「彼女の横顔」
~~~猪狩真理~~~
「いやー、ついにこの日が来ましたなーかなりん」
「そうですなーぴよさん」
連絡をとると、奏さんとぴよちゃんは凄い勢いで駆け付けてくれた。
旅行バッグにリュックサック。
手に手に重そうな荷物を抱えてやって来た。
「なんであたしまで……」
巻き込まれた形の世羅さんや、
「女子会~女子会よね~。わくわくする~」
なぜか手をわきわきさせて興奮している桃華さんも加わって、ささやかな6畳間はすぐにいっぱいになった。
台所からお茶やお菓子を調達して戻ってみると、すでに場は盛り上がっていた。
「純情JKをアタシ色に染めてやるっす!」
「各種性癖のサポートもばっちりだよ!」
鼻息荒くテーブルの上にふたりがまき散らしたのは、各種恋愛漫画や小説、アニメ、映画にドラマ、ゲームなどの類だった。いわゆる薄い本や18禁のものが混じっているのは本気なのか冗談なのかわからないけど……。
「えっと……勉強会をするって聞いたんだけど……」
青ざめた表情のトワコさんの両肩を、かなぴよコンビが「逃がさん!」とばかりにガシッと掴む。
「恋愛の勉強をするっすよ!」
「そこから先のことって、そういう意味でしょ⁉」
完全にエンジンがかかったふたりは有無を言わさずトワコさんをモニタの前に座らせた。
「まずは誰からいくっす⁉ アタシでいいっすか⁉」
「なんで⁉ あたしでしょ⁉」
「かなりんはダメっすよ! ほらほらほらっ、いきなり握ってるのが18禁の緊縛物じゃないっすか!」
「まずは基本からでしょ⁉」
「基本の意味がわかんないすよ! 上級者向けすぎてパッケージ見ただけでトワコさんがどん引きしてるじゃないっすか!」
「大丈夫大丈夫! キツイのは最初だけだから! だんだん慣れてきて、そのうち縛りなしではいられなくなるから!」
「最終形態がアブノーマルすぎるんすよー⁉」
ぎゃあぎゃあとわめくかなぴよコンビは置いておいて、わたしは山の中から適当に見繕ったベストセラーの恋愛映画を再生し始めた。
「ご、ごめんねトワコさん。予想よりもハードな展開になりそう……」
「い、いいのよ。わたしのためにやってくれてるわけだし……」
わたしが声をかけると、トワコさんは気丈に微笑んでくれた。
「というかさ……」
少し時間が経った頃、ベッドの上に寝転んで自前のノートPCを開いている世羅さんが、不思議そうな声を出した。
「……これ、いったいいつまで続けるつもりでいるわけ? 漫画にしても小説にしてもDVDにしても、何十何百とあるけどさ……」
「ああそれなら」
簡単な話だ。
「トワコさんが恋愛のなんたるかを知るまで、かな」
「……それ、誰が決めるのよ」
「もちろん本人」
一本目の映画は佳境に入っている。高校生の男女がひょんなことから出会い惹かれあい、愛し合うののだが、彼女のほうが重い病を患って……。
「……これ、最後には死んじゃうやつじゃない?」
「しーっ、しーっ! ネタバレ厳禁ですよ世羅さん!」
「だってさ……。こういうのって、ハッピーラッキーで頭の中までピンク色なもの見せときゃいいんじゃないの? なんでわざわざ……」
「いいんですよ。塩を加えることでものの甘みを引き出すような意味なんです。恋愛にはいろんな形があって、成功も失敗もあって、だからそのぶん愛おしさが増すんだってことを理解してもらえれば」
「……あんたってけっこう暑苦しいやつだよね……」
うえぇ、と舌を出す世羅さん。
「先生の生徒ですから」
わたしは胸を張って答える。
先生ならたぶんこうする。一緒に悩んで、一緒に考えてくれる。絶対に逃げないし、絶対に曲げない。
わたしたちの――わたしの新堂新なら。
ぐすり……トワコさんが鼻を鳴らした。
体育座りして、真剣にモニタをにらんでいる。黒い瞳に、様々な恋愛模様が反射している。
絹のように艶やかな黒髪。美術品のように整った横顔。
目の前で起こっていることをそのまま受け止める感受性。
自己投影して、素直に泣き笑いできる心の豊かさ。
綺麗だなあ。
可愛いなあ。
心の底からそう思った。
こんなコなら、先生が夢中になるのは当然だ。
わたしみたいな地味なコでは話になるまい。
ふと気が付くと、みんながみんな、トワコさんを見ていた。
画面でもなく、各種媒体でもなく、目の前にいる奇跡のような少女に見入っていた。
けっきょくその日は徹夜になった。
寝落ちする者は容赦のない落書きの対象になるルールだから、誰も寝ることは出来なかった。
いや――それ以上に楽しくて、寝るのがもったいないとわたしは思った。
それぞれの恋愛観、性の受け止め方、思春期真っ只中の自分と自分たち。
トワコさんを中心に、わたしたちはいろんなことを話した。
わたしも興奮して、いろんなことを口走った。
ぴよちゃんは話しながらイラストを描いていた。奏さんは話しながら執筆用のメモをとっていた。桃華さんは奏さんの肩に頭をのっけて幸せそうにしていた。世羅さんはずっと聞き役で、手元にあるノートPCに何かを打ち込んでいた。
「ね、世羅さん」
「なに?」
わたしが話しかけると、世羅さんは作業の手を止めた。
「それって合宿の時のことを書いてるんですか?」
「……ああ、これか」
世羅さんがくるりと回してくれたノートPCには、この間の合宿で起こった出来事が丁寧にまとめられていた。ミカグラ様の来歴、地理的要因、時代背景、口伝の展開……。
「論文……ですか……」
「うん」
世羅さんはこちらを見ずにうなずいた。
「あんたもそうなんだろうけどさ、あたしもけっこう、複雑な過程を経てここまで来たわけよ。IFとか、メンターとか」
「……はい」
「……あたしもさ、上手くいかなかった人なんだ。泣いてわめいて傷つけあって、けっきょくすべて無くしちゃった」
「……」
「でも、泣いてるわけにはいかないわけよ。霧ちゃんがメンターになった時のために、あるいは葬儀屋になった時のために、色々と準備をしておかなけりゃならないわけよ。寝てる暇も、休んでる暇もないの。その瞬間は明日かもしれないから。ひょっとしたら今すでに起こっていることかもしれないから」
疲れ目を擦りながら、世羅さんは続ける。
「あたしは民俗学者になる。そういう意味で、ミカグラ様のことはいい経験になった。こう言うと失礼にあたるかもしれないけどさ。……でも、それが正直なところなの。創り出された者と、そのなれの果て……」
ぎゅっと、世羅さんは唇を噛んだ。
「――だからあたしは、一瞬たりとも立ち止まってるわけにはいかないんだ」
「……っ」
わたしは息を呑んだ。世羅さんの横顔に見惚れた。
「……なんて、負け犬がなにほざいてんだって感じなんだけどさ」
自嘲するように、世羅さんは頭をかく。
「そんなこと……」
「いいんだ。自分が一番よくわかってる。そしてだからこそ、トワコさんの問題から目を逸らすわけにはいかないんだ」
世羅さんはトワコさんを見る。
目の下に隈を作りながら画面に見入っている、そのひたむきな横顔を見やる。




