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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「蘇る」

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29/70

「姉妹たち」

 ~~~トワコさん~~~




 世羅が話しかけると、影の体は徐々に色づき、そのディティールを明確にした。


 白セーラーに臙脂えんじのタイ。足元は茶色のローファーと臙脂のソックス。

 足が長く腰が高いモデル体型で、肌は白くなめらかで、黒髪ロングがつややかで……。


「嘘だろ……?」


 新が震えるような吐息を漏らした。


「……っ」


 わたしも一瞬、言葉を失った。


 誰かに似ている。

 ……いや、はっきり言おう。

 わたしにそっくりだ。

 わたしの黒セーラーを白にして、マフラーを取っただけ。


「なんで……なんでだよ……?」


 新は汚れた水溜りに膝をついた。


「なんで……トワコさんが……?」 


「……知りたい?」


 冷たい目で、世羅が笑った。

 水溜りにカードを投げ捨てた。

 新はそれを、四つん這いで拾いにいった。

 泥まみれになりながら、食い入るように表記を見た。


 所属:世界IF管理機構日本支部

 氏名:新堂霧

 CN:霧ちゃん

 NO:00303053025


「これが……霧……?」 


「……ねえ、覚えてない? シンぃ。霧ちゃんがいつから髪を伸ばし始めたか。いつからあそこまでシン兄ぃに執着し始めたのか……」


「いつから……?」


「……そうね、鈍感なシン兄ぃにはわからないよね。けっこうね……けっこう昔からなんだよ? 昔から霧ちゃんは日記の存在に気づいてて……だからこいつがシン兄ぃの好みの存在だと気が付いてた。同化して、いつか乗り越えようと思ってた……」


「……」


 その時わたしの脳裏をよぎったのは、真理のことを語った時の新の台詞だ。


 ──とあるキャラに自分を重ねてた。そういう風になりたいと思ってた。共に語らいながら、同化する作業を続けてた──


 真理がマリーさんになるために踏んだ手順。あれと似ている。


 霧ちゃんは、新の日記に描かれていたわたしを真似ていた。

 わたしみたいになれば、新が愛してくれると思ったから。

  

 長い髪、白い肌。頭が良くて、運動神経だって抜群で。世話焼きでやきもち焼き。

 時に度が過ぎるほど新のことが好きで、邪魔者は敵と見なす。


 世羅の手を経て生まれた相似形の物語。

 言うなればそう、霧ちゃんはもうひとりのわたしなのだ。


「霧……? 霧なんだな……?」


 新は立ち上がった。


「おまえ……ずっと……俺を……?」


 ふらふらと夢遊病者のような足取りで、前に進み出た。


「ひさしぶりだねっ、お兄ちゃんっ」


 霧ちゃんは、ぱあっと花のほころぶような笑顔を浮かべた。

 新に向かって走り寄る。


 まっすぐに、頭を低くして──


「──新! 危ない!」


 新を引っ張り、投げ飛ばすようにして間に入った。 


 ドンッ。

 霧ちゃんは強く踏み込みながらさらに頭を下げ、右のストレート……と思いきや、上から振りかぶるようなロングフックを飛ばしてきた。


 ──ロシアンフック!?


 ロシアンフックは一般的な横回転のフックとは違う、肩を回して上から打つ縦回転のフックだ。

 モーションの大きな見た目から受ける印象とは異なり、軌道や出元が予測しづらい。なおかつ霧ちゃんという少女の持つイメージともかけ離れた技だった。


 わたしは二重にも三重にも幻惑され、新を突き飛ばした姿勢のままだったことも伴い、対処が遅れた。充分な受けの体勢が作れなかった。 

 頭を庇うだけの雑なガードの上から、スピードと体重の乗ったフックが炸裂した。


「──っつう!」 


 重い一撃だった。膝の踏ん張りがきかず、地面に叩きつけられた。


「く……っ」


 続く顔面への踏みつけを、ごろごろと横へ転がって躱した。

 霧ちゃんはなおも追い足を緩めず、立ち上がりかけていたわたしの顔面に、斧でぶった切るようなローキックを叩きこんできた。


「お……も……っ!」


 両腕でガードしたが、受けきれないことがわかっていたので、今度は勢いに逆らわず自分から後ろへ跳んだ。

 二転、三転、地面を転がり、勢いをつけて立ち上がった。




「もーっ、なーんで邪魔するのー? せっかくの感動の再会だったのにー」


 霧ちゃんはぷんすか怒った。


「お兄ちゃんを寝かせて、お姫様の霧のキスで目覚めさせてあげるつもりだったのにー」


「自分で殴って気絶させておいて、キスで目覚めさせる? どんなマッチポンプよ、それ……」


 わたしのつっこみには構わず、霧ちゃんは新に向けて笑ってみせた。


「ね、お兄ちゃん。今度こそ、霧と一緒に遊ぼうね? 今度こそ、兄妹水入らずだからね? ……あれれー? なんでそんな顔してるのー? 可愛い妹がじゃれてるだけだよー? ね、わかった? だからもっと笑ってよー。もっと喜んでよー」


「き……り……?」


 新の顔から血の気が引く。


「だーかーらー、なんでそんな顔してるのー? お兄ちゃーん。霧が来たんだよー? お兄ちゃんの妹の、可愛い霧が帰って来たんだよー?」


 笑顔のまま、霧ちゃんは語気だけを強める。


「他に言うべき言葉があるでしょー? 他にするべきことがあるでしょー? 久しぶりだね、霧って言ってよ。撫でてハグして、いいこいいこしてよー」 


「ねえあなた、もうそのへんに……」


「なによー!」


 わたしが口を挟むと、霧ちゃんは怒り顔で振り向いた。


「もうお姉ちゃんは充分楽しんだでしょー!? 今度は霧の番でしょー!? 順番守ってよー!」

 

「……お姉ちゃん? わたしのこと?」


 突拍子もない単語に、わたしは思わず聞き返した。


「んんー?」


 なにか変なことを言ったかなー? といった感じで。霧ちゃんは可愛らしく首をかしげた。


「そうだよー? だってー、お姉ちゃんがいなければ霧は生まれなかったんだもーん。だからお姉ちゃんって呼ぶんだよー」


「………………ふうん? そっか、そうなんだ……?」 


 それは不思議な感覚だった。


 誰の腹も痛めてない。

 誰の血も引いてない。


 そのわたしが、お姉ちゃんと呼ばれる。

 血縁関係を強要される。

 

「はは……あはは……っ」


 たまらずに、わたしは笑った。


「ホント……気持ち悪い……っ」


 体の内から、笑いがこみ上げた。


「なにこいつ……?」

「お姉ちゃーん……?」

「トワコさん……?」


 みんながおかしな顔をしてわたしを見ていた。

 世羅も、霧ちゃんも、新ですらも。

 怪訝な顔で、わたしの行く末を窺っていた。


「ねえあなた、それ本気で言ってるの?」


 笑いが収まるのを待って、わたしは霧ちゃんに正対した。


「IFのくせに、うつろな存在にすぎないくせに、本気で新の妹になろうって言うの? 撫でてハグしていいこいいこしてもらって? 愛してもらおうって思ってるの?」


「なによぅ……ダメだって言うのぉ……?」


「本気で上手くいくと思ってるの? あなたみたいな女の子を、新が愛してくれると思ってるの?」


「お兄ちゃんは愛してくれるもん……」


 わたしの口撃に、霧ちゃんは口をとがらせて不満を露わにした。


「まあたしかにね? 新は優しい人だからね? 愛してるフリぐらいはしてくれるかもしれないわ。あなたを可哀想に思って。顔を引きつらせながら撫でたりぐらいはしてくれるかもね」


「やめてよう……変な言い方しないでよぉ……」


「でもそれは本気じゃないのよ。だって、当たり前でしょ? 新は人間なんだもの。人として、社会のしがらみの中で生きてる。あなたとは違うのよ。全然全部、根底から。上手くいくわけないじゃない」


「やめてってばぁ……」


「やめるのはあなたのほうよ、ねえ人間モドキ(・ ・ ・ ・ ・)。気持ち悪いのよ、化け物(・ ・ ・)


「や……め……っ」


 ぶるっと、霧ちゃんの唇が震えた。

 瞬時に双眸が、鮮紅色に染まった。


「やめてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 霧ちゃんは吼えた。


「やめてって言ってるのになんでやめてくれないのおおおおお!? なんでそんな意地悪ばっかりするのおお!?」


 長い髪をかきむしった。


「あんたなんか嫌いよ! 大っ嫌い! お姉ちゃんでもなんでもない!」


 瞳の色を赤く染めた。

 戦闘態勢を、整えた。


「そうよ、それでいい。そんないびつな姉妹関係なんてまっぴらごめんよ」

 

 わたしは両足を肩幅に開いた。

 握った拳を眼前で交叉させた。


「……ふうううぅーっ」


 丹田まで入れるようなイメージで、深く深く息を吸った。

 そのままぴたりと止めた。

 

「……こっ!」


 鋭く気合を入れ、両拳を腰まで引いた。

 同時に息を吐き切った。

 

 肺の中の濁った空気がなくなった。

 代わりに、新鮮な空気が入り込んできた。


 じっと、霧ちゃんを見据えた。


「恨んでもいいわ。呪ってもいい。わたしはIFだから。新のためだけに存在する女の子だから。新を不幸せにするだろうあらゆるものを、力ずくで排除する。ただそれだけ」


 右足を半歩前に出し、左足を一歩後ろに引いた。膝を軽く曲げた。

 右手は軽く握って前に出した。

 左手は腰元、開手かいしゅのまま──右半身に構えた。

 

「──それがわたしのすべて」


 瞬間。


 溶岩のように熱いものが、胸の奥よりやってきた。

 分厚い鋼鉄の扉を融かし、堅牢な錠を破壊して。

 奔流のように、全身を満たした。

 双眸に、灯り宿った──

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