第8話 転機、彼女の信念
前回、中途半端な部分で終わらせてしまい、申し訳ありませんでした。
10話めの投稿です。
あれからおじさんは起きない。
せめて謝ろうと思い、揺すって起してみようとしたが全く反応なし。
・・・・死んで・・ないよね?あ、大丈夫だ。呼吸してた。
日が傾き、緑で彩られていた森がうっすらと橙色に染まる。
同じように夕日に照らされたおじさんは、大地に手脚を投げ出しスウスウと寝息を立てつづけている。
かなり鍛えていると思われる体つき。
この街ではめったに見かけない藍色の髪。
今は附せられている目を縁取る睫毛もまた藍色で、顎先には無精ひげが生えている。
そして、ここの気候にあった衣服は華美ではないものの上質で実用的で実に動きやすそうだ。
ついつい観察を始めてしまう。
敵を知るにはまず冷静に観察することが大切だ!と師が口を酸っぱくしていっていたせいか、
ユハイエルには初めてみる人間を事細かに見てしまう癖がついているのだ。
(多分、警備隊の人かなんかだろうな~・・剣を佩いているし。)
彼女の目先に留まったのは彼のものであろう剣で、今は鞘に収まっている。
何故ここに彼がいるのか、そして何故眠り込んでいるのかは知らないがこのまま起きるのを待ってなんかいたら日が暮れてしまう、
そう判断したユハイエルはそっと息を吐いた。
(・・・これだけ眠り込んでいるし、帰っちゃっていいかな・・?
エルくんももうそろそろ戻ってくる時間だし。)
そこらに生えていた薬草を取り終わったユハイエルがそう考え始めたところに、わずかではあるが人の話し声が耳に入ってきた。
(人?珍しいな、街の人がこんな時間になるまで森にいるなんて。旅人さんかな?)
ちらちらとおじさんを横目で見つつも、何となく気になった彼女が風に乗ってくる囁きが聞こえる方向に向かって歩いて行くと、少し急な斜面の下に幾人かが集まって話し込んでいた。
別段珍しくもない光景、旅人が街へ着く前の最後の休憩をしていると普段だったら思える。
しかし彼女はある違和感に気付いた。
その中に見知った顔がいたのだ。
それは、彼女がここへやってきた最初の日、「ベルヘ」の隣にある居酒屋で出くわした、あの酔っ払い達である。
おかしい。
警備隊に報告後、街に雇われた傭兵だと判明した彼らは職務怠慢として処分を受け、今は留置所内にいなければならないはず。
街の外の、このような森の中に何故いるのだろうか。
息をひそめてその場を見守る。
(《ノア、神の吐息、潜めるそよ風》)
ほぼ無声音に近い状態で風魔術式を発動させ、それを細い糸状に分ける。
特定の方向のみ音を聞き取りやすくするためのそれを左手5本の指で操りながら彼らがいる方向へと伸ばしていく。
その結果、若干明瞭さに欠けるものの、彼らの会話がユハイエルの耳に届き始めた。
「余計な手間をかけさせるな。俺が警備隊に潜り込んでなかったら計画が水の泡になるところだったんだぞ」
「す・・・すまねえ」
「お陰で俺達の半数が奴らに顔を覚えられた。こっちは金でお前らを雇ってるんだ。
足手まといを増やすためではないことをその頭に叩き込んでおくんだな。」
話の内容からするに、あの時の酔っ払いを雇った人物がいるらしい。
傭兵と聞いていたが私的にも契約していたようだ。
(なるほど。雇い人が警備隊に所属していて彼らを解放したってことか・・・。
それにしても計画って・・・?)
「まあ、帰還までまだ時間がある。変に焦って間違った情報を掴まされちゃたまんねえしな。
ここは南じゃ珍しい古の魔法都市だ。今でこそただの農業街だが、たまにまだ奇怪な現象が起こってるって噂じゃねえか。
ダンナだって知っているだろうが?
何もない所から水が溢れて来たり、急に竜巻が起きたりってやつよ。こどもが失踪したって話もあるくらいだ。」
(……奇妙な現象!?古の魔法の影響って一体…!?)
そんな話は聞いたことがない。
しかしこれは、この話からすると、もしかして…!!
「わかっている。だからあの方もカーダを掌握することを望んでいる。
この街を、デズヴィルのものにする事を。」
「!!!」
彼らから発せられた衝撃の言葉はそれだけではなかった。このグループの雇い主と思われる人物によって今話されていることは、カーダを、ひいては帝国を揺るがす一大事だ。
一つの国が、国境を超えて隣国へ侵入する。それは、二国間の均衡を破ると言う事なのだ。
(ユーリウスとデズヴィルは友好同盟を組んでいるってアウラさんが言っていたのに…!)
彼らの言う、奇妙な現象が気にならないといえば勿論嘘になる。
しかし内容は一刻を争うもの。
これだけの人数ならまだしも、本格的に侵攻が決まれば無事で済むはずが無い。
それは軍事にはあまり縁のない島に生まれ育ったユハイエルにもわかる事だった。
はやく、皆に知らせなければ。
風の糸を切り、気配を消す。
ここで自分が捕まってはいけないと、できる限り気配を消して立ち上がる。
わずかに竦んでいる脚を叱咤していざ走りだそうとした時、そこから騒がしい声が聞こえてきた。
「・・・このやろっ!!!こいつ、聞いてやがったのか!!」
「はなせっ!!この反逆者!こんなこと計画して許されるとでも思ってんのか!!」
「殺せ!ここで話を洩らされるわけにはいかん!」
風を使わずとも聞こえてくる罵声、喧騒。
この予感が当たってほしくない。
だがその望みも薄いだろう。
後ろを振り返った彼女の目に飛び込んできた光景はそこにいた彼らの中に引きずり出された、アウラの息子、ヘルであった。
(ヘルくん・・・・!一体どうして・・・
・・・・・もしかして警備隊からつけてきたの!!!?)
無意識のうち、体がが元いた方向に向かう。
冷や汗が、伝う。
意識がそちらに向いていた彼女は、後ろで動いた気配に気がつかなかった。
肩に置かれた大きな手で、ヘルに向かっていこうとした体が止められた。
「よせ。二人でなんとかなる数じゃない。
あの下っ端たちはともかく、他のやつ等は弱くない。」
それは今の今まで寝ていたはずの、おじさんであった。
初めて見ることとなった深い琥珀色の眼は油断なく光り、まっすぐ前を見つめている。
囁くように吐き出された言葉は冷静で、まるで今までのやりとりを全てみていたかのようだ。
「・・っ手を離してください。ヘルくんはは私の大切な知人なんです。
早く助けないと・・・!」
「彼を助けたいなら尚更、応援を呼ぶべきだ。
単独で動くのは早計だとは思わないか。」
確かに今あそこへ飛び込んでも無事抜け出す確率は100ではない。
無理に立ち回って相手を逃してしまう恐れもある。
しかし、彼女には信念があった。
譲れぬ掟があったのだ。
「・・・なら、おじさんが街の警備隊に知らせて下さい。
私は、師に誓った。
眼の前にいる大切な人を、必ず守ると。」
-----いいな、それがお前の信念だ。
「 そのためなら、自分から巻き込まれに行ってやる 」
表情を変えず、しかし僅かに瞠目した男の脇を通り過ぎ、
少女は喧騒の地へ飛び込んでいった。
シリアスになってしまいました。
今回は話の都合上、長くなっています。
読みにくい点、誤字、脱字などございましたらお教えいただければ幸いです。