第01話『リスラーブ大森林』
「……」
リスラーブ大森林。
地球に比べ、大地の表面積が遥かに広大で豊かな正に緑の惑星と呼ぶに相応しい異世界に於いて尚、異様ともとれる森林群。
大気中に含まれる膨大な魔素のせいでそこに在る植物は例外なく変容し、 生息している動物も地球の猛獣のソレとは一線を画す。
そんな場所に芳醇な血の香りをさせた新鮮な死体が現れたらどうなるか……
「ふしゅ……ふしゅ……」
「グルルルル……」
「……ガルァルァ!」
「ジュァァァァァ!」
争奪戦である。
彼等の体高からすれば人間一人分の死体なぞ雀の涙程の量かも知れないが、庶民であっても美味な食事を摂る現代人の肉体はさぞかし未知なる(美味そうな)匂いを出しているという事だろう。
突如として現れたその死体に周囲にいた動植物は一斉に群がった。
そして……
「……」
『果実』は新たな宿所を求めるでもなく欠損し、生命活動を止めた依り代の為に栄養の摂取を試みた。
未だ流れ出る血は大地に根を張る様に染み、脈動するかの様にそこに在る栄養を根こそぎ吸収する。
「「「オオオ……ォォ……ァ……」」」
枯れる。という概念すらなかったであろうトレントやキラーアイヴィ等の変容植物がその身をよじりながら朽ちていく。
異変を感じ取ったワイバーンは降下する事を止め、上昇しようとしたが時は既に遅く。一番逃げられそうだった餌を『果実』は見逃しはしなかった。
先程得た水分を刃物の様に尖らせた血液の先端から光速で射出し、ワイバーンの頭や胴体を穿つ。
落ちてきたワイバーンに餌が増えたと喜色を見せる馬鹿(死体に群がっていた他の地上の魔物)共は数多の栄養を得て、赤黒く染まった触手の様な血液にハエトリグサよろしく捕らえられ、万力の様な圧力をもってその身を余す所なく吸収される。
程なくして依り代の欠損箇所を復元させた『果実』は呼吸器官を用いて空気中にあるエネルギーも取り込み始めた。
臓器を復元した事により『果実』が血液を介して依り代の全身を巡る。
やがて、脳に根付いた『果実』は残された記憶を頼りにその身を更に変容させていく。
幸いにも地球とは異なり、エネルギーや素材には困らなかった。
まるでリスラーブ大森林の悲鳴を代弁するかの様な動植物の断末魔はその後、1週間近く続く。
スワンプマン程の速度ではないが、肉体(依り代)を異世界の要素で更新するのにそれ程時間は掛からなかった。
『果実』は出来上がった依り代の確認をすると満足したかの様にその意思を眠りにつかせた。
見渡す限り干ばつ化した土地にたたずむ青々とした一つの巨大なツボミ。
中にある花(完成体)が目咲めるまで、残されたリスラーブ大森林からはただの一匹も獣がその地を踏む事はなかった。