第13話 傾国の美女
事が起こったのは、夜も更けて、人々が床に入ろうとした頃。
「報告します!!火事です!!!向かって西方に火の竜が放たれています!!」
近代稀にみる、魔術で構成された火事が起こった。
「隊長!副隊長!現在都市警備隊と一般騎士が消火活動及び原因追究に当たっています!至急応援願います!!」
そういって駆けこんできた都市警備隊報告兵に向かって、グレオは声を大きくして叫んだ!
「了解した!直ちに応援に駆け付ける!
いいか!!今から隊を2つに分ける!!!
スワ、お前はそこ周辺の警備に当たれ!!
ソル、お前は現場に行って他の奴らの指揮だ!!」
『了解!!!』
ソルオンと同じ、現場の担当に割り振られたユハイエルは、他の隊の者と共に現場に着いてからの行動についての指示を受けた。
第一に、風系統魔術で風向きを変え、都市全体に火の手が回らないように大きなうねりを作り出す。
第二に、火の竜の実体を分析して反対魔術を構成し、攻撃。
最後に、現場の状態から作り出した魔術者の特定を試みる。
火の竜を消すのは勿論大切だが、最後の魔術者の特定というのは極めて重要な隊務となる。なにせ火の竜など、自然魔法では起こり得ない形だ。悪意ある人間が故意にそれを放ったとしたら次が起こる可能性も否定できない。
「火の竜…他国、例えばデズヴィルなどの可能性もある、ということですか…」
「否定はできない。実際にカーダで反旗を翻したわけだからな。そうじゃないとしてもそうとう高い身分に雇われているやつだろう。火の竜を発動できるほどの魔術師はそうはいない。」
現場へ向かって走りながら、隊の大半が風系統魔術を身に纏わせていく。現場に着いた時に、すぐに術式を発動させるためである。
現在都市は無風状態のため、火が四方へ飛び散らないのが唯一の救いだ。
高い能力をもつ魔術師というソルオンの意見を聞き、ユハイエルは身震いをした。彼女の頭でも、この状況を作り出した犯人はそうとう高い魔力を持っていると理解している。
そんな魔術師がめったにいないことも。
カーダより少し着込んだ衣服をはためかせ、竜のいる現場へ辿り着くと、その場は混乱を極めていた。
警備隊、そして一般騎士だろう、見慣れた制服を着た人間が水系統魔術で消火にあたっている。しかし、それも焼け石に水で火魔術の本体である竜には誰も近づけてはいない。
思ったよりも深刻そうである状況に、先程の指示通り騎士団が動き始めた。
【神なる風の聖霊よ、大気を揺るがす風を、ここに求めん】
《ノア、神の吐息、覇者の疾風、ここに》
少し異なる術式の後、作り出された風は火の竜を渦巻くようにして吹上げ始めた。辺りに火の粉が降りかかるのが止み、市民による騒ぎが少し収まる。
そのことに若干の安堵を覚えながら次の段階に移ろうとした、その時
ゴオオオオオッッッという音と共に、風の中心にいた竜が増大した。一度止んだ火の雨が再び地面に落ちてくる。それに呼応するように、人々による喧騒が辺りを支配し始めた。
予想外の出来事に、水系統の発動段階だった騎士も緊急に風魔術を発動させ、止めにかかる。
(このままじゃ…防戦一方で魔力が尽きるまでの勝負になってしまう…!!!)
ユハイエルの魔力は決して多くはない。他の騎士については知らないが、魔術師でない限り恐らく同じようなものだろう。
この都市の魔術師は一体何をしている、と彼女が考えを巡らせていた時、とうとう竜が風の壁を破り、その姿を現してしまった。
「竜の正面を風で覆え!!決して直接攻撃を受けるな!!」
ソルオンの張り上げるような指示が飛び、警備隊、一般騎士、第二部隊共に一斉に体制を変化させる。市民は残らず避難させたようで、この場にいる人間のほぼ全員がその作業にあたった。
しかし事態は良くなるどころか悪化の一歩を辿りつつある。体感している気温は倍にもなり、彼らの体力をことごとく奪っている。
目をこらし、火で構成された竜を見つめていたユハイエルはあることに気が付いた。
竜の心臓が位置する所に、ある術式が刻まれているのである。
(もし、これが全て構成されているのがあの術式でだったら…あれを潰せば、竜は消滅する!!!)
「ソル副隊長!!!」
「なんだ!!!」
「心臓部に術式が見えます!局部的に攻撃をすれば、消滅する可能性が高いです!!」
「何!本体に直接術式が組み込まれているだと!?」
術を発動する手を休めることなくこちらへ移動してきたソルオンはユハイエルの視線の先にあるものをじっと見つめたが、彼の判断は期待通りではなかった。
「だめだ。確かにあれを攻撃した場合、事態が好転するかもしれないが、竜本体が消えなかったら攻撃した奴がやられちまう。」
「でも!!!」
「ユハ、これは自分自身だけの問題じゃない。市民全体の命が関わっているんだ。一か八かの行動は厳禁だ。」
そう、静かに諭すソルオンの言葉は確かに正論であった。まだ騎士団に関わってから幾日ほどしか経っていないユハイエルは騎士という意識が足りないのだと、そう言われたのだ。
ユハイエル自身もその言葉を聞いて、理解はした。ただ、理解はしたが気持ちが追いついていないのである。
目の前にある術式が遠い。初めて自分の魔力の足りなさに腹が立った。
「…そうだ、突飛な行動は褒められたもんじゃない。だが、そんなことも言ってられなさそうだ。」
彼が漏らした一言にバッと彼女は術式から全体を見直した。
巨大化し続けていた竜は、今や元の大きさの2倍ほどに成長していた。先程の大きさでさえ、押さえるのに苦労したというのに。
最早騎士達の体力は限界にきていた。今勝負を決めなければこれからの勝算はまずない。
副隊長が何か思案し、何か次の指示をだそうとした。その時、
【神なる水の聖霊よ、全てを治める清き慈雨を、ここに求めん】
凛とした声がどこからか聞こえてきた。低くもなく、しかし高くもない涼やかな声色と共に、未だ見たこともない大量の雨が辺り一面に降り注ぐ。
それに、猛威をふるい続けていた火の竜が大きな唸り声を挙げながら次第に、火がかき消えていくのがわかる。
どこか聞きなれないその術式は、ユハイエルの育った世界とは勿論異なるもの。
とうとう人並みの大きさと化した火の竜は、ポンッという音と共に消滅した。
「これくらいの処理もできないのか、お前達は。本当に俺直属の部下なのか?」
隣でソル副隊長が息をのむのがわかった。彼だけでなく、帝国騎士の面々はみなあっけにとられた表情をしている。
全員の、その視線を追うと、今は雨に濡れて鎮火した通りの店の屋根上に、一人の人物が立っていた。
暗闇で良く見えないが、透き通った肌。並べばおそらくソルオンよりは小さいだろうが、均整のとれた体躯。ミルクティー色の髪は後ろに流され、闇夜のなかでも煌めいている。
何より引きつけられる、日の当たる所で見たら誰もが目を見張る程の容貌は、女神を思わせるような美女だ。
名も顔も知らぬ、突然現れた人物に、ユハイエルもまた釘付けになっていると、向こうから最近知り合いになった面々が走ってきた。
「ジルヴィアス様…!!!!何故ここにいらっしゃるのです!!!?」
走ってくるなり驚愕の声を挙げたスワイユに、その人物は何でもない風に答えた。
「何故ってこいつらを急かしにきただけだ。だいたい帰ってくるのがおせえんだよお前達は!!お陰でこっちは使えない奴ばっかりで案件がアホみたく溜まってんだ!!!」
そこにショックから復活したソルさんが声を張り上げた。
「だからって直接来ないでもいいでしょう!!供も連れず、どれだけ危険な事をしているのかわかっているんですか!??」
「あ??あー…なんだ、ソル、お前ナーリスに似てきたんじゃねえの?小煩いところとか。」
「皇子殿下!!!!」
って、
「殿下ぁ!!!!!?ていうか男なんです!!!!?」
「…オイ、ソルなんだそのちんちくりんは。どこで拾ってきた。ちゃんと元の場所に置いてこい。」
傾国の美女もとい、女神は、ものすごく口の悪い、この帝国の皇子殿下でした。
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