始まりの村
「勇者とは、世界を救うために神に選ばれた、唯一無二の光である」
ハル王国建国史 『勇者シキ伝』より
燃えている。
村が、燃えている。
ゆらゆらと、炎が家を、畑を、全てを。
壊していく。
『に、ちゃ、……いた』
炎の中から、手が伸びてくる。
焼けこげた、子供の手。知っている手。
手は、僕の手を掴んで……。
『おなかすいた』
「ーちゃん、おにーちゃん!起きて!」
ハッと覚醒する。
「おはよう、おにーちゃん」
声のする方へと顔を向ける為に自然と起き上がる。
赤みがかった茶髪をおさげにした少女。妹だ。
「あぁ、おはようレナ」
欠伸をひとつして笑いかければ、にまーっと笑顔が返ってくる。可愛い。
「レナ、おいで」
手を広げて催促すれば、レナはぱぁと顔を輝かせて抱き着いてきた。それをしっかりと受け止めて、小さな背中に腕を回す。
「今日も貴方に幸多からんことを」
そう言って、ぎゅっと力を込める。子供特有の暖かな体温が感じられた。
「きょーもあなたにさちおーからんことを!」
舌っ足らずな言葉にふふっと微笑んで、力を緩めれば、レナはパッと体を離した。
「準備したら降りるよ」
そう伝えれば察してくれたようで、こくりと頷いた。
「きょーね、レナがおりょーりつくったの!」
なるほど、今日の朝ご飯は生野菜とゆで卵らしい。
「へぇ、それは楽しみだ」
「はやくおりてきてね!」
レナが部屋を出るのを見送り、さて着替えようとベッドから降りれば、部屋の外からドタドタと階段を降りる音と「おかーさん!おにーちゃんおきたー」という声が聞こえた。
「元気だな」
さて、今日は街に出る日だ。壁に貼られた日付表に今日と明日の分の印を付けた。街に1泊して帰ってくる予定だ。
見合った服を見繕い、着替えをカバンに詰め込んだ。軽くベッドを片付けてから階下へと向かった。
階段を降りれば、テーブルに彩られた緑黄色野菜。メインはゆで卵だ。
妹のメイの姿を捉えると同時に、体をぎゅっと抱きしめられた。
「今日も我が子に幸多からんことを」
優しい、母の声。
「今日も貴方に幸多からんことを」
そう言えば、ゆっくりと抱擁が離れていった。
「おはよう、母さん」
母さんはふわふわの赤毛を揺らして微笑む。
「おはよう、ロウ」
「父さんは?」
「畑よ」
窓の外を見れば、土がぬかるんでいるのがわかった。昨夜は雨が降っていたらしい。
僕は妹の隣の椅子に座り、手を合わせる。
「頂きます」
「いただきまーす!」
食事を終えた僕は、着替えを詰めた鞄を肩に掛けて、家の裏手にある父さんの畑へと向かった。父さんは畑しか頭にないため、僕や母さんがそれ以外のことをする。街に出て、父さんの育てた野菜を売るのも買い出しに行くのも、長男である僕の役目になっていた。父さんの作る野菜は世界一美味しいと僕は思っている。土も良いが、何より大きく育つのだ。特にキャブシュは男の人の頭ぐらい大きいし、ダキールは女の人の太ももぐらい太い。
「父さん、おはよう」
僕が声を掛ければ、手や顔を土まみれにした父さんが顔を上げた。
いつもの仏頂面で、納屋を指さした。
「今日の分は積んである」
「わかった。今日の朝ごはんはレナが作ったんだって」
そう言えば、内容はすぐに伝わる。
「生野菜とゆで卵か」
ほらね。ちなみに、母さんが作る場合は、目玉焼きとサラダ、たまに肉の腸詰めが出る。
「今日はパンを買ってくるよ」
「そうか、肉も頼む」
「了解」
そんな話をして、納屋へと向かう。
納屋には、1台の荷車があり、布で覆われている。
そこら辺に置いてあった木版で、内容物を確認する。
今回はダキールが多く取れたらしい。ダキールは日持ちもするし、何より大きい。かなりの儲けになるだろう。次に多いのがキャブシュ。キャブシュは村人も貴族も毎日のように食べるため需要はある。が、日持ちしない。父の作る大きなキャブシュを買うのは大家族か貴族くらいだ。もちろん値は張るが、貴族に仕える人の相手は疲れる。今から心の準備をしなければならない。その他トミーツやニジール、ストローツやカブッシュなど沢山ある。これらも値は張るが数も少ないしすぐ売れるだろう。今回は小金貨まで稼げるだろうか。
荷車を玄関まで運べば、母さんとレナが待っていた。
「ロウ、はいこれ」
母さんは包みを渡してくれる。今回1泊する用の小銀貨2枚と念の為の銅貨15枚ほどが入っている。いつもの金額だ。また、農夫の銀札があるのを確認して包みを締めた。
「ありがとう、母さん」
「怪我しないようにね」
母さんは僕の頭を人撫でして、少し寂しそうにそう言った。母さんは心配性で、こんなふうに子供扱いしてくる。僕はそれが嫌いじゃない。
裾を引っ張られる感覚がして見れば、レナが泣きそうな顔で裾を握っていた。
「おにぃちゃん」
「うん、なぁにレナ」
レナはもごもごと口を動かして、決心したかのように涙を拭いた。
「いつかえってくるの?」
「明日の夕方ぐらいかな。母さんの手伝いちゃんと出来るか?」
レナはこくんと頷いた。
「うん!レナおかーさんのてつだいする!」
「レナはいい子だな」と頭を撫でてやる。
レナは賢い子だ。それでいてとても寂しがり屋だ。寂しいからと泣いてしまっては僕が困ってしまうことを分かっている。我儘を言わないいい子だ。
「行ってきまーす!」
大手を振って送り出してくれるレナが見えなくなるまで、僕は手を振った。
村を出て、山道を下り、平野を抜けたところに、目当ての街ランタナがある。石煉瓦の塀に囲まれた大きな街だ。衛兵に農夫の銀札を見せて、銅貨2枚を払い、中に入った。
石煉瓦の短いトンネルを抜ければ、人々の喧騒が溢れてくる。木製の3階建ての建物が立ち並ぶ大通りから、荷車を押して中央街へと向かう。
ゴーン、ゴーン、ゴーンと教会の鐘が3回鳴る。
太陽を見る。テッペンに近いのでお昼なのだとわかった。
中央街では、様々な小さな屋台が噴水を中心に道を開けて円を描くように立ち並ぶ。客も多く賑わっている。
僕はキョロキョロと知っている顔を探す。
「おーい、ロウ!こっちだこっち!」
名前を呼ばれ、振り返れば、見知った顔、同じ村のおじさんが手を振っていた。
「お前の分の場所も取ってある。ほら、手伝ってやるよ」
そう言っておじさんは、荷車を押すのを手伝ってくれた。
「ありがとう、おじさん」
「いいってことよ」
荷車に掛かっていた布を地面に引いて、おじさんに手伝ってもらいながら、野菜の入った箱を並べていく。箱には木版が掛かっており、そこに書かれた野菜の名前と値段が大丈夫か確認する。
「今回もルクの野菜はでかいなぁ」
ルクは父の名前だ。おじさんの並べた野菜と見比べればふた周りほど父さんの野菜の方が大きい。
「父さんの愛情が籠ってるからね」
そう誇らしげに言うが、実際はそうでもない。小さい方が値段が低く抑えられて、多くの人々に売りやすいのだ。
「ま、お前ももう14になったし、そろそろ一人で貴族様の相手ぐれぇできなきゃなぁ。なぁに、問題があったら手ェ貸してやんよ」
おじさんは僕の背中をドンッと叩いて豪快に笑った。来るのは貴族様じゃなくて貴族様に仕える人達なんだけどなと思いつつ、細かいことを気にしないおじさんに言っても効かないので心の中だけに留めておく。
おじさん達がする声掛けに習って、僕も父さんの野菜をアピールした。
「あー、すみませんニジールはあと2本しかなくて」
僕はそう言って、小綺麗なスーツを身にまとった男に頭を下げる。
「そうか、ならその2本と、このストローツを5個頼む」
男のニヤニヤとした笑みが見える。きっと僕が子供だから騙そうとでもしているのだろう。
「はい、えっとニジールが1本銅貨4枚で、ストローツが銅貨6枚なので、銅貨だと38枚、小銀貨3枚と銅貨8枚になります!」
僕がそう言えば、男の人は驚いたように1歩下がった。
「ちょっと待て、値段が間違っているかもしれない!そんな早く計算できるわけが無いだろう、こんな子供が」
ペラペラと言い訳を並べ、ちょっと待てを繰り返す男に、心の底からため息が出た。
「お兄さん、間違えてなんかないよ。銅貨4枚の商品が2つで8枚、6枚の商品が5つで30枚、合わせて38枚。小銀貨にすると、3枚とあまり銅貨8枚。ほら、早く出してください」
脂汗を流す男は、一向にお金を出してくれない。
「まさか、金が足りなくて子供だから騙せるとでも思ったのかぁ? こちとら商売だ。こんなんもできねぇで物を売るなんざできねぇぜ?」
おじさんが気を効かせて煽ってくれる。
「う、あ、すまない、ストローツを3個で頼む」
「はい、えーと、18と8で、銅貨だと26枚。小金貨2枚と銅貨6枚です」
男は小銀貨3枚を出した。
「残り銅貨4枚です。良い一日を」
男にお釣りと、商品を渡すと、男は気まずそうに走って行った。それに手を振って、腰を下ろす。
「随分様になってきてるじゃねぇか」
おじさんが話しかけてくる。
「まぁ、慣れましたからねぇ」
子供だと侮って、詐欺ろうとしてくるやつは多くいる。それを回避するために覚えたのが算術だ。運がいいことに、銅貨10枚で小銀貨1枚と計算しやすい硬貨の仕組みだ。銅貨が何枚か分かれば換算もしやすい。問題は銅貨の枚数を求める計算。
「おじさんに教えて貰った算術が役に立ちましたよ」
「そりゃあ教えた甲斐があったもんだ」
おじさんが、屋台の店番の合間に教えて貰った算術。掛け算というらしい。例えば銅貨6枚が2個で12枚、3個で18枚と、予め個数分の値段を覚えておく方法だ。語呂が良くてすぐに覚えられた。
足し算は、まだ繰り上げの計算は戸惑うが、それでも慣れてきている。
「そろそろ店仕舞した方がいいな」
おじさんの言葉で、太陽を見た。かなり傾いて、そろそろ夕方に入るだろうか。
「ロウはどうするんだ?」
「僕は、1泊する予定だから、もう少し残るよ」
「そうかい、俺は一旦帰らなきゃなんねぇから、ここまでだな。頑張れよ」
「うん、ありがとう」
おじさんの片付けを手伝って、帰っていく背中を見送った。
ゴーン、ゴーン、ゴーンと教会の鐘が鳴る。
太陽を見れば、建物に隠れていて、空は橙色に染まっている。夕方ぐらいだ。
「そろそろ終わろうかな」
そろそろ宿を取らなければいけない。さっさと片付けて今日の宿を探そう。
残った商品を見る。ストローツが2個とキャブシュが1個だけだ。
売上を見る。小銀貨が64枚と銅貨が84枚。換算すると銀貨7枚、銅貨1枚だ。元々持っていた金額を抜くと、銀貨6枚、小銀貨8枚、銅貨8枚の売上である。銀貨6枚もあれば半年は楽に暮らせるだろう。
「すみません」
パンの物価はどれぐらいだろうか。肉は多く買うなら日持ちのいいものを買わなければ。
「すみません」
レナはアプルが好きだから、1つくらい買えるようにしたいな。
「すみませんっ!」
「うわぁ!」
いきなり大声で言われ、びっくりして大声を出した。
「な、なんだよいきなり!!!」
思いっきり怒鳴ってしまい、ハッとして、声の主を見る。
僕より背の低い人がいた。服装は夏なのに長袖のコートを着て、フードを被っている。フードの下から覗く目は緑色で、眼鏡を掛けているのが分かった。声は少し低い。少年だろうか。
「ごめん、なさ、ストローツを2つ売って、ほしい!……あ、です」
たどたどしい言葉を何とか理解して、客かと納得する。
「あぁ、こちらこそすみません。ストローツを2個ですね。1個銅貨6枚なので12枚。小銀貨1枚と銅貨2枚です」
「あ、はい。これ……」
少年は、金額丁度の硬貨を置いた。
「はい、丁度ですね。ありがとうございます」
ストローツを入れた袋を手渡せば、少年は口角を上げた。
「……ありがとう、ござい、ます」
たどたどしい礼を受け取って去っていく少年を目で追う。中央の噴水で、同じようにフードを被った人に袋を手渡していた。その横顔が笑っているようで、いい商売をしたとほっこりして、店を片付けた。
ぎぃと音を立ててドアを開けると、外に漏れていた賑やかさが大きくなって耳に入ってくる。
「いらっしゃい、あら、ロウくんじゃないか」
店員のおばさんが僕に気づいて寄ってくる。
「今回も泊まりかい?」
「はい、お願いします」
僕は包みから小銀貨2枚を手渡した。
「あいよ。部屋はいつものとこさ。食事はアンナに持ってこさせるから」
おばさんは部屋の鍵を渡してくれた。
ここの宿は、いつもランタナに来る時にお世話になる宿だ。アンナはこのおばさんの娘で、お店を手伝っている。
「うん。ありがとう。裏庭も借ります」
「あぁ、好きに使いな」
僕は1度店を出て、荷車を押して裏庭へと進む。
裏庭には、横長の棒に紐が括られており、それと荷車をしっかりと結んで、残ったキャブシュを抱えて、裏庭に設置された外階段から2階へ持っていく。ドアを開けて中に入るといつも使っている部屋の前で女の子、アンナが立っていた。
「こんばんは、かな。アンナさん」
「えぇ、こんばんは、ロウくん」
アンナさんはお膳を抱え、その上に乗せられた料理には煙がたっている。
「ごめん、すぐに開けるよ」
「ありがとう。それキャブシュ?」
「うん。売れ残り」
僕は部屋にある机にドンとキャブシュを置いた。
「銅貨9枚だっけ?5枚でどう?」
そう言いながらアンナさんはキャブシュをお膳で端に押しながら机に料理を置く。
「5枚はちょっとなぁ、8枚ならいいよ」
「明日の朝ご飯が豪華になるのよ?6枚でどう?」
「7枚ならいいよ」
「買ったわ」
アンナさんは机に銅貨7枚を置いて、キャブシュを持った。少しよろけながらも、部屋を出ていこうとする
「持って行ける?」
「舐めないで、大丈夫よ」
そう言っているが、足元はよろけている。階段は危なさそうだ。
「手伝う」
アンナさんの反対側に回って、一緒にキャブシュを持った。
「ありがとう」
「いえいえ、お互い様だよ」
アンナさんと一緒にキッチンまでキャブシュを運んで、ご飯を頂いた後、僕は誘われるように眠ってしまった。
パチリと目が開いて、明るい視界に目を瞬かせる。
「朝か」
昨日はすぐ寝てしまったので、机には食器がそのままだ。
寝汗で服もベトベトだ。
持ってきた服に着替えて、お膳をキッチンへ持って行く。
「ごめんなさい。昨日持って行くのを忘れてて。自分で洗います」
そう言えば、キッチンのおじさんは笑った。
「いいよいいよ疲れてたんだろう? ありがとな」
そう言って頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
「朝メシ出来てるぜ?部屋で食うか?」
「いえ、1階で食べます」
「了解、準備するから待ってな」
おじさんに言われた通り、1階の空いている席に座り、料理が運ばれるのを待った。
しばらくして、「おまたせ」とアンナさんが料理を運んできた。料理はサラダと目玉焼きが乗ったパンとキャブシュに包まれた肉の腸詰めだ。
僕は手を合わせて、呟いた。
「頂きます」
「はい、どうぞ」
「ご馳走様でした」
呟いて、今度はちゃんとお膳を持って行く。
「ありがとうございました」
「あいよ!ロウ君、あんたこの後どうすんだい?」
おばさんが話しかけてきた。
「買い出しをして、お昼過ぎたあとに街を出ます」
「そうかい、次も1ヶ月後かい?」
「そうですね、そうなります」
「そんじゃ、部屋の鍵はアンナに渡しな。また1ヶ月後楽しみにしてるよ」
「はい、また」
おばさんとおじさんに挨拶をして、部屋に戻る。
部屋を軽く片付けて、鞄を肩に掛けて部屋を出る。そのまま裏庭に行くと、アンナさんが洗濯物を干していた。
「アンナさん、お世話になりました」
鍵を渡せば、にこりと笑って受け取ってくれる。
「はい、お世話しました」
荷車に括られた紐を解き、押して宿を出た。
ガラガラと荷車が石畳を転がる音がする。
「まずは、パン屋だな」
いつものパン屋に向かって、荷車を降ろし、中から適当な箱を取る。
ドアを開ければ、カランカランと鈴の軽快な音が鳴る。
「すみません、パンをください」
「はいよ、あらまぁ、ロウ坊じゃないか。久しぶりだねぇ」
店の奥から出てきたおばあさんは、僕を見てニコニコと笑顔をくれた。
「お久しぶりです。おばあさん」
おばあさんは箱を貰うと、意気揚々と色んなパンを入れてくれた。
「小銀貨2枚と銅貨3枚だよ」
「はい、どうぞ」
会計を済ませると、おばあさんは小さな紙袋をくれた。
「これはオマケさ。日持ちしないから、今日中に食べな」
中を見れば、麺が挟まれたパンやゆで卵が挟まれたパンなどがある。
「いいの?」
「あぁ、試作品だからね。また今度来た時に感想を頂戴な」
「うん、ありがとう!」
買ったパンは荷車に積み、貰った紙袋のパンを頬張りながら、次に行く場所を考える。
「次は肉屋かな」
いつもの肉屋の前で立ち止まれば、肉屋のおじさんは僕に気づいてくれた。
「おう、ルクさんとこの坊やじゃねえか。買い出しかい?」
「はい、この箱に、肉を入れてください!出来れば日持ちするやつを!」
「はいよ、ちょっと待ってな」
店主は裏に入っていった。
しばらくして、「またせたな」と布に包んだ肉を箱に入れてきた。
小銀貨5枚を払う。
「日に当てなければひと月は持つはずだぜ」
「本当ですか!ありがとうございます」
おじさんに感謝を述べて、荷車に積んで、日に当たらないように布をかける。しかし、この夏の暑さだ。布の中もジメジメと暑い。
「どこかで氷買おうかな」
そう呟けば、肉屋のおじさんが「だったらこれ貸すよ」と鉱石を投げてきた。思わず受け止めて、あまりの冷たさにびっくりする。
「これって、冷結晶?」
「おう、仕入れの時に使うやつ。次会う時に返してくれりゃ良いから」
冷結晶とは、冷たい洞窟などで採掘される、溶けない氷のような結晶。かなり高価だが食料の仕入れや保存以外使い道はない。
「ありがとうございます!じゃあ、次街来た時には返しますね!」
「おう、坊やなら何年でも待ってるぜ」
「そんな待たせませんよ」
荷車に冷結晶を入れて、布の中が冷たくなったのを確認してから、次の買い出し先へと向かう。
次は果物屋だ。
「すみません、アプルを1つと、バニーニを2つください」
「はいよ。ロウ君久しぶりだねぇ」
「はい、お久しぶりです」
「はいこれ、アプル1個おまけしてるから」
「わ、ありがとうございます!いくらですか?」
「小銀貨1枚と銅貨8枚だよ」
しっかりと会計をして、買ったものを荷車に詰める。
貰ったアプルは、パン屋で貰った紙袋に入れた。
休憩のために、中央街のベンチに座った。
今回の収穫としては、今手元にある金額は小銀貨55枚と銅貨82枚。換算すると銀貨6枚と小銀貨3枚と銅貨2枚だ。
嵩張るし、休憩の後は銀貨に換算しておかなければ。
買い出しも出来たし、レナのアプルも買えた。他に買うものとしたら、雑貨屋で木版を買い足すくらいか?後は……と必要な物をピックアップして、雑貨屋へ向かう。
「ありがとうございました!」
雑貨屋で買った物を荷車に入れていると、ゴーンゴーンゴーンと教会が3回鐘を鳴らした。お昼だ。
今から帰れば、夕方前には着くだろうか。
買い忘れがないか一考して、街を出るために関所へと向かった。
街の出入口に近づくにつれ、人の往来は多くなる。
冒険者ギルドが関所の近くにあるためだ。
人が多くなれば、噂も耳に届いてくる。
「近くの村のノードが濃いらしい」
「誰かがノシャユーバードを倒したらしいぜ」
「ユウカクもなしに?」
「レイケツが何とかしてくれるだろ」
ユウカクというのは何だろうか。ノシャユーバードってのは鳥か?
冒険者の単語はよく分からないな。
ひと月ほど前に父さんが大きな鳥を倒したのを思い出しながら、関所に入った。街に入った時と同じように、農民の銀札を見せて、銅貨2枚を出して街を出た。
来た道を戻るように、平野を抜けて、山を登る。
「ん、何だろ、この匂い」
鉄臭い匂いが周囲を漂う。
心做しか、頭痛がしてきた。
もう少しで、村だ。帰ったらゆっくり休もう。と山を登っていく。
その先で見たのは、炎に包まれた村だった。
「っ!はっ、はっ、」
僕は走った。家が、みんなが、とても心配だった。
「レナッ!母さんッ!父さんッ!」
家に着いて、はぁ、はぁと息を整える。
家はまだ燃えてない。畑も荒らされてない。あぁ、山に荷車を置いてきてしまった。みんなの無事を確認したら後で取りに行かなきゃ。
家のドアに手をかける。その先で何が待っているのか、不安が付きまとう。息を吸って、吐いて。ガチャっと勢いよくドアを開けた。
そこは、蝋燭もついてなくてとてもくらい。
目を凝らすと、人影が見えた。
「母さん?」
その影は、優しい母の背中。
「母さん、ただいま。ねぇ、村が全部燃えてて、どうゆう」
母さんに事情を聞くために、働かない頭で、言葉を繋げる。
母さんが揺れる。
揺れて、そのまま後ろに倒れた。
「……え?」
その先には、目を血走らせたレナがいた。
レナは、母さんの腹に手をつけては、口に入れる仕草をする。
母さんの顔が、見開いた目が、こちらを見ていた。
「うわぁぁぁぁあああ!!!!」
僕は、叫んだ。叫んで、逃げようとした。
「うが、ッ!」
足がもつれて地面とぶつかった。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。
そう思っても、上手く足が動かない。
「とうさん!とうさぁん!!」
必死に父さんを呼ぶ。
助けてくれ、誰か、助けてくれ。
「お、…ぃ、ちゃん」
レナの声が聞こえて、咄嗟に振り返る。
レナは、母さんの腸を引きづり出して、ガチガチとぶちゅぶちゅと音を立てていた。
「ひいいい!!!」
足を引きずって、必死に後ずさる。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い
どうしたらいい? どうすればいい?
分からない。
僕は、死ぬのか? 死ぬ? レナに、食べられる?
「おにいちゃん、おなかすいた、おにいちゃん、おなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたあははははは」
レナの手が、僕に触れようとした時、白い閃光がレナの手を吹き飛ばした。
「ギャアアアアアア!!!」
断面からは血がドクドクと垂れ出て来て、僕の体を濡らした。
気付けば、目の前には男がいた。
その男は少し反った剣を持っていた。
何が、起こった?
「ギャアアアアアア!!!!」
気付けば、レナの首から上が無くなっていた。
「……え?」
男は、血の付いた剣を振って、鞘に収めた。
まるで当たり前のように。冷徹な目をレナに向けていた。
「お、まえ、なに、して」
頭が痛い。クラクラする。
この男が恐ろしかった。
この男が、酷く憎かった。
この男が、バケモノに見えた。
男は、冷徹な目を俺にも向けて……。
「ハクリ」
頭が強く揺れて、意識が霞んでゆく。
許さない。
許さない。
許さない。
あのバケモノを、殺してやる。




