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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「リライト・スタート」
7/70

「ペーパートワコさんが見てた」

 ~~~鏡紅子(かがみべにこ)~~~





 新堂新。逆から読んでも新堂新。おそらくこの世に産まれ落ちてから何十回となく言われ続けてきただろうこのネタを、あいつは何度あたしが繰り返しても律儀に嫌そうにしてくれた。


 嫌そうにしてくれた。


 考えてみてほしい。

 自分がその立場だったらどうする? 

 自分がつけたわけではない名前をネタにされる。

 しかもどうしようもなく面白くないネタにされ続けるとしたら、いったいどんなリアクションが返せる? 

 嫌そうにするのも笑うのも、最初のうちだけじゃないだろうか。最後のほうはめんどくさくなって、ああとかうんとか、どうでもいい生返事を返すのが関の山じゃないだろうか。


 でも新は、毎度毎度、律儀に嫌がってくれた。

 時につっこみ、共に笑ってくれた。

 本当に、芯から優しいやつなのだ。


 だからこそ、新は女子に人気があった。


 背が高い以外これといって特徴のないやつなのに。顔だって特別イケメンではないのに、いつもあいつの周りから女が消えることがなかったのは、生まれついての律儀な性格のせいだった。

 人の話を最後まで聞く。ゴミが落ちてたら片付ける。困ってるお年寄りがいたら助けてあげる。迷子の子供がいたら、親御さんが見つかるまで一緒にいてあげる。

 簡単なことだ。でもだからこそ、人間性が顕れる部分だと思う。

 なんの計算も打算もなしに他人のために尽くしてあげられる。同年代の男子に欠如していた倫理観が、新にはあった。


 名前の通り、みんなから愛されるべき存在として宿命づけられた雛は、その恩恵を最大限に受けていた。

 新の傍にあって、いつもニコニコと笑ってた。新の優しさにしがみついていた。その存在がバリアとなっていたから、新の「モテるのに告白されない」という矛盾が生じた。


 ……だからどうってことじゃない。

 ただ思い出しただけ。思い返していただけ。そこにはなんの他意もない。


「──うわあああぁん! やっちゃったよー紅子ー!」


 電話をとった瞬間かん高い声で泣きわめかれて、あたしはげんなりした。

 相手は雛だ。同窓会を途中離脱したあいつは、あたしが家に帰ったと同時に電話をかけてきた。


「あー、うっさいうっさい。騒ぐなわめくな。夜中に近所迷惑だ」


「……うっう~。だあって~」


 ぐずぐずえぐえぐと泣く雛の相手は、毎度のことながら時間がかる。

 あたしはコーヒーメーカーのスイッチを入れ、エアコンをかけて炬燵に入った。

 金持ちお嬢様のお屋敷とは違い、気密性もくそもない6畳間のワンルームは、3月の夜でもくそ寒い。


「だいたいあんたが悪いんでしょ? 今日こそ新くんと仲直りするんだ~って意気込んでたくせに。逆にケンカしてこじれるとかバカじゃない?」


「そうなんだけど~。そうなんだけど~。うっうっ……」


 ……ま、わからなくもない。目の前であんなのを見せつけられたら、マリア様だってぶちギレる。

 うら若い女子高生が彼氏に抱きつき膝枕……なんてね。


 チクリと胸を刺す痛みを押し殺して、あたしは言った。


「……いい? 悪いこと言わないから、これ以上こじれさせたくなかったら、許してやんな」


「わたしだって許したいよ~。また新くんとお喋りしたいよ~。ふたりでどっかにお出かけしたいよ~。でも、あのコがトワコさんだなんて、あり得ないじゃない? そんなウソをついてまで隠さなきゃいけない関係ってなに~?」


「あーまあ……ね」


 あのウソはひどかった。

 職業柄そういった突拍子もない事柄には造詣が深いというか懐が深いつもりでいるあたしですら、なに言ってんだこいつ? もう少しマシなウソつけよ、と思ってた。


「でしょ~?」


「普通に考えればちょっとつまみ食いした女子高生に食いつかれて困ってるってとこだろうけど……」


「やっぱりそうだよね~? うう……世の男性はJKに目がないっていうけど、新くんもなのかな~? もうわたしみたいなおばさんには興味ないのかな~?」


 おまえは世の女性の何割を敵に回すつもりなのか。

 雛の贅沢な台詞にため息をつきつつ、あたしは置き時計の表示を見た。


 もうちょいで日が変わるか……。


 あたしは炬燵の中でストッキングを脱いで床に放り投げると、淹れたばかりのコーヒーを啜った。

 この調子じゃ2時ぐらいまではかかるかね。明日の昼までにネタ出ししときかなきゃいけないんだけどなあ……まあ、いいか。


「ね~? どう思う? 紅子~」


 人に迷惑をかけていることに気がつかない天然お嬢様のお相手は、昔からずっとあたしのものだった。お嬢様に彼氏が出来て少しは減るかなと思ったけど、むしろ相談事の数は倍増した。

 新くんは、新くんは、新くんは……。

 絶対に本人にしかわからないだろう質問を、何度も何度も切れ目なく投げ掛けてくる。小学校の時の初恋がいまだに続いている超絶重い女。ヘビー級チャンピオン。


 でも世間的にはこういうのがモテるんだよなあ。

 顔がいい、性格がいい、ナイスバディ。

 人の美点はいくつもあるけれど、最終的にはこういう全力で甘えてくる子犬タイプが一番モテる。

 俺がなんとかしてやらなくちゃ、なんて思ってくれるらしい。


 あたしもいっそ、子犬系にクラスチェンジしてみようかね。そしたら誰かがなんとかしてくれるのかね。

 新くん新くん! あたしを構って! あたしを愛して!

 ってさ。

 安物のコーヒーを飲み下しながら、くだらない妄想に耽って自分で笑う。


 じー……。


 唐突に、あたしはその視線に気づいた。


 部屋の中に誰かいた。

 6畳間の空間に、仕事道具や各種資料や多くの漫画本の山と積まれた空間に、あたし以外に誰かいた。

 盗撮、盗聴。そういった機械的なものじゃなかった。かといって肉体の持つ熱は感じなかった。


「──⁉」


 ハンドバッグの口が開いていた。開けたつもりはなかったのに開いていた。そこから何かが覗いてた。


 それは厚紙で出来ていた。

 角を丸くカットした正方形。居酒屋でよくあるタイプのコースター。

 落書きしたのを気づかないうちに持って来ていたのか……あれ、どうだったかな……?


 いや、そんなことはどうでもいい。

 問題なのは、それがひとりで動いてることだった。

 風もないのに勝手にひょこひょこ動き出し、ハンドバッグから飛び下り、カートゥーンアニメさながら、炬燵の上に降り立った。


「≧○%&¥@¥§*¢◎▽★ー⁉」


 ──ペーパートワコさんは、目を丸くして驚いてた。自分が生きて動いてることを、喋っていることを。

 かん高くて早口で、およそ人語のようには聞こえない言葉を連発した。


「〆◇£¢§☆◎○~! @◎▽%&¥¢〆≧×⁉ §★~◇&£¢≦!」


「……あーはいはい。そうねそうね」


 適当な相槌を返すと、なぜだかペーパートワコさんは腰に手を当て、満足げにうんうんとうなずいた。


「──ねえ紅子? 聞いてるの?」


 電話越しに雛の声が届いてる。


「……うん、聞いてる聞いてる。……雛。あんたね、新の言うこと信じたほうがいいかも……」


「──え? ──なんて⁉」


 ペーパートワコさんとの不協和音にかき消されて、あたしの声は届かない。


「……や、あたしにもちょっと、説明のしようがないんだけど……」


 ちゃかちゃか動き回っては部屋の中の──異様な片付いてなさに驚くペーパートワコさん。


 彼女はあたしの手慰みだった。

 創作活動に詰まった時に、あるいは個人的に嫌なことがあった時に、無意識のうちに描いていた逃げ場だった。

 優しい存在。楽しかったあの頃。イノセントの象徴。

 いっぱい描いてきた。何度も描いてきた。

 下書きもいらない。アタリだけで描ける。彼女は昔から、あたしの友達だった。


 あたしはぞっとしながら部屋の隅のプラスチックケースに目を向けた。

 日の目を見ぬまま封印された没作品群。その中には数えきれぬほどの彼女の残骸が眠っているのだが──




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