悪い。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ。」
俺はそんな怪物たちと鉢合わせる前に、なんとか先に見つけた女の子のもとへたどり着いた。頭を打ったのだろうか、意識がとんでいるようで反応しない。というより額から血がどくどくとあふれるように流れているではないか。さらにあろうことか、下半身が瓦礫の下に埋まってしまっている。このままではまずい。これでは怪物たちに捕まろうが、捕まるまいが、どちらにしろじきに死ぬ。やばいな、俺は判断した。とにかくこの子を早く安全なところへ連れていかなければ。でも、どうやって?
「おい、カズマ!」
そんな折、俺を呼ぶ聞きなれた声が聞こえた。
「どうして戻ってきた、翔太! 先に逃げろって言っただろ。」
「んなこと素直に聞ける訳無いだろ。大丈夫だ、美樹と佳苗は先に行かせた。ついてきてはいない。だから、お前も早くあいつらに追いつくぞ、さあ!」
翔太はわざわざ自分の危険を犯してまで俺のために戻ってきてくれた。しかし、俺は差し出された手を受け取らない。
「だったら力を貸してくれ。俺一人じゃこの子を助けられない。」
俺はそう言って、翔太に見せた。痛々しいほどに血を流し、突っ伏すように倒れている女の子を。
「・・・・・・。ああ、分かったよ。お前はいつでもそういうやつだ。俺が瓦礫を出来る限りもちあげる。その間になんとかお前が引っ張り出せ。」
「よし、ありがとう翔太。じゃあ、いくぞ。」
「「せーのっ!!」」
翔太が瓦礫を持ちあげる。その間に俺は彼女の腕をもって引っ張った。なんだか勢いあまって腕が外れてしまわないか心配だったが、それを考慮にいれている余裕はなかった。俺の視線の先、翔太の持ち上げる瓦礫のわずかな隙間からとうとう奴らの姿が確認できてしまったからだ。怪物はもうかなり俺たちに接近してきていた。その数、およそ・・・・・・、いい、そんなことは考えるな!
「翔太、駄目だ。もうちょっと上に持ち上げてくれ! 今のままじゃまだ体がつっかえて出せない!」
「んなこと言われたって・・・・・・、これが限界だっつの!! おりゃああ!!!!」
翔太の必死な叫び声が俺の脳内に直接響いた。しかし、それでも事態は変わらない。俺もなんとかしようと引っ張る腕に力を込めるが、どうしようもなかった。
「あっ。」
そう気が付いたときには遅かった。俺は認識した。まさに今この瞬間、俺たちは紛れもない、絶望以上に絶望的な状況に追い込まれたということを。まずい、まずい、まずい。そう、俺たちは白い怪物たちに囲まれていた。
「シャーーーー。」
そんな奇声が聞こえたかと思うと、怪物たちのうちの一匹が、遂に襲い掛かってきた。
「カズマーーーーーー!」
そいつは俺に、まるで肉食動物が狩りをするかのような勢いで飛び掛ってきた。どうする? 俺はどうしたらいい? このままじゃ本当に、冗談ぬきで死ぬぞ!? 怖い、死ぬ、やばい、どうする? 何が正しい? ていうかここどこだ? はは、もしかして終わりってやつか、俺の人生の。終幕かよ、こんなにあっさりと。駄目だ。やっぱり駄目だ。まだ死にたくなんかないよ、父さん、母さん。俺は今どうすれば・・・・・・、まだ、まだだ。生きていたいよ。死ぬ覚悟なんてできるわけないだろ!
「チクショーーーーーー!。」
俺は覚悟した。否、覚悟なんてできていなかったからこそ、受けるべき苦痛に必死に抗うという選択をした。きっとそうすれば死なない。生きて生きて、それでも生きて、痛い、痛いと喚きまわることを決意し、望んだ。だから、バシュッ!。そう何か殴られるような音を聞いた瞬間、己の痛覚が反応を示さないことに血の気が引いた。痛くない、じゃあ、何? 死んだのかよ、俺? え?
「早くここから逃げて!」
しかし、現実は優しすぎたようだった。俺は怪物にどこかを食いちぎられたわけでも、ましてや死んだわけでもなかった。目の前に人間の後ろ姿があった。それは俺を怪物から庇うようにして立っていた。
「今のうちだ。早くその子を助けろ!」
助かったという安堵感に一息つくまもなく、翔太にそう声を掛けられた。見れば、翔太のほかに三人の男が瓦礫を持ち上げるのを手伝ってくれていた。と、そのときである。俺は気が付いた。その助けてくれている三人がいずれも見知った顔であるということに。
「お前ら、北条に西田、それにダイスケじゃないか!?」
「そうだよ、ああ、そうだよカズマ! てか細かいことはあとだ。早く女を引っ張り出せ!」
「お、重い~。」
「お、おう。分かった。」
ダイスケにそう急かされてなんとか彼女を引き出すことに成功した。そうして俺は彼女を背中にもちあげた。くそ、重い。いくら女だとはいえ俺と同じくらいの身長はある感じだ。女にしては背の高い方だ。しかもあろうことか、彼女は完全に意識を失ってしまっていて、ダイレクトに俺に負荷を与えてくる。
「さっさとこの道を抜けて大通りに出ろ。すぐに俺たちも合流する。」
「お前らはどうするんだよ!?」
「少しの間足止めしておいてやるから、とにかく先に行きやがれ。」
ダイスケにそう言われ、俺は翔太とともに脱出した。なんてことだろう。この町には俺が学校で書記を務めている、生徒会メンバーがいるではないか。ダイスケに、西田、それに北条、みんな見知った奴ばかりだ。それだけじゃない、俺をあの絶体絶命のピンチから救ってくれたのは、他でもない、生徒会長のユキさんではないか。ここにそんな面々がいたことだけでも驚きだが、それ以上に不思議なことがある。なぜだ? 彼らはみなあの例の怪物たちとまともに戦っているではないか!?
「ひとまず助かったみたいで良かったな。」
「あ、ああ。」
怪物と戦闘を行う彼らを振りかえって見た。すごい、みんな次々とあの気味の悪い怪物を倒していく。無数に疑問点はあるし、あいつらに聞きたいこともたくさんありすぎるくらいにあるが、ひとまず今は全力で彼らに感謝することとしよう。