第14話 事件、迷宮入り。
皇子様。
皇子様といえば金色の髪、澄んだ青色の眼、そして爽やかな笑顔。誰にたいしても優しく接し、民や臣下に慕われ、一人称は勿論「僕」、だ。
ですから、間違っても皇子様っていうのは、
「ソル、ちんたらしてねえでさっさと帝都に戻ってきやがれ。そろそろあの馬鹿貴族共がうるせんだよ。」
こんなこと言わない。ちんたらなんて言わないですよ。
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「ちんちくりんに…ちんたらですか。どうも庶民的な言葉を使われるんですね…」
「ああ…なんというか、周りに俺や隊長がいたからな。自然とそうなったというか…まあまだ理由はあるんだが。」
「それにしても驚いたわね。まさか殿下自らおいでになるなんて。ルカイオン殿下のおかげんがまた悪いそうだからそちらにずっといらっしゃるのだと思っていたわ。」
」
「そうらしいな。俺もその報告しか受けていないから驚いた。」
あれから件の美女、もとい皇子殿下はソル副隊長とグレオ隊長にはっぱをかけるだけかけて颯爽と帰って行った。
帝都での仕事がまだ終わっていないのだそうな。
そりゃあそうだろう。なんといってもこの帝国の皇子様なのだ(あれ私、今日皇子様って言いすぎじゃないかな)。
立場上、皇帝が崩御したため既に皇弟であるらしいが上の第一皇子がまだ戴冠式を行っていないので未だ皇子呼びされているとか。(「俺達もそっちで呼びなれているからな、何か変な感じなんだがな。」とソル副隊長は笑っていた。)
(それにしても何て高い魔力を持っているんだろう…スワさんから、この国は身分の高い人は、高い魔力を持つ人が多いって聞いていたけど、あんな瞬時の発動は見たことなかったな…。)
この世界では魔力の強さは身分の高さと密接な関係がある。魔力の強い平民がいればその人を一般騎士として入団させ、養子にする貴族も稀にいるというが、だいたい生まれ持つ魔力というのは想定の範囲を超えることはほとんどない。
今日出逢った彼の人物は、そんな魔力を持つ人間が入れる一般騎士はおろか、近衛騎士でさえあまり見かける機会もないくらいの偉い人なのである。
(あの瞬間であの膨大な水、そして威力…すごい、私のいた島にはそんなひと、いないに等しかった。)
そんなこの世界の頂点に立つような人にまるっきり庶民派の私が出逢う機会などかなり稀だということはわかる。
そしてそんな偉い人に使えているソル副隊長やグレオ隊長もまた、場所が場所でなければ絶対に関わることすらない人々だっただろう。
そんなことを考えながら、私はふと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ということは第二部隊は全員がジルヴ…ィ、ジル、っヴィアス殿下の配下の騎士なんですか?」
「噛んだな」
「どうも名前の発音が苦手よね。」
「…すみません…」
「質問に答えてしまうけれど、全員ではないわ。まず第二部隊には一般騎士もいるの。それに私みたいに近衛騎士だけど違うお方に仕えている人間もいるわ。」
「そうなんですか!…ちなみにスワさんはどんな方に仕えていらっしゃるんですか?」
「ジルヴィアス様の弟君のルカイオン殿下よ。まだ幼くていらっしゃるけれど、聡明で優しいお方なの。」
そうなんだ、と一人納得している所へ隊長が警備隊の長のところから帰って来て現状を報告した。
「犯人は不明。発動と同時に外部へ逃げたという報告はされていない。時間差発動の術式を使った傾向がみられるが、内部犯という可能性は低いため未だこの街に潜伏していると判断した。
これ以降の追跡は都市配属の一般騎士が指揮を執ることになった。我々の仕事は終わりだ。」
普段とはうってかわって真剣な表情で状況を説明するグレオの話しを聞いた後、ソル副隊長が騎士達に指示を出していく。
(あれだけの魔法を発動しておいて、魔法の痕跡が残らないなんてできすぎだけど…この世界ではそう珍しくもないのかな…?まあ、それくらいは隊長も副隊長も既に考えているよね。)
「よし、これで帝都へ向かうことができる。帝都に着いたら、嬢ちゃん、力の見せどころだぜぇ!」
「…はい!頑張ります!」
一般騎士と近衛騎士の仕事は基本的に違う。貴族や皇族個人に忠誠を誓い護衛を司る近衛騎士に対して、一般騎士は外門や街中、または皇宮などを守るために皇宮の訓練所から派遣され、各地配属になる。
第二部隊グレオ隊長、ソル副部隊長、そしてスワさんも近衛騎士だ。一方グレオに推薦されているのは一般騎士。
帝都へ着いたあと、入団試験を受けて晴れて合格、という形になる。
一般騎士になることで帝国の一民として身分が与えられるため、行動の幅も広がる。
きっと帰る手掛かりを見つけるのにも役立つだろう。
それでも、
(まあ、それも帝都に着いてしまったら会う機会も少なくなるんだよね。なんだか少し寂しいかも…。)
そうなのだ。
道中は彼らの貴族という身分をあまり気にすることなく(もちろん上司への敬意は必須だ)接してきたため、今になって少し自分と遠くの存在であることを実感する。
今回起こった火竜の事件。これについての調査がひと段落ついたので、この第二部隊ともあと少しでお別れということになる。
「まあ、嬢ちゃんは実力に関しちゃあ問題ねえ。なんつったって俺が保障するんだからな。がっかりさせるなよ??ん?」
「…了解しました。」
こんなときに限ってニヤニヤではなく爽やかな笑みを向けてくるグレオにユハイエルは胡散臭そうな目線を投げながらそれに応えた。
(寂しいっていったのはグレオ隊長抜きってことにしよう…うん。これでも緊張しているのになんていうことを…おじさんめ。)
突拍子もない行動をする割には意外と肝の小さいユハイエルは、第二部隊と共に帝都へ向けて出発する準備を始めたのだった。
------------オマケ-----------------
「スワさん、ちなみにお仕えしているルカイオン殿下も…女神さまみたいな感じなんですか?」
「そうねえ…美女、というより美少女ね。ジルヴィアス様はお綺麗だけれどしっかり男性に見えるでしょう?
でもルカイオン殿下は、まるっきりの可愛らしい女の子に見えるわ。」
「…なるほど。きっと皇族は美女家系なんですね…」
「確かにそうかもしれないわ。第一皇子殿下も女らしいわけではないけれど、やっぱりお綺麗だし…、あら、ユハちゃん?」
「はい?なんです?」
「ルカイオン殿下のお名前は発音できるのね!」
ほわほわと、どこか違った突っ込みをしてくるスワイユに、「はい…なんかすみません…」と疲れ切った顔でうなずくユハイエルの姿を道中見かけたものがいたとかいなかったとか。