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リメモア②

「───リーダー!無事でしたか!?」


 電灯が消え、大きい風穴の空いた壁から差し込む光だけを頼りに、私───リメモアはフラックの元へ駆け寄る。


「僕はこの通り、心配いらないよ。それより、リメモア。君の方が心配なのだけど」


 フラックは、リメモアを心配させまいと服を捲し上げ、無傷の腹筋を覗かせた。


「私も問題ありません! シーバちゃんは....」


 つい先程まで激痛に悶え、泣き喚いていたことはすっかり忘れ、リメモアは元気よく返事をする。


 シーバはアムネスのすぐ後ろで魔法を展開したままであり、鼻からは赤い血を流していた。

 部屋の隅まで及ぶ黒い亀裂が大きく脈打つ度、リメモアは自身の身体が共鳴しているような感覚を味わう。


 他者との繋がりによる細胞の破壊と生成。それこそが回復魔法である。


「.....リーダー、私は大丈夫です。それより、このクソ野郎を一刻も早く倒さないと───こいつ、魔王よりも強いっす」


 シーバは、床に手を当てながら目の前に立つアムネスを睨みつける。

 アムネスは、シーバの眼光に怖気付かずに唇を歪ませた。


 その姿が、リメモアには別人のように見えたのだ。


「そうだね、僕も身をもって実感したよ....見ない間に、本当に強くなったね、アムネス。本当に残念だ」


 フラックは額に広がっている血液を袖で拭い、勇者の剣を構える。剣から放たれる光に、リメモアは軽い目眩を覚えながら、アムネスの動きに目を光らせる。


「───クッ、ハハッ 魔王よりも....ねぇ。最強メンバーに評価されて光栄だよ。それにしても、ふはっ、笑えるな」


 喉から奇妙な音を発し、アムネスは息を吐きながら笑った。

 何故笑うのか、この状況下で何故笑えるのか。そんな疑問が、不審感が、その場にいたアムネス以外の全員の動きを封じた。


「....何がおかしいのか、理解に苦しむな」


「極悪人のただのイカれた現実逃避だよ。まぁ、こりゃ例えだが...全知全能の神の力を借りて、テストで100点満点をたたき出した.....強いて言えば、そんな自分に自分で失望してんのさ」


 リメモアは、「てすと....?」と知らない単語を小さく呟き、他の皆も知らない単語に首を傾げている。


 しかし、意味は分からなくとも場の雰囲気が大きく変わったことは明らかで、リメモアはより緊張感を高めた。


「なぁ、笑えるだろ? ───リメモア」


 直後、耳元で囁くようにかけられた言葉。

 1つの言語として理解出来るはずだったのだが、リメモアにはそれを言葉として脳で理解出来なかった。


「ッッ!! 絶対支配域カタコントローラー─────」


 咄嗟の出来事に、リメモアは反射的に魔法を発動しようとする。アムネスの正確な位置を確認している暇は無いが、リメモアの領域に入れさえすれば勝機は広がる。


 領域を広げた後、アムネスの動きを一瞬でも封じるような定義を付ければ良い。

 そうすれば、味方の誰かがカバーをしてくれるだろう。


 しかしそんな考えも、




 ────リメモアの魔法が発動された前提の事である。



炎獄桜舞えんごくおうぶせいかく


 眼前、リメモアの視界を覆ったのはドーム状に出現した巨大な炎である。


 炎は、リメモアとその味方とを強制的に隔離し、アムネスとリメモアだけの空間を作り上げた。


 対話を試みようと、リメモアは口を開くも、すぐに状況が移り変った。

 ドーム状にして2人を包み込んでいた炎が、途端に宙を不規則に舞い始めたのだ。


 まるで、花びらが空を舞うように、炎は無数の数に分裂して弧を描くように舞う。


「なぁ、リメモア」


「......なに?アムネス君」


 このおびただしい数の炎をどう対処しようか、迷っているリメモアの鼓膜に再び声が届く。

 2、3歩前に進めばすぐに手が届きそうな距離にいるアムネスは、よく見ればあの時と何も変わらぬ姿をしていた。


「あんた、この炎に見覚えはないか?」


「....いいや、残念だけど」


「そうか....なら、1つ教えてやろうか」


 まるで、かつての仲間と接するように軽い口振りで、アムネスはリメモアに聞く。


 それは、リメモアには全く見覚えがなく、ただの戯れだと判断される程度のほんの軽い質問で。


(絶対支配域の準備。魔法無効の定義を付ければ何とか凌げるはず.....)


「────ブランカは、黒い花束がご所望だ」


「.........ぁ」


 アムネスの言葉を聞いて、リメモアは口から力が抜けたような声を出す。


 "ブランカ"なんて名前、聞いた事が無いはずなのだ。分からない。分かるはずが、


 否、覚えていないだけだ。


 "ブランカ"という人物を全く分からなければ、1回も関わりが無いのだとしたら、脳を過ぎる緑髪の男は誰なのか。


 無礼で、姿に見合わず臆病で、それでもリメモアを救った英雄。


 そんな姿が記憶に突如として現れたのだ。


 もし、"ブランカ"を全く知らなければ。


 頬を濡らす涙の正体は、一体何なのか。



 リメモアには、分からなかった。



 全てが、一瞬の出来事だった。

 魔王の、女のような綺麗な手のひらが迫る。


 抵抗をする暇も無く、リメモアの顔は白い手のひらで覆われ、


「───今度こそ終わりだ。じゃあな、リメモア」


 直後、忘れていた記憶が蘇った。



※※※※※※※


「クソが!あのバカクソ野郎は!」


 広場に響く大きな声で叫び、地面を強く足で打ち付けるのは、勇者パーティ回復筆頭、シーバである。


 アムネスが"■■■■"を真っ先に狙い、"■■■■"はこの炎の中に捕らわれてしまったのだ。パーティメンバーの中で戦闘力の低い"■■■■"を狙うなど、何とも魔王らしい汚い戦法である。


 例え"■■■■"が致命傷を負ったとしても、シーバは何度でも蘇生出来るため、アムネスのこの行為は意味が無いとも言えるが。


「シーバ、落ち着くんだ そのままではアムネスの思うつぼだよ。」


「でもっ! ........わかりました。」


 シーバは、フラックの言葉に感情に任せた反論を返そうとするも、すぐにフラックの眼光によって威勢を削ぎ落とされてしまう。


 そう、この戦いは王都の歴史に残り得る反乱であり、緊張感をより一層高めなくてはならないのだ。


 こんな事で激怒していたとなれば、勇者パーティメンバーの面目が丸つぶれである。


「.....!炎が...」


 フラックは、宙を蠢く炎に視線を向けながら、静かに剣を構える。


 無数の炎の束が、群を成してこちらへ弧を描きながら襲いかかってきているのだ。

 その数も数の為、1つでも当たれば連続的に複数の炎の束が当たるのも避けられないだろう。


(魔力切れを狙ってるのか....!)


 回復魔法を展開し続ければいいものの、度重なる姑息な戦法にシーバは怒りを覚える。


「甘ぇんだよクソ野郎! 私が治癒しか脳が無いバカだと思ってんのか!あぁ!?舐めやがってクソ!」


 先程の意気込みは何処へやら、シーバは額に血管を浮かばせて烈火の如く怒鳴る。


 何が悔しいのか、血が滴るほど拳を握りしめ、奥歯を砕く勢いで噛み締めた。


 拳から零れた血の雫は、瞬きの間に地面に落ち、石造りの地面を赤く上塗りした。


「全部そっくりそのまま梱包して送り返してやらぁ!! 絶対防御:水面反射法則リフレクション!!!」


 直後、目の前に現れたのは、高さ60mを越える王都大結界をも越える巨大な鏡のような板である。


 巨大な鏡は、無数の炎の束をものともせず、その全てを強制的に行先を上書きする。

 その先は勿論、憎きあの男であり、炎の束は次々と炎のドームの中へと突っ込んでいく。


「はっはっ! 八方塞がりじゃあねぇのかぁ!?魔王さんよぉ!」


 シーバは高らかに笑い、目を大きく見開く。

 やがて、あれ程あった全ての炎の束を反射し終え、炎のドームは半壊の状態となっていた。


「どうですか!リーダー!」


「いや...アムネスはまだあの中だ.....それよりも、何か、変だ」


 シーバは、額に薄らと現れた汗を袖で拭いながら、フラックに勝ち誇ったような表情で敵の生死を確認する。

 フラックは目を細めて眉間に皺を寄せ、炎のドームに鋭い視線を向けている。


「変....?」


「あぁ...嫌な予感がする。あの中にいるリメモアが心配だ」


「───え?リーダー、今なんて?」


 シーバは、フラックの言葉が上手く聞き取れず、耳を立てて聞き返す。


「リメモアが心配だから、処理を早めようって話だよ」


「.......リーダー、何て言ってるのか、分からないっす」


 フラックの言葉が聞き取れず、否、フラックの言葉を理解することが出来ず、シーバは申し訳なさそうに表情を萎ませる。

 それに対し、フラックは目を見開き、「まさか...」と小さく呟く。


「シーバ!緊急事態だ。僕は、あの中に行ってくる。君は────」


 フラックが何かに気付き、シーバに指示を出そうとした。その直前だった。


 炎のドームから溢れる、おぞましい量の魔力をフラックは感知した。


 鳥肌が立つ腕をフラックは抑え込み、首筋を伝う冷や汗を拭う。

 炎のドームの中から、おぞましい魔力と共に何か巨大なものが這い出ようとしている。


 それは、巨大な炎の塊だった。

 空気を焦がし、異様な存在感を放っているそれは、まるで太陽のように空中を突き進んでいた。


「なっ....」


 シーバは、炎の塊を見て口を開いて驚く。その場に硬直し、自らの意思で動く事が出来ないようだった。


 それ程、炎の塊は異質な魔力によって造られていたものなのだ。


「....シーバ!!」


 惚けているのも束の間、巨大な炎の塊は何かに背中を押されたように、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 フラックは、シーバの肩を揺すり、名前を叫ぶ。


 シーバはすぐに我を取り戻し、両手を炎の塊に向ける。


「ほんのちょっと変な感じになっただけで!生意気なんだよクソが! 絶対ぇ押し返してやるァ!!」


 そう自分を鼓舞するようにシーバは叫び、足を地面に強く叩きつける。


 巨大な鏡にヒビが入り始め、それは徐々に広がっていく。それはまるで、過去の思い出を壊しているかのような、妙な不安を誘うものだった。


「ぐ、ああぁぁあああ!!!」


 しかし、鏡にヒビが入ると同時に、巨大な炎も徐々に威力が減速していく。


 フラックは、剣を構え、地面を蹴る。

 次の瞬間には、その場にフラックの姿は無くなっていた。


(シーバの援護を!あの炎を少しでも弱める!)


 炎の塊が魔法であるなら、それはすなわち魔力の塊である。

 ならば、魔力を斬れる勇者の剣が有効なのだ。


 酒屋の屋根に上がり、民家を飛び越え、襲い来る炎の束を斬る。


(君の思い通りにはさせない!)


 炎と鏡の境界線、その付近まで到達すると、フラックは再び剣を構える。


 勇者の剣は淡く輝き、全てを焼かんとする炎に対抗するように歪な魔力を放つ。


狩楼斬かるぎり────」


 強力な魔力を剣に込め、振るうは勇者の剣専用の剣技である。

 この技を当てた相手や魔法に込められた魔力を強制的に奪い去り、長年の魔法鍛錬も何もかもを台無しにする。

 そんな───


 剣を、横に一閃振るう瞬間だった。


 視界の端、街灯が並ぶ道に佇む人物が、こちらを射抜くように視線を貫かせていた。

 その視線は、フラックにとって一瞬の隙を産み、その一瞬の隙は技の不発を招いた。


 そして、その人物は言わずもがな、


絶対支配域カタコントローラー全面展開、領域定義:"防御魔法無効化"」


 ───現代の()()であった。


 直後、アムネスを中心に1つの家程度のフィールドが形成される。

 当然、そのフィールドの中には鏡の板も入っていた。


 巨大な鏡は音を立てて割れ、防御魔法は崩壊を迎えた。


「クソっ!シーバ.....!」


 自分の判断ミスを戒め、最善の行動を取ろうとシーバの元へ身体を向ける。

 3秒足らずでシーバの元へ付けるように、剣を急いで仕舞い、右足に力を入れて地面を思い切り蹴る。


 フラックの身体は一瞬にして宙に浮かび、その姿が沈みそうな太陽と重なる。


 そして、着地地点を決めようと下を見下ろし、視線を巡らせる。


「あ そ〜れ!」


 刹那、フラックは脳が揺れる様な衝撃と共に浮遊力を失った。

 突然のことに対応が追いつかず、何も出来ないまま石造りの地面に身体を叩き付けられる。


「ぐ がぁっ!」


「いやいや、見え見えの逃げ作戦を見過ごすバカがどこにいるよ。シーバと戦ってるつもりか?」


 頭から血を流し、フラックは意識を朦朧とさせる。そんな中、かつての仲間の声が耳に届く。


 救おうと願った、そんな仲間の声が。


「ぁ.....ぁぇ」


「しょーみ、お前ら邪魔なんだよ。そろそろ王都が、いいや───世界が、総力を挙げて俺を()()として殺しにくる。だから、お前らに構ってる暇なんて無いわけ」


 救おう。そう意気込んだ、青い自分にビンタをしてやりたい。


 救いたい。救って.....どうするつもりだったのか。


 何も考えられない自分を殴ってやりたい。


 この男は、もうあの頃とは全く変わっていたんだ。

 魔王として、この世界に君臨してしまったのだ。


 それを誤ってしまったからこんな結果になってしまった。

 そんな自分を恥じたい。


 どうしようもなく、感覚を失った手を伸ばす。


「まぁ、これでお前を殺せるとは思ってねぇよ。かと言って、俺が直接手をかければお前の剣が俺に襲いかかる。それはごめんだから.....そこで大人しく寝ててくれ」


 そんな手など、届くはずもなく。


「それじゃあ、アデュース!」


 ただ、手を伸ばした。



 目の前に迫る太陽に向かって、希望を願って、手を伸ばした。



 ただ、ただ─────

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