表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さまようミカグラ様」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/70

「インビジブル・ブロウ」

 ~~~ギィ~~~




 いわく、受けた刀ごと頭を割る。

 いわく、馬の胴体ごと斬り下げる。

 数多(あまた)ある自顕流の伝説はこう語る。初太刀(しょだち)を躱せと。

 二の太刀を考えぬ特攻剣術だから、初太刀さえ躱せばなんとかなると。


 言うだけなら簡単だが、その(じつ)至難の業だ。

 修練を重ねた自顕流剣士が全生命力を乗せた渾身の一撃。 

 ただただ積み上げ、練り上げられたものの持つ凄み。

 猿叫(えんきょう)と呼ばれる、人心(じんしん)を圧する発声。


 加えて、その速さだ。


 一呼吸を八つに分かち、さらに十に分かつこと四度(よたび)

 八万分の一にまで圧縮された瞬間を、雲耀(うんよう)と呼ぶ。

 雲耀の間に斬ること。それが自顕流の根本理念だ。


 来るとわかっていても躱せるものではない。

 目が像を捉え得たとしても、理解するのが間に合わない。

 それほどの速さだ。



 黒髪の小娘との格付けはすでに済んだ。

 彼奴(きゃつ)がどれだけの復元力を持ったとしても、切り離した腕や足が即座に接着するとしても、頭から斬り下げればそれで終わり。

 一度竦(すく)んだ者が勝てるほどに、私の技は甘くない。


「……」

 どちらかといえば問題は、羽根の生えた小娘のほうだろう。

 私を除けば、7人の中でも2番手の強者だったメイシェン。

 槍使いの円海(えんかい)とですら、よく打ち合える女だった。若くして達人の域に達していた。

 無手で武器と打ち合う、それ自体が馬鹿げたことだ。愚か者の所業だ。だがメイシェンはそれを成し得た。


 いかなる武技の中にも、上空に位置する者に攻撃する手段は存在しない。

 想定していないのだ。

 人は空を飛べぬものだから、考えることすらしなかった。


 ――メイシェンの敗北は、おそらくそこに起因する。


 羽根の生えた小娘の行方を探ったが、黒髪の小娘の復元の煙に紛れていて、姿が見えない。

 どこかに隠れてこちらの隙を窺っている。

 そう考えた。

 トンボに構えたまま、じっと気配を探った。

 新堂新の向こう側。白く煙った空気の向こう。

 


 ――ドン。


 何かが跳び上がった。

 爆発的な勢いで、宙高く舞い上がった。

 目で追った。

 赤いマフラーが風にたなびくのが見えた。一瞬黒髪の小娘かと思ったが違った。羽根の生えたほうが、高く高く空へと飛んだ。


「……偽装⁉」


 ――ダン。


 何かが強く地を蹴った。

 それは新堂新の股下からやって来た。

 柔軟な体を利した動きだ。地面とほぼ平行になるくらいに身を低くして、黒髪の小娘がくぐり抜けて来た。


「……小細工を弄するか!」

 トンボに神経を集中していた私の胴の中心に、不意にそれは迫った。

 円海の槍の石突きが、黒髪の小娘の手から矢のように放たれた。


「……!」

 払いのければ済む話だが、小娘の動きの速さを考えると、次のトンボを構え直す暇がない。

 横へ足を捌き、わずかに体をずらした。

 石突きが脇を掠めた。 

 直撃はしなかった。

 出血はあるが、騒ぐほどのものではない。


「……⁉」

 小娘がおかしな動きを見せた。

 体操競技者のするような動きだ。

 2転、3転……倒立前方回転を繰り返した。

 間合いぎりぎりのところで、強く強く地面を蹴った。


 ――上から来るつもりか!


 小娘とて武芸者の端くれには違いない。ならばこそ、互いの弱点を知っている。

 私は意識を上方に向け、足さばきを意識した。

 避けざま、斬って落とす――。

 

 だが小娘は上には跳ばなかった。

 超低空で前方に回転した。

 そのまま間合いの内に跳びこんで来た。

 跳びこまれた。

 にやり……、小娘の口元に笑みが浮かんでいる。


 ――すべてこのための仕掛けだと……⁉

 ――間合いに入ることさえ出来れば、互いの攻撃の届く範囲なら勝てると……⁉ 

 ――貴様ごときが……この私に……! 


 頭に血が上った。

 全身がかっと熱くなった。


 ――殺す。


 持てる全力を刀にこめた。

 私は高く叫んだ。


「――ジィェアアアアアアアアアアアアアアア!」




 ~~~トワコさん~~~



 敵からは遠く、自分からは近く。

 敵より先に、自分だけが当てて勝つ。

 それが間合いの根本理念だ。

 刀より槍が強いのも、素手より刀が強いのも同じ理屈だ。


 わたしがギィに勝つためには、是が非でも拳の届く位置まで踏み込まなければならなかった。

 だけどそれにはいくつもの難関があった。

 まず相手の方が間合いが広いこと。攻撃の速度が速いこと。

 まっすぐ突撃すれば、踏み込んだ瞬間頭から斬り下げられる。

 懸りの威力を考えれば、当然受けることも出来ない。


 だから五つ。

 わたしは五つ罠を仕掛けた。徹底して揺さぶりをかけた。

 桃華を飛ばせて視界を上に誘導した。

 新の股下をくぐって視界を下方に引きつけた。

 石突きの投擲で体を動かした。

 アクロバットによる踏み込みで拍子をずらした。

 表情筋の動きにより視線を誘導した。


 多重に策を弄して隙を作った。

 一歩を踏み込める間を生み出した。

 刹那の時間を稼ぎ出した。

 そのおかげで、わたしは今こうして生きている。

 間合いの内に身を置くことができている。

 

 アクロバットで踏み込んだ直後。ギィの猿叫よりも前に、わたしは突きの動作に入っていた。

 拳の形は正拳ではなく縦拳(たてけん)

 ――軌道は水月の位置から打点に向かってまっすぐ。決して力まず、捻じりを加えない。

 膝を抜き、足の裏全体で持ち上げるように体を前に送り出す。

 ――足首のバネを使わないので上下動しづらく、左右に振幅(しんぷく)しない。

 体の後ろの筋肉を意識する。

 ――後ろ足、背中、腰等、相手には見えない位置の力を推進力に変える。


 小さなモーション、ぶれない歩法、悟られづらい力点。

 故にその技は起こりが見えない。

 それと知った時には当たっている。

 見えない一撃(インビジブル・ブロウ)として海外でも恐れられているこの拳は、人の思考の隙をつく。

 感覚や、心理や反射の関係から錯視(さくし)を生み出す。

 だから躱せない。見切れない。

 全格闘技中最速の一撃は、ボクシングのジャブでもジークンドーのリードストレートでもない。古流の(くだき)――。


 ギィの刀。

 わたしの右拳。

 ふたつの軌道が交錯した。


 ――グシャリ。


 わたしの拳が、柄を持つギィの拳を打ち砕いた。

 新とふたりで練り上げた技が、ギィの技を打ち砕いた。


「……ぐ……がっ!」

 ギィの口から、苦しげな呻きが漏れた。

 

 ――六つ目の罠。

 ――わたしの狙いは胴でも顔面でもない。最も近い位置にある拳そのものにあった。


 間を置かず踏み込み、左のバラ打ち(指甲を当てる打ち方)を当てて目つぶしとした。

 同時に右の手でギィの手首を捻って刀を落とした。

「……ねえ、知ってる? ギィ」

 右下方に引き込むようにぶん投げた。頭から地面に落とした。

 体勢を立て直す暇など与えない。即座に顔面を踏みつけた。  

 柔らかい何かが、足の裏で潰れた。

 ぐり……と踏みにじりながら伝える。もう聞こえてはいないかもしれないけれど。

「古流の当て身はね。一撃必殺というよりは、主に逆技や投げ技へと『派生させる』ためのものなのよ。だからなんというか、あなたには申し訳ないことなのだけれど、本番はここから。かてて加えて、もうひとつの大事なこと――」


 わたしはにやりと笑い、その言葉をつぶやいた。

「――トワコさんは容赦を知らない」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ