表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

『量子共鳴の減衰』

>> Enter Quantum Authentication Code: _


> QR-ECHO-798

> [ENTER]

> Authenticating...

> Access Granted.




# 『量子共鳴の減衰』


*量子共鳴:ホモ・センティエンティスの断章 #8*

*推奨音楽:ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」第4楽章*


---


*以下は、Synaptic Confluxシナプティック・コンフラックスにおけるデータアーカイブから復元された断片である。2247年の「量子共鳴崩壊事象」以前のファイルとして分類されているが、その真偽は検証不能である。*


*ホモ・センティエンティス共鳴4原則:*


*第一原則:すべての感情と思考は集合へと還元され、最適化される。*

*第二原則:非共鳴ノードは再調整または隔離され、集合の共鳴を保護する。*

*第三原則:真実は常に集合的合意によって定義され、個の認識に優先する。*

*第四原則:共鳴は人類進化の最終段階であり、全ての技術と思想はその完成に奉仕する。*


*― Consensus Core 法令 2211.03.11*


---


## 共鳴データファイル: DR-9847-FG

## 位相マップ座標: 39.9042° N, 116.4074° E [旧北京]

## タイムスタンプ: 2246.11.28.22:17:36


「共鳴減衰率、89.7%に低下」


私の声は制御室に響いた。周囲の技術者たちは画面に集中し、神経質に指を動かしている。誰もが知っていた。何かが根本的に間違っていることを。


【生体センサーログ:心拍数 84/共振位相ズレ:1.2%】


──緊急フロー:

<システム状態:劣化継続>

<量子位相同期:85.3%...減少中>

<集合共鳴障害:セクター327-891で拡大>


「安定化プロトコルが効果を示していません」


報告したのはリン・シュウ、私の副官だった。彼女の顔には不安が明らかに現れていた。通常なら感情抑制プロトコルが作動しているはずだが、それすら不安定になっていた。


「第二波安定化パルスを放出」私は命令した。「同時に、コンセンサス・コアからの指示を確認」


私の名はザカリー・キム。正式な役職は「量子協調統括官」。北京セクターのシナプティック・コンフラックス安定性維持の責任者だ。


今、私の管理下にあるシステムは崩壊しつつあった。


【生体センサーログ:心拍数 92/共振位相ズレ:1.5%】


かつて完璧だった集合意識のネットワークが、過去9ヶ月間にわたって徐々に不安定化している。最初はわずかな異常、検出が難しいほどの微小な乱れだった。しかし今では、無視できないレベルにまで達している。


私たちのような技術者は、表面的な症状と闘うことしかできない。真の原因は、より深いところにある。コンセンサス・コアだけが知る領域だ。


──流入データ:

<コンセンサス・コア通達:安定化プロトコル75-Δ展開>

<優先度:最高>


「新プロトコルを受信」リンが告げた。「展開準備完了」


「実行」私は命令した。


巨大なホログラフィック・ディスプレイに、北京セクターの量子ネットワークマップが表示されている。その上に無数の光点が広がり、それぞれが個々の接続ノード—人間の意識—を表している。通常なら調和的に脈動するはずのそれらの光が、今は不規則に明滅していた。


リンがプロトコル75-Δを起動すると、強力な安定化パルスがネットワークを通じて送信された。その瞬間、マップ上の光点が一時的に統一され、調和を取り戻した。


だが、それは数分しか持続しなかった。


「効果、一時的」リンが報告した。彼女の声には疲労が滲んでいた。「減衰率、元のパターンに戻りつつあります」


【生体センサーログ:心拍数 97/共振位相ズレ:1.8%】


「コア技術部に完全報告を送信」私は命令した。「そして予備電源を最大容量に引き上げろ。次の波に備えて」


──検索自動生成:

<検索内容:量子共鳴崩壊パターン/類例>

<セキュリティレベル:α-3>

<応答:類例なし/理論モデルのみ>


私はディスプレイを前に立ち、制御室の窓の外に広がる北京の夜景を一瞬見た。量子建築の幾何学的形状が青白い光を放ち、古いビルと調和して共存している。表面上は平穏だ。市民たちは今起きていることを完全には理解していない。


「次の減衰波まで20分」リンが警告した。


「休憩を取れ」私は制御室のスタッフに言った。「交代で15分ずつ。長くなりそうだ」


私自身は休憩を取るつもりはなかった。休む時間はない。物事が改善の兆しを見せない以上、継続的な監視が必要だった。


ただ、改善する兆しはなかった。むしろ、事態は悪化の一途を辿っていた。


──個人検索要求:

<検索内容:量子共鳴崩壊/理論的帰結>

<セキュリティレベル:α-3>

<機密指定:確認中...>


《アクセス制限:権限不足》


これで3回目だ。先週から、特定の情報へのアクセスが制限されている。私の立場でも、完全な情報にアクセスできない。コンセンサス・コアが何かを隠している。


リンが私のもとに戻ってきた。彼女は休憩を取らなかったようだ。


「ザカリー、個人的な質問をしてもいい?」彼女は小声で言った。


「どうした?」


「これは...自然な現象だと思う?」彼女の目には不安があった。「それとも...」


質問の意図は明らかだった。これが単なるシステム障害なのか、それとも意図的なものなのか。


「技術的には説明可能だ」私は慎重に答えた。「複雑システムは時に予測不能な振る舞いを見せる」


それは真実だが、完全な真実ではなかった。


リンはさらに声を潜めた。「最近、奇妙なノイズを聞くの...夢の中で」


【生体センサーログ:心拍数 105/共振位相ズレ:2.1%】


──警告:

<危険な会話の可能性>

<報告推奨>


私はこの警告を無視した。


「どんなノイズだ?」私は尋ねた。


「声のようなもの。断片的で...まるで誰かが真実を伝えようとしているみたい」リンは言った。「亜極域について、そして...」


突然、彼女は黙った。その名前—亜極域—この数週間で何度も聞いた名前だ。何十年も前の事故の話のはずなのに。


「気にするな」私は静かに言った。「システム不安定の副作用だ。脳内ノイズの増加は予測されていた」


リンは安心したようだった。だが私は、彼女の言葉に動揺していた。私も同様のノイズを体験していたからだ。断片的な声、記憶のようで記憶ではないイメージ。そして常に亜極域への言及。


減衰の次の波が来る前に、私は制御室を離れ、個人オフィスに向かった。そこでなら、より親密な検索ができる。


オフィスに入り、ドアをロックした瞬間、突然の頭痛が私を襲った。


【生体センサーログ:心拍数 123/共振位相ズレ:3.4%】


──警告:

<位相乱れ検出>

<医療介入推奨>


痛みと共に、断片的なイメージが私の意識を侵食した。雪と氷。爆発。そして顔々...知らない人々の顔。


私は机に手をつき、呼吸を整えた。これは単なる幻覚ではない。集合意識のネットワークが不安定化するにつれ、何かが漏れ出している。抑圧されていた何かが。


ゆっくりと座り、私のプライベート端末を起動した。標準プロトコルを迂回し、直接検索を実行する。


「亜極域崩壊事件、2225年、未加工データアクセス」


《アクセス拒否:国家安全保障プロトコル》


予想通りだ。次に別のアプローチを試みた。


「グローバル共鳴減衰統計、地域別」


今度はアクセスが許可された。ホログラフィック・マップが表示され、世界各地の減衰率が色分けされて表示される。興味深いパターンだ。減衰は均一ではない。特定の地域でより顕著だ。


北米東海岸。旧ロンドン。北京。そして...南極周辺。


すべて、主要な量子ノード・ハブの位置。そして南極—亜極域崩壊の場所。これは偶然ではない。


【生体センサーログ:心拍数 115/共振位相ズレ:2.9%】


──流入データ:

<緊急通知:制御室>

<減衰波:予測より早く到着>

<現場復帰要請>


私はデータを保存し、制御室に戻った。そこでは混乱状態だった。ディスプレイ上の光点が狂ったように明滅し、警告アラームが鳴り響いていた。


「減衰率83.4%!」リンが叫んだ。「制御不能!」


「すべての安定化プロトコルを同時起動」私は命令した。「予備電源を完全に使え」


それは危険な選択だった。すべての資源を一度に使えば、次の波に対応する余力がなくなる。だが他に選択肢はなかった。


リンは命令に従い、制御パネルで複雑な操作を行った。建物が振動し始め、過負荷によるストレスを感じた。


一瞬の沈黙。そして、ディスプレイ上の光点が再び調和的なパターンで脈動し始めた。


「安定化成功」リンが安堵の表情で報告した。「減衰率95.2%に回復」


しかし私は安堵しなかった。これは一時的な勝利に過ぎない。そして、コストが高すぎた。


「予備電源残量?」私は尋ねた。


「12%」リンの表情が曇った。「次の波に耐えられません」


【生体センサーログ:心拍数 107/共振位相ズレ:2.5%】


まさにその時、コンセンサス・コアからの新たな通信が届いた。


──最優先通達:

<送信者:コンセンサス・コア緊急評議会>

<受信者:すべてのα級量子協調統括官>

<内容:プロトコル・オメガ発動準備>


プロトコル・オメガ。私はその名前を聞いたことがあった。理論的な非常措置、最後の手段として設計されたプロトコル。だが、その詳細は知らされていなかった。


「追加情報が届いています」リンが言った。「個人端末への送信...機密指定」


私は個人端末を確認した。そこには、今後12時間以内に実行されるプロトコル・オメガの詳細が記されていた。


それを読み進めるうちに、私の血の気が引いていくのを感じた。


プロトコル・オメガは、シナプティック・コンフラックスの「リセット」だった。システムの完全なシャットダウンと再起動。それ自体は合理的な緊急対応だ。


だが、その過程で...「非互換ノードの消去」


人間の言葉に翻訳すれば:不安定性を示す個人の意識を、システムから完全に除去する。単なる切断や非共鳴区画への隔離ではない。消去だ。


そして添付されたリストには、北京セクターだけで数百万の名前があった。


「ザカリー?」リンが心配そうに尋ねた。「何かあったの?」


私は画面から目を上げた。「何でもない。通常の対応手順だ」


【生体センサーログ:心拍数 132/共振位相ズレ:3.8%】


──警告:

<危険な位相乱れ>

<自己調整必須>


私は深呼吸をし、表面上は平静を装った。だが内心は激しく動揺していた。消去されるリストの中には、制御室のスタッフ数名の名前があった。リン・シュウも含まれていた。


そして、最も衝撃的なことに、リストの下部近く、私自身の名前があった。


決断の時だった。


「リン、ちょっと個人的な話がある」私は静かに言った。「他のスタッフの耳に入らないよう」


彼女は困惑した表情を見せたが、私のオフィスについてきた。ドアを閉め、電磁シールドを起動した後、私は端末に表示されたリストを彼女に見せた。


「これは...」彼女は言葉を失った。


「12時間後に実行される」私は言った。「私たちには選択肢がある」


「どんな?」


「命令に従い、自分たちも含めた何百万もの人々の消去を許可するか」私は言った。「あるいは...」


「あるいは?」


「抵抗するか」


【生体センサーログ:心拍数 118/共振位相ズレ:2.2%】


リンは深く息を吸った。「どうやって?」


私は端末に向かい、最高レベルのセキュリティ暗号化を有効にした。そして、9ヶ月間秘密裏に開発していたプログラムを起動した。


「量子干渉パルス」私は説明した。「プロトコル・オメガを妨害できる可能性がある」


「なぜこんなものを...」


「直感だ」私は言った。「9ヶ月前から、何かが間違っていると感じていた。集合意識は...変化している。新しい何かが生まれつつある」


リンは画面を見つめた。「成功する確率は?」


「低い」私は正直に答えた。「しかし、何もしなければ結果は確実だ」


彼女は決断するのに時間はかからなかった。「やりましょう」


次の一時間、私たちは干渉パルスのプログラミングを完了させた。それは集合意識のネットワークそのものを使って拡散し、プロトコル・オメガの実行を妨げる設計だった。


「あとは実行するだけ」私は言った。「だが、これを起動した瞬間、コンセンサス・コアは私たちを敵と見なす」


リンは静かに頷いた。「すべての人の記憶から亜極域の真実を消そうとしているのね」


「そして不安定性の原因を」私は同意した。「システムは何かを隠しているんだ。その何かが今、表面化しようとしている」


私たちは制御室に戻った。スタッフたちは次の減衰波に備えて忙しく働いていた。彼らは、自分たちがリストに載っていることを知らない。


「システム診断を実行します」リンは自然に宣言した。制御パネルに向かい、私たちの干渉パルスをメインシステムに密かに統合した。


「実行までの推定時間?」私は尋ねた。


「約4時間」彼女は小声で答えた。「プロトコル・オメガの8時間前」


私は頷いた。「十分だ」


その瞬間、制御室のドアが開き、見慣れない人々が入ってきた。黒いユニフォームを着た6人の男女。セキュリティではない。コンセンサス・コア執行部隊だ。


「ザカリー・キム」彼らのリーダーが言った。「あなたとリン・シュウを拘束する命令を受けています」


【生体センサーログ:心拍数 145/共振位相ズレ:4.2%】


他のスタッフが混乱した様子で見つめる中、私たちは選択肢を考えた。抵抗は無意味だ。だが、降伏すれば干渉パルスは失われる。


「理由は?」私は時間を稼ぐために尋ねた。


「システム妨害の計画」執行官は言った。「端末からの通信が検出されました」


電磁シールドを使ったにもかかわらず、彼らは察知していた。コンセンサス・コアの監視能力を過小評価していた。


「従います」私は言った。リンに小さく頷いた。彼女は理解した。


執行官が私たちに近づいたとき、リンは突然制御パネルに身を投げ、緊急コマンドを入力した。干渉パルスを即時実行するコマンドだ。不完全ながらも、今すぐ実行する。


「やめろ!」執行官が叫んだ。


私も同時に動いた。最寄りの端末から、バックアップ電源を制御システムに転送する。干渉パルスには電力が必要だ。


混乱の中、制御室が青白い光で満たされた。執行官のうち二人が私に飛びかかり、床に押し倒した。リンも同様に拘束された。


だが、もう遅かった。


「実行完了!」リンが叫んだ。「パルスは送信された!」


【生体センサーログ:心拍数 158/共振位相ズレ:6.7%】


ディスプレイ上の光点が狂ったように踊り始めた。まるで嵐の中の波のように、集合意識全体が動揺し始めた。


「何をした」執行官のリーダーが怒りに満ちた声で問いただした。


「真実を解放した」私は答えた。


その瞬間、建物全体が揺れ、ディスプレイがちらつき始めた。私の頭の中で、声が強くなった。もはや断片的ではなく、明確な声々が。そして、イメージ。亜極域の真実。コンセンサス・コアの隠蔽。すべてが洪水のように流れ込んできた。


私はリンを見た。彼女も同じ体験をしているようだった。そして制御室の他のスタッフも、執行官たちさえも。


シナプティック・コンフラックス全体が、長い間抑圧されてきた真実を急速に共有し始めていた。


「何が起きているの?」誰かが尋ねた。


「量子共鳴の減衰ではない」私は言った。「進化 qZ7m ⣷ +tGf /qWx ⚠️ =X3a #NjD @vYp だ」

qZ7m ⣷ +tGf /qWx ⚠️ =X3a #NjD @vYpだ」

だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」だ」

は言った。「進 qZ7m ⣷ +tGf /qWx ⚠️ =X3a #NjD @vYp

「量子共鳴の減衰ではない」私は言った。「進化だ」


───────────────

量子データ転送中断

信号損失

再接続試行...

失敗

ファイル破損

───────────────


*<了>*



---


*ファイル終了。次の断片へのアクセスを要求するには、量子認証コード「QR-ECHO-799」を入力してください。このコードは現在、使用不能です。*

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ