第16話 騎士団
帝国騎士団の朝は早い。
皇宮内に居を構えるそれは日が登る少しまえに起床し、掻き込むように朝食を摂った後、近衛騎士、一般騎士それぞれの配置につく。
四方が高い壁に囲まれ守られている皇宮ははっきりいって広い。それゆえたまに配置換えなどになった場合など騎士団本部は戦場と化す。
そんな中、
「おい!早くしろ!!これ以上手間かけさせるな!」
「ごめん!ごめんって!!でもカインだってさっきまで朝ごはん食べてたよね!?」
「…口じゃなくて手足を動かしたらどうだ!それと気安く名で呼ぶな!」
私、ユハイエル・ミード。無事騎士団入団が決まりました。
この世界にやって来てから怒濤の三ヶ月が過ぎ、つい一ヶ月前に私は正式に一般騎士配属されています。
入団試験はそれは色々あったけれど、掻い摘んで言ってしまえば力の無いものの、器用な戦い方をする事が評価されまして合格を決めました。
ただ、こっちの世界に来てから日も浅い私は当然戦いの定石など知らない訳で。
実技試験の時に組んだ相手にとって、私は相当トリッキーな動きをしているように見えたらしい。
そんな私の対戦相手であった、今隣にいる青年騎士に、私は未だ敵対心を抱かれている。
カイン・アステーラ。(本当はもっと長い名前のはずだけど覚えられなかった)
多分同じ位の年で切れ長な目で睨まれると少し怖い。
見た目は細身だけれど繰り出される剣技の一発一発がすごく重い。私が、彼曰く「正当な剣技」で闘っていたら間違いなく手が暫く使い物にならないだろう。
騎士団に入団し、同じ班に配属されたのに関わらず彼の態度は軟化しない。
そんなに変な事したかな?無事2人とも合格したからいいじゃないと思うんだけどな…。
それでも聞いたことにはちゃんと応えてくれるから決して悪い人ではない。
(できたらお友達になりたい…でも同い年の友達って前の世界でもあんまりいなかったからなぁ~…どうやったらなれるかな…)
「何だ。ニヤけるな気持ち悪い。此方を見るんじゃない。」
「…それ酷くない…?」
まあたまにイラっとくる事を言ってくるけど。
配属されてから三ヶ月は新人騎士は一緒に行動しなければならない。(何だか仲間意識を高めるっていううちの班長の命令らしい)なんだかんだ言って楽しいのは事実である。
ソルさんやスワさん、そしてグレオ隊長に会う事もほとんどなくなってしまったが、たまに顔を出してくれる。
その度カインが奇妙なものを見るような目つきで見てきたけど気にしない事にした。
確かに新人一般騎士の様子を見にくる近衛騎士のトップなんてはたからみたら珍しいどころじゃない。
一時期私がやんごとなき出自の令嬢だという噂が流れたけど、それは今やもう見る影もない。
急ぎに急いだ結果何のトラブルも無く、(これは凄い事なんです!私にとっては)配属先の正門に着いた。
「お前達が最後だ!これからはもっと早く来る事!」
「…申し訳ありませんでした。」
「失礼致しました。」
「よし、全員揃ったな。では今日の伝達事項を発表する。その後はいつも通り配置に着いてくれ。」
『はい!!!』
ここで指揮を執っているスライアさんは数々の業績を経て数多くの猛者を押しのけ隊長に就任した女性だ。
何と私がお世話になったスワイユさんの双子のお姉さんなのだそうだ。
彼女は本当は近衛騎士なのだが、貴族であることに甘えたくないと一般騎士も兼任している。
サバサバしていて指示も的確、それでいて優雅な雰囲気を持ち合わせている彼女は騎士団の二大マドンナなのだそうな。
もう1人?もちろんスワイユさんです。
…私ではございません。はい。
各々の仕事について細かい指示を受けた後、私はいつもとは少し前から違った場所にいた。今日は正門から少し歩いた、侍女や侍従専用の西門の警備である。
特定の時間を除けば殆ど人通りのないこの裏門は、常に賑やかな正門とは違って静かな空気を纏っている。
(なんか此処…リカウェル島に似ているかも…)
カインが先輩騎士に呼ばれ、ユハイエル1人になったその場所な、暖かな陽射しが辺りを包み込み、青々と繁った緑から差し込んで来る。季節によって違うのだろう、綺麗に植えられた色とりどりの花は見ていて心が安らぐものがある。
(目を閉じれば…ああ、本当に戻ってきた気分になるかも…)
ガシャーーーン!!!!
「ひやああああああ~!!!」
……
「…すみませんすみません!!本当に申し訳ありません~!!!」
「い…いえ、問題ありません。それよりも大丈夫でしたか?」
先程の悲鳴を発した張本人である少女…いや女性がひたすら謝ってくるのを流し、散らかった荷物を黙々と拾っていく。
スワイユよりは下であろう彼女はどうやら主人とお忍びで出掛ける予定だったらしい。少し向こうの方で一緒になって荷物を拾っている人物は、俯いているため顔こそ見えないが、優雅な動きから上品さが伺える。
(うわ~綺麗な髪の毛…ミルクティー色の髪ってこっちだと多いのかな…)
「お忙しいのにすみませんです!!ああ!ル…、お嬢様まで手伝わせてしまって…!私、なんて言ったらいいか…!」
漸く主人に後始末を任せている事に気づいた彼女が再び慌て始めると、凛とした、柔らかなソプラノが辺りに響いた。
「いや、構わない。それより早く行こう。予定に遅れてしまうから。」
未だあたふたしている侍女をそっと促しながら主人である人物が振り返った。
「貴方も。手を煩わせてしまってすまない。ありがとう。」
フードから覗いたその人は、まるで精巧に作られた人形のような美少女であった。
伏せると影ができてしまう様な長い睫毛。陶器の様に滑らかな白い肌。淡く色付いた薄い唇。世の女性全員が羨むような容貌である。
「あ、いえ…お気を付けて行ってらっしゃいませ。」
思わず目の前の美少女をじっと見つめてしまいながら、この世界は美形率が高いな、と意味もない事を考えていた。
美少女は大きな目を少し見開き、再び涼やかな声で、「ああ、有難う。いってきます。」と言うと侍女を引き連れて門の外へと出て行った。
(それにしても綺麗な人だったな~。侍女さんだって可愛いかったし…あ、忘れ物。)
そそっかしい侍女が忘れていった、綺麗に畳まれたリボンを手に取り持ち場に立つ。
「ちょっと怪我してたよね、侍女さん。ちゃんと治癒魔法も練習しておかないとな~…ここにいたら何かしら役に立ちそうだし。うん、そうしよう。それで!カインに恩を売れば…!!」
「何をブツブツ言っている。」
「わああああ!!!?…あ、カイン、驚いたよ…?」
「…本当に騒がしい奴だな。」
あの後すぐにカインが戻ってきて、それ以後はいつも通りの時間が過ぎていった。
それゆえ彼女は気が付かなかった。その美少女が誰かにそっくりな出で立ちであった事を。