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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さよならハイパーバトルマシーン」

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47/70

「十点鐘」

 ~~~新堂新~~~



 重い静寂があった。

 誰も口をきけなかった。

 互いの心音と、医療機器の音だけが部屋に響いた。


 奏は失われた孝の体を追い求めるように数度、手を宙にさ迷わせた。

 それが無駄な行為であることに気が付いて――力なく、(しお)れたようにうつむいた。

「……奏」

 近寄ると、しがみつくように抱き付いてきた。

「センセ……孝が……っ」

「……奏」

 俺も泣きたかったけど、涙腺にぐぐっときたけど、なんとか耐えた。

 心の奥歯を噛み締めながら、奏のショートカットをくしゃりとかき回した。

「孝はよくやったよ。偉かった。きちんと最後まで笑ってた。絶対涙を見せるんじゃねえって、HBMとの約束を守った。なかなか出来ることじゃない。なあ、あいつは立派な弟だ。なあ、奏。おまえの自慢の弟だ」

「うん……っ!」

 奏は大きくうなずくと、俺の胸に顔をうずめてわんわん泣きだした。 



「――静かに」

 しわがれた声が室内に響いた。

 低く抑えつけるような声に驚いて、奏は泣き止んだ。

 医者じゃなかった。

 看護士でもなかった。

 集中治療室の入り口に、誰かいた。

 銀髪のオールバックの男性。60、70歳くらいか。日本人じゃなかった。無数の皺を顔に刻んだ、白い肌の西洋人。

 黒いスーツに黒いネクタイ。誰かの葬儀にでも出席するような格好をしていた。

 その世代の人間にしては、どこか剣呑な雰囲気があった。触れれば切り裂かれそうな、武術家や傭兵のようなたたずまいだった。 


「……なんだあ? おめがだは」

 HBMが初老の男性の前に立った、強い目でにらみつけた。

葬儀屋(アンダーテイカー)のギィ」

 初老の男性――ギィは短く名を告げた。HBMとの圧倒的な体格差にも、まるでたじろぐ気配を見せない。

 おめがだ――おまえらの複数形――ギィの後ろには、同じく葬儀にでも出席するような格好をした者たちが控えていた。

 ギィの合図で、一斉に室内に侵入してくる。

 医師と看護師に応接する者。孝が消えた床や、もう動かないばっちゃを調べる者。カメラなど撮影機器の類を探す者。俺たちが怪しい動きをしないか見張る者。

 無駄なく役割分担されてた。軍隊のように統率のとれた動きだった。


「ふざけんでねえど……っ」

「――動くな」

 拳を振り上げたHBMの喉元に、太刀の柄が突きつけられた。

 刃渡り3尺近い太刀だ。黒漆の鞘に納められている。 

「むう……」

 さすがのHBMもたじろいでいる。


「……葬儀屋。管理機構子飼いの狗共(いぬども)だ」

 マリーさんが隣に立ち、説明してくれる。

「IFとこの世との仲断(なかだ)ちをする」

「仲断ち……?」

「IFは、この世の者たちとは性質を異にする存在じゃ。生きるにしても、死ぬにしても、様々な軋轢(あつれき)を生ぜずにはいられない。とくに問題は死ぬ時じゃな。霧の時のように滞りなくいけば良し。このような……」

 集中治療室には、今なお多くの医師や看護師がいる。

「衆目の前で死んだ時には、色々と(はばか)りがある。こ奴らはそれを解決するために存在しておる……」

 マリーさんは忌々しげにつぶやく。

「……いけ好かない奴らよ。中でもこのギィは悪名高くてな。なんでもかんでも力ずくで無情に仲断ちするから、ついたあだ名が『鉄血(てっけつ)のギィ』」


「説明ご苦労」

 ギィは言った。

「わかったら下がれ。たかだか(ばばあ)ひとりガキひとりの死で、これ以上迷惑をかけるな」

 まったくの真顔だった。ひとかけらの愛情もないって顔だった。


「んがぁ……っ」

 身を振わせたHBMが、取り返しのつかない一歩を踏み出そうとする。

 俺はレフェリーみたいに慌ててギィとの間に入った。

「オッケーオッケー。わかった。わかりましたっ。俺たちはこれで解散しますっ。大人しく家に帰りますっ」

「2号……」

 納得いかなそうなHBM。

「やだなあHBM! ほら笑顔笑顔! スマイル・アンド・ピース! ラブ・ジ・アース! 人類皆兄弟だよ!」

 わちゃわちゃ精いっぱいのコミカルな動きで、HBMの気を紛らわす。

「2号……んだどもよう……」


「――HBM!」

 俺は思い切り大きな声で叫んだ。自身の声で鼓膜がびりびりと震えた。


 びっくりしているHBMに、まっすぐに言葉をぶつける。

「……試合終了だよ。今はただ……孝の冥福を祈ろう」 

「……っ」

 HBMは息を呑んだ。

 俺を見て、辺りを見た。

 孝が消えた空間と、静かに眠っているばっちゃを見て、冷静さを取り戻した。拳を納めた。

「……んだな。悪がった」



 みんなを部屋から引き上げさせた。

 一番最後に部屋を出た俺の背中に、ギィが声をかけてきた。

「……意外だな。おまえが一番騒ぎそうに見えたが」

 心配そうに俺を見ているトワコさんを手で制し、俺は改めてギィと向き合った。

「経験上、おまえみたいなのは間違いなく憤慨する。感情に任せてがなり立てる。身の程知らずにも暴力を振るおうとしてくる。自覚はないのだが、どうにも私の言い方が気に障るらしくてな」

「自覚ないのかよ……」

 たしかに感情の薄そうな顔をしてる。任務以外は何も知らない人造人間って感じ。

「……たしかに、自分自身でも意外なほど落ち着いてるんだ。初対面でここまでムカつくやつなんかそうそういないんだけど、まさにあんたがそうなんだけど。なぜだかどうも、やる気にならない」

「恐怖しているのではないのか?」

「あんたにびびってるって? うーん……ちょっと違うかな。説明しづらいんだけど」

 少し離れたところで、みんなが心配そうにこちらを見ていた。

「レスラーだから、なんだと思う」

「レスラーとは、戦う職業だろう? だったらなおさら、戦わずに逃げるのをよしとするのか? 悪しざまに言われたまま背を向けていいのか?」

 ギィは純粋な疑問、といった感じで首を傾げる。

「ちょっと違う。戦いを見せる職業だ。戦うことで戦い方を教える職業だ」

「……演劇ということか?」

「そうだな。それに近い。実際俺もそうなんだけど、弱くたって戦えるのがプロレスなんだ。どうやって戦かったのか、どんな風に見せられたのか、そこにこそ価値があるんだ」

「……弱者の詭弁ではないのか?」

 ……これで煽っているつもりがないってのが逆に凄い。


 はっ、俺は鼻で笑った。なるべく悪そうな顔で、ギィの胸元に指を突きつけた。

「強い弱いってのはなんだ? 力の強さか? あるいは財力? 地位? なるほどあんたには力がありそうだ。正面からやり合ったって、俺に勝ち目があるとは思えない。でもたぶん、俺にはあんたに無いものがある。そしてそれは、充分力の源になり得る。イコール強さだ」

「……それはなんだ?」

「愛」

「……」

 ギィは訝しげに俺の背後を見た。トワコさんを、マリーさんを、奏を、HBMを順番に見た。

「能面みたいな顔したあんたに、それがあるとは思えない。愛されてるとは思えない。愛の強さなら俺のが上。だからほら――俺の勝ちだ」

 にたり、とドヤ顔をして見せる。 

「――っ?」

 ギィは驚きに目を見開いた。

「私の……負けだと……?」

「そうさ。あんたは弱者。俺が強者」

 さすがに(くち)プロレスを挑まれるとは思ってなかっただろう。くだらない詭弁だ。子供の口喧嘩レベル。でも勝ちは勝ち。

「だから言ったろ? 戦い方だってさ。力で負けても、そこ以外で勝てばいい。俺たちはこれで一勝一敗だ」

 俺はアメリカンなジェスチャーで肩を竦めた。


 ――は……っ。

 最初、それが何かわからなかった。

 ――は……っ、は……っ。

 ギィの目もとが歪んでた。微かに頬が引きつった。

 ――は……っ、は……っ、は……っ。

 わずかに緩んだ口元から、間延びした呼吸音のようなものが漏れている。

 それが連続している。


「あんた……笑ってんのか?」

「は……っ、は……っ。そうだな、新堂新。私は今、笑っているようだ」

「どんだけ不器用なんだよ……俺はまた、気でも触れたのかと思ったぜ」

「は……っ。そうだな、私も不思議に思う。初めてだ。笑ったのは。だからこれがどんな風に見えるのかわからん。そうか、気が触れたように見えるのか。そうかそうか……」

 ギィは愉快そうに肩を揺すった。

「よかろう。児戯にも等しい言葉遊びだが、新堂新。おまえと私は一勝一敗のようだ」

「お、おう」

 見抜かれてらあ。

「おまえとはまた、どこかで会うことになりそうだ」

「俺はあんたとはもう会いたくないんだがな……」

「は……っ。そうか? そうかもしれんな。私もこれ以上ペースを乱されるのはごめんだ。だけどその時は……また、何かで勝負しよう」

「一勝一敗だからか?」

「そうだ」

 俺は肩を竦め、ギィに背を向けた。肩越しに手を振ったが、振り返されたかどうかはわからない。



 ~~~~~~



 5人揃って、病院を後にした。

「いやーしかし、センセも大人になったねー」

 うんうん、奏は腕組みしながら感心したようにうなずいている。

「勝てないまでも殴りかかるくらいはするかと思ったけど。まさかの口プロレスとはね。あたしは笑いをこらえるのに必死だったよ。さすがセンセ」

「それ……褒めてんのか?」

「褒めてる褒めてる。あたしもリング外でのケンカは見たくないもん。あれで済むなら上等上等」


「んだな……」

 HBMがぽつりとつぶやく。

「……あんなのはぁ、リング内だげで充分だぁ」

「HBMは平和主義者だものね」

 トワコさんは訳知り顔でうなずく。


「お、トワコさん詳しいね。そこけっこう仲良し?」

 意外そうに奏がつっこむ。

「まあ色々、ね」

 ふふ、トワコさんは奏に笑顔を返した。

 へえ……。

 そういや敵討ちって言いながら乗り込んで来たんだっけ。

 ……なんかあったのかな、このふたり。


「妬けるのではないか? 新」

 マリーさんがにやにや顔で俺をつついてくる。

「う……っ」

 心中を見透かされたような気になって、俺は呻いた。

「べ、別に俺はその……」 

 顔が赤くなってしまい、慌ててそっぽを向いた。

「え? え? ホント? 新、嫉妬したの⁉」

 トワコさんが凄い食いつきで俺の腕を掴んでくる。

「わたしが他の男と親しげに話してて嫉妬したの⁉ 悔しかったの⁉ ねえねえ!」

「や……その……俺は……っ」

 リングコスチュームのままのトワコさんは、当然だけど薄着だ。弾力のある胸の膨らみが腕に当たる。顔が近いので吐息が頬を撫でる。試合で流れた汗が微かに鼻孔を通り抜けて、俺はどうしようもなく赤面してしまう。

「顔真っ赤よ⁉ 新! ねえ新! ホントなの⁉ ねえねえ!」

「も、もうやめてよトワコさん……っ」

 俺はたまらず、覆面を被った。HBM2号と化した。

「ちょっと! ダメよ! そんなことしたって誤魔化されないわよ⁉ こら新!」

「……んだば、覆面剥ぎデスマッチ……だなぁ」

 ぼそりとHBM。

「ちょ……こら、HBM! 余計なこと教えないで!」

「いいこと聞いたわ! 逃がさないわよ新!」

 トワコさんが両手をわきわきさせて俺に迫る。

「うわわ⁉ ダメダメ! ダメだって!」

「新ー! 待ちなさーい!」 


 みんなに笑われながら、俺は逃げ出した。

 トワコさんが笑いながら追ってくる。

 俺は転げるように走った。 

 走って、走って、走った。

 呼吸が苦しかったけど、疲れた体は鉛のように重かったけど、立ち止まらなかった。


 ――忘れたわけじゃない。

 ばっちゃのこと。

 孝のこと。

 ふたりの不在は重く、切ない。

 

 だけどみんな笑っていた。

 奏も、もう涙を見せない。

 一生懸命に笑ってた。

 最後に孝がそうしたように。


 十点鐘(じゅってんしょう)のようなものだ。

 没したレスラーを弔うための10カウントゴング。

 もう試合終了ですよって、もう戦わなくていいんですよって。

 そう孝に告げるために、教えるために、俺たちは笑った。

 辛さを隠して。悲しみを押し殺して。悔しさすらも肥やしにして。

 高く高く、天まで響けと笑い声を上げた。



 ~~~~~



 体育館のシャワー施設を利用して着替えた。

 リングコスチュームから私服に着替えると、一気に体が重くなった。

「……」

 なんとなく手を見た。

 ひょろひょろと細く、弱そうな手。

 なんでも出来そうに思えたさっきまでとは全然違う。

 あー、戻って来たんだな。そう思うと切なくなった。


「お、センセ。待ってたよ」

 廊下の長椅子に座っていた奏が、ひょいと手を挙げた。

「トワコさんも待ってると時間かかりそうだから、せめてセンセにだけは挨拶しとうこうかと思ってさ。もう帰るよ、あたし」

「……もう遅いけど、大丈夫か? 送ろうか?」

「あのねえ、センセ……」

 奏は大げさにため息をついた。

「あたしももう子供じゃないんだよ?」

「いや子供だろ。むしろ教え子だろ」

「だぁからさ~、そういう気遣いはトワコさんのためにとっときなよ~」

「……トワコさんのため?」

 奏は俺の肩をぽんぽん叩いた。

「そうですよぉ旦那ぁ~」

「……なにそのキャラ」

 奏はにやにやと目を細めた。

「もう向こうは完全に意識しちゃってるんですぜ? さっきのリアクション見たでしょうが。センセが嫉妬してるって聞いた時のあの顔。あれはもう完全にメスの顔でしたぜ? 完っ璧に、攻略済みの顔してたでしょうが~」

「ゲスい発言をしないように……ったく、おまえは」

 軽く頭を叩くと、奏は「ひひひ」と笑って体を離した。

「ま、くんずほぐれつの18禁展開までいくかどうかは任せるけどさ、今夜は優しくしてあげなよ」

 今夜は……か。

「あたしもね。今、桃華に会いたくてしかたがないんだ。走って帰って抱きしめたいんだ。ひとり待たせてごめんねって。寂しくさせてごめんねって。あんたのことが大好きだよって。そう言ってあげたいんだ」

「……」

「じゃあね、センセ。今夜はさ、今夜だけは、センセのセンセとしての役割を忘れてもいいんじゃない? 一個人の新堂新となってさ。三条永遠子さんに接してあげなよ、ね? 新」 

 男の子みたいに笑って、奏は走り去った。本気で家まで走って帰るつもりなのだろうか。走って帰って抱きしめて、驚く桃華の耳元で――大好きだよ――って囁くのだろうか。


「新? 奏はもう帰ったの?」

 振り返ると、トワコさんがいた。

 濡れた髪をタオルで拭きながら、清々しい顔で立っていた。

「奏は帰ったよ。……マリーさんは?」

「なんだか先に帰るって言ってたわよ? 観たい時代劇があるんだって。HBMとはさっきすれ違ったけど、『とっちゃどかっちゃのとこに行ってくる』って言ってた。あの男、ファザコンでマザコンだから。ふふ。おかしいわよね。おっきな体して」

「……かもな」

 なんとなく笑い合うと、トワコさんは俺を促して歩き出した。

「さっさと帰りましょ。わたし、お腹空いちゃった。んー……今夜は何にしようかしらねー? ね、新は何が食べたい? いつもみたいに『なんでもいい』はダメよ? そういうのが一番困るんだから……」


 トワコさんの背を追って歩いた。

 細い肩だった。抱きしめれば折れそうなほど華奢に見えた。

 でも、彼女は強い。

 そういう風に俺が創ったのだ。

 細身でいながらレスラーよりも力があり、軽業師もびっくりのアクロバットをこなす。忠犬のように俺の傍に常にいる。自分だって疲れているにも関わらず、俺のお腹の具合を第一に心配してくれる。味の好みまで気にしてくれる。


「そういえばHBMが言ってたわよ? たまに試合に出場しろって。さすらいプロレスの興行は、いつでもわたしたちを待ってるって。けっこう面白いかもね。時々スポット参戦する2号と3号って。ふふ……」


 彼女との別れはどうなるのだろうか。

 俺が老衰して、彼女は今のままで。いつまでも綺麗なままで。

 その時彼女はどんなことを思うのだろうか。

 痩せ衰えた俺を見て、どんなことを考えるのだろうか。

 孝とばっちゃみたいに、笑って別れられるのだろうか。


 人間同士だったら死ねば終わり。

 でもIFにはその後がある。

 彼女はマリーさんみたいに、俺よりももっとずっと長い時を生きる。

 生きたくなくても、生きなければならない。


「――ねえ新。聞いてる?」

「……っ」

 何かがこみ上げてきた。

 衝き動かされるようにして、後ろから抱きしめた。

「――⁉」

「……三条永遠子さん」

「――――っ⁉」

 フルネームで呼んだことで、トワコさんはさらに驚き硬直した。

「ど、どどどどどどどどど……どうしたの新⁉ とつぜ……ふぁああ⁉ 息が……っ⁉ 首にぃ……っ⁉」

 顔を真っ赤にして動揺している。

 はっとしたように暴れ出した。

「ダメよ、こんなところで! どうせこういうことするなら家に帰ってから……ってそうじゃなくて! なんで……その……っ!」

 急速にトーンダウンし、「こんな……っ」と蚊の鳴くような声でつぶやくと、トワコさんは諦めたように大人しくなった。


 何もできずにいると、トワコさんのほうから声をかけてきた。

「……どうしたの新? 辛かったの?」

 肩越しに回した俺の腕に頬を寄せた。優しく撫でてくれた。

「いいのよ? わたしの前なんだから。他には誰もいないんだから。素のままの新でいて? 強がらなくてもいい。かっこ悪くてもいい。悔しかったら怒ればいい。悲しかったら泣けばいい。大丈夫。わたしは、あなたの全部が好きなんだから――」


 じわり……それは唐突にきた。

 優しくされたことが、ずしんと響いた。

 涙腺が決壊した。

 今まで溜まっていたものが、一気に目から溢れた。


「ト……ワコさ……ん……っ」


 喉が詰まって、何も喋れなくなった。

 言いたいことはたくさんあるのに、どれひとつとして言葉にできなかった。

 できないまま、俺はそうしていた。

 大人なのに。不器用な子供みたいに。

 お腹の音が鳴り響いて、ふたり笑い合うまで。

 ずっとずっと、トワコさんを抱きしめていた。




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