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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さまようミカグラ様」

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48/70

「その治療法は、確実に間違っている」

 ~~~新堂新~~~  




 あれから2日経っていた。

 あれからってのは、プロレスの夜からってことだ。

 普段使わない筋肉を使って、打たないようなとこを打って、だから俺は極度の筋肉痛に陥っていた。

 それは2日経っても治らない。歳のせいか、むしろ今日が本番みたいに感じる。

 体を動かそうとすると激痛が走る。無理をすれば声が出る。


「ううむ……ぐうう~……」

「あ……ああぁ~っ」

「ちょ……たす………無理っ」

 悲鳴を上げながら居間で横になっていた。

 ふと気が付くと、外から戻って来たトワコさんがにこやかに見下ろしてきた。

「筋肉痛のいい治療方法を聞いてきたの」

 言うなり、戸惑う俺をお風呂場に連れて行った。


「え? え? なになに?」

 有無を言わさず服を脱がされた。パンツだけは死守したが、力の強いトワコさんに、無理やりマットにうつぶせにさせられた。

「……へ? ……え?」 

 ぺたんと脇に座ったトワコさんは、いつの間にか上下白の水着に着替えていた。縁取りが紫のビキニタイプだ。

「なになに? なにすんの?」

 トワコさんはガラスのボトルから透明な液体を手にすくうと、両手を揉み合わせるようにした。

 粘性のある液体が糸を引く。

 なんだろう……どこかで見覚えのある……。

「筋肉痛にはローションを使ったリンパマッサージがいいんだって」

「誰に聞いたのそれ⁉」

「奏」

「ダメだー! それは絶対違うやつだ! 絶対違う用途に使うやつだ! どうせあいつのお宝ボックスに入ってるやつだろ⁉」

「もう! 暴れないで! ご近所迷惑だから騒がないで! 奏が太鼓判押してたのよ! 医学的に保証された完璧な治療法だって! だいたい何なのよ違う用途って!」

 詳しくは言えません!

「とにかく奏だからダメなんだっての! その太鼓判は18禁マークみたいなもんだから! 押されてたらダメなもんだから!」


「はいはいおじさん、めんどくさいこと言わない。動かな~い」

「誰がおじさんか⁉ って……ぐううぅ……⁉」

 トワコさんの手が背に触れた。

 ローションはきちんと人肌に温められていた。

 くそ……っ、気が利いてやがる!

 そしてちくしょう……これはたしかに気持ちいい!

 トワコさんのしなやかな手指が水溶性の滑らかな液体でコーティングされ、極限まで摩擦抵抗をなくしている。それが優しく柔らかく肌を撫でることで、えも言われぬ快感を生み出している。

 体の中心から末端へ、血流がよくなり、どんどんと体が温まっていく。

 そもそもリンパマッサージとは、血液やリンパ液の流れを促進させるために行うものだ。

だからというか、全身を触れ合わせる目的で行う、いわゆるマットプレイとは相性がいい。

 理屈としてはわかる……わかるんだけど……!

 ほくそ笑む奏の顔が脳裏に浮かんで、なぜだかすごく悔しい! 


「うああああ……っ⁉」 

 俺の心中の葛藤をよそに、トワコさんの手指は動きを続ける。

 臀部から太腿へ、腿裏へ。肩甲骨から二の腕へ、手の先へ。

 筋肉痛が、押し流されるように消えていく。 

「はぐぅううう……っ⁉」

 自然と体が密着する機会が増える。すべすべした膝小僧や、柔らかな双丘が俺の体の裏側に触れる。女の子の体は柔らかくて丸みを帯びてるんだってことを、いやってほど理解させてくれる。

 そのつど変な声が出てしまい恥ずかしくなって、顔が火照(ほて)る。

 神経が集中し、感覚はますます鋭敏になっていく。


「ふーっ、ふーっ、ふー……っ」

 荒い息を吐きながら、俺は懸命に理性にすがった。

 いかんいかんいかん。情欲に押し流されてはいけない。

 俺は大人だ。俺は教師だ。彼女の創造者だ。父親みたいなもんなんだ。

父親が娘に邪な感情を抱いてはいけない。

 これはあくまでマッサージなのだ。性的ではない、合法的なマッサージなのだと言い聞かせる。


「さ、次は前ね~」

 トワコさんが体を裏返そうとしてくるのに、俺は全力で抗った。

「……なによ。どうしていやがるの?」

 トワコさんが怪訝な声を出す。

「――ごめん、これ以上は無理だ」

「なにがよ?」

「いやその……男の子としていろいろありまして……。今は動けないというか……」

 上を向けないというか……。

「わけわかんないこと言ってないで。さっさと動いてよ。ほら、もう」

 俺は必死の抵抗もむなしく裏返されてしまった。


「あ……」

 思わず直視してしまった。

 初めて見る水着姿。白い布地がローションを吸っていた。肌がほんのりピンクに染まり、ぬめぬめと光を放っていた。  

 すっきりとへこんだお腹、程よく盛り上がった双丘、なだらかな鎖骨のライン、ほっそりした首筋――すべてがいやらしく、性的な色味を帯びていた。


「あ……」

 トワコさんのほうでも、俺を直視していた。

 俺の体の下の方に視線がいった。 

 直後、かーっと顔を赤らめた。

 沸騰したように湯気が上がった。


「あの……新……これって……」

「ち……違うんだこれは……!」

「ちょっと……新……もうっ」

 トワコさんは唇を噛み――初めて自分の状態に気が付いたように、慌てて胸を隠した。

「あ……新のバカ! スケベ! 人が真剣にマッサージしてあげてるのに、いったいなに考えてたの⁉」

「ち……ちが……違うんだ! とにかく色々違うんだ! これはその……男には色々あってさ……! 生理的に! 本能的に! 理性とは関係ない領域の話なんだ!」

「根性でなんとかしてよ!」

「なんともならない話なんだってば!」


 むなしい言い合いをしながら、はたと気づく。

「――と、とにかくそこをどいて! もうすぐ雛が来ることになってるから!」

「あ……? ああ……うんっ。そうか、そうだったわね!」

 雛の名を聞いて冷静さを取り戻したのか、トワコさんが身を起そうとして――ローションにつるりと足を滑らせた。  

 俺はそれを支えようと上体を起こして――やっぱり滑って、転げるようにトワコさんとの上下が入れ替わった。

 トワコさんが下で、俺が上で。互いにあられもない姿で。まるで、俺が風呂場でトワコさんを組み敷いているみたいに。


「新くーん。トワコさーん。いないの~? さっきから呼んでるのに~」

 タイミング悪く、がちゃりとガラス戸を開けて雛が顔を覗かせた。

 前述のような格好になっている俺たちと目を合わせた。

「げ……っ」

「え……?」

「ち……違うの雛! これは……!」

 トワコさんがかぶりを振って否定する。

「マッサージをしてたんだ! 筋肉痛がひどかったから!」

「そうよ! そうなの! 徹頭徹尾、それだけの話なの!」

「……あ、うん。そうだよね。大丈夫、わかってる。わたし、わかってる」

 雛は青い顔をしてガラス戸を閉じた。

「ふたりとも、お腹減ってるのよね? だからわけわかんないこと言ってるのよね? 大丈夫。わたし、わかってるから。だから今から……朝ごはん作るから……」

 一瞬だけガラス戸を開け、目だけ覗かせた。

「……すぐに持って来るからね。……残さず食べてね?」

 

『…………っ!』

 俺たちは顔を見合わせた。

「ちょっと新! あいつ完っ全に自分の料理を武器として認識してるじゃない! どういうことなのよ!」

「よしわかった! すぐ逃げよう! 今すぐだ! 脱兎のごとく!」

 身を起こしたトワコさんがガラス戸に向かう。

「――ダメよ新! 鍵がかかってるわ!」

 絶望的な顔でこちらを見た。

「バカな⁉ お風呂場だぞ⁉ 外から鍵なんてかかるわけが……」

「これ……把手に何か差してあるわ! 怖い怖い怖い! あの女、本気でわたしたちを殺す気よ⁉」

「雛ー! 俺が悪かった! 許してくれー!」


 俺の絶叫はむなしく風呂場に響き、やがて食卓に響いた。

 アパート前に迎えのマイクロバスが来た時には、俺とトワコさんはすでに吐きそうになっていた。

 かくして文芸部の夏合宿は、波乱含みの幕開けとなったのだ……。



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