「ただ、立てばいい」
~~~レオ大崎~~~
「おいレオ」
「なんすか先輩」
「おまえ、いつまで続けるんだ? プロレス」
「あ? 退団するあんたには関係ないでしょ」
「おまえその言い方……」
「あ? なんすか?」
「い……いや、なんでもないけどよ……」
ここ10何年で、数えきれないほど多くが辞めてった。
捨て台詞すら吐けないような情けない奴らを、何人となく見送った。
練習についていけなくなった弱カス。
他に仕事を見つけたゴミ。
プロレスに自信を持てなくなったクズども。
いろんな理由でやめてくやつはいたが、当時一番多かったのが3番目のやつだった。
当時は玉石混交っちゅーか、いろんな格闘技が日本に入ってきていた頃だった。テコンドーにシラット、サンボにブラジリアン柔術、とにかくいろんな格闘技が巷に溢れ、互いに最強を主張し合ってた。
プロレスだって例外じゃなかった。威信を賭けて、多くの道場破りと戦った。
そして、その多くにオレらは敗北した。
理由は簡単だ。オレらは技を受けなければならない。受けない奴は弱虫扱いされ干される職業だし、給料もろくに貰えない。
受ける癖の抜けないオレらと違い、相手は受ける必要がなかった。全力で攻撃を避け、自分のパターンだけを模索していればよかった。
ダメージの総量が、勝敗に直結した。
プロレスラーは弱い。そんなレッテルが張られた。
真剣最強の看板を掲げていた新世紀プロレスも、それは避けられなかった。
看板選手が負け、若手が去り、ファンが去った。
斜陽の中、だけどオレは信じてた。
他団体だけど、唯一「最強」の二文字を冠する資格のある選手のことを。
HBM。
2メーター10センチ260パウンド。恵まれた体型に、空手ベースの打撃を備えていた。
一度だけ、HBMが総合の、なんでもあり(バーリトゥード)の試合に出た映像を見たことがある。 圧倒的な体格と打撃で相手を寄せ付けず、組まれてもプロレス技で返した。総合の選手の両足タックルをブレーンバスターで返した瞬間なんて、若手みんなで抱き合って絶叫したもんだ。
プロレスラーなんて、見た目だけの虚仮脅し。張子の虎。
そう言われ蔑まれてたオレらの希望の星だったんだ。
そのうち、HBMと海外の総合格闘技団体の雄との他流試合が組まれることとなった。
オレは興奮した。寝付けなかった。HBMがプロレスの強さを世界中に証明してくれる瞬間を想像したら、居ても立っても居られなかった。
だけどHBMは、直前になって麻薬に手を出した。事件となり、大々的に報道された。
試合は流れた。
逃げたんだ。
みんな言ってた。
タイミングが良すぎた。
逃げるにはいい口実すぎた。
本物には勝てない。
オレたちは偽物だ。
――プロレスは、弱い。
その言葉を、誰も否定できなくなった。
オレですらも。
だからオレは、レインメイカーを創ったんだ。
力、技、存在感。プロレスラーの持つべきものをすべて持った存在として。
ふたりで新世紀プロレスを支えてきた。
あいつがHBMを嫌うのは当然だ。
負け犬、ロートル、逃亡者、裏切り者――数多あるHBMへの罵詈雑言をオレに聞かされながら、レインメイカーは生まれたんだから。
禁じていた電撃攻撃をしたことも、レフェリーストップになるまでHBMを打ち据えたことも、本来ならオレが責める筋合いじゃない。
だけどなあ、レインメイカーよ。そこまでしなくてもいいんだよ。強さを証明するなんてのは簡単だ。
なあそうだろ? オレらだったら、ただこうすればいい――
「プロレスラーはあああああああああああああああっ!」
叫びながら跳ね起きた。
「強いんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
目の前にあるロープを掴んだ。リングに這い上がると、全力で雄叫びを上げた。
みんなが一斉にこっちを見た。
完全に死んだと思ってた選手がいきなり起き上がってきたら当然だろう。
女ごときに顔面を踏み抜かれて気絶していた負け犬が、ゾンビみたいに蘇ってきた。
そりゃあ驚いて当然だ。
だけどなあ、そいつがプロレスだ。
立ち上がれるんだったら負けじゃねえ。
立ち向かえる限り負けてねえ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
両の拳を握り込んだ。足を踏ん張って天井を見上げた。スポットライトに向かって叫んだ。
肉食獣がそうするように。
ライオンが吼えるように。
「く……らええええええええええええええええええっ!」
右腕を振り回した。
1回、2回、3回――回せば回すほど強くなる。オレの全力ラリアット。
女はびっくりしてこちらを見ていた。
切れ長の目が綺麗だった。きっと、覆面を脱いだらすげえいい女だ。
だが関係ねえ。
オレとレインメイカーの前に立ちはだかるやつは、骨まで粉砕する。首の先からぶっ飛ばす。
オレはまっすぐに走った。右腕をくの字に折り曲げて硬くした。
「ぜええええええええええんりょくっ、ラァアアアアアリアットオオオオオオオオオオオオオオッ!」
~~~トワコさん~~~
あれを喰らって起き上がってこれるのか。素直に驚いた。
顔面への踏みつけ。どれだけ首を鍛えていたとしても、これだけの短時間で立ち直れるようなダメージではなかったはずだ。
なのにこいつは起き上がって来た。
目の焦点が合っていない。歯が折れている。口の端から泡を吹いている――だけどなお、雄々しく立ち、わたしに牙を突き立てようとしている。
――いいわ。今度こそ完璧に引導を渡してやる。
わたしは改めて身構えた。
なに、簡単だ。脇をくぐればいい。くぐって背後をとれば、あとはやりたい放題だ。当て身か投げ技で動きを止めて、完璧に絞め落してやろう。奇跡は二度も起きない。
わかりやすすぎるレオ大崎のラリアットをくぐり……くぐり……。
「――っ⁉」
ぎょっとした。
後ろから、レインメイカーが抱き付いてきた。脇の下から両腕を回し、頭の後ろでクラッチしてきた。
「……忘れちゃいけませんよ。これはプロレスなんですから。最後に立ってたやつが強いんです」
ぞくりとした。
振りほどく暇はない。全力ラリアットは、もう目の前に迫っている――
「トワコさん!」
――信じられないものを見た。
HBM2号が――いや、新が飛び込んで来た。
身を盾にするように手を拡げて、わたしとレオ大崎の間に立ちふさがった。
「……新!」
そんなことあるわけがないのだ。あっていいわけがないのだ。
新は弱いのに。身長が大きいだけで、筋力も体力もない。運動もからっきしで、きっと受け身もとれない。
わたしが守れなかったら、あんなものを喰らったら、死んでしまう――
「新ぁああああああああああっ!」
わたしは叫んだ。叫びながらレインメイカーの足の甲を踏み折った。
羽交い絞めが解けたところを、背負うようにぶん投げた。
新に向かって走る。
だけどもう、全力ラリアットは新の首を薙ぐようにしていた。
手を伸ばしても、声を嗄らして叫んでも――もはやそこには届かない。
何かが空から降って来た。
巨大な影が、すさまじい勢いでレオ大崎を蹴り飛ばした。
「……っ⁉」
わたしはふらつくように倒れこんできた新を支えながら、影の行き先を目で追った。
コーナーポストからのミサイルキック。
そう気が付いたのは、しばらくしてからだった。
影はマットの上に佇立した。
戦神のように辺りを睥睨した。
観客が沸く。
足を踏み鳴らす。
遅れて気が付いた。入場曲が鳴っていた。
古い洋楽のナンバー。
タイトルはヒーロー。
わたしは呆然と、その名をつぶやいた。
「ハイパーバトル……マシーン……」




