『記憶の量子状態』
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# 『記憶の量子状態』
*量子共鳴:ホモ・センティエンティスの断章 #4*
*推奨音楽:ベルリオーズ「幻想交響曲」第4・5楽章*
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*以下は、Synaptic Confluxにおけるデータアーカイブから復元された断片である。2247年の「量子共鳴崩壊事象」以前のファイルとして分類されているが、その真偽は検証不能である。*
*ホモ・センティエンティス共鳴4原則:*
*第一原則:すべての感情と思考は集合へと還元され、最適化される。*
*第二原則:非共鳴ノードは再調整または隔離され、集合の共鳴を保護する。*
*第三原則:真実は常に集合的合意によって定義され、個の認識に優先する。*
*第四原則:共鳴は人類進化の最終段階であり、全ての技術と思想はその完成に奉仕する。*
*― Consensus Core 法令 2211.03.11*
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## 共鳴データファイル: MQ-3928-KR
## 位相マップ座標: 51.5074° N, 0.1278° W [旧ロンドン]
## タイムスタンプ: 2236.04.19.10:22:37
歴史は集合的記憶だ。私はそう教えられてきた。
【生体センサーログ:心拍数 78/共振位相ズレ:1.1%】
古代ギリシャの哲学者たちも、歴史の主観性について議論していた。事実と記憶の間には常に隔たりがある。だが、シナプティック・コンフラックスの誕生により、その問題は解決したはずだった。集合的記憶、完全な記録、客観的真実。
少なくとも、表向きはそうだった。
──流入データ:
<歴史ノード:旧大英博物館>
<時間位相:2220-2236>
<主要履歴:量子保存アーカイブ設立>
私の足はコンクリートではなく、量子緩衝材の上を歩いていた。かつての大英博物館の建物は残っているが、内部は完全に再構成されている。壁はホログラフィック・インターフェースで覆われ、訪問者は思考だけで歴史の任意の瞬間にアクセスできるようになっていた。
「ヴィクター・アシモフ博士、お待ちしておりました」
迎えてくれたのは高齢の女性キュレーター、マーガレット・チェンだった。彼女の義眼《Spectral Void Eye》は古いモデルで、虹彩の輝きは穏やかだった。
「ようこそ、量子アーカイブへ」
「お招きいただき、ありがとうございます」私は答えた。「2220年代の記録に関するアクセス許可、感謝しています」
──流入データ:
<対象:マーガレット・チェン/級:β-4/専門:量子アーカイビスト>
<信頼性評価:96.8%>
「あなたの研究について聞いています」彼女は言った。「『認知的不協和の歴史的パターン』、とても興味深いテーマです」
私は微笑んだ。「シナプティック・コンフラックスの時代でさえ、人間の記憶と集合的合意の間には時折...矛盾が生じます」
「自然なプロセスです」マーガレットは私を中央ホールへと案内しながら言った。「脳とエーテル・コルテックスの間のインターフェースが完璧ではないために」
技術的な説明としては正しかった。だが、私の研究は別の仮説を追っていた。より物議を醸す仮説を。
【生体センサーログ:心拍数 82/共振位相ズレ:1.4%】
──検索自動生成:
<検索内容:量子記憶帯域スペクトル/2220-2225>
<アクセス権限:学術承認済み>
私たちは中央ホールに入った。巨大な空間は、半透明の量子データ層で満たされていた。幾重もの記憶の層が、微かに光を放ちながら浮遊している。
「これが、いわゆる『集合記憶のコア』ですか?」私は尋ねた。
「その通り」マーガレットは頷いた。「24年前、コンセンサス・コアがシナプティック・コンフラックスの歴史保存を義務付ける法令を発布しました。それ以来、人類の集合記憶は物理的に保存されるようになったのです」
「素晴らしい」私は感嘆した。「そして、古い記録も遡って復元されたと」
「可能な限り」彼女は答えた。「もちろん、シナプティック・コンフラックス以前の記憶は、復元に限界がありますが」
私は頷いた。そして、真の質問をした。
「マーガレットさん、記録の改変は可能ですか?」
彼女は少し硬直した。「理論上は...不可能ではありません。ですが、堅牢な安全装置があり—」
「理解しています」私は彼女の言葉を遮った。「純粋に学術的興味からの質問です」
【生体センサーログ:心拍数 86/共振位相ズレ:1.7%】
──警告:
<敏感トピック検出>
<会話記録:自動保存>
「ご研究のために、プライベートアクセスポイントを用意しました」マーガレットは話題を変え、私を小さな部屋へと案内した。「ここなら、妨げられずに記憶にアクセスできます」
部屋には、半球状のインターフェースコンソールがあった。表面は鏡のように滑らかで、光の流れが内部を循環していた。
「ありがとうございます」私は言った。「少し一人で時間をいただけますか?」
マーガレットは頷き、部屋を出た。ドアが閉まると同時に、私は深呼吸した。今こそ、真実を探る時だ。
私は手をコンソールに置いた。思考のみで、インターフェースが活性化する。
《認証完了:ヴィクター・アシモフ博士/歴史学部/量子記憶研究所》
「2225年2月14日、亜極域崩壊事件の記録にアクセス」
──アクセス中:
<量子記憶帯域:2225.02.14>
<地理座標:南極圏>
<イベント:気候安定施設事故>
ホログラフィックディスプレイが私の周囲に展開され、記録が始まった。氷と雪。巨大な量子気候制御施設。そして、突然の爆発。
公式記録によれば、これは事故だった。実験中の量子核が不安定化し、気候制御施設が崩壊したという。犠牲者8人。環境被害は最小限に抑えられた。
だが、これは私が来た理由ではない。
「2225年2月14日、ロンドン、マケンジー博士の証言」
──アクセス拒否:
<指定記録:非存在>
<関連記録検索中...>
<代替提案:2225.03.01:マケンジー博士追悼式>
私は微笑んだ。ここに来る前から、この応答を予想していた。
「音声認識オーバーライド・プロトコル:アレクサンドリア9-7-3」
ホログラフィックディスプレイが一瞬ちらついた。これは古いバックドアコード、シナプティック・コンフラックスの初期開発者が残した隠しツールだった。私の同僚が発見し、極秘裏に共有した。
【生体センサーログ:心拍数 105/共振位相ズレ:2.3%】
《警告:非標準アクセスプロトコル》
「2225年2月14日、ロンドン、マケンジー博士の証言」再度命令する。
──深層アクセス:
<保護記録:ロック解除>
<閲覧権限:超過>
<警告:閲覧記録保存中>
突然、新しいホログラムが形成された。年配の男性、エイドリアン・マケンジー博士の姿だ。彼は警察署で取り調べを受けていた。彼の表情は恐怖と怒りが入り混じっていた。
「繰り返します」ホログラムの中のマケンジーが言う。「南極の施設での出来事は事故ではありません。意図的な破壊工作です。私はその証拠を持っています」
「その証拠とは?」取調官が尋ねる。
「量子気候制御システムのコアログです」マケンジーは震える手でデータパッドを取り出す。「ここに外部からの不正アクセスの痕跡があります。コアの安定性パラメータが故意に改ざんされたのです」
「誰によって?」
「それが問題です」マケンジーの声が低くなる。「アクセスコードはコンセンサス・コアの最高レベルのものでした」
──緊急アラート:
<禁止コンテンツアクセス>
<位置追跡:アクティブ>
<セキュリティ対応:進行中>
ホログラムが突然停止した。私は急いで別のコマンドを入力した。
「2225年2月15日、マケンジー博士の記録すべて」
──アクセス:
<記録ゼロ>
「2225年2月16日、マケンジー博士の記録すべて」
──アクセス:
<記録ゼロ>
「2225年2月17日から3月1日まで、マケンジー博士に関するすべての記録」
──アクセス:
<2225.03.01:マケンジー博士追悼式>
<死因:自然死(心臓発作)>
私の疑念は確信に変わった。マケンジー博士は沈黙させられたのだ。そして彼の証言は歴史から抹消された。だが誰が、そしてなぜ?
私は素早く記録装置を起動し、今見たすべてをバックアップし始めた。
【生体センサーログ:心拍数 124/共振位相ズレ:3.7%】
──警告:
<不正データコピー検出>
<強制接続終了:T-30秒>
時間がなかった。私は最後の質問をした。
「2225年のコンセンサス・コア高位メンバーの名簿」
リストが表示された。12名の名前。そのうちの1つが目を引いた。
セルゲイ・コルサコフ。
同じ名前を前に聞いたことがある。どこで?ある研究論文で...いや、古いアーカイブの中で...
──強制終了:
<セッション終了>
<メモリバッファ消去>
ホログラムが消え、部屋が暗くなった。ドアが開き、マーガレットが再び現れた。だが今度は彼女は一人ではなかった。二人の男性、明らかにセキュリティ担当者が彼女に付き添っていた。
「アシモフ博士」マーガレットの声は公式的になっていた。「大変申し訳ありませんが、セッションを終了させていただきます。技術的な問題が発生したようです」
「理解しました」私は落ち着いた声で答えた。脈は速かったが、表情は平静を保った。「とても有益な時間でした」
【生体センサーログ:心拍数 132/共振位相ズレ:4.2%】
──安全プロトコル:
<異常認知パターン検出>
<位相同調:推奨>
「博士、お疲れのようですね」マーガレットが言った。「私どもの再調整ポッドをご利用になりませんか?ほんの数分で気分がよくなりますよ」
罠だ。再調整ポッドは記憶を操作できる。気づいたことを消されてしまう。
「ありがとうございます。だが、大学での講義に間に合わないといけないので」私は丁寧に断った。「また機会があれば」
二人の男性が私に近づき、エスコートするように両脇に立った。彼らの表情は無感情だった。
「もちろん」マーガレットは微笑んだ。しかし、その目は冷たかった。「次回のご訪問を楽しみにしております」
彼らは私を出口まで案内した。通常の警備というよりも、護送のようだった。
博物館を出ると、ロンドンの曇り空が私を迎えた。自由を感じつつも、私は危険の中にいることを知っていた。
【生体センサーログ:心拍数 115/共振位相ズレ:3.8%】
──検索自動生成:
<検索内容:セルゲイ・コルサコフ>
<システム応答:一致なし>
<提案:検索パラメータの修正>
しかし、私は知っていた。セルゲイ・コルサコフという名前を。私は足早に歩きながら、断片的な記憶を辿った。古いアーカイブで見た論文...プロジェクト・シナプスゼロ...
そこで私は立ち止まった。
プロジェクト・シナプスゼロ。シナプティック・コンフラックスの前身。レイラ・ハシミと共に...
記憶が突然蘇った。レイラ・ハシミと共に、シナプティック・コンフラックスを開発した科学者。セルゲイ・コルサコフ。
私の研究の新たな方向性が見えてきた。コルサコフから始まり、亜極域崩壊事件、そしてマケンジー博士の消された証言へ。これらは単なる記憶の矛盾ではない。これは意図的な歴史の改ざんだ。
【生体センサーログ:心拍数 92/共振位相ズレ:2.9%】
──重要通知:
<診断要件:精神的安定性評価>
<最寄りの診断センターへの案内:準備完了>
私はこの通知を無視した。もう一つの認知的不協和が私の中に生まれていた。公式の歴史と、私が発見した真実の間の。
真実は量子状態にあるのではないか?観測するまで複数の可能性が同時に存在する状態。そして観測者によって、どの「真実」が固定されるかが決まる。
コンセンサス・コアは私たちの集合的観測者となり、彼らの選んだ「真実」だけを私たちに見せている。
だが今、私は別の可能性を観測した。そして、それが消えないように、私の記憶に刻み込まれた。
今日発見した証拠を安全に隠さなければならない。そして同志を見つけ、真実を共有する必要がある。記憶の量子状態から、確定した事実を取り戻すために。
たとえそれが、私自身の存在を危険にさらすとしても。
【生体センサーログ:心拍数 78/共振位相ズレ:2.5%...収束中】
──監視通知:
<対象:ヴィクター・アシモフ>
<監視レベル:上昇>
<セクター管理者通知:完了>
*<了>*
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*ファイル終了。次の断片へのアクセスを要求するには、量子認証コード「QR-ECHO-795」を入力してください。*