表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さよならハイパーバトルマシーン」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/70

「ハイパーバトルマシーン3号」

 ~~~トワコさん~~~




 体育館の医務室にHBMが担架で運ばれたと聞いて、わたしはとるものもとりあえず駆けつけた。

 医務室の外にはさすらいプロレスのレスラーがずらりと並び、医者と言い合っていた。

「試合⁉ 冗談じゃない! バカも休み休み言いたまえ!」

 試合に出られるかとのレスラーたちの問いに、医者は激怒した。

「後遺症が残るほどのダメージだぞ⁉ 絶対安静だ! 絶対安静!」

「だけど今夜の試合は大事な……!」

「うるさい黙れ! 関係者以外はお引き取り願おう!」

 揉み合う両者の脇をすり抜けるように中に入った。高さ厚さのあるレスラーたちが、上手く視界を塞いでくれた。


 中には老夫婦だけがいた。

 デカすぎるHBMは、医療ベッドをふたつ合わせたところに寝かされていた。

 治療はすでに終わっていた。

 電撃を受けたことによる火傷とショック。杖で滅多打ちにされた無数の打撲。

 とりわけ、電撃によるダメージが大きかった。表面の黒ずみや水ぶくれはもちろん、体の奥深いところまで焼かれていた。内臓、神経系が混乱をきたし、今もまだ、四肢がびくびくと痙攣を起こしている。

 老夫婦は肩を抱き合い、HBMを見下ろしていた。

「悪ぃなあ……とっちゃ、かっちゃぁ……」

 HBMは老夫婦を見上げ、弱々しい声を出した。

「もうちっと待ってけろ。なんとしてでも、試合には出るがらよう」

正樹(まさき)ぃ……」

 奥さんが目元をおさえた。

「ばがこぐでねえ。そんたら状態で、出られるわけねえべぇ」

 旦那さんは断固とした口調で否定した。

「ばがでねぇ。電流爆破なんて慣れたもんだもの。おらあHBMだぞ? HBMは無敵なんだぁ」

 ふたりを安心させるように、HBMは――正樹はほほ笑む。

 マスクは外されていた。岩の塊のような無骨な面相だが、目だけがすごく優しかった。


 その姿の痛々しさに耐えられなくて、わたしは逃げるように医務室をあとにした。

「──トワコさん! どこまで行くんじゃ!」

 マリーさんの声に気づいて立ち止まるまでに、しばらくかかった。

 気が付くと、わたしは手に何も持っていなかった。番重はどこかに置いて来た。エプロンもつけていなかった。

「探さなくちゃ……」

 ふらりと踵を返したわたしの目の前に、マリーさんが両手を広げて立ちはだかった。

「落ち着け。とにかく落ち着け」

「……落ち着いてるわよ」

 喉がカラカラだった。異様に唇が乾いていた。

「どこがじゃ! 目の焦点すら合っていないではないか!」

「だって……わたしのせいじゃない。わけもわからず人を焚きつけておいて……。立ちなさい、戦いなさい? ちゃんちゃらおかしいわ」

 階段下で泣いていたHBMの姿――力なく医療ベッドに横たわる息子を見守る老夫婦――

「……っ!」

 ぞくりと背筋が震えた。

 わたしが追い込んだ。わたしがあの人たちを泣かせた。


 ──いや、違う。

 わたしがけしかけなくても、HBMは試合に出ただろう。

 レインメイカーに電撃をくらい、杖でめった打ちにされただろう。

 過程は違えど、待ってる結果は同じだ。

 わたしが気に病む必要は何もない。

 そんなことはわかっている。

 理屈じゃなかった。

 激烈な、熱の塊が腹にあった。

 そうか──これは怒りだ。

 わたしは怒っているのだ。

 人間相手に力を振るったレインメイカーに。

 同胞が痛めつけられたことに。

 同胞を戦場に送り出した自分に。

 わたしはすべてのものに、怒っていた。

 

「……トワコさんっ?」

 マリーさんの手を振り払い、わたしは駆け出した。

 たどり着いたのは入り口の物販コーナーだ。

 両団体の所属選手のグッズがワゴンの上に並べられている。

 中には、リングコスチュームやシューズ、覆面もあった。

 やはり――ひと通りそろう。

「そなた……どうする気じゃ?」

 試合開始まであと5分、のアナウンスが流れる。

「どうしてそんなものを……まさか……っ⁉」

 驚きに目を見開くマリーさんをよそに、わたしは手近の化粧室に駆け込んだ。

 手早く着替えを済ませると、わき目も振らずに会場へとダッシュする。

 走った。走って、走って、走って――

 気が付けば、そいつを眼下に見下ろしていた。




「――おやおや。珍しいこともあるもんだ。こんなところでご同業にお会いできるとはねえ」

 レインメイカーは杖を肩に担ぐと、こきこきと余裕たっぷりに首を鳴らした。

「んで、どうするんです? その衣装を見る限りは、私とやり合おうって感じですか? 生憎とあなたのことを知らないんですが、どこかでお会いしましたかね?」

 わたしはHBMの覆面を指し示した。

「1号の敵討ちよ」

 ストン、コーナーポストからリング上に降り立った。


「てめえなんだこのヤロー!」

 レオ大崎が接近してきた。

 足幅は左右にバラバラで、街のチンピラみたいに肩を揺すっている。

 両手は腰の位置、すぐに受けに回せるようには思えない。 

 女だと思って甘く見ているのか。あまりにも不用意な接近だった。

「誰だか知らねえが、女の出る幕じゃねえんだよ! さっさとこのリングから――」

 伸ばしてきた手を外側へ弾き、同時に裏拳を顔面に打ち込んだ。 

 ぶぱっ。鼻血が出た。


「な……ひぇめ……っ」

 ダメージに耐性があるせいか、素人みたいに顔面を押さえるようなことはしない。手を伸ばし、こちらを捕まえようとして来る。

 常人ならまず間違いなく顔面を押さえ、身を縮こめる。そうしないだけでも大したものだが――甘い。まだまだ状況が呑みこめていない。

「わたしはレスラーじゃないのよ」

「……あ?」

 伸ばして来た手の外側に回り込んだ。同時に手首を掴み、巻き込むようにぶん投げた。

「じゅ――」

 バアン、マットの上に背中から落とした。

「柔術だと――⁉」

 跳ね起きる暇など与えない。

 わたしは容赦なく、顔面を踏みつけた。

 ゴチャ、鈍い音とともにレオ大崎の体から力が抜けた。


「こいつ……⁉」

 クロコダイル大久保は、先輩のやられ方を見て冷静になったのか、重心を低く落として身構えた。

 わたしの技を警戒してか、横へ回り込むようにしながら接近して来た。

 そういえばアマレス出身だったかしら……。  

 組み技あり、足へのタックルやスピアタックル(頭突きから入るタックル)などの突進技あり。先輩に比べれば気が利いている。

 わたしは半身になり、脱力して待ち構えた。

「おとなしくしやがれ!」

 両足を狙ってのタックル。女ひとり、捕まえてしまえばどうとでもなると思ったのだろう。

「――甘いわよ」

 両足タックルを、前傾するようにして受け止めた。自身の両足を後ろへ放り出すようにしているので、クロコダイル大久保の手は届かない。

「がぶっただと……⁉」

 クロコダイル大久保が驚愕の声を上げる。

 がぶり、もしくはスプロウル。レスリングなどの基本的な防御術だ。

 タックルを制しながら相手の背面を下方に捉えることで、コントロールを容易くする技術であり――いままさに、わたしの目の前にはクロコダイル大久保の背中がある。

 スルリ……わたしは両腕を首横から差し入れてクラッチした。

 素早く、鋭く絞め上げる。

「な……がはあっ!」

 クロコダイル大久保が苦しげに呻きをあげる。


 ――何あれ……首絞まってる……⁉

 ――フロントチョークだ!

 静まり切っていた会場が、にわかにヒートアップする。

 ――あの女ガチだぞ! 

 ――総合かよ!

 ――つか今、クロコダイル大久保の本気のタックルを切ったぞ⁉

 ――あいつってアマレスエリートだっただろ⁉

 ――待て待て、その前のレオ大崎を文字通り一蹴した件に関してだな……!

 ――グラウンド状態での頭部への蹴りって反則じゃなかったっけ?

 満場の視線の中、クロコダイル大久保の手からくたりと力が抜けた。失神したのだ。

 ――強え! 3号はガチだ!

 ――3号! 3号!

 コミックショーから真剣勝負への一気の変転に、観客は驚愕した。

 女だてらにプロレスラーふたりを瞬殺したわたしを褒め称えた。

 ――3号! 3号!

 満場の3号コールに応え、片手を挙げて立ち上がった。


「トワコさんなんだろ……?」

 HBM2号が――いや、新が気づかわしげに声をかけてくる。

「なんでこんなことろに……」

 わたしはじっと新の顔を見た。HBMの覆面の奥の目が、そわそわと落ち着かなげな色を湛えている。

「……知らない」

 わたしはプイと顔を反らした。

「……へ?」

「誰のことかしら。教え子の女の子と遊びに来て? 現地で男の子と仲良くなって? 楽しそうにしちゃってまあ。――ふんだ。そんな人知らないわ。わたしはHBM3号。レインメイカーを倒すためにここに来ただけ。あなたなんか関係ないわ」

 ぺろりと舌を出して、新とヒゲさんをリング外へと促した。邪魔だったので、クロコダイル大久保とレオ大崎も担ぎ出させた。


 リングに上がって来たレインメイカーと、真正面から向き合った。

 レインメイカーは──やつもまた、仲間をやられたことで怒りに身を震わせている。

 ぎりぎりと歯を噛みしめ、指先が白くなるほど杖を強く握り締めている。

「これで邪魔はなし。すっきりしたでしょ」

「ほほほ……面白いことを言うお嬢さんだ。たしかに敵討ちをしようなんて言うだけありますね……」

「わかっていただけて何よりだわ」 

 わたしが煽るように肩を竦めると、レインメイカーはますますいきり立った。


「さて、と――」

 わたしはスイッチを切り替えた。

 ここから先は未知の領域だ。

 電撃杖? 短杖術? 

 そんな相手と戦ったことはない。戦法も戦術も、ちょっと想像がつかない。

 だけどまあ――

 わたしは深く深く、息を吸い込んだ。

 関係ない。わたしには新がいる。新が応援してくれる限り、愛してくれる限り、わたしは無敵だ。  




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ