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巻き込まれ少女  作者: 小鳩雨
第二部
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第17話 本当の姿


≪ヒア、祝福せし光、癒しの足音≫




――――――シーン…―――――――




「……あれ…?」



「……ニャーン…」




騎士団入団4か月目、相変わらず苦手です。治癒魔術。



「おかしいな〜…書いてある通りにやっているんだよ…?これはもう教科書が悪いとしか…ねえ?あはは、・・・」


茶化して言ってみるものの、此処にいるのは絶賛修行中のユハイエル本人と、怪我を負った状態でやってきた猫一匹である。週に一度の休暇の日である今日、そろそろ本格的に覚えないとやばいと感じた治癒魔法を一人ひっそりと練習しようと、騎士団本部から少し離れた小森へとやってきたのである。

猫を見つけた彼女はこれ幸いと、嫌がる(?)猫を捕獲し、師から与えられた本を手に、ひたすらブツブツと術式を呟いて発動させ、見事失敗する。

そんなことをもう3時間ほど繰り返しているのであった。

猫すらも痛みを忘れ、同情の視線を送る。

再び静まりかえったこの場の空気に、なんとも居た堪れない気持ちになってきた彼女はパタンと本を閉じ、草むらに寝転がって目を閉じる。



(う〜ん…基礎知識はあるんだけどなあ〜…どうも実践が足りないんだよね。私、治すより治される専門だったし…)


治癒魔術、そして防御魔法であるヒアはとても繊細な魔術のうちの一つである。

外部から負った傷だけではなく、毒素を抜く、治癒能力を高める、

魔術、魔法攻撃に対して防御層を作ったり、壊したりすることもできるのである。

ユハイエルがいた世界では多くの女性がこの魔術に秀でており、一流の使い手であれば体力の無さをカバーして男性の魔術師にも引けを取らないほどになることもあるのだ。

しかし、これを自由に操るのはかなりの繊細な能力が必要なのだ。

治癒魔術を施す際、相手の身体の組織を壊さないよう微細な力加減で魔力を調整する。

防御魔術を発動させれば、その場所の風向き、気圧を考えて壁を張り巡らしてゆく。

ユハイエルはもともと魔術の制御が苦手なわけではない。ただ、台風の真ん中でいつも暮らしてきたような彼女が咄嗟に発動してしまう魔法がそれではなかっただけの事なのだ。

結果、あまりヒアを発動させる機会もなく、今に至るのである。



包み込むような日の光が木陰から漏れ出てきて彼女の身体を照らす。

ギラギラとはではいかないものの、北にしては暖かく感じるこの帝都の空気が、ユハイエルは好きだった。

そんな彼女が必死にこれを取得しようと思ったのは、一番仲の良い(と本人は思っている)同僚のカイン・アステーラが原因だ。

期待通り見事な働きを見せている彼は先輩騎士からの信頼も厚く、最近は城内だけでなく様々な都市の見回りに行けるようになったのだ。

帝都ザハルだけでなく、多くの古代魔法都市が存在しているこのユーリウスを見回るのはユハイエルのそもそもの目的でもある。

休暇があるとはいえ所詮新米騎士、長い間の休みなどとれるはずもなく現在の調査は滞っていると言って過言ではなかった。

そういった経緯で、なんとも羨ましい活躍をしている彼に成功の秘訣を聞いたのだ。

そうしたら、


「秘訣?…お前、そんなこと考える暇があったらその厄介事を持ってくる体質、なんとかしたらどうなんだ。同じ配属だからっていちいち付き合わされる俺の身にもなってみろ。俺は、俺のできる事をやっているだけだ。」


と、鼻で笑ったようにそう言ったのだ。


(……なんか、思いだしたらむかむかしてきたんですけど…!)


まったくもってその通りな彼の言い分に何も言い返せない。もともとこんな体質でなかったら、この世界に飛ばされることも、おそらくなかったのだろう。

だからといってこの体質は治りそうもない。誰が好き好んで巻き込まれに行くというのだ。もっとも、この点に関して本人は諦めているのだが。


颯爽と次の現場へと向かっていった彼の後姿を見ながら彼女は心に決めた。

帰ってくるまでに絶対ぎゃふんと言わせてやると。

それがなぜヒアを取得することに繋がるかといえば、彼女の言い分はこうである。


1.以前、彼の前で先輩騎士が負傷した際に、彼は治癒魔術を施さなかった。

2.自分が巻き込んでしまった際の戦闘の時、相手が魔術師であるにもかかわらず、防御魔術を発動させなかった。


以上。

カインはヒアが私と同じくらい苦手である、またはできないと予測したユハイエルは何とも子供らしく、とても17(先日、誕生日を迎えました。敵の巣窟の中でですがね。)歳になる少女とは思えない。

兎にも角にも絶対基礎的なものは覚えてやる!という彼女の意志は思いのほか強く、再び実験の的になった猫に嫌な眼で見られつつも、彼女の特訓はひたすら続いたのである。





心身共に疲れ果て、彼女が本部にある自分の寮に帰ってきたのはとっぷりと日が暮れた頃であった。夕飯の定刻に間に合わなかったため、厨房に行って軽食を貰ってくる。こちらの食事は前の世界とさほど変わらず、口に合った味付けだ。(騎士団という職業のため、豪華なものなのであるが)ささっと食堂で夕食を済ませ、寝る前に少し身体を動かそうかとやってきたのは騎士団に隣接している演習場である。

試験を受けた時に初めて入ったそこは、石造りでできた円形の建物で、神殿のように柱で周りを囲まれている。

此処に実技試験を受けに来た時、神殿で戦うのかとあたふたして審判の騎士に笑われてしまったのを覚えている。いまだに、その先輩にはあの時の事を言われてからかわれているのだが。


トントンと演習場に入っていったユハイエルの目の前にいたのは、彼女の所属している班の隊長であるスライアであった。


「隊長!いらしていたんですか!」


「ん?ああ、ユハか。どうした?ボロボロじゃないか。」

薄い金髪を左右に靡かせながら、眩しいように目を細め、微笑する彼女は文句なしに綺麗だ。そんな彼女からいたわるような、からかうような言葉を受けたユハイエルは少し気まずそうに「特訓してました。」と答えた。


「休暇なのに特訓か?それはいい心がけだがあまり無理がたたると身体を壊すぞ?

騎士は身体が命なのだから適度にしておくように。」



スライアはこうして新米であるユハイエルも気遣ってくれる。双子であるスワイユと同じように、ユハイエルがほっとする空間を作る才能の持ち主であった。


「はい。気をつけるようにします。ありがとうございます。」


「そうだな。ユハはこれから練習をするつもりだったのか?身体のこともあるし、長くはしてやれないが少しなら相手をしてやろう。そのあとはしっかり休むことを約束したらな。」


「いいんですか?それならお願いしたいです!」


ちょうど帰るつもりだったのだろう、鞘に納めていた剣を抜き、スライアが構えの姿勢を取る。彼女の剣技はまぎれもなく一流だ。一度魔法剣技を使って戦い、彼女の繰り出す力強い剣に、あえなく手を地につけたのは記憶に久しい。


これは短くて良い練習になる。


前と同様に、決して一本を取らせてくれない彼女を相手にして少したった頃、何やら演習場の外で少し小さい、女性たちの話声が聞こえてきた。


「ねえ、ルカイオン殿下、また臥せったって」

「頻繁にお倒れになるわよね」


今まで射るような視線を向けてきていたスライアが少し動きを変える。

それに倣うようにユハイエルも剣の力を少し弱め、意識をそちらへと向ける。



「…そもそも本当に病気がちなのかしら?」


――――キィンッ!!!


「そうよね、あれだけ魔力の強い家系の出にも関わらず、魔力がほとんどないっていうじゃない?」


――――ガキィッン!!


「それを、表に出したくないだったりして?」

「確かにね」


―――――ガッッ!!!!


「低い魔力の皇子なんて、皇子らしくもない」




――――――――――――ィイィィィン!!!!!


「!!!!!」




「……それ以上、殿下について話してみろ。

お前達のその腐った口、叩き切ってくれる」


一気に凍るような空気を纏い、彼女たちを冷たく見据えるスライアに、女性たち…おそらく誰かの侍女であろう、は今話していた内容を思い返し真っ青になった。


「あ、あ…スライア様…」

「こ、これはその…」


「お前達、確かここの近衛の侍女だな。主人を辱めたくないならそうそうに此処を立ち去れ。2度とそんな口をきくな。」



脱兎のように逃げ出した彼女たちを再びキッと睨んだ後の彼女は何か苦痛を抱えているような、やりきれない怒りを我慢しているかのような表情で剣を鞘に納めた。


「同じ臣下として、同じ人間として恥ずかしい…国民よりもあのお方に接する機会はあるというのに、何故しっかりと見ようとしないのか…」


「隊長…」


そうであった。目の前にいるスライア隊長は近衛騎士として第二皇子、ジルヴィアスに仕えているのであった。

きっと、その時にも似たような話題を口にするような者がいるのだろう。

第三皇子、ルカイオン・ヒアル・ユーリウス殿下。

会ったことはないものの、スワイユから彼の人話は聞いたことがある。

誰よりも純心で、誰よりも思慮深い。

政局で疲れているジルヴィアスの何よりもの支えであるということ。

そこでふと、グレオの言ったことが頭の中に浮かんだ。

第三皇子を噂で判断するな、自分で見極めろ、と。

おそらく彼はこのことを言っていたのだろう。勝手気ままに飛び交う噂のなんと残酷なことか。そして、真に仕えている人々の、なんと胸の痛む話だろうか。



「隊長、私は殿下のお加減のことについては詳しく存じません。ですが、私も騎士のひとり。この国にとって大切な存在である殿下ご自身を、しっかり支えていきたいと思います。」


ふと、口から出たこの言葉。この国に来て誰よりも日が浅い自分がこんなこと言うなどとは不義理な感じもしたが、この言葉に嘘はなかった。

この世界にやってきてから今まで、多くの人々と会ってきてできた、大切な人々。その人が大切に思う人に、自分も真摯に向き合っていきたい。


「それに、きっと殿下は良くおなりになりますよ。帝国一の魔術都市ですから、きっとすぐに良い治癒魔術が発見されるはずです!私も精一杯頑張りますから!」


先ほどから曇っていたスライアの表情が少し驚きに変わり、そしてユハイエルが好きな、優しい微笑を湛えた表情へと変わった。


「…そうか、そうだな。それを信じてみるのも、いいかもしれない。未来には、何が起きるのか解らないのだから。」




―――――――――――――――――――――――



「あら、お姉様がここに居るなんて珍しいですわね。何かあったのかしら?」


「スワイユか…」


ユハイエルが自室に戻った後、スライアは一人、中庭にあるテラスで酒を飲んでいた。普段の彼女であればもうひとつの勤め先である第二皇子の皇宮へと向かってから寛ぎの時間を設けるのだが、今日は騎士団の敷地内でこうして休みを取っていた。


「いや、特に意味はない。殿下のお加減はいかがだ?」


「…あまり良くないけれど…悪くもないと思いますわ。今日はジルヴィアス様が様子を見に来て下さっているから。」


「そうか…。」


「そういえば、あの子はもう寝てしまったかしら?」


「あの子?ユハか?」


「ええ。あら、しっかりと覚えているのね。お姉様、なんだか嬉しそうな顔をしてらっしゃるわ。何か良いことがあった?」


「ああ、まあな。」

思い返すはあの時の彼女。

自分が怒った時の周囲の反応は良く知っているが、そんな表情を一切せずに言いきった新米騎士である少女に、スライアは少なからず好感を抱いていた。


「あの子は真っ直ぐだな。良くも悪くも汚れを知らない。それがこれからどう影響をもたらすかはまだわからないが、ああいう存在が騎士団にいるのは悪くない。」


「…本当に珍しいわ。そこまで人を褒めるお姉様を見たのは久しぶりね。流石、ユハちゃんね。」


にっこりと笑うスワイユに、ふっと微笑を浮かべるスライア。性格の違いはあろうとも、月明かりに浮かぶ双子の影は、頭の中にいる少女を思い浮かべてか、全く同じものであった。


「これからが楽しみな存在だな、ああ、なかなか斬新なことも言っていた。

頑張って治癒魔術を覚えるといっていたぞ。



失われた(・・・・ )魔術、治癒魔法を。







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