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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さよならハイパーバトルマシーン」

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43/70

「VS!!」

 ~~~トワコさん~~~




 目つき、金的、急所打ちなど、危険部位への打撃はある程度までOK。

 武器の使用は危険すぎるものでないかぎりOK。

 ある程度の反則は、5秒までならなんでもOK。

 レフェリーの見ていないところでは、基本自由。

 レフェリーへの攻撃はご法度。かなりの確率で反則負け。

 どこまでもファジーなルーリングだが、新世紀プロレスやさすらいプロレスがどうこうとかではなく、プロレス業界全体がそういった傾向らしい。小難しい理由はさておき、緩く適当で、感覚的に楽しむことのみに重きを置いてるのだとか。

 新はその懐の広さを常々褒め称えていて、わたしは頬杖をつきながら、その夢見るような横顔を眺めていた。

 つまり話そのものには興味なかったのだけど、聞いてはいたので覚えていた。


 さて、そこで問題になるのが電撃杖だ。

 弱者の自衛手段であり暴徒の鎮圧手段である。出力調整によっては服の上からでも無理なく通電し、やり方によっては大の男を死に至らしめることもできる。  

 バッテリの問題から連発は出来ないものの、携帯性と取り回しの良さに優れる。

 レインメイカーの場合は杖の先端の石突き部分に付いている。

 威力は先刻ご承知の通り。レオ大崎やHBMといった、超重量級のレスラーを一撃で気絶させるほどのもの。わたしだって、直撃すれば危険な状態に追い込まれるに違いない。

 絶対に触れてはいけない。掠らせてもいけない。

 でも、そんなに悲観する状況ではないのだ。

 レインメイカーがレスラー型のIFである以上、プロレスのルーリングは無視できない。

 機能的にも、無限に使用できるわけでは決してない。


 ――なら、勝機は充分。

 

「こら! おまえら! 選手以外はリングから出なさい!」

 腰に手を当てて騒ぎ立てるレフェリーを中心にして、わたしとレインメイカーは円を描くようにムーヴしながら睨み合った。

「ほーらほら、一発当たればおしまいですよ~?」

 石突きで挑発するようにマットを叩くレインメイカー。

「当たればの話でしょ? おじさん」

「お、おじさん……⁉」

「気持ち悪いメイクなんかして。なにそれ、大道芸でもやるの? それともそっち系?」

 顎に手の甲を当て、「ホモなの?」と煽り立てる。


「き、き、貴様ぁー!」

 怒りに顔を歪めたレインメイカーが、レフェリーを押しのけるようにして突っ込んで来た。石突きの先端にバチバチと電撃迸らせながら、まっすぐに、わたしに向けて走って来る。

「あら、危ない」

 レフェリーを盾にするように横へ動いた。

 直進していたレインメイカーは、すぐに方向転換してわたしを追おうとしたが、レフェリーが邪魔になって、ふたりもみ合うような姿勢になった。


「く……この女……っ」

 わたしはレフェリーを回り込むように移動し、レインメイカーの斜め後方へ張りついた。

 もちろんレインメイカーは距離をとろうとするが――そうはさせない。

 しゃがみこむように重心を下げ、左手で足をさらった。


「ぬう……っ⁉」

 バランスを崩したレインメイカーがたたらを踏んだ。ぎりぎりで倒れることだけは回避したものの、四つん這いでこちらを窺うような、不自然な姿勢になった。杖は右の掌の下敷きになっている。

 ――つまり、すぐには動かせない。

 ぐん――両の足裏でマットを押すように跳び出した。腰のやや前方で固めた右の拳を、体当たりするようにぶつけた。

 肩口に命中した。レインメイカーは潰れた蛙のような奇妙な悲鳴を上げてぶっ飛んだ。


 爪先でも踵でもない。足の裏全体を使った移動法。現代の格闘技にはない、古流武術特有の歩法だ。

 速度と位置エネルギーを、そのまま拳に乗せることができる。

 威力は御覧の通り。どれほどの大男だろうと、それこそレスラーだろうと倒すことができる。


 シュウウ……レインメイカーの肩口から白煙が上がっている。IF特有の回復現象が起こった。

「あら、あなたみたいなのでも、愛されてはいるのね」

「……ふん、どこまでも小癪(こしゃく)な娘よ」 

 今の一撃で冷静さを取り戻したのか、レインメイカーは体を起こすとスーツの襟元を正した。

 帽子は先ほどの攻防でマット下へ落ちてしまっていたので、代わりに銀色のオールバックを両手で撫でつけた。

「なかなかの手練の技だ。敬意を表しますよ」

 杖の持ち手を右手で、石突きの手前を左手で握り、身を低くして構えた。

「その上で、正面切って打倒させていただきましょう」

  

 レインメイカーの姿が消えた――と思った瞬間、目の前にいた。

「――⁉」

 顔を横に倒すことで突きだけはかろうじて避けたが、いきなり懐まで踏み込まれたことに慄然とした。


 レインメイカーは杖を引かず、湾曲した持ち手部分を引っかけるように、わたしの右脇下に差しこんでぐいと持ち上げた。

(つう)――っ⁉」

 脇の下の急所に、凄まじい激痛が走った。

 左の掌底をレインメイカーの顔面へ――これは躱されたが、なんとか距離をとることに成功した。


「ほほほ。攻守逆転ですねえ」

 レインメイカーは楽しげに笑い、間を置かず突っ込んで来た。

 顔面への突き――と見せかけて、持ち手部分を使った下段への払い。

「……っ」

 意表を突かれたので避けられなかった。湾曲した持ち手がわたしの足を引っかけた。


 転んだわたしの腹部へ、レインメイカーが跳び踏みつけ(フットスタンプ)を見舞って来た。

 転がるように横へ避けた。

 避けながら大体の見当で手を伸ばし、せめてもレインメイカーの足を払おうと試みたが、巧妙に杖にガードされた。


「くっ――!」

 諦めて距離をとり、ロープを背にして立ち上がった。

 追撃は――ない。レインメイカーは陽気に杖を掲げ、観客の声援に応えている。


 あの杖……想像以上に厄介な代物だ。石突きでの突きを警戒すれば湾曲した持ち手での引っかけがあるし、防御にも使い回せる。

 とくに引っかけが厄介だ。あのリーチと、フックするような独特の軌道は、意識の外から来る。


 ――どうすればいい? どうすればこの難敵に勝てる?

 歯噛みしながら苦悩するわたしの耳に、声援が届いた。


 ――がんばれ! 3号!

 ――勝てるよ! いけいけ!

 ――3号! 3号! 3号ぉー!

 ――お願い! 勝って!

 無数の声援の中に、新の声が混じってた。


 ――頑張れ! トワコさん!

 

「……っ!」

 ドクンと心臓が跳ねた。全身の血液が沸騰した。

 四肢の隅々にまで、力がみなぎる。

 新がわたしだけを見てくれる。新がわたしだけを応援してくれる――

 熱い奔流のようなものが、脳内を駆け巡った。

「――ああああああああああああああああああああああああっ!」

 居ても立っても居られなかった。

「ああああああああああああああああああああああああああっ!」

 何かに衝き動かされるように、わたしは叫んだ。

 

 わたしの雰囲気の変化を感じたのか、会場はさらにヒートアップした。

 レインメイカーは楽しげに口元を綻ばせた。


「いーい声出すじゃないですか!」

 笑いながら突き込んで来た。

 先ほどと同じく、両手で杖の前後を握っていた。突きしか出来ない硬直した構えのようでありながら、実はいかようにでも変化できる柔軟な構え。基本でありながら、究極の構え――


「――しっ!」

 わたしは構わず、すれ違うように斜め前方に踏み込んだ。同時に掌で杖先を押しやり、空いた手を握り締めて顔面へと打ち込んだ。

 レインメイカーは顔を倒してこれを躱した。

 梃子の原理を応用して杖の持ち手を回し、アッパーのような軌道でわたしの股間を狙って来た。

 わたしは股を閉じ、下半身を捻るようにして持ち手を弾いた。

 同時に上半身は逆に回した。打ち込んだままの手をくるりと回し、レインメイカーの顔面にバラ打ち(手指の甲を握らずにぶつけるような打ち方。目潰し等に使われる)を当てた。


「ぐ……っ⁉」

 レインメイカーはたまらずよろけて後退した。


「こら! 目潰しは……!」

 レフェリーが慌てて止めに入る。


「――プロレスやればいいんでしょ⁉」

 わたしは無視してダッシュすると、そのままの勢いで跳んだ。よく虚仮脅しの象徴にされる技――跳び技の中で、しかし唯一実戦向きといえる技――膝元への低空ドロップキック。

「ぐうあああっ⁉」

 レインメイカーは悲鳴を上げた。

 膝は人間の根幹だ。何十キロという体重を支えている支柱だ。ここを潰されれば、ほとんどすべての技は意味を為さなくなる。

 苦しげにのたうち回るレインメイカーの足を両腕で掴んだ。足首を脇で挟んでホールドし、自ら倒れるように回転しながらぶん投げた。

「あああああっ⁉」

 霧ちゃんにくらったヒールホールドに似た技だ。足首を固めて捻ることで、低空ドロップキックで痛めたレインメイカーの膝へ、さらなる追い打ちをかけた。 

 

 ――ドラゴンスクリューだ!

 ――3号、きちんとプロレスもできるんじゃん!

 観客が嬉し気に沸く。 


 ドラゴンスクリュー。先ほどのドロップキックと同じだ。虚仮脅しでないプロレス技。膝を破壊することを念頭に入れて放てば恐ろしい殺し技となる。それがたとえIFであれ。


「があああああっ……⁉」

 レインメイカーは膝を押さえて苦悶の呻きを上げている。

 膝元からの白煙は勢いを増している。

 ――腱が切れたか。この試合中には治らないだろう。  


「……ふう」

 勝利を確信したわたしの背後に、突如その雄たけびは迫った。



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