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N子の失恋

田舎のとある中学校での出来事を、フィクションを交えて紹介していきます。

二学期が始まり数日が経過したが、今年の残暑は厳しく、窓の外ではまだにぎやかにセミが大合唱をしている。

私は、小さな谷あいの町にある中学校の2年生。私のクラスには、N子という美人の才女がいる。学校でも人気があり、隣のクラスや上級生の男子も、よくこの教室に来ている。

彼女はお父さんの仕事の都合で、中学の入学式と同時に都会の学校から転校してきた。通っていた小学校は、何と1学年に6クラスもあったのだそうだ。1学年に、この中学と同じくらいの生徒がいることになる。だから全校の生徒の名前はおろか、同じ学年の生徒の名前を覚えるのにも一苦労したそうだ。

今日の2時間目は社会、世界地理の単元だ。

「じゃあ、その続きを、N子さん、読んでください。……N子さん? N子さん?」

社会科のI先生の声が聞こえないのか、N子はぼんやりしている。何度か先生に呼ばれて、自分が指されたことにようやく気付いて立ち上がった。

「じゃあ続きを読んでください。『オセアニア地方は』から」。

今日のN子は、本当に様子がおかしかった。休み時間に、男子がN子をからかった。

「ぼんやりしてどうした? 失恋でもしたの?」

その言葉に、N子はうつむいたまま黙っていた。状況を察したY美が「あ〜、それセクハラ!」と割って入ってくれて、その場はおさまった。

実は私は、N子が落ち込んでいる理由を知っている。昨日、偶然見てしまったのだ。下校時刻の数分前、校舎の陰でN子がT君と二人でいるところを。N子に何か言われたT君は、いつものように何食わぬ顔で手を振って去っていく。

「N子がT君に愛の告白をして、フラれた」

そんなふうに見えた。残されたN子はうつむいて何か考え込んでいるようだったが、その日は私を待たずに、さっさと帰ってしまった。

N子の住んでいる町営住宅は私の家と同じ方角にあり、一緒に帰ることがよくあったが、今日は違った。帰り道、私は何度もさっきのシーンを思い出していた。その夜は、二人が何を話していたのか考えながらベッドに入った。

もし本当にN子がT君に愛の告白をしたのだとしたら、あの美人の才女と、地味で目立たない私の恋愛対象が同じだったことにも、いささか驚いていた。そういえば、帰り道でT君のことをあれこれ聞かれたことがあったのを思い出した。

中学2年生で愛の告白って……やっぱりN子は、私よりもずっと精神年齢が高いんだ。それとも、ただの勘違い?

N子とT君の会話をあれこれ妄想しているうちに眠ってしまった。

社会科の次は美術だった。絵の具の片づけに手間取った私は、遅れて美術室を出ようとしたときにT君に呼び止められた。内心、T君のことが好きだったし、昨日の一件もあり、心臓の高鳴りを抑えて振り向いた。

「実は昨日さあ、N子にコクられちゃって……」

T君は、いつもの調子でさらりと言った。やっぱり図星だったようだ。

「俺って、子供っぽいっていうか、恋愛に興味がないっていうか……。N子のことが嫌いじゃないんだけど、一対一の交際なんて、ちょっと想像できなくて」

彼がそこまで言ったとき、不意にガラガラと美術室の扉があいて、N子の顔がちょっと見えた。私たちと目が合うと、慌てて回れ右をして走り去った。見ると、美術室の机にはN子の水筒があり、多分、置き忘れた水筒を取りに戻ってきたのだろう。ますます気まずい雰囲気だ。

N子が去った後、T君は続けた。

「それでさあ、お前たちよく一緒に帰ってるだろ? N子に謝っておいてほしいんだ。N子のことが嫌いなわけじゃないけど、今はまだ誰かと付き合うような自分は想像できなくて、昨日の俺の態度はちょっと失礼だったかなって反省してるって」

私は黙って頷いて、N子の水筒を持って美術室を出た。

N子に水筒を渡すと、彼女は睨むような顔で、何も言わずに受け取った。その日は、その後も鉛のような重苦しい気分のまま下校時刻を迎えた。

今日は私の方が先に部活が終わったらしく、N子より先に昇降口を出た。そして昇降口から出てくるN子を待った。出てきた彼女は私を一目したが、無視して歩き始めた。私は少し離れて彼女の後ろを歩く。

学校から少し離れて二人きりになったところで、もう一度声をかけた。しかし彼女は無視して、さっきよりも早く歩き始めた。

「待って、N子。T君から伝言を頼まれたの」

私の呼びかけに、彼女はぴたりと足を止め、ようやく追いついた私を黙ってじっと見つめた。

私は、今日一日ずっとため込んできた短いけれど重い伝言を、一気に伝えた。彼女は黙って聞いていた。

T君からの伝言を聞き終えた彼女は、再び、今度はゆっくりと歩き始めた。

「ありがとう。でも、もう大丈夫。今日一日でふっきれたから。男子って女子よりも精神年齢が低いっていうから、無理もないかな……。高校生になってもまだ同じ気持ちだったら、もう一度コクってみようかな」

ようやく、彼女の顔が少し緩んだように見えた。

「でも、そんな大事な伝言をM代に頼むなんて、M代はT君に相当信頼されているんだね? うらやましいな」

彼女は私の顔を覗き込んだ。

「信頼されてるっていうか、小学校からの知り合いだし、N子との帰り道も同じだから、それで頼まれただけだよ」

その後は、いつもと変わらないおしゃべりをしながら帰った。

遠くの山間から、日暮れセミの鳴き声が、いっそう大きく聞こえてきた。

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