揺らぐ信念
基地の自室で、僕は天井を見つめていた。時計は午前二時を指している。サクラから受け取ったカードは、机の上で薄っすらと月光を反射していた。
悲劇のビジョンが頭から離れない。基地を監視する複数の人影。その中に、サクラの姿もあった。しかし彼女の表情は昼間とは全く違っていた。冷徹で、どこか悲しげでもあった。そしてその視線の先には血に染まった何かがあった。
僕の能力は悲劇しか見せない。希望的な未来や平和な日常は決して映らない。いつも死と破壊、裏切りと絶望だけが見えるのだ。
「くそっ...」
僕は起き上がり、カードを手に取った。連絡すべきか、それとも無視すべきか。どちらの選択も、取り返しのつかない結果を招きそうだった。
ベッドサイドの小さな鏡に、僕の顔が映った。疲れきった表情。最近、夜毎に見る悲劇の夢のせいで、満足に眠れない日が続いている。楊貴妃の絶望、クレオパトラの孤独、ブーディカの狂気。歴史上の悲劇のヒロインたちの感情が、僕の心に直接流れ込んでくる。
愛とは何だろう。夢で見る恋愛は、いつも最後に悲劇で終わる。純粋だったはずの感情が狂気に変わり、愛する者同士が傷つけ合い、最後には死が二人を分かつ。それが僕の見る「愛」の形だった。
その時、部屋のドアがノックされた。
「蓮、起きているか?」
ヴォルフの声だった。僕は慌ててカードを引き出しにしまった。
「はい、今開けます」
ドアを開けると、ヴォルフが深刻な表情で立っていた。その後ろには、サイとファントムもいる。
三人とも、まだ完全に目覚めていない様子だったが、警戒心は最大限に高まっていた。
「緊急事態だ。作戦室に来てくれ」
「何が起きたんですか?」
「説明は後だ。急いでくれ」
作戦室では、ミスティーとオラクルも既に待機していた。大型モニターには、基地周辺の監視カメラの映像が映し出されている。時刻は午前二時十五分。こんな時間に全員を招集するということは、相当の緊急事態だ。
「二十分前から、基地周辺に不審な人影が確認されている」
オラクルが説明を始めた。モニターに映る映像を指差しながら、彼は続けた。
「少なくとも七名。プロの動きだ。軍事訓練を受けた者たちの立ち回りをしている。おそらく瀾のメンバーだろう」
僕の心臓が激しく鼓動した。悲劇のビジョンが現実になっている。
「しかし奇妙なことに、彼らは攻撃の構えを見せていない」オラクルが続けた。「まるで、監視していることを私たちに知らせたがっているようだ」
「目的は何だと思う?」サイが尋ねた。彼女の念動力で、室内の小さな物体がふわりと浮いている。緊張すると無意識に能力が発動してしまう癖があった。
「おそらく偵察だ。本格的な攻撃の下見かもしれない」ヴォルフが答えた。「だが、それにしては堂々としすぎている」
「それとも...」
ミスティーが僕を見た。その視線に、僕は背筋が寒くなった。
「内部に協力者がいる可能性もある」
その言葉に、室内の空気が重くなった。僕は平静を装ったが、内心は動揺していた。まさか、もうバレているのだろうか。
「協力者?」ファントムが眉をひそめた。「まさか、この中に?」
「可能性は否定できない」ミスティーの声は冷静だったが、どこか疑いの色を含んでいた。「今回の監視は、あまりにもタイミングが良すぎる。まるで僕たちの動きを知っているかのようだ」
「しかし、ここにいる全員が信頼できるメンバーだ」ヴォルフが反論した。「僕たちは長い間共に戦ってきた仲間じゃないか」
「蓮以外はね」
オラクルの言葉に、僕の血の気が引いた。全員の視線が僕に集中する。
「オラクル、それは言いすぎだ」ヴォルフが諫めた。
「いや、客観的な事実を述べただけだ。蓮がチームに加わってから、敵の動きが活発になった。これは偶然かもしれないが、考慮すべき要素だ」
僕は口を開こうとしたが、言葉が出なかった。確かに、僕が加入してから「瀾」の活動は激化している。そして今、サクラのカードが僕の部屋にある。
「蓮、君の能力で何か見えないか?」
ヴォルフが僕に向き直った。全員の視線が再び僕に集中する。僕は目を閉じ、能力を集中させた。
意識を集中すると、悲劇のビジョンが流れ込んできた。血に染まった基地の廊下。倒れているヴォルフ。サイの絶叫。ファントムの驚愕の表情。そして、その中心に立つサクラの姿。しかし、彼女の表情には苦痛が刻まれていた。まるで、自分の行動を後悔しているかのような。
「...…監視は続きますが、今夜は大きな攻撃はありません」
「確実か?」
「はい。ただ...…」
僕は迷った。ビジョンの続きを話すべきか。そこには、もっと大きな悲劇が待っていた。仲間たちの死、基地の破壊、そして僕自身の絶望。
「ただ、何だ?」
「..….近い将来、大きな悲劇が起こります。このメンバーの中で、誰かが...」
「誰かが何だ?」
「死にます」
静寂が室内を支配した。悲劇のビジョンは残酷なほど鮮明だった。
血の臭い、断末魔の叫び、そして深い後悔。僕の能力が見せるのは、いつもこんな絶望的な未来ばかりだ。
「詳しく教えてくれ」
オラクルが身を乗り出した。
「...まだ断片的で、詳細は分からません。ただ、今回の監視が引き金になるような気がします」
嘘だった。実際には、もっと複雑な状況が見えていた。
しかし、それを正直に話すことはできなかった。特に、サクラとの接触については。
「分かった。それでも警戒は怠らない。全員、今夜は基地に泊まってくれ」
ヴォルフの指示に、皆が頷いた。しかし、僕への疑いの視線は完全には消えていなかった。
午前四時。僕は再び眠れずにいた。悲劇のビジョンが頭の中でループしている。
仲間たちの死に様が、何度も何度も再生される。
廊下を歩いていると、作戦室から明かりが漏れているのに気づいた。
そっと覗くと、オラクルが一人でコンピューターに向かっていた。
モニターには膨大なデータが表示されている。
「オラクル?」
彼は振り返った。疲れた表情を浮かべている。
「蓮か。眠れないのか?」
「ええ。あなたこそ、まだ調査を?」
「気になることがあってね」
オラクルは画面を指差した。
「今回の監視について調べていたんだが、奇妙なことに気づいた」
「奇妙なこと?」
「瀾のメンバーの動きが、どこか躊躇いがちなんだ。本気で偵察をしているようには見えない」
僕の胸に重いものが落ちた。
「まるで、誰かに見せるための演技のようだ」
オラクルの分析力は恐ろしいほど正確だった。
「それに、もう一つ気になることがある」
オラクルは別の画面を開いた。
そこには、基地周辺の過去一週間の監視カメラ映像が表示されていた。
「昨日の午後、君が基地を出てから戻るまでの間に、微妙な変化があった」
「変化?」
「監視カメラの死角に、一瞬だけ人影が映った。そして、君が戻ってきた後、その人影は消えた」
僕の心臓が止まりそうになった。
サクラとの接触が、映像に記録されていたのだろうか。
「オラクル...…」
「ん?」
僕は迷った。しかし、これ以上嘘をつき続けるのは限界だった。
そして、何より仲間たちを危険にさらしたくなかった。
「実は、昨日...」
僕はサクラとの遭遇について話した。
オラクルは黙って聞いていたが、時折深刻な表情を見せた。
「そうか...それで君は迷っているのか」
「はい。彼女の言葉が、完全に嘘だとは思えないんです」
オラクルは少し考えてから口を開いた。
「蓮、君に話していなかったことがある」
「え?」
「特対機関の設立経緯についてだ」
オラクルはモニターを操作し、古い資料を表示した。
政府機関の文書、予算配分表、人事記録。膨大な資料が次々と表示される。
「この組織は、表向きは政府の特殊部隊ということになっている。しかし、実際の資金源や指揮系統には不透明な部分が多い」
「どういう意味ですか?」
「簡単に言えば、僕たちは踊らされている可能性がある」
衝撃的な言葉だった。
「踊らされている?」
「瀾と特対機関。この二つの組織の対立が、本当に自然発生的なものなのか疑問なんだ」
オラクルは別の資料を表示した。両組織の詳細な比較データ。
設立時期、資金調達方法、メンバーの勧誘パターン、作戦の傾向。
すべてが表にまとめられていた。
「両組織の設立時期、資金の流れ、そして能力者の勧誘方法。すべてが妙に対照的すぎる」
確かに、表を見ると不自然なほど対称的だった。
まるで、誰かが意図的に設計したかのような。
「まさか..….」
「同じ黒幕が、両方の組織をコントロールしている可能性がある」
僕は言葉を失った。
もしそれが本当なら、僕たちの戦いは何のためのものだったのだろう。
「でも、なぜそんなことを?」
「能力者のコントロールと選別だ」
オラクルの声は重かった。
「優秀な能力者を両陣営に分けて戦わせ、最終的に生き残った者たちを真の目的のために使う。そんなシナリオが考えられる」
僕の脳裏に、サクラの言葉が蘇った。
『特対機関は、あなたが思っているほど善良な組織ではありません』
「オラクル、これについて他の皆は知っているんですか?」
「いや、今のところ僕の推測に過ぎない。証拠も不十分だ」
「じゃあ、なぜ僕に?」
オラクルは僕を見つめた。
「君の能力が、この謎を解く鍵になるかもしれないからだ」
「僕の能力?」
「悲劇を視る能力。それは、単に未来を見るだけではない。真実を見抜く力でもあるんじゃないか」
そう言われて、僕は自分の能力について改めて考えた。
確かに、夢で見る歴史上の悲劇は、単なる歴史の再現ではない。
その背後にある真実、隠された動機、表に出ない感情までもが見えている。
「僕の能力で、この組織の真実が見えるということですか?」
「可能性はある。ただし、危険も伴う」
オラクルは警告するような口調になった。
「もし僕の推測が正しければ、君の能力を狙っている黒幕は、君が真実に近づくことを良く思わないだろう」
※※※
午前六時。
僕が部屋に戻ると、携帯電話が鳴った。
番号は表示されていないが、誰からかは分かっていた。
「もしもし」
「奏江さん、おはようございます」
サクラの声だった。
昨日の無邪気な調子とは違い、どこか切迫したものを感じた。
「どうして僕の番号を?」
「それは企業秘密です。それより、お話があります」
「話?」
「今夜、一人で来てください。新宿の都庁前、午後八時に」
「なぜ一人で?」
「あなたに見せたいものがあります。特対機関の真実について」
僕は昨夜のオラクルとの会話を思い出した。
彼の推測と、サクラの言葉が一致している。
「真実?」
「あなたが今疑問に思っていることの答えです。そして、あなたの能力の本当の意味についても」
まるで僕の心を読んでいるかのような言葉だった。
「来ないなら来ないで構いません。でも、真実を知らないまま戦い続けるのは、あまりにも虚しいと思いませんか?」
「僕の能力の本当の意味って?」
「悲劇を視る能力。それは単なる未来視ではありません。この世界の歪みを感知する力なんです」
僕は息を呑んだ。それは、オラクルが言ったことと同じだった。
「詳しくは、今夜お話しします」
電話は切れた。僕はしばらく携帯を握ったまま動けなかった。
その日の訓練は、集中できなかった。
サイとの連携練習でも、ファントムとの瞬間移動訓練でも、僕の心は別のことを考えていた。
「蓮、今日は調子が悪いな」
ヴォルフが心配そうに声をかけてきた。
「すみません、少し疲れているようで」
「無理をするな。君の能力は僕たちの切り札なんだから」
切り札、その言葉が妙に引っかかった。
僕は道具扱いされているのだろうか。
訓練中、僕は自分の能力について考え続けた。悲劇を視る能力ーーなぜ悲劇だけなのか。
なぜ希望的な未来は見えないのか。
そしてなぜ歴史上の悲劇まで見えるのか。
能力が覚醒した時のことを思い出した。あの日、僕は学校でのテロを予知した。
しかし、正確には「予知」ではなかった。
テロが起こることで生まれる悲劇、犠牲者たちの絶望、その場にいる人たちの恐怖。
それらの負の感情が、まるで映像のように頭に流れ込んできたのだ。
昼食時、ミスティーが隣に座った。
「蓮くん、最近何か悩みがある?」
「え?」
「女の勘よ。何かを抱え込んでいる顔をしてる」
ミスティーの洞察力は侮れない。僕は苦笑いを浮かべた。
「大したことではありません」
「そう?でも、一人で抱え込むのは良くないわよ。私たちはチームなんだから」
チームーー確かに、彼らは僕を仲間として受け入れてくれている。
しかし、それと同時に僕を利用してもいる。
その矛盾が僕を苦しめていた。
「ミスティーさん」
「何?」
「もし、僕たちが戦っている相手が、実は僕たちと同じような立場だったら、どう思いますか?」
ミスティーは箸を止めて僕を見た。
「どういう意味?」
「瀾のメンバーも、僕たちと同じように、誰かに利用されているだけかもしれません」
「..….変なことを言うのね」
ミスティーは少し考えてから答えた。
「でも、仮にそうだとしても、僕たちには僕たちの正義がある。相手にも相手の正義があるでしょう。結局、どちらが正しいかは、戦ってみないと分からない」
「戦って分かるものなんでしょうか?」
「分からないけど、戦わなければ何も始まらない」
ミスティーの言葉は、どこか諦めのような響きを含んでいた。
午後の訓練では、ファントムとペアを組んだ。
彼の瞬間移動能力と僕の悲劇を視る能力を組み合わせて、敵の奇襲を回避する練習だった。
「蓮、集中してくれ」
ファントムが苦笑いを浮かべた。
「すみません」
「何か心配事でもあるのか?」
僕は迷った。
ファントムは、チームの中でも特に僕を気にかけてくれている。
年齢も近く、話しやすい相手だった。
「ファントム、君は特対機関を信頼していますか?」
「信頼?」
ファントムは考えるような表情を見せた。
「完全に、とは言えないな。組織なんて、結局は利害関係で成り立っているものだろう?」
「じゃあ、なぜここにいるんですか?」
「仲間がいるからだよ」
ファントムは僕の肩を叩いた。
「ヴォルフ、サイ、ミスティー、オラクル、そして君。この仲間たちと一緒にいたいから、僕はここにいる」
「組織のためではなく?」
「組織なんてどうでもいい。大事なのは、一緒に戦う仲間だ」
ファントムの言葉は、僕の心に深く響いた。
※※※
午後七時。僕は基地を出ようとしていた。ヴォルフには「本屋に行く」と嘘をついた。
新宿駅に向かう電車の中で、僕は自分の選択について考え続けた。サクラに会うことで、僕は特対機関を裏切ることになるのだろうか。それとも、真実を知ることで、本当に正しい道を見つけることができるのだろうか。
電車の窓に映る自分の顔を見つめた。疲れきった表情。
最近、夜毎に見る悲劇の夢のせいで、体調も優れない。
楊貴妃の絶望、項羽と虞美人の別れ、平家の滅亡、長平の大虐殺。
歴史上の悲劇が、まるで自分の体験のように感じられる。
特に恋愛に関する悲劇は、僕に深い影響を与えていた。愛する者同士が引き裂かれる痛み、裏切りの苦しみ、そして最後に残る絶望。それらの感情が、僕の中にも蓄積されている。
だからこそ、僕は恋愛が怖い。夢で見る限り、愛は必ず悲劇で終わる。純粋だったはずの感情が、いつの間にか嫉妬や憎悪に変わり、最後には破滅をもたらす。
死で分たれた場合、残った者は狂気に苛まれ、そうでなくても時世が二人を分かつ場合もあった。
そんなことを考えつつ都庁前に着くと、サクラはベンチに座って待っていた。
昨日と同じ制服姿だったが、表情はより大人びて見えた。
夕日が彼女の髪を金色に染めている。
「来てくれたんですね」
「君の言う真実とは何ですか?」
僕は単刀直接に尋ねた。
サクラは立ち上がり、僕の手を取った。
その手は、思いのほか冷たかった。
「ついてきてください」
※※※
サクラに導かれて、僕たちは都庁の地下に向かった。
普通なら入れないはずの場所に、彼女は当然のように入っていく。
地下に降りていくにつれて、空気が変わっていくのを感じた。
「ここは?」
「瀾の東京支部です」
地下深くには、特対機関の基地に匹敵する規模の施設があった。
多くの人々が働いており、その中には僕と同年代の若者も多く見られた。
皆、どこか疲れたような、諦めたような表情をしている。
「みんな能力者です」
サクラが説明した。
「ここで、私たちは研究と訓練を行っています」
「研究?」
「能力者の能力向上と、この世界の真実の解明です」
僕たちは一つの部屋に入った。
そこには巨大なスクリーンがあり、膨大なデータが表示されていた。
資料の量は、オラクルが調べていたものとは比較にならないほど詳細だった。
「これを見てください」
スクリーンに映し出されたのは、特対機関と瀾の組織図だった。
しかし、その上位に別の組織が存在していることが示されていた。
「『影の評議会』」
サクラが指差した組織名を読み上げた。
「両組織を統括する真の支配者です」
僕は愕然とした。
オラクルの推測が当たっていたのだ。
しかも、その規模は想像以上に大きかった。
「なぜこんなことを?」
「能力者の管理と利用です」
別の声が響いた。振り返ると、黒いスーツを着た中年の男性が立っていた。
威厳のある顔立ちだが、どこか疲れたような印象も受ける。
「初めまして、奏江蓮さん。私は瀾の幹部、コードネーム・クロウです」
男性は冷静な口調で続けた。
「あなたの能力は、『影の評議会』にとって非常に価値のあるものです。彼らは、あなたを手に入れるために特対機関を設立し、あなたを勧誘したのです」
「それは...」
「信じられませんか?しかし、これが真実です」
クロウはスクリーンを操作し、新たな資料を表示した。
特対機関設立の詳細な記録、ヴォルフの過去の任務記録、そして僕の能力覚醒に関する監視報告書。
「特対機関の設立資金、ヴォルフの経歴、そしてあなたの能力覚醒のタイミング。すべてが計画的に仕組まれたものです」
僕の頭が混乱した。
今まで信じてきたものが、すべて偽りだったというのか。
「僕の能力覚醒も?」
「『影の評議会』は、長年あなたを監視していました。あなたの家系には、代々悲劇を視る能力者がいたからです」
新たな衝撃だった。
僕の家系に、そんな歴史があったのか。
「あなたの祖母も、同じ能力を持っていました。しかし、彼女は『評議会』に利用されることを拒み、能力を封印して普通の人生を送ることを選んだ」
「祖母が…...」
僕は祖母のことを思い出した。
優しくて、でもどこか悲しげな人だった。
時々、遠くを見つめるような表情を浮かべることがあった。
「あなたの能力覚醒も、『評議会』が仕組んだものです。学校でのテロ事件を利用して、あなたの能力を強制的に覚醒させたのです」
「テロ事件も仕組まれたものだったんですか?」
「そうです。すべては、あなたを特対機関に勧誘するための演出でした」
僕の世界が崩れていくのを感じた。
あの日から始まった僕の新しい人生は、すべて他人に操られたものだったのか。
「では、瀾は?」
「僕たちは反抗組織です」
サクラが答えた。
「『影の評議会』の支配から逃れ、真の自由を求めて戦っています」
「でも、君たちも僕を利用しようとしているんじゃないですか?」
僕の問いに、クロウは微笑んだ。
「鋭い質問ですね。確かに、僕たちもあなたの力を必要としています。しかし、特対機関との違いは、僕たちはあなたに選択の自由を与えるということです」
「選択の自由?」
「そうです。僕たちと共に戦うか、それとも一人で道を歩むか。あなたが決めることです」
サクラが僕の手を握った。
「奏江さん、あなたは自分の意志で選択してください。誰かの駒として生きるのか、それとも自分の信念に従って生きるのか」
「でも、僕にはまだ分からないことがたくさんあります」
「それは当然です」クロウが頷いた。「だからこそ、これを見てもらいたい」
彼は別の画面を表示した。そこには、僕の能力に関する詳細な分析データが表示されていた。
「あなたの能力は、単に悲劇を視るだけではありません。この世界の歪み、隠された真実、そして人々の心の闇を感知する力なのです」
「心の闇?」
「そうです。あなたが夢で見る歴史上の悲劇は、単なる過去の出来事ではない。それらは、人間の本質的な闇を表しているのです」
サクラが説明を続けた。
「愛が憎しみに変わる瞬間、信頼が裏切りに変わる瞬間、希望が絶望に変わる瞬間。あなたの能力は、そうした人間の心の転換点を見抜く力なのです」
僕は迷った。特対機関の仲間たちの顔が浮かんだ。彼らは確かに僕を大切にしてくれている。しかし、それが計算の上でのことだとしたら...
「時間をください」
僕は答えた。
「もちろんです」
クロウが頷いた。
「しかし、あまり時間はありません。『影の評議会』は近々、最終段階に移行する予定です」
「最終段階?」
「全世界の能力者を一元管理する計画です。そうなれば、僕たちのような反抗は不可能になります」
「具体的には、どのような?」
「能力者全員に制御装置を埋め込み、『評議会』の意のままに操ろうというのです」
僕は背筋が寒くなった。
「それは、いつ頃の話ですか?」
「遅くとも一週間以内です」
僕は深く息を吸った。
「分かりました。答えは後日」
「その時まで、これを」
サクラが小さなデバイスを渡した。
「緊急時の連絡用です。何かあったら、すぐに知らせてください」
※※※
地上に戻ると、夜の新宿が広がっていた。僕は一人で駅に向かいながら、今日知った真実について考えた。
特対機関が偽りの組織だったとしても、そこで出会った仲間たちとの絆は本物だった。
しかし、その絆も利用されているとしたら..…。
電車の中で、僕は悲劇を視る能力を働かせた。
意識を集中すると、未来の断片的なビジョンが見えた。戦場で倒れる仲間たち。
破壊される都市ーーそしてすべてを見下ろす謎の人影。
しかし、今度は今までとは違う感覚があった。
ビジョンの中に、希望の光のようなものが見えたのだ。わずかだが、確実に存在していた。
「まずい...」
ビジョンの中で見えたのは、近い未来の大規模な戦闘だった。
特対機関と瀾の全面戦争。そして、その背後で糸を引く『影の評議会』の存在。
しかし、その戦いの中で何か重要な転換点があるようだった。
僕は携帯電話を取り出し、サクラからもらったデバイスを見つめた。この情報を伝えるべきか、それとも...…。
基地に戻ると、ヴォルフが待っていた。その表情は、朝よりもさらに深刻だった。
「蓮、どこに行っていた?」
「本屋です」
「そうか...。実は緊急事態が発生した」
「緊急事態?」
「瀾からの宣戦布告だ。明日の夜、決戦が行われる」
僕の血の気が引いた。
ビジョンで見た光景が現実になろうとしている。
「場所は?」
「東京湾の人工島だ。向こうの指定場所らしい」
「人工島?」
「ああ。おそらく、一般人を巻き込まないための配慮だろう」
僕は瀾の提案だということに安堵した。
少なくとも、一般の人々が犠牲になることはない。
「相手の戦力は?」
「不明だ。しかし、大規模な戦闘になることは間違いない」
ヴォルフは僕の肩に手を置いた。
「蓮、君の能力が頼りだ。敵の動きを読んで、僕たちを導いてくれ」
僕は決断しなければならなかった。
仲間を裏切るか、それとも真実を隠し続けるか。
しかしどちらを選んでも、誰かが傷つくことになる。
「分かりました」
僕は答えた。しかし、心の中では別の決断を下していた。
この戦いを止める方法を見つける。
そのために、僕は動かなければならない。
その夜、僕は一睡もできなかった。
悲劇のビジョンと希望の光が、頭の中で交錯している。
明日の戦いが、すべての運命を決めることになるだろう。
そしてその戦いの中で、僕は自分の道を見つけなければならない。
誰かの駒としてではなく、自分自身の道を歩むために。




