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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さよならハイパーバトルマシーン」

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40/70

「そしてゴングは鳴る」

 ~~~新堂新~~~




 騒然となった会場に、アクシデントによるメーンイベントの中断、30分の休憩の後、再試合を行う旨がアナウンスされた。


 ヒゲさんの具合を見に訪れた控室で、俺は意外な人物と対面した。

「げげっ、新堂……てめえなんでここに⁉」 

「ふ、古屋先生⁉」

 まさかの古屋先生だった。

 小上がりの畳にあぐらをかいたヒゲさんの頭に、かいがいしく包帯を巻いていた。

 いかにも俺に見られてはまずいシーンだっようで、立ち膝を崩して動揺していた。


「なんでこんなところにって……あ、ああー……?」

「何が『ああー』だ、てめえ! 何をわかった気になってんだ⁉ ああ⁉」

 古屋先生は慌ててヒゲさんから飛び退くように離れると、顔を真っ赤にして怒り出した。


「いやだってその格好は……」

「ああああっ! うっせえよ! これは違う! 違うんだよ!」

 いつもの古屋先生とは違った。ソフトモヒカンに薄い眉毛という元ヤンスタイルは変わらないけど、服装が違った。

 ジャージじゃなかった。紺地に白の水玉の半そでワンピースという恰好だった。

 ズボン以外履いたことなさそうなあの人が、俺の目の前で女子みたいな恰好をしている。

 なあ信じられるか……嘘みたいだろ? 下が……下がひらひらしてるんだぜ……?


「ち……ち……ち……」

 古屋先生は顔を真っ赤にして手をわきわきさせている。ヒゲさんの手前、殴りたいのに我慢してる、みたいな感じ。 

「ち、違うんだこれは! その……あれだ! 親戚の法事があってだな! ……んで、帰りにたまたまこの前を通りがかったら、ポスター見かけてだな! ほんとたまたま! ヒゲさんが試合に出る話をしてたのを思い出して……! ほとんど忘れてかけてたんだけど……たまたま……たまたまなんだ!」

 ――つと、古屋先生とヒゲさんの目が合った。

「ありがとな、古屋。わざわざ応援に来てくれて。手当てまでしてくれて。助かるわ」

 にかっ、ヒゲさんは野性味のある笑顔を浮かべた。

「……っ」

 ぼんっ、と古屋先生は顔から蒸気を噴き上げた。

 俺を見て、ヒゲさんを見て、俺を見て、ヒゲさんを見て――突如狂乱したように髪をかきむしった。

「う……ああうう……うあああああああっ⁉」

 キャラ崩壊のショックに耐えかね、ドタバタと逃げるように控室を出て行った。

「違うんだあああああっ!」

 

「……何が違うんだろうな?」

 きょとんとした顔で古屋先生を見送るヒゲさん。

「……ヒゲさんってけっこう……いや、かなりの鈍感キャラですよね」

「はあー?」

 ヒゲさんはわけがわからないというように首を傾げる。


「……というかヒゲさん」

「あ?」

「さも当然のようにここにいますけど、本気で何してんすかあんたは……」

 うちの学校は私立ゆえか、副業にはあまりうるさくないけども。

「ああ。おまえにも言っておこうかと思ったんだけどな。けっこう急な話だったんだよ。HBMの相方役のレスラーが怪我で入院しちまってな。急きょ代役……つっても、なかなかガタイのいい奴がいなくて」

「だからってなんでヒゲさんに……」

「プロレス業界にゃそれなりに顔が効くんだよ。教職もあるし、どこの団体でも継続参戦は無理だけど、スポット参戦ぐらいならできる。ここは初めてだが……」

「本当に簡単に言いますよね……」

 俺はなんとなく疲れを感じて、小上がりに腰を下ろした。


「やー、しかし新堂」

 ヒゲさんはこの上なく陽気な声を出した。 

「楽しいぞぉー」

 子どもみたいな、一言ですべてが伝わるような笑顔だった。

「……でしょうね」

 憧れの選手と肩を並べて戦う。タッチ交代する。ツープラトン攻撃を繰り出す。

 それはプロレス好きの子供なら、誰しもが描く夢だ。

 サインじゃない。握手でもない。対等に肩を並べたかった。

 俺もそうだった。運動神経が無いから諦めたけど、昔はプロレス選手になりたかった。


「いいなあヒゲさん……」

「くっくっく。いいだろー新堂」

 得意げなヒゲさん。腕組みすると、さきほどレインメイカーに杖で叩かれた部分がミミズ腫れのようになっている。

 落ち着いて見て見れば、全身に打撲や擦り傷がある。痛そうで、辛そうで、見ているのが辛い。

「――そういえば、HBMの具合はどうなんですか?」

 そうだった。ヒゲさんと古屋先生という組み合わせのインパクトのせいで忘れてたけど、俺はそれが気になって来たんだ。

 レインメイカーの武器が電撃杖だとすると、その直撃をモロに食らっておいて30分後にすぐ試合というのは想像がつかない。


「ワイルド☆ミッチーさん! 大変っす!」

 さすらいプロレスのジャージを着た若手レスラーが、息せき切って控室に飛び込んできた。 

 何度聞いても腰が砕けそうになるヒゲさんのリングネームを、大真面目に叫んでいる。

「もうちょっとで試合再開なんすけど……HBMさんの用意がまだ……!」

「……どんな状態だ?」

 低い声で、ヒゲさんは聞く。

「呼吸はなんとか……! でもまだ意識が朦朧としてて……!」

「……他の面子は?」

「金剛さんは入院中ですし、他の面子じゃどうしてもレオ大崎に対抗できるような格じゃなくて……!」

 泣きそうな声で若手は叫ぶ。


 ヒゲさんは瞑目してしばし考えを巡らせたあと、ゆっくりと目を開いた。

「――何分だ?」

「……へ?」

「何分もたせりゃいい?」

「医者の話じゃもう1時間は……! そもそもが、一般人なら入院して絶対安静が必要な状態だって……!」

 ヒゲさんはちらりと時計を見た。

「試合再開まであと10分。そこからさらに試合を10分間もたせる。その間に、どうでもHBMさんを復活させろ」

「……ひ、ひとりっすか⁉ ワイルド☆ミッチーさんだけで⁉」

「ばっか。タッグマッチにひとりで挑めるかよ」

「じゃ、じゃあ誰か知り合いのレスラーでも⁉」

「そうだ。名前は直前まで明かすな。リングアナにはオレが直接伝える」

「やったー!」

 若手は諸手をあげて喜び、「みんなに伝えて来るっす!」と嬉しそうに駆けて行った。  


「……へっ、どたばたとあわただしいねえ」

 若手レスラーが去ったあと、ヒゲさんは口の端を歪めて笑った。

「よっぽど安心したんですね……。しかしヒゲさん、よくそんなに都合のいい知り合いがいましたね。こんな土壇場でリングに……しかも場つなぎとはいえレオ大崎なんて有名どころと戦ってくれる人がよくいましたね」

「……ああ。そいつはオレに恩があってな」

 ヒゲさんは一瞬だけ視線を宙にさ迷わせた。

「恩? ははあ、ここぞと恩返しさせるつもりですか? なるほど、ヒゲさんらしいや」

「……」

 ヒゲさんはばりばりと頭をかいた。

「そうさ。そいつは昔からトラブルばかり起こすやつでな。お優しいオレは、そのつど相談に乗ってやったもんだ」

「みんなの相談役みたいな感じでしたもんね、ヒゲさんは」

「とくに女関係のトラブルが多いやつでな」

「ほうほう」

「モテてるくせに、本人はまったくそのことに気が付かない。そのくせあちこちの女にフラグばかり立てるもんだから、彼女がよく怒ってなあ」

「ひどいやつもいたもんですねえー」

 まったく男の風上にも置けない。


 ヒゲさんは懐かしそうに目を細めた。

「……そいつとは、一度だけ試合を一緒にしたことがあるんだ」

「タッグですか?」

「そうさ。といってもプロじゃねえ。学生プロレスの試合にOBとしてオレが出場した時、そいつも無理やりリングに上げた」

「ほう……ほーう……?」

 あれ……?

「背が高いくせに筋肉も運動神経も、ついでに言うなら度胸も根性もないやつでな。ロープに振られりゃロープが硬ぇっつって痛がるし。逆水平喰らったら骨が折れただのなんだのとリング内を転げまわるし、もうさんざんだった」

「うん……うーん……?」

 なんだろうこの違和感……既視感……。

「……さんざんだったがな。面白かったよ。観客は大ウケだった。その時オレは思ったね。『ああ、これもプロレスだよな』って。なあ、新堂――」

 ヒゲさんはにかっと笑った。

「もう一度、オレと組もうぜ」



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