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探偵カナタと白黒館の殺人  作者: 藤宮ハルカ
6/7

終焉

パスワードもIDも登録したアドレスも忘れてログイン出来なかったんだぜ……みんなも気をつけてな……


「さあ、雁字搦めになった紐を解いていきましょう。ハルカが取り掛かり易いと思った謎を教えてちょうだい」

解き易そうな「謎」。私にとってそれは――

「なぜ弥勒さんが殺されたか。動機について……だと思う」

我ながら情けない。カナタの顔色を窺いながら、最後の方は自分でも聞き取れないくらいに小さい声だった。それでもカナタはぼやきも怒りもせずに一度、大きく頷く。

「正解は無いわ。アンタがそう思ったならそうなんでしょう。それじゃあ弥勒さんが殺害された動機について考えてみましょうか」

そう言われても、どこから考えればいいんだ。

 いや、最初からそんな弱気でどうする、考えろ。弥勒さんが殺されなければならなかった理由、それを考えるんだ。

「服装が変わっていた……」

私の口から出たその言葉は考えて出てきたものでは無く、唐突に浮かんだ考えがそのまま出てしまったに過ぎない。しかしカナタの目に鋭い光が煌いたのを、私は見逃さなかった。

「もう少し遠回りするかと思ったけど、やるじゃない。弥勒さん殺害の動機はまさにその“彼の服装”にあるわ」

「だけど服装が殺害の動機になるってのが分からない。まさかあの服を着ていたから殺されたって訳でも無いだろうし」

カナタはセブンスターのソフトボックスに手を伸ばす。コイツは此処に来て何本の煙草を吸ったんだろうか。両手の指では数え切れない数なのは確かだ。カチリとジッポライターで火を点け、天井に向かって紫煙を吐く。何があるわけでも無いのに、無意識に煙の行方を目で追った。

「私の言い方が悪かったわ。“彼の服装”に動機の答えがあるわけじゃないの。“彼の服装が変わった”事にヒントがあるのよ」

彼の服自体には問題は無かったと言う事か?注目すべきは服装が変わった事?

「ねえハルカ、着替える時ってどんな時かしら」

「それは……寝る時とか、寝て起きた時とか、出かける時とか、汗を掻いた時とか…」

「そうね。もし弥勒さんが誰の目から見ても、寝巻きの様な服装だったらば……着替えた事に何の疑いも持たないわね」

「そうだな。あれはどう見ても「寝巻き」って感じじゃ無かった」

わざわざ黒いYシャツにネクタイを締めて寝る人など聞いた事が無い。

 待てよ?おかしい、おかしいぞ。寝る為にあの服装に着替えた訳では無かった。ならば何故、弥勒さんはわざわざあんな服装に?あれじゃあまるで――

「まるで、何処かに出掛けに行く為に着替えたみたいだな」

そう言った途端にパチン、とカナタの指が鳴り、その鳴らした人差し指で私を指す。

「惜しいわ、凄く惜しい。もう少し別の考え方をしてみましょう」

出掛ける訳では無かった。ならば、それならば――

「誰かと会う為…そうだ!弥勒さんは誰かと会おうとしてたんだ!」

「さすが私の助手。中々に早い回答ね」

そうだ、そうなんだ。初めて見たときの弥勒さんのラフな服装。それから殺害された後のキッチリとした服装。この隔絶された館で出掛けに行こうなんて考えはまず、無い。ならばわざわざ着替えたのは誰かと会う為……そうとしか考えられないのではないか。

 しかしそうなると当然、別の疑問も沸いてくる。

「でも誰と、何の為に?」

焦らない、と言いながらカナタは煙草を咥えて、組んだ脚の上に組んだ手を置いた。

「残念だけど、動機についてこれだけの材料じゃ此処までしか分からないから次に行くわ。でもアンタにとっては大きな収穫でしょう」

誰かに会いに行く為に着替えた弥勒さん。それは大きな意味を持っているに違いない。

 動機については一先ず先延ばしにするとして、次の謎となると――

「どうやってあの部屋を密室にしたか……だな」

「そう、密室。それこそがこの事件の核にして全ての答えに繋がる謎よ。動機も、手すりに残された血痕の謎も、動機も……そして犯人も、全てが密室の中に隠されている」

「犯人も……」

「分かるわ」

「けど――」

けど分からない。犯人が弥勒さんを殺害し、部屋から消えた。テラス伝いに別の部屋に移動するなんて到底無理だし、マスターキーはシノさんの部屋。その部屋だって常に施錠されていた。

「こればかりはいくら考えても分からないんだ。犯人が忽然と部屋から消えたのか?それとも部屋の外から、何か時限装置の様な物で殺害したのか?」

するとカナタは自分の胸をトントンと人差し指で叩いた。それは中心よりやや右にずれている。

「弥勒さんは肺を刺されて失血死したわ。前にも言ったけど、肺を刺されても即死しない場合があるの。重要なのは弥勒さんの部屋に残っていた血痕よ」

部屋に残っていた血痕。弥勒さんの遺体の周りは血溜りだったが、確かに点々と続く血痕が残っていた。それは扉の前から点々と窓際の弥勒さんの遺体まで続いていて――

 弥勒さんは歩いた?肺を刺されて窓際まで?そして窓際で息絶えた?もしかして、それならば――

「彼は……弥勒さんは、自分で鍵を掛けた?」

「パーフェクト、その通りよ」

やる気のなさそうな拍手をするカナタだが、満面の笑みを浮かべている。

「誰か――犯人ね。が、彼の部屋を訪問する。そしてすぐに刺したか、ひと悶着あったのかは分からないけれど、とにかく犯人は部屋の入り口付近で彼を刺す。咄嗟に彼は犯人の追撃をかわす為に扉を閉め、鍵すら閉めた。そして彼は窓際で……」

なんという事……こんな簡単な事だったんだ。これならば簡単に密室が出来る。

 だがしかし、これにも疑問がある。

「つまり密室が出来てしまったのは偶然なのか?」

「そうでしょうね、狙ってできる事じゃないわ。けど弥勒さんに対して明白な殺意を持っていたのは確かよ。わざわざ包丁を持ち出しているんだもの」

なるほど、密室が出来てしまったのは偶然、しかし弥勒さんを訪ねたのは、紛れも無く殺害する為。難しく考えていた自分が恥ずかしい。けれどまだ謎は残っている。犯人の正体、それに――

「手すりに残った血痕……その経緯で密室が出来たのなら、あそこに血が付いてるのはおかしいんじゃないのか?」

次の段階に入った、と言わんばかりにカナタは脚を組みなおす。その顔は微笑んでいる。

「あの手すりに付いた血。あれは誰のものか分かるかしら?」

そこまで馬鹿ではない。

「犯人の、だろ」

「それは分かっているのね。アンタの事だから「弥勒さんの血かもしれない」とか言うのかと思った」

そう言われたら死んでも口には出せないが、実はそれも考えた。しかしそれは有り得ない。弥勒さんの出血の状況から、あの手すりだけに血が付着するとは思えないし、仮に弥勒さんの血痕だったのなら、その周囲にも血があって然るべきだ。しかしそんな痕跡は見られなかった。周囲の血を落とすとしても、弥勒さんの死亡推定時刻から見てそれが許されるのは多くても一時間そこいら。そんな短時間で濡れた跡も残さず、綺麗に元通りにするなんて芸当は出来っこない。

「ただ、犯人の血だとしても納得出来ない。どうして犯人はあそこに血を付けた?俺達の中に怪我をしてそうな人なんかいなかったぞ」

カナタの目付きが鋭くなる。心臓の鼓動が早まる。直感で分かるのだ、次にカナタが発する言葉こそがこの事件の終着点――全ての解決。

「あるのよ、犯人があそこに血を付けてしまった理由。それは――」



十五時を告げる鐘が鳴る。しかしその音はまるで夢の中にいるように、私の意識に入ってこない。理由は分かっていた。私自身が夢を見ている様な状況だから。あまりにも酷な“現実”をカナタに突きつけられた私は、この体が私のもので無い様な心地を覚えて意識の間を彷徨う。

 カナタとどの様な会話をして、どの様にこの席に着いたのかも分からない。ぼんやりと周りを見渡すと、解散前と同じ席順に皆が座っているのが分かった。こんな頭でよくそんな事が思い出せたな、と自嘲してしまう。そうだ、ここは食堂だった。十五時になったからもう一度集合したんだ。

 そしてこれから全てが暴かれる。カナタによって全てが晒される。犯人が、弥勒さんを殺害した“あの人”の名前が。



「――以上が密室の謎です」

カナタは一通りを話し終えたが――沈黙、ただそれだけが場を制している。まだ犯人の名も、手すりの血痕の謎も明かされていない。

 もうやめてくれカナタ。聞こえるんだ。犯人からの「それ以上は喋らないで」と言う声が。犯人のその目から、雰囲気から、ありありと伝わってくるんだ。

「早く犯人を教えて下さい。弥勒さんを殺した、犯人を」

今野さん、喋らないでくれ。それ以上カナタに先を喋らせないで。

「皆には言ってなかったけど、弥勒さんの部屋の前の手すりには小さな血痕があったのよ。それがこの事件を解く大きな手がかりとなったわ」

やめろ。

「あれは犯人の残した血痕なの」

やめろ。

「犯人は弥勒さんを刺したが“突き飛ばされてしまった”のね。そして手すりにぶつかり、怪我をしてしまった」

やめてくれ。

「言葉を返すようじゃがカナタ、この中に怪我をした者は見て取れぬ。服の下を怪我しても手すりに血は付かぬじゃろうて」

「ええ、アリスの言う通り。ほんの小さな血痕だったけど、擦り傷くらいのものは出来ていたはずなのに、そんな真新しい傷を体に付けている人は見当たらないわ」

やめてくれカナタ。

「カナタ様、それでは矛盾が――」

「シノちゃん、いい?あるでしょう、“目に見えているのに、小さな怪我くらいは全く目立たない場所”が」

これ以上は喋らないでくれ。もう彼女を苦しめるのは――


「そう…“右側頭部なんかがそうかしらね”」



「おかしいと思ったのよ。遺伝で偏頭痛持ちのアナタが、化粧落としを持っていながら頭痛薬を持っていないなんて。ハッキリとアナタは言ったわ。「薬は普段、持ち歩かない」と。只でさえアナタは、私の誘いに乗って“一度家に帰って準備してから”此処に来た身。化粧落としを持ってきたのは、少なくとも「日帰りではないかもしれない」と思ったからでしょう。そこまで準備をしておいて、遺伝の偏頭痛の薬を入れ忘れた、なんて言い訳、今更しないわよね?」

犯人は……いや、三輪さんは唇を噛んで静かに佇んでいる。その表情は自白と同義だ。

「無意識に痛みで頭を抑えているのをハルカに指摘されて、焦ったんでしょう。アナタは必要以上に喋ってしまった。必要以上の嘘をついてしまった」

まるで数時間が経ってしまったかと錯覚する程の沈黙が流れ、三輪さんが口を開く。

「その手すりの血が……私のものだとは限りません」

それはあまりにも幼稚で、お粗末な反論。カナタはそれを一刀に叩き切り、打ちのめす。

「血を拭わなかったのは、気が動転していたせいかしら?それとも気が付かなかったからかしら?そんな事は今はどうでもいい。あの血を警察が調べれば、アナタのものだとすぐに分かってしまうわ。当然、現場保存としてあの付近には誰ももう近寄らせない。アンタにあれを拭き取らせやしない」

再び沈黙。誰も、何も言う事は出来ない。この場で喋る事が許されているのは三輪さんとカナタの二人のみだ、と空気が語る。

「……でした」

「聞こえないわ」

明らかにカナタは苛立っている。そしてそれを隠そうともせず、三輪さんにぶつけている。眉間に深い皺を刻んで彼女を睨みつけるカナタは、普段のカナタとまるで違う。一度も見たことのないその表情に、全身が総毛立つのが分かった。

「殺すつもりなんてありませんでした。偶然この館に来た私の前にシュウが……あの人が現れて、最初はビックリしたけど……酷いふられ方をしたのを、思い出して心が痛くなったけど……殺そうだなんて」

それは自白だった。彼女は弥勒さんを殺害したと認めたのだ。尚もそれは続く。

「だから彼に、娯楽室ですれ違い様に言われた「久々に二人で話そう」という誘いにだって乗った。でも、約束の時間に部屋の前にいた私は包丁を持ってた。なんで包丁を持ってたかなんて分からない。だけど、だけど……手に持ったそれに気付いた時、言い様の無い殺意が、私の中」

「もう黙れ」

唐突に食堂に響く、目に見えるのではないかと思うほど怒気を含んだカナタの一声。その声に、場にいた全員が一瞬身を震わせた。

 音を立てて椅子から立ち上がり、食堂を後にするカナタに誰も声を掛けられない。誰しもが呆然と、只その背中を見ていた。


エピローグ


あれから数日が経った。今日も晴天、客は無し。実に悲しい。相変わらず私はソファーに腰掛け、カナタはデスクに組んだ脚を放り投げ、コーヒーをすすっている。今日のコーヒーはちょっと砂糖が多かったかだろうか、まあ苦いよりは良い。

「今日のコーヒーはちょっと甘いわ。私を糖尿病にする気?」

まるで姑である。面倒臭いので無視した。


 カナタが三輪さんを犯人と暴いたその後、カナタは一人で館の自分の部屋に戻って眠っていた。シノさんが歩いて麓の警察に連絡をしに行き、警察が到着したが……私達は警察官達に「すぐに家に戻るように」と言われ、パトカーでそれぞれの家まで送ってもらった。どうやらアリスの手回しによって、私達は事情聴取も無しに開放されたらしい。「道には熊が出る」と脅していたアリスだったが、去り際に「あれは嘘じゃ」と満面の笑みで言われたので面食らった。しかし何故、その様な嘘をついたのだろう。今となっては分からない。いや、そもそもアリスについては最初から何も分からなかった。

 私達が警察のパトカーに乗り込む直前に館から三輪さんが警察に連れられ出てきた。並んだ私とカナタを見て、彼女が見せた無気力な笑い――まるで生気の抜けた様なその顔を、私は直視出来ずに思わず目を逸らしてしまった。かける言葉も見つからなかったから。

 パトカーに乗り込む為に、私達の横を通った三輪さんに何か言いたかった。言いたかったが、それよりも先にカナタが彼女に言った一言。それは数日経った今でも夢に見る。カナタが何故そんな事を言ったのかは分からない。ただはっきりとした声で、館を見上げ、咥え煙草のまま。

「地獄に墜ちろ」

と――


???


「成功…でしたかね」

「うむ、前回の失敗からすれば目を見張るほどの大成功じゃ」

「しかし、この様なお戯れはもう…」

「ふ……ハルカが気になるかや。いや、そんなに顔を赤くするな、こっちまで恥ずかしくなる。分かっておる、あの姉妹には次からはこれを飲ませぬよ」

「はい、ありがとうございます。彼は大丈夫だと思うのですが、その……」

「ふむ、カナタ――あやつは「揺れて」おった。今回はアキナが先に「墜ちた」からカナタは助かったのじゃろうが……次あたりは本当に分からぬからのう。私もあやつは好きじゃからな」

「カナタ様が、となると……やはりハルカ様……いや、ハルカ君でしょうか。考えられませんが」

「そうとも限らぬ。それにあやつは長く付き合っても「底」を見せたがらないじゃろうからな。そういう人間じゃ」

「ふふ……アリス様も負けていませんよ」

「ふん、褒め言葉と受け取っておこう」

「次は何処へ?」

「あそこにしよう。ちいと遠いが――警察の目は届かぬ」

「かしこまりました。手配をしておきます」

「頼んだぞ。今回の「餌」はもう少し上物でな」

「まかせて下さい。今回よりも良い「材料」を揃えておきます」

「お前は本当に頼りになるの。ああ次が楽しみじゃ。のう、藤宮姉弟――悲劇の姉弟よ」

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