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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さよならハイパーバトルマシーン」

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34/70

「ちょっと気になる人」

 ~~~狭霧奏さぎりかなで~~~




 夏休みに入ってからのあたしの生活は、はっきりとたるんでいた。

 なにせ桃華が暑がって外に出たがらない。エアコンの効いた部屋で一日を過ごしたがり、一瞬たりとも外に出ようとしない。

 相方たるあたしもそんな桃華につられるように、日がな一日うだうだと日々を過ごしていた。

 だって、ひとりでどこかに行くというのはむなしい。桃華以外に一緒に遊びにいく友達でもいればいいんだろうけど、残念ながらあたしは友達が少ない。トワコさんとか小鳥とか、学校で話す顔ぶれは増えてきたけど、まだまだプライヴェートで一緒に出掛けるような仲にはなっていない。 

 彼氏? 男友達? そんなのはもっと縁遠い。


「……なんか楽しいこと、降ってこないかなあ……」

 畳に寝転がって天井を見上げながら、あたしはため息をついた。

「わたしはじゅーぶん楽しいよ~。奏ちゃ~ん」

 隣に並んで横になっている桃華は、そのままバターにでもなってとけそてしまいそうな声を出している。

「……ねえ桃華?」

「う~ん?」

「外……」

「行かないよ~。死んじゃうよ~。紫外線浴びて皮膚がんのリスク増やすなんてバカのすることだよ~」

 畳の上をごろごろごろごろ。そのつど面積の小さな布でしか隠されていない豊かな胸やお尻が、ぐにゅぐにゅぼよんと潰れたりたわんだりして、すさまじくエロいことになっている。

 もともと桃華自身が顔の造形も含めて非常に男好きのする――はっきり言うと、男なら10人のうち9人までが「ヤリてえ」と思われずにいられないような美少女なので、これはもう大変な光景だ。

 

 カシャリ。

 なんとなく写メを撮った。自撮り風に顔を覗かせたあたしの顔の向こうに、やらしい桃華の肉体が転がっている。

 センセに見せたらどんなリアクションとるだろうか。

 あたしのクラスの副担任。トワコさんという超絶美人を傍に侍らせながら、決して手を出さないという禁欲生活を送っている成年男子。突然こんなエロ写メを送りつけたら、さぞや面白リアクションをとってくれることだろう。

 ねずみ花火に火が付く様を勝手に想像して、あたしはひとり、にやけてしまう。

「……ひひひっ」

 桃華が不思議そうな顔をした。

「奏ちゃ~ん。なんで笑ってるの~?」

「なんでもないない。……あ、そうだ。あたしちょっと下に行って、じいちゃんの様子見てくる」

「あ~。じゃあ~、わたしアイス食べた~い」

「自分で行きな。もう」

 あたしがしっしっと手を振ると、桃華は「うえぇ~?」とうめくような悲鳴を上げた。


 階下に降りると、開け放した和室の真ん中で、じいちゃんが原稿に向かっていた。

 団寅吉。昭和最後のエロ小説家。文学青年が下宿先の未亡人からねっちりねっとり性を開花させられ、のちに性豪となる様を描いた『花と蛇と縄』の筆致が凄まじすぎて格調が高すぎて、エロ小説のくせに危うく国民的純文学賞を受賞しそうになった、伝説の作家……の似姿。

 本物のじいちゃんはすでに亡くなっている。IFとなったじいちゃんが巡り巡ってあたしと桃華のメンターとなったわけだ。

 もちろん実力は本物並み――なのだが、さすがに本物の名を騙って出版するわけにはいかないので、その著作が世に出ることは絶対にない。

 ……ちょっとかわいそうな気もするが、それでもじいちゃんはめげない。そもそも気にしてすらいないようだ。昼夜を分かたず原稿用紙に向かい、どこへも出せない原稿を書き続ける。その間はわき目もふらないし、声をかけても反応を返さない。

「お、じいちゃん頑張ってるね」

 今日もじいちゃんは一心不乱だ。万年筆と原稿用紙の升目。それ以外は世界にないみたい。そもそもあたしの存在を認識しているかどうかすら怪しい。メンターとしてどうなのよってのは置いといて。


「どーう? 調子は」

 訊ねても、じいちゃんは答えない。顔すら上げない。

 そういえば生きてる時もこんなだったなーと、あたしは束の間懐かしさに浸る。ほっこりする。

「待っててね。今冷たいもの持って来てあげるから」

 スマホを操作しながら台所に向かおうとして――慌てて振り向いた。2度見した。


 じいちゃんと同じ和卓でノートPCを操作している人物がいた。

 190はあろうかという長身を折り畳むようにしてキーボードを打っていた。縁の細い丸メガネを光らせ、時おり茶色い癖っ毛をかきむしるようにして懊悩している。たたずまいだけは昭和の文豪みたい。

「センセ……?」

 それはあまりに意外な人物だった。

「えー⁉ なんでなんで⁉ なんでここにいるのー⁉」

 思わずテンションが上がって、大きな声が出た。

「センセ! センセってば! あたしだよ! うちだからあたしがいるのは当たり前なんだけど、あたしだよ! 奏だよ! ほらほら!」

 だけどセンセはあたしに気づかない。後ろに回り込んで肩をバシバシ叩いても、耳元で「わー!」と大きな声を出しても、こっちを見ようとすらしない。ものすごく集中しているのだ。まるでじいちゃんがふたりいるみたい。

「……いったいなにやってんの?」

 画面を覗きこんでみると、そこに映っているのは最近話題の小説投稿サイト「小説家になる!」だった。アマチュアやプロの区別なく、会員だったら誰でも小説を投稿でき、読者の反応をPVやブックマーク、感想や評価という形でダイレクトに知ることのできるサイトだ。

 センセはHBM2号というペンネームで小説を投稿しているようなのだが……。


「センセの小説って、ほん……っとうにつまんないね!」

「もうちょっと歯に衣着せろよおまえは!」

 ようやく正気に返ったセンセに正直な感想をぶつけると、なぜか猛烈に怒り出した。

「つまんないのはわかってんの! でももうちょっと言い方ってあるだろ!」

「……面白くない、とか?」

「そういう意味じゃねえよ! 強弱の問題だよ! おまえのは強しかねえんだよ! 威力を弱めろよ! もっとキャッチしやすいようにしてくれって言ってんだよ!」

「……あー、いるよねそういう人。『辛口で!』とか感想求めておいて、いざ実際に辛口の感想書いてみたら『これはこれでいいんです! わたしが好きで書いてるんですから! 読むだけのあなたになにがわかるんですか!』って逆ギレしてくる人。あげくにはこっちを毒者扱いして、ブラックリスト登録してきたりしてさ」

「微妙に詳しいじゃねえか! でも残念だったな! 俺なんていまだ感想のひとつすらついたことねえよ! むしろ更新日にすらPV1桁だよ! 辛口の感想ですらもらえねえよ!」

「うわあ……」


 勝手に自虐して勝手に胃を痛めてるセンセに冷たい麦茶を持ってきてあげた。

「んーでセンセ。創作活動はいいとしてさ、なんでうちでやってんの? センセの家でやればいいんじゃない?」

「うちにはほら……トワコさんがいるだろ?」

 センセは微妙に気まずそうな顔をした。

「いちゃだめなの?」

「いやいいんだよ。全然いてもいいんだけどさ。その……なんつうか……」

「……エッチなもの書いてるから恥ずかしいの?」

「書いてねえよ! その生暖かい目をやめろよ! つうかおまえさっき見てたんだろ⁉ どこにそんな描写があったよ!」

「えー? あったじゃん。幸子と信彦が激しく口を吸い合ってるシーン……」

「書いてねえよ! ぜんぜんそんなシーン書いてないし、そもそも幸子も信彦も一切出てこねえよ!」

「おっかしいなー。たしかに心の目で見たんだけどなあ……」

「心の目をソースにしちゃいけません! というか実はおまえ、ほとんど俺の作品読んでねえだろ⁉」

「あはは……読みづらかったというか読んでられなかったというか……。冒頭3行でブラバです本当にありがとうございました、みたいな?」

「それしか読んでねえのにあそこまでこき下ろしたのかてめえはああああ!」

 センセは発狂しながらばんばんと和卓を叩いた。


 センセが正気に戻るまでまたしばらく時間を要した。

「んーでセンセ。話は戻るけど、なんでトワコさんがいるとダメなの?」

「はあ……はあ……っ。……だ、だって考えてもみろよおまえ」

「うん?」

 あたしは首を傾げた。

 センセは息を整え、顎に手をあて「んー、なんつうんだろうなー……」とうなるように言葉を選んだ。

「俺は昔、こうやってトワコさんを創ったんだぞ? 手書きとPCって違いはあるけど、いずれにしろこんな風にして創ったんだ。だからこれってさ……言ってみりゃ、広義の浮気みたいなもんなんじゃないのか?」

「あー……。『わたしというIFがいるのにまた別のIFを創ろうって言うの⁉ キイイイイィッ! 憎い! 恨めしい! 殺してやるううううっ!』的な?」

「殺してやるまでは言い過ぎだと思うけど……」

 センセは疲れたように肩を落とした。

「文芸部の顧問としてって言い訳が効くにしてもさ。なるべく作業自体は見られないようにしたほうがいいかなって。それにここには団先生もいるし。この様子じゃアドバイスなんかはくれそうにないけど、こう……傍にいて創作活動してる仲間がいるのがいいなってさ。こっちにもやる気が伝染するというか」

「……なるほど。そういやうちの桃華もけっこうやきもち焼きだもんなあ」

 IFってのはおしなべてそんなもんなのかと納得した。


「――じゃあセンセ」

 あたしは飛び跳ねるように立ち上がった。

「うん?」

「遊び行こっ」

 すっと手を伸ばした。元気なヒロインが、やれやれ系主人公をリードするようなイメージで。

「……なんで」

 あたしの素敵な提案に、すんごい嫌そうな顔をするセンセ。いやいや、そりゃあさすがに失礼じゃないですかねえ。仮にも現役JKのお誘いですよ?

「だって暇なんだもーん。桃華はまったくやる気ないしー。青春のひと夏を家の中だけで過ごすなんまっぴらだもん」

「俺は暇じゃないの!」

「ほらほら、取材だと思えばさ」

 噛みつくようにセンセの肩を揉むが、センセは頑として首を縦に振らない。

「何をだよ。だいたい取材とかいって遊びに出かけるやつって、たいがい目の前の創作活動から逃げ出したいだけだったりするんだよな。体の言い口実なんだよ」

「つまんなくて面白くないセンセの小説が、少しは面白くなるかもしれないよ?」

 ぐ……っ、何かが喉につかえる音がした。

「てめえ……俺をこれ以上傷つけようというなら考えがあるぞ……? 内申書とか……」

 肩を震わせながらセンセはあたしを睨んだ。

「いいよー別に。そしたらセンセに責任とってもらうから。不必要に内申書に傷つけて、あたしの将来を台無しにしたっていちゃもんつけるから。まあ責任の取り方はお任せするけども」

 顎に手をあてうそぶく。

「ぐ……っ、奏てめえ……」

「大丈夫! センセは面白大人だから、きっとこれから先、面白いものが書けるって!」

「それ……フォローになってんのか……?」



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