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ガーコス・ガイル

 ───本当は、自分に力など無いのではないかと思っていた。




 ガーコス・ガイルは、1人の騎士であった。


「───アムネス殿。人は、何故人を助けるのか知っていますか?」


 忘れてしまった記憶。その片鱗である。


 ガーコスは、行きつけのバーでアムネスとカウンター席に座っていた。お互いに堅苦しい騎士支給の服装で、アムネスは動きにくそうである。


「分かりません」


「少しも考えないのですね....。人は、何かを欲する生き物です。力、権限、愛。際限なく何かを求め続け、それを手に入れる為ならば、自身が削れることをも厭わない」


「────。」


 ガーコスは今までに何人もの欲に駆られた罪人を見てきた。そのどれもが、自分勝手で、自己中心的で、それでも、どこかガーコス自身と重ねられる部分があった。


「人が困っていた時。助けを求めた時。その人に真っ先に救いの手を伸ばせるのは、ただ余裕のある者でも、優しい人でもありません」


「欲に従順な者なのです。助けたお礼に期待し、欲しいものが入るはずの空白を一時的に埋めるのです。」


「じゃあ、本当に優しい人はいないんですか?」


 ガーコスは、アムネスの下を向く目を見て、グラスに入った白ワインをチビチビと飲む。


「いえ。本当に他者を思いやれる人は、ほんのひと握りですがいるでしょう」


「他者を無償で助け、自己をも犠牲にする。おそらく、その人は他者の欲を空けさせない事を自身の欲としているのでしょう」


 ガーコスの話を聴きながら、アムネスはジョッキに入ったビールを大きく傾けて飲む。その豪快な飲み方は、ガーコスはあまり良い印象を持っていなかった。


「そういった特殊な人こそが、英雄や勇者となるのです」


「───じゃあ、ガーコスさんが英雄の称号を貰えたのも納得です」


 ガーコスは、アムネスの言葉に息を詰まらせた。

 彼に返す言葉が見つからなかった。だって、ガーコス自身は絶対に英雄の器に当てはまらず、本来ならアムネスが英雄になるべきだったのだ。


 それは、あの時のアムネスを見れば明瞭である。



 ※※※※※※※※※


 場面は変わる。


「ぐっ....がぁああああああ!!!」


 とても、この老体が出したとは思えないような声だった。生まれて初めて、腹から声を出した気さえした。

 生まれて初めて上げる産声が、こんな瓦礫の山の下で、とは。何とも可笑しな話である。


 辺りの民家は崩れ、整備されていた街道はボロボロになっていた。


 それも全て、あの男のせいである。否、人間と認識していいのかは分からないが。


 突如としてこの王都を襲った魔王。一切の魔物を連れず、単独で王都の4分の1を壊滅状態にした。そこに住む人間の感情を理解できない魔王。そんな魔王を、私は理解できなかった。


 ───しかし、人間の感情を直視出来なかったのは、かつての私も同じであろう。


「───団長!!無事ですか!?」


 ボロボロの道を、部下が走ってこちらへ近付いてくる。部下であるその男は、私の前で膝まづき、瓦礫の山を必死に退かそうと腕を動かす。


 スキルを行使したのか、部下は瓦礫の山をものの数分で全て退かしてしまった。

 若き才能に、私は驚かされるばかりであった。


「...助かった。戦況は?」


「はい。王城にて勇者フラック、ブランカが魔王と交戦中。勇者アムネスは市民を避難所へ誘導中。勇者リメモア、シーバは負傷者の治療、死者の蘇生を行っています」


「アムネス殿には、後で礼を言わなくてはな」


 家族を救ってくれたアムネスには、感謝をしてもし切れない。きっと、私はこの先一生、彼への感謝を胸に生きていくのだろう。

 無論、この戦いを生き残れたら、の話ではあるが。


「私情を挟んだ。続けてくれ。」


「勇者アムネスは、市民の避難誘導を終わらせたとの事ですので、今すぐにでも応援に向かうとのことです。」


「そうか....では、私も───」


 王城へ向かおう、と言葉を発しようとした瞬間だった。ガーコスの目の前に、人が降ってきたのだ。


 地面がクレーターのように抉れ、目の前に降ってきた男は、身体を震わせていた。


「なっ────。アムネス殿!?」


 その男の顔をよく見れば、いや、よく見なくとも分かった。アムネス・ケンシアが空から降ってきたのだ。

 訳が分からず、私は部下と共に惚けた面をした。


「痛ってて....クソっ、やっぱここまで吹っ飛ばされるとは...」


「って、ガーコスさん!?どうしてここに...」


 アムネスは、腰を抑えながらまるで軽傷で済んだかのように立ち上がる。この目に狂いがなければ、アムネスは確かに空から落ちて来て、確実に重症を負っているはずなのだ。


「それはこちらの言葉ですが.....アムネス殿、一体なにが?」


「あぁ...モノホンの魔王が普通に散歩してやがった。王城のあいつはダミーなんだとよ」


「なっ!じゃあ、魔王は...!」


 アムネスの言葉に、部下がいの一番に声を張り上げ、頬に汗を垂らす。


「避難所まで行かれたらまずい.....特に、シーバが死んだらマジで終わっちまう」


 アムネスは、頬の切り傷から滲み出る血を乱暴に拭き取り、避難所の方向を見つめる。

 私は、避難所にいるであろう家族が心配でならなかった。この王都よりも、何よりも、ただただ家族の事しか考えられなかった。


「アムネス殿.....」


「諦めねぇよ。こんな場面、何回乗り越えてきたと思ってんだ」


 だからこそ、理解できなかった。


 彼は、全てを救うつもりだったのだ。市民の命も、王都の命運も、1つの犠牲すら拒む。そんな目をしていた。


 ───何故、貴方は


「俺たちは、勇者なんだよ....!」


 何故、そこまで心を強く保てるのか。

 そして何故、過去の私と重ねさせるのか。


 私には、理解が出来なかった。


 ※※※※※※※※※


 貴方を理解しようと試みた。しかし、出来なかった。


 鋼がぶつかり合う、心地よい音が耳を掠める。

 刀から火花が散り、鉄色の刀を紅く彩る。

 本来なら、心が高揚するような瞬間であるが、今この時だけは、驚く程に何の響きも無かった。


 貴方をもっと理解出来ていれば、結果は変わっていたのだろうか。


 アムネスは、先の剣戟の反動を利用し、身を翻す。直ぐに次の剣戟を繰り出し、ガーコスは防戦一方の状態になる。


 凄まじい剣戟の連続。ガーコスでさえ、その攻撃を防ぐことでいっぱいだった。


「少々、汚い手法ではありますが」


 そう言うと、ガーコスは片足を振り上げ、アムネスの腹を蹴りつける。アムネスは、短く悲鳴を上げ、大きく後ろに退く。


 アムネスに出来た大きな隙に、ガーコスは即座に刀を構え、横に一閃振るう。

 刀の軌道は美しく描かれ、アムネスの腹を斜めに斬る。


「───っ!何だこれ....!」


 その直後、アムネスは頭に手を当て、何かを押さえ込もうとする挙動を見せた。

 狙い通りの結果に、ガーコスは頭を働かせる。


「...ふむ。やはり、内に何かを飼っていますな」


 ガーコスのスキル【魂掴技こんかくわざ】は、持ち手の武器に付与されるスキルである。

 魂掴技が付与された武器で対象に攻撃すると、対象の魂を掴むことが出来る。掴んだ魂は、自由自在に動かし、魂自体を引きずり下ろすことも可能である。

 ただし、対象が自分よりも魔力量が多い場合、魂掴技は複数回攻撃しないと発動できない。


「....あんた、そのスキル隠してやがったな」


「ええ。万が一の為、このスキルだけは隠し通してきました。これを知っているのはイルロス様だけでしょうな」


「...そうかい。で、そのスキルを使って何するつもりだ?どうせ確定ワンパンでも出来るんだろ」


 アムネスは、斬られた腹の傷口を抑え、回復魔法で瞬時に治す。アムネスの挑発のような軽口も、ただの時間稼ぎとは分かっているが、少しでも多く魔力を減らしてくれた方がありがたい。


「無論。貴方の内に眠る不届き者を引きずり出す。それが、私のこの戦いでの役割でしょうな」


 アムネスの事は、彼の内に居座る者を斬った後でいいだろう。その後に、アムネスとしっかりと話をしたい。それが、私の本音だった。


「甘ったるい考えだな、鋼の英雄さんよ。お前の鋼はもう錆びちまったのか?俺は俺だよ。他の誰でもねぇ」


「───そこから引きずり出した後にも、同じことを言ってみろ」


 これ以上、私の酒友を汚させない。それが、私に出来る貴方への恩返しだ。


『俺たちは勇者なんだよ....!』

 貴方の英雄像をもう一度目に焼き付けたい。


 お前は違う。すぐにでも八つ裂きにしてくれる。



 再び、重なり合う2つの鋼。


 アムネスの剣戟が速くなっていくにつれて、ガーコスも刀を振るう速度を上げていく。


「どらぁっ!」


 瞬間、アムネスはナイフでガーコスの身体を振り払い、ガーコスは後ろに大きく後退する。

 しかし、これと言ったダメージは無く、ガーコスはすぐに距離を詰めようと、地面を蹴って────


 刹那、全身が目の前に立つ人物の、そのおぞましさに震えた。


 否、目の前の男に震えたのでは無い。その男の根本、魔力である。


 今まで見てきた者の中に、これ程不快な思いを持たせる魔力は無かった。ただ1人を除いて。


『弱い。ただ1人、貴様だけが我を楽しませていない。不愉快だ』


 忌々しい声音が、脳に響く。

 ただ1人、同じような不快な魔力を持った者がいた。そう、忘れもしない────


 突如、ガーコスの脳内を違和感が支配した。


 その充満した違和感が、ガーコスの判断を一瞬遅らせた。


黒束こくじょう流鬼火柱りゅうきひばしら凝花ぎょうか


 直後、ガーコスの視界を覆ったのは黒い花びらであった。


 ガーコスは、黒い花びらのように見えたそれが炎である事に気付く。

 花びらだと錯覚させる程に、その炎は美しかった。


 やがて、炎はガーコスの全身を包み、老いた肌を焼く。不思議と痛みは全く感じず、ガーコスは死を覚悟した。


 ───違和感が、ガーコスの脳の片鱗で存在を示していた。







 眩しさに目を刺激され、重い瞼をゆっくりと開く。


「───ごめん。ガーコスさん」


 その直後、すぐ近くで聴こえたのは、かつての酒友の声だった。

 ガーコスの行きつけのバーで、ガーコスとかつての酒友──アムネスはカウンター席に座っていた。


 ガーコスはいつも通りの騎士支給の軽い鎧と軽装を、アムネスは白いマントに動きやすさを重視した軽装を着用していた。


「....貴方が謝ることではないでしょう」


「それは、そうだけど...」


 ガーコスは、場に広がる気まずさともどかしさに、カウンターに置かれた白ワインの入ったグラスを口に運ぶ。

 ワインを口に入れ、味など堪能せずに喉に流し込む。軽く息を吐き、こちらを目を見開いて見つめるアムネスを見て、ガーコスは口を開く。


「貴方が居なければ、私の家族は死んでいた。それどころか、魔王によって王都も無くなっていたかもしれません。」


「私なんかでは無く、貴方が英雄の称号を貰うべきだった」


 ガーコスは、拳を強く握りしめ、アムネスにはっきりと告げる。


 そう。英雄という称号は、アムネスが貰うべきだったのだ。英雄はいつだって人を無償で助ける。

 しかし、それが世間の目に留まるとは限らない。


 そんな世界だから、ガーコスは己を恨み、アムネスは世界を憎んだ。


 もしも、貴方の事をもっと理解して、貴方と共に歩めれば、きっとこんな事にはならなかっただろう。


 いつまでも、友でいれたなら。どんなに心の支えになったか。


「....俺は、昔から誰かを助けたらお礼を貰えるのは当然だと思ってました。だから、ありがとうだけで済ませる人が理解出来なくて、軽蔑してました」


「でも、ガーコスさんに会ってから気付いたんです。俺は、人に与えて人に与えられる、そんな対等な関係を欲にしていたんだと。」


 アムネスは、カウンターテーブルに手を置き、小刻みに震わせる。それがまるで、ガーコス自身と何ら変わらない人間に見えて。


 全く別の存在だと思っていたアムネスを、ガーコスはただの人間に見えたのだ。


「本当に優しい人は、誰にも見られずひっそりと活躍する。それで、自分でも気付かないまま、誰かを救ってるんです」


 そうだ。それが貴方であり、アムネス・ケンシアという英雄なのだ。


 私は、英雄なんかでは無い。だってそうだろう?君が道を過った時、私は君を救えなかった。その時点で、英雄なんかじゃない。


「あなたは、俺に俺は英雄なんかじゃないってことを気付かせてくれた」


 アムネスの白いマントが、ボロボロと崩れていく。

 あったはずのカウンター席も椅子も、何もかもが無くなっていた。


 ただ真っ白な空間で、彼は涙を一筋流していた。


「やっぱりあなたが英雄です、ガーコスさん。俺は英雄になれなかった。あなたに何一つ恩返しが出来てない」


「.....それは違います、アムネス殿。貴方は、私に力をくれた。私の友になってくれた。私の家族を救ってくれた。数えてみれば、キリがない。私は、貴方に救われたのです」


 気付けば、私も頬に涙を伝わせていた。こんな青年の前で泣く姿など、情けなく思えたが、今だけはそんな考えは浮かびさえしなかった。


「それでも、ガーコスさんは英雄です。他の誰が違うと言っても、俺は俺を救ってくれた英雄として、あなたを尊敬します」


 ああ。もし、2人で酒が飲めたら。

 もしも、こんな世界じゃなく、平和な世界だったら。


 私たちは、何回でもグラスを交わせたのだろうか。


 ───そうだ。それが、私の欲だった。


 彼とグラスを交わし、絵に書いた様な平和を謳歌する。その瞬間だけは、立ち位置など考えず、平等に。


 次、どこかで逢えたら、また酒を共に飲みたい。


「ありがとうございます、ガーコスさん。あなたは、俺の英雄です」






「───っ!ぁああああああああ!!!!」


 黒い炎の中から、焼けただれた腕がアムネスを掴む。アムネスは目を見開き、腕を振り払おうとする。


(自分の魂を掴め!無理やり魂を動かせば少しは動ける! 絶対に救ってみせる!彼の英雄として、私が!!)


「クソっ!炎獄───」


 アムネスが技を放つよりも早く、ガーコスはアムネスの胸に刀を刺していた。


「ぎ、ぁぁぁああああああぁぁぁあああ」


 アムネスは、刀が胸に刺さったまま地面に転がり、悶える。苦しむ姿に、ガーコスは心臓を刺されたように痛みを感じる。


 炎に焼かれて機能しなくなった左目を閉じ、ガーコスはただれた手でアムネスを指差す。


「───魂掴技発動!!」


 刹那、刀に青い膜のようなものが纏わり、アムネスは白目を剥いて身体を痙攣させる。


「はぁ....はぁ...」


 ガーコスは、確かにアムネスの体から1つ魂が抜け出したのを確認し、その場に膝から崩れ落ちる。またも、アムネスに助けられた。


 しかし、今この瞬間は、アムネスに胸を張って誇れる。また、共に酒を飲む時が来れば、その時に盛大に自慢をしてやろうじゃないか。


 ───そう、空想をしていた最中。


 ガーコスは、こびり付く違和感が拭えずにいた。次第にその違和感は大きく膨らんでいき、形を成していく。


(イルロス様へ連絡を───)


「全く。」


「なっ─────」


 直後、ガーコスの耳を打ったのは、聞こえるはずのない声だった。


「───これだから、ツメが甘いのだ。あの小僧は」


 倒れたはずのアムネスは地面から起き上がり、胸に刺さった刀をいとも簡単に抜いた。ガーコスは、違和感の正体に勘づくと同時に、絶望にうちひしがれた。


(まさか───)


 今まで、ガーコスが対峙していたのはアムネスの内に眠る者では無かったのだ。今まで戦っていた相手こそアムネスであり、この人物がアムネスの魂に巣食う不届き者だったのだ。


「貴様、会うのは2回目だな。我に対して随分不遜な働きをしてくれた。」


 アムネス───否、"魔王"は、ガーコスが全身の危機反応を察知した時には、ガーコスの視界の中から消えていた。


「小僧が言っていたであろう?貴様のような老いぼれはいらぬ」


 ガーコスは確かに、自身の死期をはっきりと感じ取った。それは、天災の被害に遭った生き物のように、自分にはどうしようも無い運命であった。


「───死ね」


 直後、魔王の手のひらから、黒い煙と共に爆発が起き、ガーコスを飲み込んだ。


 爆発音が響き、辺りに転がっている瓦礫は、爆発の衝撃でどこかへ吹っ飛んでしまう。

 そんな爆発を至近距離で食らったガーコスは、きっと目も向けられない様な状態となっているだろう。


「何とも忌々しいものよ....貴様はどこから湧いて出てきたのだ、醜女」


「帝都じゃ美人で有名な私にその発言....余程自分に自信があると見える。その程度の技量と態度で、か?」


 間一髪。腕の中にガーコスを抱えて魔王の前に現れたのは、【南方の覇者】イルロス・ヒューマである。


「....小生意気な」


 魔王は、ナイフを空へ投げ捨て、乾燥した唇を紅い舌で湿らせた。


【南方の覇者】イルロス・ヒューマ

【北方の覇者】魔王アムネス・ケンシア


 両者は、1歩も下がらなかった。

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