第15話 噂の皇子様
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今や世界で一、二を争う大国、大ユーリウス帝国。
その頂点に君臨する三人の皇子達の噂は帝国内に留まらず、他国にまでその名を轟かせている。北の大地から南の島まで、彼らの話しを聞くと皆一斉にこう言うのだ。
ああ、あの美形三皇子ね、と。
一番上の皇子、現在皇帝就任を間近に控えているエルジオン・イサデア・ユーリウス。
皇弟として兄を支える第二皇子、ジルヴィアス・ファランド・ユーリウス。
そして、体は弱いが兄達のことを誰よりも思っている第三皇子、ルカイオン・ヒアル・ユーリウス。
三者三様の美しさを持つ彼らは社交界のご令嬢方のとびきりの話題にもなっていた。
やはり、皇帝になられる前ですもの、エルジオン様の凛々しさは格別よね。
あら、それを言ったらジルヴィアス様の御美しさなどますます磨きがかかっておられますわ。
わたくしはルカイオン様が心配ですわ。お体があまりよろしくないのに無理をなさっておいでだと伺いましたもの。
また、彼らをよく知る臣下、貴族達は夜会が開かれるたびにこう議論を交わす。
紫紺の髪を靡かせ、今は亡き皇妃の形見である娘ネアンを慈しむその姿は、誰よりも繁栄期を迎えているこの帝国に相応しい。
彼ならこれからの帝国の未来を任せることができる。
ミルクティー色の髪に縁取られた、女性顔負けの美しさを誇るその横顔は、常にこの国の安寧のために引き締められている。
彼ならば皇帝を大いに助けることができるだろう。
ああ、そして彼は・・・
貴族だけではない、あらゆる軍人、国民が彼らについて語り、また称賛の言葉を向ける。
これで帝国の未来は安定だと。
彼らさえいれば平気だと。
彼がいなくとも。
「ん…。夢か…。」
暖かな朝日の光を浴び、そっと目を覚ます。
いつも通りの朝、いつも通りの部屋、そしていつも通りの体。
思うようにきかない、体。
誰にも聞こえないように、そっと、息を吐く。
開かれた目は無意識にも、天井を見つめている。
重く感じる体を再び寝台にあずけ、
「兄さん達は…今日もお元気だろうか…」
そう、呟いたのは一体誰だったか。
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「しかし、お前といると本当に休む暇っつうのがねえな!!」
「……本当に、申し、訳、あり…ませ…」
「わかった、わかった俺が悪かった。お前に比べりゃ全然大した事なかったぜ。
だからそんな死神みてえな顔すんな、呪われそうだ。」
「…私に…そんな付加価値はありませんよ…。」
事件がひと段落し、私達帝国騎士第二隊一行は大都市ハルアを離れ、帝都ザハルへと出発した。
帝都が近付くにつれ、不審な集団はいないか、視察目的である帝国騎士にとっては一層の注意を要する。特に先日ハルアという近くの都市で大規模な事件が起こったため、その道中は決して心休まるものではなかった。
そして今回は不穏分子発見機と異名のつくユハイエル・ミードの存在がある。
たちまち騎士団一行は強盗犯、放火犯、はたまた幼児誘拐犯を見つけ各街の警備隊へ連行することになった。流石のグレオもあまりの発見の確率に、「今度警備隊の仕様を変えねえといけないかもな・・・摘発率が段違いだ」などと、真面目な顔でぶつぶつつぶやいていたのを耳にした。
そして現在、ユハイエルは無事帝都ザハルの騎士団本部…ではなくて、その手前、スワイユが住んでいる別宅へと案内されていた。
何故別宅?とも思ったが成程、スワイユは伯爵家の令嬢だったのだ。いくら騎士団に属しているからといって、寄宿所で暮らすなどということはないのだろう。
中に入れば広がる、まぶしい位の白い壁、赤い絨毯。
しかしそれ以上、ユハイエルの想像していたような金のシャンデリアや銀の燭台、長いテーブルなどは無かった。
清廉な印象を持たせる、すっきりとした机に淡い色で、細かく刺繍が施されたレースカーテン、そして最も眼につくのは部屋の壁の半分を覆っているであろう大きな本棚がそこにあった。
ここである人物を待つのだという。
その人は近衛騎士に所属しながらも一般騎士をまとめる立場にいるような偉い人物のようだ。
あまり緊張しなくていいのよ、とふんわり笑いながらスワイユさんが私室へと戻っていった後、暇を持て余したグレオさんがちょっかいをかけてきて今に至るのだ。
「しかし、嬢ちゃんと出逢ってから数日だってえのに随分と濃密な日々を過ごしたもんだ。最近は各国が安定していたからな、視察といっても形だけのようなもんだったんだぜ?」
「私はこれくらいの濃密さが当たり前になっているので…ええと、そんな顔でこっちを見ないで頂きたいんですが……やっぱりそう珍しいものなんですね、大都市で騒動が起きるっていうことは。」
「…俺はだんだん、何故お前さんがこんなに強く、そして逞しく育ったか分かった気がしてきたぜ。
そうだな、先代の皇帝、今はもういなくなっちまったが…かなりの軍事改革を断行してな。諸外国との友好関係を一心に進めてきたんだ。そのおかげもあってか、今やユーリウスは争いごとは少ない。軍事だけでなく商業、魔法においても
ここは主要な土地だからな。攻めてこようとする奴らのほうがキチガイって感覚が強いはずだ。」
(へぇ~…先代の皇帝…その方はよっぽど優れていた人だったんだろうな…。争うより、他との調律を保つのは何倍も難しいから…)
ユハイエルがこの地に来てから分かったことがある。
この世界では、平和、そして繁栄が身近にあってどんな人々も生き生きと生活している。
そして、皆が帝国の頂点に立つ皇帝を敬っているのだ。
ユハイエルの住んでいた世界にも王族は存在していたが、自分の生活には関係ないに等しかった。
むしろ自分達の平穏は王族に作られたものでなく、自らの手で作り上げたものだ、という意識が先立っているような気がする。
聞いた話によると、現在皇族として在籍している人々の生誕を祝う日が設けられていたり、一年に一回、国民の前に皇族全員が顔を見せる行事もあるのだという。
それだけ彼らの生活に、深く根付く何かがあるのだろう。
彼らの偉業か、はたまた歴史の重みか。
「それにあの三皇子の時代になってからもなかなかうまくいってるぜ。聞いたことあるか?三皇子の噂。」
「あ、はい。あの美形三兄弟とか天性の皇子とかは色んな方に聞きました。」
「それか。そりゃ一般的にかなり浸透してる異名だな!なかなか的を得てる所がすげえんだが。」
国民はちゃんと見てんだよなあ~と楽しげに言葉を紡ぐグレオにふと気になっていることを聞いてみた。
「そういえば、第一皇子と第二皇子の噂は結構聞いたんですけど、第三皇子の事はあまり耳に入らなかったんです。確かスワさんが仕えている方ですよね?今療養中だとか…」
「ああ、そいつはな、」
と彼が何か話そうとした時、
「おまたせ、さ、いきましょうか。」
と騎士装束を解いたスワイユが戻ってきた。
「おう、遅かったじゃあねえか。連絡取るのに時間くったか?」
「いえ、そんなことはないですわ。スレイネもいるみたいなのでこのまま向かいましょう。」
どうやら話しがまとまったようで、再び皇宮に向けて出発することになった。ドアを開け、スワイユに続いて外に出ようとした時、グレオにそっと耳元で囁かれた。
「第三皇子の事だがな、噂で判断するな。お前の目でしっかり見極めろ。」
その言葉に一体どれほどの意味が含まれているかは分からなかったが、ユハイエルはそれにはい、と頷き、それをしっかりと心に刻んだ。