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林一家シリーズ

林一家の晩餐

作者: 春谷公彦
掲載日:2010/12/28

別に推理というほどのものじゃないんですけどね……。

 林浩司刑事はやや重い足取りで家路に着いた。空気が冷え、体が冷え、心も冷えつつある。温かい妻の料理と子どもの笑顔を見れば少しは気が紛れるかもしれない。

「ただいま」

「お帰りなさい、あなた」

 妻の春香が迎える。結婚して二十年経つというのに、未だに毎日玄関で迎えてくれる。感謝の限りである。

「お仕事大変?」夫の表情を察したのか春香が心配そうに首を傾げる。

「ん? あ、いや。ちょっとやっかいな事件が起こってな……」妻に心配を掛けてはいけないと思いつつも、つい本音が出てしまう。浩司の悪い癖である。

「夕飯できてるからしっかり食べてお風呂に入って元気出してね」

「ああ、すまない」


「ただいま」

「お帰り」

 居間に入ると高校二年生の娘、香織がいた。ただ、挨拶も素っ気なく顔はテレビに向かっている。やはり、この年頃の女の子は難しい。子どもの笑顔を見たいというのはわがままだろうか。

 少しがっかりしつつも最近は慣れてきたことで、そそくさと着替えを済ませ、食卓へと向かう。香織はすでに夕食を終えているようだ。家族そろっての食事も最近ではめっきり減ってしまった。これが普通なのか、そうでないのか、我が家のことしか知らないので他と比べようがないが、寂しさは否めない。

「潤平は帰ってきてないのか?」

 長男の食事がまだ残っている事に気がついた。大学二年生で、書店でアルバイトをしている。

「ええ、アルバイトなの。そろそろ帰ってくるんじゃないかしら。あ、ほら帰って来た」

 玄関の方で音がする。潤平が帰って来たようだ。

「ふう、疲れた。あ、父さんお帰り」

「お前がお帰りだろ」

「はは、そうだね。ただいま」潤平は微笑んでいる。

「バイトか?」

「うん。もう腹ペコだよ。ご飯ご飯っと」

 よほど空腹なのだろう。部屋着に着替える事もなくそのまま食卓へと向かう。それにしても「腹ペコ」んんて言葉、久しぶりに聞いた気がする。死語だろう。

「こら! 手ぐらい洗いなさい!」椅子に座ろうと手を掛ける潤平に春香が窘める。

「はいはい。わかったよ」渋々潤平は手を洗いに洗面所へと向かった。

「どんな事件だったの?」春香が隣に座って聞いてきた。

「ああ、ある家に泥棒が入ってな。家宝が盗まれたらしい。事件は深夜で目撃情報は今のところなし」

「手がかりゼロなの?」

「いや、手がかりはあるにはあるんだが……。というより、実は目撃情報はあるんだけど……」

「?」

「どうにも、信憑性が薄いというか、証拠にならないというか……」

「どういう事?」

「それ、ちょっと興味あるな」手を洗い終えた潤平が口を挟んできた。「詳しく教えてよ」

「ああ、いいぞ。こんな事件でよかったらな」

 潤平はよく事件について聞きたがる。しかし、浩司は捜査一課の人間ではない。窃盗などを扱う捜査三課である。つまり、殺人のような華やかな(というのは小説の中の話であって、本物の殺人ほどグロテスクなものはない)話を聞かせれるわけではない。それでも潤平は楽しそうに聞くのだ。本当はいけないことなのだが、ついつい話したくなってしまう。それに、彼に話すと後々よい事が起こるかもしれない。

 浩司は事件について話し出した。


 

 数日前、ある住宅街から通報が入り、林は部下の村田とともに現場に向かっていた。

「被害者は佐々木健太、五十二歳。ある会社の社長です。何でも家宝の絵が盗まれたとか」

「絵?」

「ええ、何とかっていう水墨画の掛け軸で云百万、ヘタしたら桁が一個増えます」

「何とかって……まあいい。面倒な事になりそうだ」

 部下のもの覚えの悪さにため息をつきつつ、やっかいな事件だとため息を重ねる。


「警察は何をやっているんだ!! 早く犯人を捕まえろ!!」

「落ち着いてください。捜査は始まったばかりです」

 この手の人間か。さらに気が重くなる。

「早くしてくれ! あれは大切な家宝なんだ!」

「わかっております。状況を教えていただきたいのですが」

「さっきも誰かに聞かれたぞ。何度答えればいいんだ、全く」

「すみません。確認も兼ねてもう一度お願いします」

 この手の人間は、早くしろと言う割には捜査に文句ばかりつける。

「私たちは家族で旅行に行ってたんだ。一泊二日でな。帰ってきたら鍵が開いていた。ちゃんと閉めたはずなのに。それで、慌てて確認したら、これだ!」

「村田、鍵は?」

「若干傷が付いていますから、ピッキング技術は未熟ですね。プロって事はないでしょう。ま、ピッキングできるだけで凄いですけど」

「旅行に行くと知っていた人はいらっしゃいますか?」

「大勢いるぞ。言いふらしてしまったからな」なぜか自慢げに話す佐々木。何の自慢にもならないのだが。

「となると、やはり犯行は深夜から未明にかけてですね」

「何で言い切れる?」佐々木が苛々した口調で聞いた。

「ここは、昼間は人通りが多いでしょう? ピッキングの技術は未熟、そんな犯人が昼間の留守を狙うとは考えにくい。もし初犯だとしたら、もっと人通りの少ない地域を選ぶでしょう。ですが、ここは、夜になると人通りが極端に減るんです。ただ、夜だとほとんどの人は家にいるので普通は犯行に及べません。ですが、旅行に行っていることを知っていれば話は別です。その場合顔見知りの犯行になりますけど。」

「ふん、ならもっと犯人を絞り込める情報を教えてやろう」

 なぜここまで偉そうなのだろう。協力しなければ困るのは自分だというのに。もちろん口には出さずに佐々木の後について行った。

「……なるほど」

 そこは和室だった。すでに鑑識など捜査員で埋め尽くされている。その隅の畳がひとつ剥がされている。その下の板には戸が付いており、そこに金庫が入っていたようだ。その金庫はすでに取り出されているが、無残にも壊されていた。

「この金庫に入れて隠しておいたんだ。気が向いたときだけ取り出してな。この隠し場所を知っていたのは四人しかいない」

「その四人というのは?」

「一人目は坂本一郎。私の高校からの友人で一度絵を見せた事がある。

 二人目は鈴木治。起業する前に勤めていた会社の同期だ。

 三人目は西園寺喜美彦。西園寺グループの社長だ。取引先だよ」

「ああ、あの西園寺兄弟ですか!」

「弟の方は、面識はないがな。で、四人目だ。私はこいつが一番怪しいと思っているがな。佐々木圭介。弟だ」

「どうして怪しいと思われるのですか」

「ふん! あいつが借金を頼んできたのを断ってやったからだよ!」


「目撃情報は?」

 一通り佐々木に話を聞いた後、林は佐々木家を出た。冷たい風が体を突き刺す。すぐにでもパトカーに乗り込みたい。

「今のところは何も」

 それはそうだ。時間が時間、だが捜査は始まったばかりだ。焦る必要はない。

「ぼく、みたよ!」

 林の後ろで声がした。あまりに幼い声だったので自分に話しかけていると認識するのに時間がかかった。振り返ると小学校低学年ほどの男の子だった。

「何を見たんだい、坊や?」

「佐々木のおじちゃんの家からだれかがでていったの!」

「本当かい!? 何時頃だった?」

「うーん。十一時くらい? おしっこしたくなっておきて、ちょっと暑かったからまどをあけようとした所に時計をみたの」

「じゃあ、どんな人だった?」

「暗かったからわかんない……。あ、でも車にのってたよ!」

「どんな車だった?」

「どんなって……。普通の車だったよ。色は暗かったからわかんない」

 これはほとんど目撃情報とは言えない。おまけに子どもだ。役に立ちそうにない。

「うーん。見たらわかるかな?」それでも駄目元で聞いてみる。

 すると子どもは首を捻っただけだった。見てもわからないのか、見たらわかるかがわからないのか。とにかく、どちらにしても駄目だろう。

「こら、啓太!」

 母親らしき女性がやってきて、子どもを抱き寄せる。

「すいませんでした!」女性は深々と頭を下げる。

「いえいえ。あなたは?」

「佐々木さんの隣の者です」

「ちょうど良かった。昨夜の深夜から、今日の未明にかけて、何か見ませんでしたか? 特に十一時頃」

「いえ、すいません」心当たりがないようで、申し訳なさそうな顔をする。

「そうですか……」

 これは難航しそうだ……。

「どうしますか?」村田が林に訪ねる。

「とにかく、被害者の言っていた人物を当たっていくしかないだろう。目撃情報、その他は春日井にやらせとけ」

「わかりました」

「まずは、坂本一郎だな」


 被害者の街からそう遠くはない隣街にその家はあった。古くからの住宅街で、年季の入った家が目立つ。その中で坂本の家はまだ新しい方に見える。家の前にはちょっとした花壇、車庫が開いていてミニバンが見える。おそらく日産のセレナだ。そこまで考えてしまうのは、やはり先ほどの少年の証言のせいだろう。

 坂本は体調不良で会社を休んで家にいた。ところが、実際に見ると多少疲れた様子ではあるが、それ程はという印象だった。何でも、実はもうずいぶん良くなったのだとか。なんとなくタイムリーな欠勤な気がしないでもない。

「……どうぞ」一郎の妻、茜がお茶を淹れてくれた。

「で、刑事さんが何のようです?」一郎は突然の訪問者、それもできれば人生で一度も会いたくないであろう刑事に不安な表情を隠せないでいた。

「佐々木健太さんをご存知ですね?」村田が訪ねる。

「ええ、高校からの友人ですけど……」

「彼の家の掛け軸を知っていますか?」

「ええ。何かもの凄く高いんですよね? よくわかりませんけど」

「その掛け軸が昨日盗まれましてね」

「え!? そうなんですか?」一郎は驚いている。演技には……見えないが、どうだろうか。

「でも、何で僕の所に?」

「あの掛け軸がどこにあったかは?」

「……和室の畳の下ですよね?」

「ええ、そうです。それを知っていたのは、あなたを入れて四人しかいないそうです」

「まさか!! それだけで僕を犯人扱いするんですか!?」一郎は憤慨して、まくし立てている。

「まあまあ、落ち着いてください」村田が気圧されてしまったので、林がなだめる。全く、これくらいでうろたえるとは……。自分の部下ならもっと精進して欲しいものだ。

「あなたが、犯人だと決め付けているわけではありません。ただ、我々としても幅広く捜査をしなければなりませんので。あくまであなたは参考人であって容疑者ではありません」

 今のところは、ではあるが。

「それで、お聞きしたいのですが、あなたは他人にあの掛け軸の事を話したりしましたか?」

「いえ……。あれって彼の自慢話ですから、他の人に話すの癪なんで」

「では、他にあれの存在を知っている人をご存知ですか?」

「いえ、全く」どんどん坂本の機嫌が悪くなっていく。憮然とした表情で彼は答えた。

「では、先日まで佐々木さんがどちらにいたか知っていますか?」

「さあ? 旅行に行くとは言ってましたけど……」

「そうですか、わかりました。では最後に、これは形式的なものなので気を悪くなさらないで下さい。昨夜の夜から未明にかけて、そうですね、十時くらいからはどこにいましたか?」

「どこにって、家にいたに決まってるじゃないですか! ……それを証明できるのは妻くらいですけど。家族って証拠にならないんですよね」


「何もわかりませんでしたね」村田がため息混じりに言ってきた。

「いや、ひとつわかったぞ。俺の部下は思ったより気が弱いらしい」

「ちょっと、林さん。勘弁してくださいよ」

「ふん。とりあえず、やつが犯人なら容疑者を増やしたいはずだから、大勢に掛け軸のことを話した、くらいは言うだろう」

「嘘がばれるのが怖かったんじゃないですか?」

「ああ、だからまだ何とも言えん。次、鈴木治だ」


 鈴木の会社は市の中心にあり、立ち並ぶ高層ビルの一つにあった。

 午後五時で退勤の時間だったが、誰ひとりとして帰る気配はない。この不景気、残業は当たり前のようだ。警察だって変わりはない。彼には何とか時間を割いてもらった。

「刑事さんが何の用ですか?」鈴木は苛立たしげに言った。やはりこの職業は風当たりが悪い。

「佐々木健太さんをご存知ですね?」

「佐々木? 知ってるけど」鈴木は素っ気なく答えた。

「彼の家の掛け軸を知っていますか?」

「あの良くわかんない絵だろ? 高いらしいけどどこがいいのか」

「その掛け軸が盗まれまして」

「へえ、いつ?」鈴木は眉一つ動かさずに応答している。全く興味がないようだ。

「昨夜から未明にかけてです」

「ああ、じゃあ俺にはアリバイがあるぜ。昨日は会社の同僚と飲んでたんだ。終電過ぎてタクシーで帰ったから、一時くらいまでは完璧だ。あいつに聞いてみてくれよ」そう言って、デスクで仕事をしているのっぽの眼鏡の男を指した。

「もういいかい? 今日は用事があるんで帰らせて下さいよ」

「ええ、わかりました。ありがとうございます」


「アリバイは完璧でしたね」車に乗り込むと村田が言った。

「ああ、おまけに旅行の事は知らなかったと来た。本当かどうかは別として」

「これは白ですかね?」

「さあな。とにかく、……鈴木だ」

 鈴木が建物から出てきた。彼はホンダのフィットに乗り込むとすぐに駐車場を出て行った。

「……普通の車だな」

「林さん、あの子供の話信じてるんですか?」

「さあな」

 林は村田の方を見ずに淡々と言った。


 翌日、林と村田は市内のパチンコ店にいた。もちろんパチンコをするためではない。

「こんな時間からパチンコか」

「リストラって怖いですね」

 佐々木圭介は一か月前に勤めていた会社を解雇され、今では昼間からパチンコに入り浸っているという話だった。彼は店を不機嫌そうに出て、自分の軽自動車に乗ろうとしていた。

 林は彼の肩をたたいた。

「あ? 誰だよあんた」

「警察の者です」

 おそらく大負けしたのだろう。かなり機嫌の悪い表情だったのだが一変した。

「少しお話を伺っても?」

 三人はパチンコ店の喧騒を抜け、近くの喫茶店へと移った。



「おい、しゃきっとしろ」林は村田を睨んだ。

 ここは高層ビルの中、それもかなり上の方である。西園寺のオフィスである。目の前には西園寺兄弟の兄、喜美彦が高そうで座り心地のよさそうな椅子に腰かけていた。

「……ふむ。佐々木さんのあの掛け軸が盗まれたと」

「はい、そうです」

「それは残念だ。あれはかなり良いものだったからな」

「その方面に詳しいんですか?」

「詳しいというほどじゃないさ。で、私に何の用で?」

「あなたはあの掛け軸が普段何処にしまわれていたかご存じですね?」

「……それが何か?」

「いえ。確認です」

「知っていたから私が盗んだと?」

「いえ、そこまでは」

 威圧的な口調だったが、ここで押されてはいけない。林はあくまで毅然に応対した。それに比べて村田はといえば、言わずもがな、萎縮してしまっている。

「まあ、いいさ。盗まれたのはいつだ?」

「一昨日の深夜から、未明にかけてです。時間ははっきりしませんが」

「ほう……」西園寺はそれだけ言って沈黙した。

「……失礼ですが、その頃どちらに?」

「ああ、失礼だな。そんな遅くのアリバイがあるとでも?」

 その言い方はいくらなんでも失礼ではないか。

「いえ……」

「ふん。未明とはいかんが、十二時頃までならアリバイがあるぞ。C書店にいた。あそこはそこらじゃ置いていない専門書も扱ってるからな。取り寄せるのが面倒な時はよく行くんだ。おまけに夜十二時までと営業時間が長い。店員が覚えているかは知らんがな。まあ、こんな格好だったから誰かは覚えているだろう」

 そう言う西園寺の格好は十九世紀のイギリス紳士のような黒を基調とした背広だった。現代のスーツともまた違う感じがする。もしかしたらシルクハットでもあるのではないかと疑ってしまう。

「あれも被っていったからな」西園寺が指したコート掛けにはシルクハットが掛けられていて、林は閉口してしまった。

「さて、私はそろそろ失礼するよ」

 西園寺はゆっくりと立ち上がると、林たちを気にすることなく身支度を始めた。これ以上話は聞けないと判断し、二人は礼をして部屋を後にした。


 ちょうどビルの地下駐車場が見えるところに喫茶店があったので、そこに入った。どうしても西園寺の車が見ておきたかった。

「林さん、子供の言うこと気にしすぎじゃないですか?」

「じゃあ、他の手がかりを持ってこい」林は村田を睨んだ。

「あ、あれじゃないですか?」怯んだ後、逃げるようにして窓を向いた村田が言った。

 その先には、明らかに高級そうな黒塗りのセダン。林は車に詳しくないので車種はわからないが、高級外車であることはわかる。

「本当にあれか?」このビルには西園寺以外にも金持ちはたくさんいる。

「あれですよ。僕、目だけはいいんです」自慢するように村田が言った。

「自分で言ったな」

 村田は何かわからずに呆けている。

「目だけ・・はいいんだな」

「あ……」

 赤くなる村田をよそに林はコーヒーを啜る。



「……というわけだ」浩司は話し終えるとまずお茶を啜った。

 潤平は目を軽く瞑って考えているようだ。

「佐々木圭介は何だって?」

「おっと、言い忘れたな。だが結局『知らない』『家にいた』の一点張りさ」そう言って浩司は両手を上げた。

 潤平は再び目を瞑りしばらく黙り込んだ。

「質問が二つ」やがて彼は口を開いた。「佐々木さんのお隣さんの車は?」

「え? ああ、何だったかな……。ファミリアかだったかな?」

「西園寺兄弟の写真ってある?」

「ちょっと待ってろ」浩司は立ち上がり、食卓を出て行った。すぐに戻ってくる。

「ほらこっちが兄でこっちが弟」

「……弟にひげをつけたら兄そっくりだね」

「え? ちょっと見せろ」浩司は潤平から写真を取り上げて凝視する。「まあ、そうだな。見分けがつかないというほどじゃないが」

「派手な格好してたらそっちに目が行くよね」

「だが、しかし……」

「弟の方は泣きぼくろがあるんだよ。男の泣きぼくろってなんか嫌だけど。店員にこの人ですか、って兄の写真を見せたんじゃない? 似てたら、『はい、そうです』で言っちゃいそうだよね」

「ああ、確かに……」

「アリバイ工作っていう時点で、犯人ですって言っているよなものだよ」

「だが、まだ決まったわけじゃ」

「うん。そこからは警察の仕事でしょ?」そう言って潤平は微笑んだ。やはりわが子の笑顔というのはいつになっても良いものだ、と思う。

「何で西園寺だと思ったんだ? 写真を見せる前からわかってたんだろ?」

「子供の話だよ」

「子供? 車の?」

「うん」

「西園寺の車は普通じゃないだろ」

 あれは高級感たっぷりの外車だったはずだ。

「子供にそんなのわからないよ。それより、容疑者たちの車を言ってみてよ」

「ホンダ・フィット、日産・セレナ、スズキ・ワゴンR、あと西園寺のだ。外国の車はよくわからん」

「で、子供の家がマツダのファミリア」

「ああ。だが、それがどうした?」

「考えてみてよ」

 浩司はしばらく考えたが、眉間のしわが増えるだけだった。脳みそのしわもこれくらい増えてくれれば良いのに。

「僕、昔ね、自分の家の車を説明しようと思ってもできなかったんだ。車の型なんてわからないから」

「セダンか!!」林家の(はやしや、ではない)車は日産のブルーバードである。

「そう。ボンネットがあってトランクがあって、っていう車がセダンっていう名称だって知ったのはいつだったかな? それまでは普通の車としか言えなかった。セダンが一番多かったからね。でも最近はフィットやビッツみたいなコンパクトカーが主流になってきたから、どうかなって思ったけど、その子供の家はセダンだったらしいからね」

「なるほど……」

「ちなみにミニバンは大きい車って言ってたし、軽自動車は小さい車って言ってたな」

 潤平は恥ずかしそうに笑って言った。


 後日、書店に再度確認に行ったところ、はっきりとした答えは得られなかった。弟の方だったかもしれないということだった。

 聞き込みを繰り返すにつれて西園寺の車が被害者宅付近で目撃されていることがわかった。ところが、当の西園寺はアリバイを主張した。西園寺をレジで受けたというアルバイトの店員は結局兄弟の見分けをつけることはできなかった。

 長期戦になるかと思われたが、意外なところであっさりと解決した。当のアルバイト店員の隣でレジを打っていた店員が覚えていたのだ。



「まったく! 何で黙ってたんだ!?」浩司は半ば呆れ気味に自分の息子を叱った。

「父さんこそ、自分の息子のアルバイト先くらい覚えておいてよ」

ただ、セダンの話をしたかっただけです。子供の頃は「お前んちの車ってどんなの?」って聞かれても「普通の車」としか言えなかった……。それを思い出して書いてみただけです。なので、推理モノにするには無理矢理すぎましたね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] セリフが多くても読みづらさがなく良かったです。 楽しかったです。
[一言] 軽めのミステリーでしたが、なかなか楽しませていただきました。 私も推理物ってのは嫌いじゃないんですが、森博嗣以外はあまり読んだことがありません。というか、あまり本を読まなかったクチですね。そ…
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