第9話 転機、彼女の信念2
前話の続きになっています。
側にいると巻き込まれる。
近くにいたらろくなことがない。
それから少女は、人を遠ざけた。
突如乱入してきた人物に、ある人間は惑い、ある人間は眉をひそめた。
伏せられている顔からは表情が読めず、細く頼りなさげな肢体はこの場にそぐわぬ印象を与える。
喧騒に包まれていた森は、今や小鳥があわただしく飛び立つ羽音しか聞こえない。
一瞬とも永遠とも思える沈黙は、今だ幼さを残す声によって破られた。
「ユハ…ねー、ちゃん…?」
そこには、エルが姉の様に慕っているユハイエル。
「私は彼さえ見逃してくれればいいと言うつもりはありません。
あなた達を、見逃すわけにはいかない。」
いつも柔らかい光を纏っていた黒い瞳は、何もかも吸い込む様な深く、不思議な色をたたえ、しっかりと前を見据えていた。
「こいつ…!居酒屋にいやがった…!」
「間違いねぇ、このガキだ!こいつのせいで俺らは…」
「ほう。こんな少女にお前達は歯が立たなかったと言うつもりか。」
見覚えのある容貌にわかに騒ぎはじめた男達をちらりと見やりながら、このグループの長であるザヒニが冷たい一言を放つ。
彼もまた、この少女を警備隊の屯所で見かけている。
「随分と勇敢なことをいっているが一体どうする算段だ?勿論私達は大人しく捕まってやるつもりも、このガキを解放するつもりも無いが。」
言い終わるか終わらないかの内に、背後にいた数人が少女に襲いかかった。
得物を携えた男達からの攻撃を脇に飛び退くことで交わし、スッと息を整えた後に腕を一振りして自分の剣を取り出す。
片刃のみ鋭く研がれている短刀を握りしめ、四方から飛んでくる刃を弾き飛ばす。
我に返ったヘルが闘いに加勢するのを横目で確認しつつ、彼女は新たな戦法に移った。
《ノア、天なる閃光、纏い雷》
短刀を扱っている腕に電光が巻きつく。
それを切先まで帯電させ地面に突き立て、地に走った電撃により周囲にいる敵が倒れる。
雷光技、魔術剣の中で彼女が最も得意とするものだった。
(いける!!)
刃を引き抜き、斬りかかってきた相手をいなす。
残っているのは長を含めた三人。1人をヘルに任せ、残りの2人と対峙する。
今までの奴等と違って隙が少なく、飛び込みにくい。
長期戦を要すると判断したユハイエルは、雷光を抑え新しい術式を発動する。
いざ立ち回ろうとした時、彼女の身体に違和感が走った。
(重い…!!系統失陥か…!)
系統失陥とは、短時間に別系統の魔術を連続して使用することで起こる。
先程の風系統魔術は勿論のこと、魔方陣に残された魔力を見つけるため特別系統の探索魔術を彼女は使っていたのだ。
普段の彼女であれば多少の系統を同時に使えるのだが、今の一発にかけた魔力はかなり大きい。
もしもう一度雷系統を発動させれば、おそらく敵を倒せるだろうが万が一という場合がある。
背中に伝わる冷や汗を感じつつも動けない。
それに感づいたのか、歪んだ笑いを顔に浮かべながら襲いかかってくる二人の攻撃に備えようと、ユハイエルは短刀で防御体制に入った
が、
いつまでたってもその衝撃が訪れる事はなかった。
「…っおじさん!!どうして…?」
こちらに向かって倒れてくる敵の背後に先ほどの男が立っていた。
逞しい腕を少し回しながら、それでも立ち上がろうとした相手を昏倒させている。
「まったく…!後先考えずに飛び出すのは褒められた事じゃねぇが、大した度胸だ。どうだ、嬢ちゃん、ウチで働いてみねぇか?」
「どうだ、じゃないですよ!!街に報告してくださいって私、おじさんに頼んだじゃないですか…!!」
短く切りそろえた髪をガシガシと書きながら若干場違いな言葉を発した男に、ユハイエルは噛みついた。
「おじ、…そんな年くってないんだがな…。ああ、街の報告には隊専用魔術を使ったから大丈夫だ。すぐに駆けつけて来る
。」
苦笑しながらも、街に報告した旨を伝えてきた彼に、ほっと息を吐いた。
「良かった。これで警備隊の方に引き継げば大丈夫ですよね…。ありがとうございます。
それにしてもおじさん、こんな所で一体何していたんですか?警備隊は今仕事中じゃないんですか?職務怠慢ですよ!?」
「ぐっ…。急に辛口になって来たな嬢ちゃん…。
ここにいたのはな、俺の仕事で「「隊長!!」」お、来たみたいだな。」
安心したのか口早に捲し立てる彼女に答えを返そうとした時に、前方から制服を来た複数人が走ってやってきた。
その内の1人が後ろから出てきて突如話し始める。
「隊長…!勝手に単独行動するのは止めて下さい!!警備隊の方からも苦情が来て……、
…ユハ?」
夕陽に映える、燃える様な赤髪と精悍な体つき。
え、どうして
「え!?ソルさん!!?」
帝国騎士、ソルオン・リザイアが目を丸くしてこちらを見ていた。
「どうして此処に!?随分前に此処を発ったんじゃ・・・?」
そう、確か別れ際にそんな話をしていたはず。
てっきり帝都へと戻る旅路にあると思っていたのに、
「ああ、そのつもりだったんだが隊長が不穏な動きを察知したらしくてな。
もう一度ここらを捜査していたんだがその隊長が勝手に出歩いてな、今まで探していたんだ」
未だ困惑気味ではあったが、ソルオンは丁寧に事のあらましを説明してくれた。
「そうだったんですか・・・。お疲れさまでした。
ところでその隊長さんにはお会いできたんですか?このおじさんが居場所を知っているとかなんですか?」
そう真剣な面持ちで返答してくるユハイエルに、ソルオンは再び眉をひそめながら言葉を紡いだ。
「ユハ・・どんな勘違いがあったかは分からないが、そこに居る方が帝国騎士団第二隊隊長のグレオ・シルギール隊長だ。」
そこに居る方?
ソルオンに示された方向には今現在、一人しか立っていない。
もしや・・・もしや・・・・!!
「そ、俺が騎士団隊長というやつだ!なんだ、知らなかったのか!どおりで話がかみ合わないと思ったんだ!」
ガハハハと豪快に笑っているおじさんが面白そうにこっちを見ていた。
・・・・そういうことは早く言って下さい~~~~!!!!!!!!
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