食堂でオカンと呼ばれている僕の、日常の話
――――オカン。
基本的に母親に親しみを込めて使われる言葉である。
男性、ましてや男の子に使う言葉ではないことは明白だ。
しかし、若干十六歳の男の子。
そんな子がオカンの愛称で親しまれる食堂があった。
ガヤガヤと、冒険者が賑わって少しうるさい客席。
ジューッ。と、肉が焼ける音。
熱気で熱い厨房。
王都から少し離れた、ランソンブレというそこそこ大きい街。
その街外れで、ひっそりと経営しているパトリ食堂でパトリは働いていた。
「おーい、パトリ。まだ、飯来てないぞ!」
「はーい、待ってください! 今持っていきます!」
あまり見たことない円柱形の建物で、真ん中に厨房その周りにカウンター。更にその周りにテーブルが置かれている。
そのテーブル席の二人の男に注文の料理を持っていく。
「はい、お待たせしました。『リザードステーキ』二つね」
「おー来た来た」
「うまそぉー」
パトリは厨房に戻りつつ、他の客のオーダーも確認する。
「そこ『エール』三つだっけ?」
「おう、頼むわ」
ジョッキに入った、泡がこぼれそうな『エール』をテーブルに置く。
「でも、少し飲みすぎだよ。明日だってクエストに出るんでしょ?」
「まぁ、これぐらいなら大丈夫だ!」
「はぁ……三人分の味噌汁作るからそれも飲んでね」
「そんなことしてるから、オカンって呼ばれるんじゃないか?」
「そうなのかなぁ……」
「絶対そうだね!」
正直オカンって呼ばれるの慣れてないんだよなぁ。
オカンって言われる歳でもなければ、僕男だし……。
パトリ本人は何故オカンと呼ばれているのかわからなく、いつから呼ばれているのかもわからなかった。
しかし、オカンと全員が呼んでいるわけではない。
今、品物を届けた人たちはオカンと呼んでいない。
常連だからと言ってオカンと呼んでるわけではないのだ。
なら、誰が呼んでいるのか? 呼んでいる人たちには共通点があった。
「よぉーオカンやってるか?」
「バッカスさん! やってますよ。いつものでいいですか?」
「あぁ、頼む」
すでにどっかで飲んでいたのか、おぼつかない足取りでカウンター席に座る老人。
そんな彼がいつも頼む料理を提供する。
「出てくるの早いな、来るってわかってたのか?」
「そろそろかなぁって思って仕込んでおきましたよ」
「流石オカンだな」
出したのは卵焼き。
これはバッカスの思い出の料理であり、忘れたくない味であった。
常連というよりはたまに来る客の方がオカンと呼ぶ傾向にある。
そして、その人たちはパトリに料理を依頼して作ってもらった人たちである事。
茶化しや、おふざけではなく心の底から尊敬している事。
だからこそ、常連はオカンと呼ばずにパトリと呼んでいるのかもしれない。
「ありがとうございましたー」
最後の客も帰って今日は終わり。のはずだった。
「君は……」
食堂の壁に寄りかかるようにして座っている、フードを被った女の子。
最近冷え始めたこともあってか、厨房の壁で暖を取っているようだった。
女の子が、光のない目でこちらを見上げてくる。
「ごめんなさい……迷惑だったよね。どっか行くわ」
「待って!」
すぐにどこかに行こうとする女の子を呼び止める。
「ご飯食べていかない?」
「お金……ない」
「いいから、食べて行ってよ」
パトリは、二年前の自分を見ているようで、放っておけなかった。
「カウンターに座ってね。ちょうどいいのあるからすぐに出せるよ」
女の子の前に料理を出す。
「シチュー?」
「うん。多分だけど、好きでしょ」
仕事をするようになって、お客さんが何が欲しいかなんとなくわかるようになった。変な特技。
このおかげで、店は回ってたりする。
女の子は、恐る恐るシチューを口に運ぶ。
口にした瞬間、目を見開いた。
一瞬石像のように固まったかと思うと、次々に具を口に運ぶ。
「う、うぅ……」
「え!? まずかった?」
「ううん、懐かしくて……おいしくて」
女の子は泣きながらシチューを食べる。
店内の片づけをしていると、泣きつかれたのか女の子は寝てしまっていた。
もちろんお皿は空になっている。
「さすがにこのままってわけにも、いかないよな」
パトリは、女の子を抱えて二階の自室に寝かせる。
自分と変わらないくらいの女の子。
そんな子が一人で夜に出歩いていることは異常だと心配するパトリ。
しかし、本人がこの様子なのでとりあえず明日考えればいいやと、思考を投げ出す。
帰れるなら、帰った方がいいはずだ。
でももし、行く当てがないのなら。この食堂で一緒に働いてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、明日も早く仕込みをするために、ソファーで横になり目を閉じた。