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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「トワコさんはもういない」

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68/70

「トワコさんは、最後にこの町に帰って来る」

 ~~~新堂新~~~




 銀髪のオールバックの男性。歳の頃なら60、70歳くらいか。

 日本人じゃなかった。無数の皺を顔に刻んだ、白い肌の西洋人。

 黒いスーツに黒いネクタイ。誰かの葬儀にでも出席するような格好をしていた。

 その世代の人間にしては、どこか剣呑な雰囲気があった。触れれば切り裂かれそうな、武術家や傭兵のようなたたずまいがある。


「マジかよ……」

 他人のそら似などではない。

 絶対に本人だった。

 最寄り駅のホーム。ターミナル駅への乗り換え電車を待つ人々の中にギィがいた。

 IF殺しの葬儀屋が電車待ちをしてる姿なんて、これはもう悪い冗談としか思えない。

 目まいがした。本気で自分の頭を疑った。


「……よ、よう」

 おそるおそる話かけた。

「……小僧か」

 ギィはチラリとこちらに一瞥をくれた。

 本物だよおい……。

 内心の動揺をなんとか押し殺した。

「もう傷のほうはいいのかよ? 歩いても平気なのか?」

 合宿の夜にトワコさんと激突して打ち負かされたギィは、「容赦を知らない」彼女の手によって、本気で「生きているのが不思議」なくらいにまで傷めつけられた。


「……あんなもの、傷のうちにも入らん」

 さすがの復元力、と言いたいところだが、まだ軽く足を引き摺っているのを俺は見逃さなかった。

「ふっふっふっ……。なるほどね、もうぴんぴんしてるのか。そいつぁーよかった」

 煽り笑いをすると、ギィはあからさまに不機嫌になった。

「で、あんたはどこ行くんだよ? たったひとりでお供も連れず。引き摺るほどの足の怪我を治療しに、のんびり湯治にでも行くつもりか?」

「……八つ裂きにしてくれようか。小僧」

 ギン、と凄まじい目つきでにらみつけてくるギィ。


 俺はおどけて飛びのいた。

「おお、怖い怖い。……ま、あんたはそうじゃねえと張り合いがねえや」


 ギィは舌打ちすると、忌々しげに口を開いた。

「……東京へ行く」

「東京?」

 意外な返答に驚く。

「何しに? まさか観光ってんでもあるまいし。あれか? 葬儀屋の本部とかがあんのか?」

 ギィは大きく息を吐いた。

「……あの娘。……鈴の身を守れと命ぜられた」

「……はあ?」

 流しの大会の優勝者には、東京の本大会への出場権が与えられるんだったか。だから鈴ちゃんは今東京へ向かっているはずで……まあそれはいいんだけど……。

「鈴ちゃんを守る? どういうことだよ。なんであんたが……あんたは鈴ちゃんの母親を滅ぼそうとしてた側じゃんか」

 どこをどう捻ったらそういう発想が出てくる?

「……母親は新たな相を得た。もう滅ぼす必要はない」

「知ってるよ。でもそれがどうして守ることに繋がる。そもそも何から(・ ・ ・)守るってんだよ」

「……葬儀屋には、守護者としての役割もある。あの娘は、IFと人の間に産まれた子だ。希少価値があり、つけ狙う(・ ・ ・ ・)者も多い」

「なんだよそれ……」


 ギィは皮肉に口元を歪めた。

「……誰かが言っていた。IFの子は奇跡のような存在なのだと。何を大げさなとは思うが、実際に希少ではある。普通の人間の子とは明らかに違う。その存在の特異性に興味(・・)を持つ者は多い」

「だから狙われるって? それをあんたが……」

 ギィは再び、大きく息を吐いた。 

「……本来なら下人げにんどもの役回りよ。だが今回のことで、私は恥を受けた。主上はそれを看過(かんか)しなかった。それだけの話だ」

 つまり、罰を与えられたってことか。攻め手から守り手に配置換えされたと。


「……」

 そうか……IFの子供は狙われるのか……。

 重い事実が腹に響いた。

 鈴ちゃんの天真爛漫な笑顔が脳裏で歪んだ。

 だけどギィがいるなら安心だとも思えた。

 敵にすれば厄介この上ない男だが、味方として見るなら、これほど頼りになる男もいない。


 ギィの双眸に、冷え冷えとした光が宿った。

「……勘違いするなよ? 小僧。貴様らとの決着は、まだついたわけではない」

「うええ……まぁだやる気なのかよ。この人……」

「……当たり前だ。次は、娘の守護の任を後進に受け渡した後となるがな」

「それ、何年先の話なの……」

 寿命がないやつとの次の約束とか、本気でぞっとするわ。

「……主上の定めることだ。私にはわからん」

「とりあえず、俺が生きてるうちにしてくれよ?」

 鈴ちゃんが人生終えてからだったりしたら、さすがに生きてる自信がない。


 ギィは、答える代りに鼻を鳴らした。

 改めて気が付いたように周囲を見渡した。

「……今日は、あの娘はいないのか」

 俺は肩を竦めた。

「……待ってるんだよ。愛しのあのコが旅から帰って来るのをさ」

「……旅?」

 ギィは首を傾げる。

「可愛い子供には旅をさせよって言うだろ?」

 ここから電車で一時間半ほどの距離にある真理の家。旅というには近すぎる気もするけれど。


 ──でもきっと、彼女にとっては長い距離だったに違いない。

 ──でもきっと、彼女にとっては長い時間だったに違いない。


 IFだから、俺の設定以外の世界を知らない。

 IFだから、俺が見せた以外の未来を知らない。

 枷を外されたら、どうしていいかわからない。

 ちょっとのことだって不安になる。


 答え探しに迷ってうろついたこの数日を、彼女はどうやって過ごしていたのか。

 想像するだけで痩せる思いだ。


 ──それはたぶん、お互いに。


「……ようやく今日、帰って来るんだ。だから俺は、彼女を待ってるんだ」

「……」

 ギィは、おまえの言うことはよくわからぬというように首を傾げた後、ちょうど来た上り電車に乗り込んだ。


「じゃあな。ギィ」

 背中に声をかけたが、ギィはこちらを振り向かなかった。

 もうおまえと語ることはないとでもいうかのように。

 次に会うときは決着をつける時だとでもいうかのように。


「……なあ、ギィ。もしさ――」

 それは唐突な思いつきだった。

 なんの打算も駆け引きもない、純粋な一言だった。

「……俺とトワコさんとの間に子供が出来たとしたらさ。んで、誰かに狙われるようなことがあったらさ。──そん時は……あんたが守ってくれるかな?」

「……っ」

 ギィの肩がぴくりと震えた。


 ――は……っ。

 最初、それが何かわからなかった。

 ――は……っ、は……っ。

 ギィの肩が小刻みに震えていた。

 ――は……っ、は……っ、は……っ。

 口元から、間延びした呼吸音のようなものが漏れている。

 それが連続している。


 しばらくしてから、笑ってるんだと気がついた。

「……あの娘に助けなど必要あるまい。なんとなれば、私をも退けた娘だ。だがまあ……」

 背中越しに短く告げた。

「……主上の命とあらば」

 同時に、電車のドアが閉まった。


 遠ざかる電車を見送った。

 手を振ったりはしなかった。別れを惜しんだりもしなかった。

 唐突に出会って、唐突に別れる。

 俺たちの関係ってのは、きっとこれからもそんなもんだ。

 そんなもんなんだけど── 

「……相変わらず、下手な笑い方だよ」

 今日はちょっと、愉快な別れ方ができた。

 

 鈴ちゃんのことを考えた。あの年齢にしては出来過ぎた女の子。IFと人の機微を知る女の子。あのコと一緒なら、あるいはギィも、いずれ自然に笑える日が来るのだろうか。

 そんな、楽しいことを夢想した。


 夢想しながら待っていた。

 あの日記の最後のページのように。

 トワコさんが、俺の住む町へ帰って来るのを。



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