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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「IFとメンター」

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15/70

「小鳥にはよくわからない」

 ~~~上屋敷小鳥かみやしきことり~~~




 4月の終わりを間近に控えて、クラスのみんなはどこか浮足立っているようだった。


 新しいクラスに馴染んでいる人たちは、さっそくゴールデンウィークの計画を立てていて。

 新しいクラスに馴染めてない人たちは、焦って輪の中に入ろうとしているようだった。


 そんなのどうだっていいというアタシみたいなのもいるし、どうだっていいを装いながら声をかけられるのを待ってる人もいた。

 それぞれがそれぞれの4月の終わりを過ごしてて、独特の喧騒を醸し出してた。


 こういう雰囲気は嫌いじゃない。

 あくまで傍観者としてってことだけど。


 シャッシャッ、カリカリ。

 シャッシャッ、カリカリ。


 アタシは静かな気持ちで3B鉛筆を走らせてた。濃さも消しやすさもちょうどいいので、アタリをつけたりラフなイラストを描く時はたいがいこれだ。

 大判のスケッチブックは部室に置いてあるので、教室では普通のノートを使ってる。


 題材はクラスのみんな……と見せかけてトワコさん。

 かがみ先輩のご依頼通りに任務を遂行中なのだ。

 トワコさんの日常生活の情報を収集し、報告せよとのお達しなのだ。


 じゃあ絵でなくてもいいんじゃないかって? 

 話したほうがどう考えても早いだろって?


 ちっちっちっ。

 それがアタシたちふたりの共通言語なのだよ。


 なーんて。

 本当は見てもらいたいのだ。褒めてもらいたいのだ。


 鏡紅子=黒野流星(くろのりゅうせい)

 ほわほわデフォルメの効いたキャラでのハードボイルドや、脳漿(のうしょう)飛び散るえぐいギャグ、ガチな殺陣を連発するアンビバレンツな作風が売りの、新進気鋭の漫画家。


 あの人はアタシの目標だ。アタシがなりたいものになってる、いたい場所で戦ってる。

 話してもらえるだけでもめっけもの。まして絵を見てもらえるなんて、感想をもらえるなんて、想像だけで鳥肌が立つ。

 扱き使われてるなんて冗談じゃない。ありがたい話なのだ。


「なに描いてんの、ぴーよちゃん?」


 委員長が話しかけてきた。


「ぴよちゃん言うなし」


「え、だってー。ぴよちゃんはぴよちゃんじゃない?」


「ふ……」


 アタシは不敵に笑う。


「今日のアタシはいつものアタシとはちーっと違うのだよ委員長。任務遂行中の鉄の女、レディバードと呼んでくれたまえ」  


 ちっちっちっ。人差し指をゆらゆらさせるレディバードのキメポーズ。


「ううん……そういうのよくわかんないなあ……」


 委員長は困ったように笑う。


 ダブルおさげとそばかすがチャーミングな委員長は、人と話すのと自己主張するのが苦手な女の子だ。

 完全コミュ障にも関わらず、入学早々クラスの矢面一直線な委員長に就任させられてしまった不幸な人だ。


 クラスの委員長っていうのは、面倒事を押し付けられるだけの損な役回りにすぎない。

 それなりに目立つしタスクも交渉事も多い。なのに誰も苦労をわかってくれない。


 むしろやって当然、みたいな風潮がどこかにある。

 委員長だから当たり前でしょ? ってやつだ。

 委員長のくせに何やってんの? に変化したりもする。

 中学の時にアタシも一度やったことがあるが、いやーあれは大変だった(死んだ魚の目)。 


 だからというか割と初期に、この世のすべての重荷を背負ったような顔をしていた委員長を労う発言をしたことがあって、それ以来委員長はアタシに懐いてる。

 わからないことがあったら聞いてくるし、それでなくても休み時間はべったりアタシの傍にいて、何が楽しいのか手元を覗き込んでは話しかけてくる。

 

「ぴよちゃんはホントに絵が上手いねー」


 ほう……と感心したように褒めてくる。


「わたしなんて美術系はぜんぜんだめだからなあ……」


「えー? そうっすかー? 委員長だって絵ー得意じゃないすか-?」


「そそそ、そんなことないよ!」


 委員長はなぜか真っ赤になって否定する。


「わたしなんて全然……」


 ぼそぼそとつぶやく。


「んー。そっかなあ……?」


 委員長はデッサンが得意だ。全体に均衡があり、モチーフを捉える力がある。 


 アタシの知るところ、ことデッサンというやつに関しては誤魔化しがきかない。

 あるものをありのままに描くというだけのことなのに、練習の成果や技量が如実に出る。


 委員長の技量は、たとえばうちの部のバストアップのキャラ絵しか描けないようなやつらとは明白に違う。年月の積み重ねを感じる。

 だからどこかで絵を学んだことがあるのではないかと踏んでいたのだが……。


 シャッシャッ、カリカリ。

 シャッシャッ、カリカリ。


「……トワコさんを描いてるの?」


「う……バレやしたか」


 ――喧騒をよそに、机に頬杖をついて物思いに耽るトワコさん。

 ――携帯ゲーム機で遊んでる男子連の大騒ぎに、いらっとした顔をしているトワコさん。

 ――仲良し二人組の(かなで)桃華(とうか)に話しかけられ、絶妙な作り笑いを返すトワコさん。


 主体が誰かバレると変に勘繰られて面倒なので、「ある日のクラスの情景」っぽく描いていたのだが、やはりバレてしまうか。


「あの人、綺麗すぎるんすよねー。だからついつい描いてしまうというか」


「あー、わかるわかる。トワコさんって綺麗すぎて、ついつい目で追っちゃうのよねー。とくになにかしてなくても、そこにいるだけで絵になるというか」


「……」


 綺麗なだけじゃないから難しいのだ。

 奥に抱えた秘密というか神秘性というか、そういったものを表現したいのに。

 上手……じゃだめなんだよなあ……。

 

 腕組みして考えこんでいると、委員長はふっと感慨深げな声を漏らした。


「……でも一番いい顔してるのは、やっぱり新堂先生と一緒の時なんだよね」


 ……ん?

 声のトーンに羨望を感じたのは、邪推にすぎるだろうか?


「恒例の冗談、みたいにみんなは言ってるけど、実は本当につき合ってたりしてね」


「まっさかでしょー。生徒と教師なんてめっちゃテンプレっすけど、入学早々新任早々はないっすわー」


 だよねー、ふたりで笑い合う。

 本当はもっとどぎついことになってるんだけどな……。


「……新堂先生のほうはどう思ってるのかな?」


 ……ん?

 ぽつりと独り言のようにつぶやいた委員長の顔がほんのりと赤らむ。

 憂いを含んだ眼差しを、教室に入ってきたばかりの副担に向けている。





「――以上、報告終わりっす」


 アタシの提出したノートを眺めていた鏡先輩の顔が引きつる。


「まぁーたやらかしおったか……あんの男は……」


 ぴくぴくこめかみを痙攣させている。


 開いているページには、完全に恋する乙女の表情になっている委員長が描かれている。下から上へ吹き上がる、大量のハートマークの誇張表現付きで。


「……お代わりどうぞ」


 神のお怒りを鎮めようと貢物を捧げると、先輩は鷹揚にうなずいた。


 先輩はクリームソーダをひとしきり堪能すると、腕組みしてストローをぴこぴこやりながら、


「んで、あんたの友達の委員長は、新にぞっこんってわけなの?」


「ぞっこんて……まあ、かなり深度は深そうすね……。実際にはちょっと優しくされただけみたいなんすけどね、委員長はチョロインっすから」


 はあー……先輩は重いため息をついた。


「あの男はいつもそう。無自覚にホレさせて気づきもしない。そのコ……委員長だっけ、苦労するわよ……?」


「なぁんか実感こもってますねぇ……」


「つき合い長い分だけ、ね」 


「――ところでえっと、絵のほうはどうすかね?」


「……ん?」


「いやえっと……アタシの絵の出来映えについてご指導ご鞭撻をいただければなーと思いまして……」


 先輩は一瞬宙を見つめて考えこむようなしぐさをしたあと、「……そっか」と初めて把握したようにうなずいた。


「そーだね……」


 アタシの絵をじっと見る。


「空間の把握が甘い」


「ぐ」


「装飾過多。ゴテゴテさせて誤魔化すのやめな」


「ぐぐ」


「線の強弱もまだまだ。線引きから練習し直しだな」


「ぐふうっ」


 めためただ。


 がっくりとうなだれるアタシ。  

 さすが先輩。容赦ないっす。


 でも──ありがてえ。


 アタシは顔を上げ、胸を張った。


「ありがとうございました。参考になりました。精進します」


「うむ。また持って来な」


「ははあーっ」


 平伏するアタシの前に、今度は先輩が自分のスケッチブックを差し出してきた。


「ちなみにこれはこっちの現状ね」


「おおお……黒野流星の生イラスト……!」


 ありがたやありがたや。アタシは手を合わせて拝む。スカートで手汗を拭う。

 

 ――得意のデフォルメタッチで描かれたクールなトワコさんと枯れたおじーちゃんみたいな副担のところへ、ほわほわ雛先輩がタリラリラ~ン♪ と現れる。驚愕の面持ちの2人をよそに、雛先輩はアパートの隣の部屋に入って行った。表札には「小鳥遊」……。


「マぁジすか⁉ ホントのホントに、アパートの隣の部屋を借りたんすか⁉ この前の宣言からそんなに時間経ってないすよ⁉ 行動力ありすぎでしょ⁉ しかもなんすかこれ、ひとり暮らし⁉ ご両親はなにも言わないんすか⁉」


「……雛が何か言い出したら聞かないことはみんな知ってる。あれはもう頑固とかそういうレベルのものじゃないんだよ。良く言えば聖者、悪く言えば狂信者的な……」 


 先輩はゆっくりとかぶりを振った。

 

「ふう~む……」


 いろいろと打ちのめされていると、スケッチブックの端に目がいった。


「……あっれー? 珍しいじゃないっすか。金髪ゴスロリ幼女なんてテンプレ全開のキャラ描いちゃって、どういう風の吹き回しっすか?」


 パチンコ屋の開店待ちする金髪ゴスロリ幼女をテンプレと言っていいものかどうかわからないが。


「……ん? ああーこれね。マリーさん」


 先輩はそのキャラについて、非常にざっくりと説明してくれた。


「ほほーう。元IFで、トワコさんのメンターで、一般ピーポーには見えも聞こえも触れもしないと……」


 うんわかった。たぶんだいたいの感じは掴んだ。


「……つっこんでもしょうがないことがわかったっす。もうなんでもありって感じっすね」


 実に実にファジーでファンタジーだ。


「そうなのよ……」


 先輩はこめかみをおさえる。


「ちなみにその流れだと、先輩にもメンターがいるんすよね? どんなのすか?」


「ひと昔前のビジュアル系バンドのボーカルみたいなやつ」


「ああ……」


 先輩の一番嫌いなタイプだ。作品に登場する場合、確実に真っ先に死ぬ。血反吐吐いて臓物まき散らして(むご)たらしく死ぬ。


「ちなみに今はあんたの隣にいる」


「――うえぇっ⁉」


 びっくりして隣の席を見るが、誰もいない。


「や、やだなー先輩。そーゆーのなしっすよ。さんざん怪談聞かせたあとに、『おまえの後ろだよ! びしいっ!』みたいな」


 コツン。


「──うおぇあっ⁉」


 アタシのグラスに衝撃があり、10度ほど傾いた。

 アイスコーシーの水面に波紋がたった。


 誓って言うが、アタシの手が当たったわけじゃない。テーブルが動いたわけでもない。地震だって起きてない。

 てことはこれがつまり……。


 ズズ……ズズズ……。


「──ひいいいぃっ⁉」


 アタシのアイスコーシーが突如何かに吸い上げられるように空中に消えていった。

 まるで見えない誰かが飲んでるみたいに。


「……あんた、そのへんにしときなさいよ?」


 先輩が冷たい目で告げる。カランと氷が動く音を最後に、その現象はおさまった。

 まるで腕利きの退魔士が喝を入れたようだった。


 アタシは先輩の隣に跳び移るように座って抱き付いた。


「……ちょっとピヨすけ。暑苦しいんだけど」


「いやいやいやいやいやいや! なんすかこれなんすかこれなんすかこれ! 超超ちょーう、怪奇現象じゃないっすかー! パラノーマルなんなんすかこれはー⁉」


「だから言ったじゃない。メンターってのがいて、そいつらは一般人には見えない聞こえない触れない」


「それさっきも聞きましたけど! 問題はそこじゃないっすよ! 説明すりゃいいってもんじゃないっす! なんでそんな平然と受け入れてんですか! これ完全に悪霊っすよ! ポルターガイストっすよ! 一般人に触れなくたって、物に触れるなら実質同じっすよ! 反撃出来ない分より悪いっすよ!」


 先輩は宙空に目をやり──うなずいた。


「そんなことすると上から抹殺されるって言ってるけど……」


「なにさらっと会話してくれてんすか⁉ 肝座りすぎでしょ⁉ もっと慌てましょうよ!」


 何度も肩を揺するが、先輩はあくまで泰然としている。

 逆に「うるさい黙れ」と頭のてっぺんをチョップされた。


 





 

 シャッシャッ、カリカリ。

 シャッシャッ、カリカリ。


 今日も今日とてアタシは絵を描いてた。

 ノートの中のトワコさんのイラストは、確実にその数を増していた。


 黒髪ロング黒髪ロング黒髪ロング黒髪ロング黒髪ロング黒髪ロング……ああもうっ! 指令だからしょうがないけど、たまには他のも描きてえよう! このままじゃ黒髪ロングフェチみたいに思われてしまう! それ専門作家になってしまう!


 がるると吠えながら、気晴らしにこの前見せてもらったばかりのマリーさんの絵を真似てみた。

 縦巻きロール。人形みたいな顔。ゴスロリ衣装。

 あまり描かないジャンルなので、これはこれで新鮮楽しい。

 えっと、言葉づかいはなんだっけ? 一人称はわらわ? 語尾はのじゃ? とにかく尊大で年齢不詳な感じ。おお、テンプレテンプレ。


 ――場所は副担の部屋の中、座布団の上に座って足を投げ出して、「わらわはどら焼きを所望するのじゃ。()く持ってまいれ」とか、威厳があるんだかないんだかわかんないことを言わせてみる。


「……」


 何か物足りないので胸元に名札をつけた。記載は「魔裏威さん」。

 ……やばい、全然面白くなんない。

 誰かオラにテンプレキャラの処し方を教えてくれろ。


 ガタンッ。


 頭を抱えて悩んでいると、後ろで大きな音がした。

 誰かがつまずいた拍子に机が動いたのだ。


 振り返ると、そこにいたのは委員長だった。

 青ざめた顔でこちらを見てる。

 震える指をアタシのノートに向けてる。


「そ、そ、そ……それって……⁉」


「ん? どしたんすか委員長?」


「わた、わた、わたしの……」


「……たわしの?」


「み――見たの⁉」


「見たって何をっすか?」


 とりあえず落ち着かせようとつくり笑いを浮かべてみせるが、委員長は逆に表情を硬直させた。

 慌てた様子で自分の席に戻ると、鞄を探って一冊のノートを取り出した。

 そこにあったことにとりあえずは安心したようだが、すぐにアタシをにらみつけた。


「ひどいよ……ひどいよぴよちゃん……!」


 委員長は肩を震わせ、目に涙を浮かべている。

 ん? なにが? どーゆーこと?


「信じてたのに、バカにして……! わざわざわたしの目の前でそんなの描いて! いい人だと思ってたのに……やっぱりみんなと同じで……わたしをバカにするんだ!」


 ……ほわーっと? ほわーい?


「や、ちょっと委員長……本気でわけがわからないんすけど……」


 立ち上がり、委員長のもとへ歩み寄る。

 突然の成り行きに誰もついて行けず、教室には緊張感が漂ってる。みんながこっちを見てる。


「まーまーとにかく落ち着いて、深呼吸深呼吸。ヒッヒッフーヒッヒッフー」


 なだめようと肩を叩こうとした、驚くほど強い力で手を弾かれた。


「触らないで! ――嘘つき!」 


 叩きつけるように罵って、憎々しげに見つめて──委員長はばたばたと教室を出て行った。ノートだけをその手に持って。


 廊下を出たところでぶつかったらしい古屋ふるや先生が「廊下走るんじゃねえよ!」

と大声で叱責しているが、委員長の足音は止まらず、むしろ遠ざかっていった。

 これから授業が始まるのに……いかんあの人マジだ……。


「……ったく、なんだってんだ。キレる若者かぁ?」


 古屋先生は忌々しげな顔をして教室に入って来るなり、アタシを捕まえてこう言った。


「……小鳥よ。真理のやつ、いったいどうしたんだ?」



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