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日常の中で

 僕は夢を見ていた。


 1570年、近江国・比叡山延暦寺。秋の風が山肌を吹き抜ける中、寺院に響く読経の声が突然途切れた。


 織田信長の軍勢が山を包囲していた。


「一人残らず殺せ。女子供も、坊主も、全てだ」


 冷徹な命令が下される。織田軍の兵士たちが寺院に雪崩れ込んできた。僧侶たちは必死に経を唱えながら逃げ惑うが、容赦なく斬り殺されていく。


 年老いた僧侶が、幼い稚児を庇いながら逃げようとしていた。でも追いついた兵士の槍が、容赦なく二人を貫いた。稚児の最期の言葉は「お母さん」だった。


 炎が寺院を包んだ。千年以上の歴史を持つ建物が、一夜にして灰燼に帰していく。貴重な経典も、仏像も、全てが燃え尽きていく。


 そして僕は視た。信長の冷酷な眼差しを。彼は宗教的権威を完全に排除するため、この虐殺を「必要悪」として実行していた。政治的計算に基づいた、感情を排した判断だった。


「これで比叡山の力は永遠に削がれる」


 信長の声が、炎の向こうから聞こえてきた。


 この比叡山焼き討ちで、数千人の僧侶や民衆が命を落とした。戦国時代の、権力者による無慈悲な大量虐殺の一つだった——


「うっ……」


 僕は重い頭を上げて目を覚ました。シーツが汗でびっしょりと濡れていた。時計を見ると午前7時。いつもより遅い時間だった。


 あれから一週間が過ぎていた。ミッドタウン・プラザでのテロ事件は無事解決したものの、シャドウの存在は特対機関にとって新たな脅威となっていた。


 そして僕は、大学生としての日常を送りながら、同時に特対機関のメンバーとしての新しい生活にも慣れようとしていた。


 でも毎夜の悪夢は、以前より激しさを増していた。まるで僕の能力が覚醒したかのように。



 **     *     *     ***




「おはようございます」


 特対機関の地下施設に到着すると、オラクルさんが分厚い資料を整理していた。今日は大学が休講だったので、午前中から訓練に参加することになっていた。


「おはよう、蓮君。調子はどうだ?」


「はい、おかげさまで。でも相変わらず悪夢は続いています」


「そうか……」


 オラクルさんが心配そうな表情を浮かべた。彼の机の上には、僕の能力に関する研究資料が山積みになっていた。


「シャドウの件で、君の能力がより活発になっているのかもしれない。これは興味深い現象だ」


 先週の事件以降、僕の予知能力は明らかに変化していた。毎晩のように世界各地の悲劇を視るのは相変わらずだが、その鮮明さと頻度が格段に増していた。


「今朝は戦国時代の比叡山焼き討ちを視ました」


「比叡山…………織田信長の」


「はい。数千人の僧侶や民衆が殺されました。当時の政治的判断とはいえ、あまりにも残酷で…………特に子供たちの最期が」


 僕は声を詰まらせた。あの幼い稚児の最期の言葉が、まだ耳に残っていた。


 オラクルさんが深くため息をついた。


「歴史上の悲劇を視るのは辛いだろうが、それも君の能力の一部だ。過去を知ることで、未来への洞察も深まる。君の能力は単なる予知ではなく、人間の本質を理解するための『窓』なのかもしれない」


「そうですね…………ただこの能力を持っていると時々人の善意を信じられなくなります」


 僕は複雑な表情でオラクルさんを見つめた。


「毎晩のように人間の残酷さを視続けていると、目の前にいる普通の人たちも、本当は心の奥に何を隠しているのか分からなくなってしまうんです。大学で同級生が親切にしてくれても、もしかしたら心の中では別のことを考えているのかもしれないって」


「昨日も、コンビニの店員さんが笑顔で接客してくれたんですが、その笑顔が本物なのか演技なのか分からなくなってしまって……」


 オラクルさんは静かに頷いた。


「それは我々全員が抱える疑問でもある」


 オラクルさんが椅子に座り直した。


「異能力を持つ理由、その意味、そして責任。そして人間の本質への疑問。答えは簡単には見つからない。だが君は先週、その答えの一部を見つけたはずだ」


「はい……人を救うために、この力があるんですよね」


「そうだ。人間には確かに闇の部分もある。君が視る悲劇の多くは、人間の悪意や愚かさから生まれている。でも同時に、君の周りには君を心配し、支えてくれる人たちもいる。その両方が人間の真実だ」


 オラクルさんは立ち上がり、窓の外を見つめた。


「私も若い頃、分析能力を得た時は人間不信に陥った。データばかり見ていると、人間の行動パターンの予測可能性に絶望するんだ。でも君たちと出会って、データでは測れない『心』の力を知った」


 オラクルさんの言葉に、僕は少し救われた気持ちになった。


「そして今日からは、その力をより効果的に使うための訓練を始める」



 **     *     *     ***




 訓練室では、サイさんが準備運動をしていた。彼女の周りには、念動力によって宙に浮かぶ小さな物体がいくつも漂っていた。


「蓮君、おはよう!」


 彼女は相変わらず明るい笑顔で迎えてくれた。先週の激戦での疲労も、もうすっかり回復しているようだった。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ。今日は蓮君の予知能力を戦闘でより活用するための訓練をしましょう」


 サイさんが説明してくれた内容によると、今日の訓練は「予知情報の効果的な伝達」と「戦闘中の判断力向上」が主な目的だった。


「先週の戦いで、蓮君の予知能力がどれほど重要か、みんなよく分かったからね。でも同時に、その能力をもっと効率的に使える方法があることも分かった」


「どういうことですか?」


「例えば、予知した内容を仲間に伝える時の言葉選びや、優先順位の付け方。それから、複数の危険が同時に迫っている時の判断基準とか」


 サイさんは具体的な例を示してくれた。


「先週の地下での戦いでは、蓮君の予知がなければ私たちは全滅していた。でも情報伝達にもう少し時間があったら、もっとスムーズに行動できたかもしれない」


「でも僕は戦闘はできませんよ」


「戦闘はできなくても、戦場で的確な判断をすることはできる。それが今日の訓練の目的よ」


 しばらくすると、ファントムさんも訓練室に現れた。今日の彼は、いつもより多くの装備を身につけていた。


「よう、蓮。準備はいいか?」


「はい、よろしくお願いします」


 ファントムさんの表情は、先週より少し厳しくなっていた。きっとシャドウを取り逃がしたことを、まだ気にしているのだろう。


「今日の訓練では、実戦に近いシミュレーションを行う。蓮の予知能力を使って、我々の連携を向上させるのが目的だ」


「具体的には?」


「模擬戦闘を行いながら、君には起こりうる危険を予知して的確な指示を出してもらう。情報収集、分析、伝達の全てを実戦レベルで訓練する」


 ファントムさんは訓練室の設備を指差した。


「この部屋には、様々な戦闘状況を再現できる装置がある。敵の動きをホログラムで投影し、実際の戦闘に限りなく近い状況を作り出すことができる」


「すごい技術ですね」


「これも異能力を応用した技術の一つだ。ミスティーの情報操作能力を使って開発された」


「分かりました」


 そこに、ヴォルフさんも加わった。今日の彼は、普段より重装備だった。


「蓮君、調子はどうだ?」


「はい、おかげさまで」


「それは良かった。今日の訓練では、君の安全を最優先に考えながら、同時に実戦的な経験も積んでもらう」


 ヴォルフさんは僕の前に立った。


「君は先週、非常に勇敢だった。だが同時に、非常に危険な状況にも身を置いた。我々はそのことを深く反省している」


「そんな……僕が勝手に行動しただけです」


「いや、我々の準備不足でもあった。君のような貴重な能力者を、十分な訓練もなしに実戦に投入してしまった」


 ヴォルフさんの声には、自分自身への怒りが込められていた。


「今日からは、君がより安全に、より効果的に能力を発揮できるよう、しっかりとした体系的な訓練を行う」




 **     *     *     ***





 訓練が始まった。


 最初は簡単なシミュレーションからだった。模擬的な戦闘状況で、僕は仲間たちの動きを観察し、起こりうる危険を察知して最適な作戦を提案するという内容である。


「ファントムさんが正面から行くと、右側の敵に背後を取られて負傷します」


 僕の脳裏に、ファントムさんが敵の剣に背中を刺される光景が鮮明に浮かんだ。血が流れ、彼が苦痛に顔を歪める姿まで詳細に視えた。


「左に回り込めば、挟み撃ちにできます」


「了解」


 ファントムさんが瞬間移動で左側に移動し、見事に敵役のホログラムを制圧した。


「いいですね」


 サイさんが拍手した。


「蓮君の危険予知があるから、私たちも安全に動けます。今のは完璧なタイミングでした」


「予知の精度も上がっているな」ヴォルフさんが感心したように言った。「先週より格段に詳細な情報を得られている」


 しかし、訓練が進むにつれて、徐々に難しくなっていった。


「今度は複数の敵が同時に攻撃してきます。蓮君、どうする?」


 ファントムさんが訓練装置を操作すると、3体の敵ホログラムが同時に現れた。


 僕は集中して、起こりうる悲劇を視ようとした。複数の危険な未来が同時に浮かんでくる。頭の中で映像が錯綜し、整理するのに時間がかかった。


「えっと……このまま行くと、右の敵がサイさんを、左の敵がファントムさんを、そして正面の敵がヴォルフさんを……」


「もう少し具体的に、そして迅速に」


 ヴォルフさんが促した。


「右の敵は3秒後にサイさんの左肩を狙って攻撃し、深手を負わせます。左の敵は5秒後にファントムさんの足を狙って動きを封じます。正面の敵は7秒後にヴォルフさんの胸部を……」


 僕は予知した悲劇を、できるだけ詳細に、そして迅速に伝えようとした。


「サイさんが念動力で右の敵を後方に吹き飛ばして、その間にファントムさんが左の敵を制圧。ヴォルフさんは正面の敵に対して防御態勢を取ってから反撃を……」


「よし、やってみよう」


 三人が僕の指示通りに動いた。サイさんの念動力が右の敵を吹き飛ばし、ファントムさんが瞬間移動で左の敵を制圧。ヴォルフさんは正面の敵の攻撃を完璧に防いで反撃した。


 訓練は成功した。でも僕は相当な疲労を感じていた。複数の悲劇を同時に視て、それを回避する方法を瞬時に考えるのは、想像以上に体力を消耗する。


「大丈夫か?」


 ヴォルフさんが心配そうに声をかけた。僕の額に汗が浮かんでいるのを見たのだろう。


「はい……少し疲れましたが」


「悲劇を視続けるのは、精神的な負担が大きい。無理は禁物だ」


「でも今の連携は素晴らしかった」サイさんが興奮気味に言った。「蓮君の予知があれば、私たちは本当に強くなれる」


「今日はこのくらいにしておきましょう」サイさんが提案した。


「でも、蓮君の危険予知能力があれば、私たちはもっと安全に任務を遂行できますね」


 ファントムさんも頷いた。


「先週と比べて、格段に安定している。悲劇を視るという辛い能力を、仲間を守るために使ってくれてありがとう」


「でも、蓮君の成長は目覚ましいものがありますね」


 ファントムさんも頷いた。


「先週と比べて、格段に安定している。実戦経験が活きているな」


「ただ、気になることがある」


 オラクルさんが資料を見ながら言った。


「蓮君の能力が強化されているのは良いことだが、その理由が分からない」


「シャドウとの戦いが影響しているのでしょうか?」


「可能性はある。強い刺激や危機的状況は、異能力の覚醒や強化を促すことがある。だが同時に、能力の暴走という危険性もある」


 オラクルさんの言葉に、僕は少し不安を感じた。




 **     *     *     ***





 訓練が終わった後、僕たちは休憩室で軽食を取った。広い休憩室には、様々な飲み物や軽食が用意されていて、まるで高級ホテルのラウンジのようだった。


「蓮君」ミスティーさんが現れた。「お疲れさまでした」


「ミスティーさん、こんにちは」


「今日の訓練、拝見させていただきました。素晴らしい進歩ですね」


 ミスティーさんの手には、分厚いファイルが抱えられていた。


「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟です」


「謙虚なのは良いことですが、自信を持つことも大切です。あなたの能力は、我々にとって欠かせないものになっています」


 ミスティーさんが僕の隣に座った。


「実は、あなたにお伝えしたいことがあります」


「何でしょうか?」


「シャドウに関する新しい情報です」


 その言葉に、周りの皆も注目した。休憩室の空気が一瞬で緊張に包まれる。


「我々の調査によると、シャドウは『瀾』の中でも特に危険な存在のようです。影を操る能力は、他の異能力者の中でも極めて稀な能力です」


 ミスティーさんがファイルを開き、資料を見せてくれた。


「これまでに確認された影操作能力者は、世界中でわずか3名。そのうち2名は既に死亡しています」


「死亡……」


「1名は能力の暴走により自滅、もう1名は他の異能力者との戦闘で命を落としました。つまり、シャドウは現在確認されている唯一の影操作能力者なのです」


「そうですか……」


「そして彼は、あなたの予知能力を非常に警戒しています。先週の戦いで、あなたの能力の脅威を直接体験したからです」


 僕は少し身震いした。シャドウの最後の視線を思い出す。あの冷たく、計算高い眼差し。


「つまり、今後彼があなたを標的にしてくる可能性が高いということです。それも、相当な準備と計画を持って」


「蓮君の安全対策は万全だ」


ヴォルフさんが断言した。


「24時間体制で警護につけている。表面的には気づかないだろうが、君の周りには常に我々の仲間がいる」


「でも……普通の大学生活も送りたいです」


「もちろんです」


 ミスティーさんが微笑んだ。


「我々も、あなたの日常を壊すつもりはありません。目立たないように、でも確実に、あなたを守ります」


「それに」


サイさんが付け加えた。


「蓮君が普通の生活を送ることも大切です。異能力者としての使命も重要だけど、20歳の青年としての人生も大切にしてほしい」


「ありがとうございます」


 僕は仲間たちの温かさに、改めて感謝の気持ちを抱いた。


「ただし」


オラクルさんが真剣な表情で言った。


「何か異常を感じたら、すぐに連絡してくれ。シャドウの能力は未知数だ。予想もつかない方法で接近してくる可能性がある」




 **     *     *     ***




 夕方、僕は久しぶりに一人で街を歩いていた。もちろん、見えないところで警護がついているのだろうが、表面上は普通の大学生として過ごしていた。


 秋の夕日が街を優しく照らしている。通りには、帰宅を急ぐサラリーマンや、友人と談笑する学生たちの姿があった。


 コンビニで買い物をして、近くの公園のベンチで一息ついた。温かい缶コーヒーを片手に、夕暮れの空を見上げる。


 普通の人たちが、普通の生活を送っている。子供たちが滑り台で遊び、若いカップルが手を繋いで歩き、年配のご夫婦がベンチで穏やかに会話している。


 一週間前、僕たちが守った日常が、今もここにある。


「この平和を守るために、僕の能力があるんだ」


 そう思うと、少し誇らしい気持ちになった。


 でも同時に、大きな責任も感じていた。シャドウはまだ野放しになっている。『瀾』の全容も分からない。そして僕の能力が強化されている理由も不明だ。


「蓮君?」


 突然、声をかけられた。振り返ると、大学の経済学の担当教授である田中先生が立っていた。


「あ、田中先生。こんにちは」


「こんにちは、奏江君。こんなところで会うなんて偶然ですね」


田中先生は40代半ばの温厚な教授で、経済学部で「現代経済論」を担当している。学生に対してとても親身で、いつも明るく振る舞ってくれる。


「最近、授業であまり見かけませんでしたが、大丈夫ですか?体調でも崩されましたか?」


「あ、はい。ちょっと体調を崩していて」


僕は適当に答えた。もちろん、特対機関での活動のことは言えない。


「そうですか。無理しないでくださいね。単位のことは心配せず、まずは体調を優先してください」


田中先生の笑顔を見ていると、ふとオラクルさんの言葉を思い出した。


『人間の善意を信じられなくなる』


僕は田中先生の優しい表情を見つめた。これは本物の教育者としての愛情なのか、それとも単なる職業的な義務感なのか。毎夜のように人間の残酷さを視続けている僕には、もうその区別がつかない。


「奏江君、何か悩みがあるんですか?最近、表情が暗いような気がして」


田中先生が心配そうに尋ねた。


「いえ、特には…」


「そうですか。でも、何か困ったことがあったら、いつでも研究室に来てくださいね。勉強のことでも、人生のことでも、何でも相談に乗りますから」


田中先生はそう言って、軽く手を振って去っていった。


僕は一人残されて、複雑な気持ちになった。


先生の言葉は、本当に心からの教育的配慮なのだろうか。それとも、単なる教師としての建前なのだろうか。


僕の心の中で、疑念と感謝の気持ちが入り混じっていた。能力を持つ前の僕なら、素直に先生の優しさを受け入れていただろう。でも今は、人間の表面的な言葉の奥にある真意を探ってしまう。


それでも、田中先生の存在は僕にとって救いでもあった。たとえ職業的な義務感であったとしても、こうして声をかけてくれる人がいることは、孤独な日々を送る僕にとって貴重なものだった。


 そう考えていた折に携帯電話が鳴る。ヴォルフさんからだ。


「蓮君、今どこにいる?」


「公園です。どうかしましたか?」


「急いで基地に戻ってくれ。緊急事態だ」


 ヴォルフさんの声には、いつもの冷静さとは違う緊迫感があった。


「分かりました。すぐに向かいます」


 僕は慌てて立ち上がった。


 平和な日常は、いつでも脅威にさらされている。


 そして僕は、その脅威から人々を守る立場にいるのだ。


 急いで基地に向かいながら、僕は思った。


 普通の大学生と異能力者。二つの顔を持つ生活は、決して簡単なものではない。


 でも僕には、守るべき人たちがいる。


 そして、共に戦ってくれる仲間たちがいる。


 田中先生のような普通の人たちの笑顔が、本物であろうとなかろうと、その笑顔を守ることに価値がある。


 どんな困難が待ち受けていても、僕は逃げない。


 なぜなら僕は、もう一人ではないのだから。


 **     *     *     ***


 基地に到着すると、いつもとは違う緊迫した空気が漂っていた。多くのスタッフが慌ただしく動き回り、司令室では複数のモニターが点滅している。


「蓮君、よく来てくれた」


 オラクルさんが僕を迎えた。その表情は、いつもの穏やかさとは程遠い、深刻なものだった。


「新たな情報が入った。シャドウが動き始めたようだ」


「どんな情報ですか?」


 オラクルさんは僕を司令室に案内した。大きなスクリーンには、都内の地図が表示されていて、複数の地点が赤く点滅している。


「過去24時間で、都内の3箇所で異常現象が報告されている。全て、影に関連した現象だ」


「影に関連した……」


「一件目は渋谷の雑居ビル。エレベーターの中で、乗客の影だけが消失する事件が発生した。二件目は新宿の地下街。通行人の影が突然立ち上がって、別の方向に歩き出したという報告がある」


 僕は身震いした。それは明らかにシャドウの仕業だった。


「そして三件目は—」


 オラクルさんが画面を切り替えた。


「君の大学の近くだ」


 画面には、僕がよく知っている場所が映っていた。大学からほど近い商店街だった。


「そこで何が起きたんですか?」


「影が意思を持って動き回る現象が目撃されている。そしてーー」


 オラクルさんが僕を見つめた。


「目撃者の証言によると、その影は君によく似た人物を探していたという」


 僕の血が凍った。


「つまり、シャドウは君の居場所を探っている。そして徐々に包囲網を狭めている」


「それは……」


「君の予知能力が、再び必要になりそうだ」


 オラクルさんの言葉に、僕は覚悟を決めた。

 新たな戦いが始まろうとしていた。

 でも今度は、僕はもう迷わない。


 シャドウがどんなに巧妙な罠を仕掛けてきても、僕たちは負けない。

 それが、異能力を持つ者の使命なのだから。

 そして、普通の人たちの笑顔を守るための戦いなのだから。

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