「トワコさんは、出された料理を残さない」
~~~新堂新~~~
同窓会に初めて参加した。
東京の大学に通っている時は交通費がネックになっていて、誘いは来たけれど参加しなかった。
今回はなにせ地元にいるし、幼馴染みであり絵日記の共同執筆者でもあった例の3人に会って相談したいこともあったので、参加することにした。
小学校6年生2クラス60人のうち、参加したのは半分ほどだった。
うちのクラスの委員長が音頭をとり、ふたりの担任が挨拶した。
自己紹介などはとくになかった。
狭い町のことだし、みんな子供時代の面影を残していたので、見分けるのに苦労はしなかった。
実際、中には大変身を遂げている者もいたが、お目当ての小山勝と鏡紅子はそれほど変わっていなかった。
勝は昔通りお調子者の賑やかしで、常に輪の中心で瓶ビール片手に騒いでいた。
紅子は相変わらずどんより暗くて、輪から外れてウィスキーをちびちびやっていた。
中だるみの時間になった頃、ようやく3人揃った。
俺と勝と紅子が、なんの約束をしたわけでもなく隅っこのテーブルに集まった。
雛はまだ来ていなかったから、俺の隣の席は空席になっていた。
金髪で顎鬚をたくわえたチャラいあんちゃん風の勝は、地元の酒屋の店員をしていた。
店番や宅配をしているということだが、勝のコミュニケーション能力を考えれば妥当な就職先だと思う。
幹事として卸し先の居酒屋を会場に選ぶ抜け目なさもさすがだ。
紅子は相変わらずチビで目つきが悪くて口も悪い。ぐるんぐるんと波打つようなテンパにヤボったい黒ぶち眼鏡。目の周りにはデフォルトで隈があるあたりも変わってない。
どう切り出したものかとさんざん悩んだ末、シンプルなその言葉に決めた。
「──トワコさんのこと、覚えてるか?」
俺の質問にふたりは戸惑い、顔を見合わせた。
「……う~ん。誰だっけ?」
「そりゃ覚えてるけど……」
「えー? 紅子、知ってんのかよ?」
「忘れるほうがどうかしてるっての。あんたの頭にゃ、脳味噌の代わりに八丁味噌でも詰まってんじゃないの?」
紅子はハンドバッグから鉛筆を取り出すと、ドリンク用のコースターを裏返して白地にさらさらとイラストを描いた。
出来上がったのは漫画チックなトワコさんだった。頭が大きくて手足の小さい2・5頭身くらいのペーパートワコさんが、両脚をクロスし両手を拡げて、「ヒーハー!」とご機嫌に笑っていた。
「これでしょ?」
「そ、そうこれ……あれ、こんなだったか?」
厳密には違うような気がするけど、こんなにテンション高くてロリっぽい感じじゃないけど、黒髪ロングにセーラー服に赤いマフラーというスタイルはまったく一緒。
みんなで絵日記を描いていた当時、絵の担当は紅子と雛だった。
ふたりとも絵が上手くて、下手な絵を並べるのは気がひけたので、俺はもっぱら字のみだった。
勝は果敢にトライしていたが、アルタミラの洞窟壁画みたいなのしか描けていなかったっけ……。
こみ上げた懐かしさをかみ殺していると、勝がペーパートワコさんを見て感心したような声を出した。
「おー、さっすがだな紅子。プロはちげーなー」
「……プロ?」
俺が疑問符を浮かべると、紅子は微かに口元を歪めてVサインをしてみせた。
「月刊誌で連載2本。一応プロよ」
「漫画家⁉ マジか! スっゴいなー!」
まさか知り合いからプロが出るとは。たしかに昔から絵の上手いやつだったけど、まさかプロになるとはなあ……。
「……ま、雛には勝てる気しないけど」
と言いつつまんざらでもない顔をする紅子。コースターの下を折り曲げてトワコさんを立たせたのはたぶん、照れ隠しだ。
「ずいぶん懐かしい話をするわね。──んで? トワコさんがどうしたっての?」
「いやそれがさ。聞いてくれよ──」
「──ということがあってさ。いやあ大変だったんだよ。そのあとヒゲさんにはさんざんからかわれるしさ。あ、ヒゲさんって覚えてるよな? 美術教師の満島大吾先生。学生プロレス経験者のガチムチ美術教師。あの人の情報網は相変わらずでさ。『てめえ社会人になってもモテまくりだな新堂! ほおら、独身教師、怒りのローリングソバットだー!』って蹴っ飛ばされた時についた擦り傷がこれで……ん? どした?」
紅子が手のひらを突き出して制してくる。
「新……ちょい待ち」
「え? なに?」
「ちょっとあたし、話についていけてない。……なに、本気で具現化したって言ってんの? あたしたちが創ったトワコさんが? あんた酔ってる?」
「酔ってない」
「酔っ払いはみんなそう言うのよね……」
紅子は沈痛な面持ちになった。
「わけわかんない話なのは百も承知だよ。実際、俺にだってちゃんとはわかってない。とりあえずなんやかやあって、トワコさんの彩南高校への進学が決まったわけ。んで、しょっぱなのLHRで盛大にやらかしてくれてさ……」
「……淫交で退職?」
「そ、そこまでの事態にはないってないよ。むしろみんな温かい目で見てくれたし。あー、新米教師がからかわれてるんだなーとか、へー、トワコさんってユーモアのセンスがあるんだなーとか、そういう目だったよ。運良くみんな、いいほうに勘違いしてくれてさ」
「ふうーん……そうなんだ……」
紅子はたっぷり1分ほどの間俺を見てから、ぽつりと言った。
「──2点」
低い。何点満点か確認するまでもなく低すぎる。
「荒唐無稽すぎる。ディティールが甘い。あと全体的に作者の妄想が滲み出てて気持ち悪い」
「なんの作品評からの引用だよ! こてんぱんすぎて応募者可哀想すぎるだろおい!」
「……デビュー前のあたしの作品評」
「おまえのメンタルは鋼で出来てるね!」
俺だったら自殺するまであるわ!
紅子はため息ひとつ。
「魂をこめて描いてたら九十九神になったって言いたいの? だったらあたしの周りなんか九十九神だらけよ?」
ま、まあたしかに。漫画家さんって大変そうだしな……。
「……なーなー紅子。その九十九神ってなによ」
勝はしきりにくびをかしげている。
「あんたって……まあいいわ。あんたにもわかるように説明してやると、長年愛情こめて使われた道具に魂が宿ったのを、九十九神っていうの。こいつは長年愛情こめて絵日記描いてたから、トワコさんが実物になったって言いたいわけ」
「マジかよすげーじゃん!」
「いや信じんのかよ……」
頭を抱えて呆れる紅子は、俺を強くにらみつけた。
「百歩譲ってトワコさんが実在したとしましょうよ。んであんたの家で嬉し恥ずかし同棲生活してるとしましょうよ。ついでに学校にも現れて、クラス公認のカップルっぽくなったとしましょうよ。証拠を見せなさい。ソースよソース。本人連れて来なさいよ」
「や、それは……」
本人がここに来たら何を言われるかわからないから連れて来なかったのだ。だってほら……ねえ?
答えに窮していると、紅子は鼻で笑った。
「連れて来られないんだ? ふーん」
俺を指差し、「ウーソつきー」と拍子をとって小馬鹿にした紅子の後ろに、誰かが立った。
お尻のラインがよくわかるスリムジーンズにだぼっとした春物のセーター。首には赤いマフラー。帆布のキャスケットを目深にかぶった女の子だ。
酔っているのか、体が左右に揺れている。
「……誰よあなた」
訝しげに眉をひそめて振りかえる紅子。
「──新を……バカ……にしないで……」
言うなりバランスを崩し、女の子が倒れこんできた。
なんとか受け止めたが、拍子でキャスケットが脱げ、押し込んで隠していた髪の毛が露になった。
「げげ……っ、トワコさん……⁉」
それはまぎれもなく、家で留守番しているはずのトワコさんだった。
「こいつが? トワコさん?」
俺のつぶやきを聞いた紅子が、うつぶせに倒れているトワコさんの顔を覗き込む。
見回すと、カウンターで呑んでる水商売系のお姉さんたちがこちらに手を振り、「頑張れ女の子ー」とか「彼氏逃がすなよ~」と口笛を鳴らして囃し立てていた。
トワコさんは俺の膝に顔を埋めながら、手だけをひらひら振りかえした。
「トワコさん大丈夫? 呑んでるの?」
「うん~、えへへ~。変装して待ってたら色々勧められちゃってさ~。だって新が、『出された料理を残さない』設定にするんだも~ん」
顔をピンクに染めた甘えん坊モードで、トワコさんは俺の膝に顔をぐりぐりしてくる。
……そういえば、そんな設定にした気がする。
理由は覚えていないけれど、たしかに当時の俺は、そういう女の子がチャーミングだと思っていた。いっぱい食べて、いっぱい飲んで、ごろごろ甘えてくる女の子。
「えへへ~」
「……っ」
普段のクールな印象とは180度異なるトワコさんの変わり様に、慄然とした。
わかってはいたことだけど、トワコさんは思春期まっしぐらのエロガキが思いつきでつけたような設定に、本気で逆らえないんだ……。
「おいあれ……」
誰かがつぶやく。
「おー? なんだ新かよ。あいつ社会人になってもあんなかよ」
「相変わらずモテるよな~」
「つか相手の女の子、誰? 超可愛いんだけど」
「誰でもいいよ~。他人の女に興味なし」
同級生が好き勝手をほざく中、「……おい新」、「新……ちょっと……!」ふたりが次々に警戒の声を発した。
「……へ?」
視線の先を追う──彼女がいた。震える手でハンドバッグを胸に抱き締めていた。パーティ帰りなのか黄色のドレスワンピースに身を包んでいた。美しい顔を青ざめさせ、俺とトワコさんを見ていた。
小鳥遊雛。仲良し4人組の最後のひとり。そして昔の、俺の彼女だ──。