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フラック・バシュキー

 夕陽は沈み、薄暗い夜が辺りを覆い尽くす。

 しかし、王都全体にかけられている光魔法によって、夕方程度の明度が保たれている。


 王都2番街、広場にて。

 背中辺りまで伸ばしたクリーム色の長髪を靡かせ、1人の男──フラック・バシュキーが腰の鞘を撫でる。


 フラックは、鞘を貫通して剣から放たれる輝きを視認すると、鞘から長い剣を、勇者の剣を引き抜く。


 鞘から開放されたそれは、眩い程の光を放っていた。太陽のように輝く刀身は、人々を魅了し、同時に人々の眼球を焼く光を放つ。そして、剣の持ち主にのみ、祝福の光を見せる。


 かつての魔王ですら、その光の効果を十分に受け、魔王との死闘においても勇者の剣は活躍した。


 だからこそ、フラックは理解に苦しんだ。


「──おぉおぉ眩しいなおい。暗闇の中、懐中電灯を向けられたみたいだぜ」


 目の前の、かつての仲間が、まるで光の効果を物ともしていない様な振る舞いであることに。


「.....驚いた。勇者パーティの落ちこぼれだと思っていた君が、まさか魔王よりも強いなんてね」


「あー それに関しちゃ俺の力じゃないっつーか───るっせぇな、分かった分かった。もう何も言わねぇよ」


 フラックは、思ったよりも目の前の男──アムネス・ケンシアが会話に応じてくれていること、以前とは違ってフラックの挑発に乗らないことに驚きを示す。


 アムネスは、フラックの軽い挑発に軽口で返すが、すぐに言葉を途切れさせ、虚空を見つめて()()()と話す素振りをみせる。

 フラックの動揺を誘うための演技にも見えたが、フラックにはアムネスのそれが、動揺の代わりにとてつもなく大きな不安を誘った。


「一体、誰と話しているんだい?気がおかしくなったのか.....まあこんな事をした時点で、正気は疑うがね」


「気にすんな、孤独な奴の独り言だよ。まあ、簡単に言うと第2の俺が疼いてんのさ」


「そうか.....やはり君は、正気を失っているようだ」


 フラックは、アムネスの言葉を真面目に受け止めるが、それがただの軽口であることに気付き、これ以上の深堀を止める。


「話は終わりだ、アムネス。 これ以上、僕の親友を穢したくない」


「.....悲しいこと言ってくれるなぁ、フラック。一緒に魔王を打ち倒したこと、もう忘れちまったのか?」


「話は終わりだと、そう言った───!」


 アムネスの飄々とした態度に、フラックは剣の輝きをより一層光らせる。


 勇者の剣を構え、姿勢を低く保つ。

 その姿には一切の隙が無く、魔王を討ち取った勇者という肩書きに相応しかった。


 アムネスは、勇者を目前にして身体を震わせ、目を細める。赤色の双眸は、勇者の力量を見極めるように深く色付き、一瞬の隙も見逃すまいとした。


 元勇者と現魔王。その列戦の火蓋を切ったのは、フラックであった。


 剣の刃先を地面に向けたまま、フラックはアムネスの元へと駆ける。

 剣の影響か、広場を囲むようにして置かれた電灯がチカチカと点滅し、やがて消える。


「.....言っとくけどよ」


 フラックは、アムネスの言葉に耳を傾けず、剣をほんの少し傾け、振りかぶる姿勢に入る。

 銀色の鋼には、王都に張られた、最早意味を為していない結界と、フラック自身の顔が映し出されていた。


 映し出されたフラックの表情は、暗く曇っていて。

 覚悟を決め切れていない、半端な()が映し出されていて。


「───過去には戻れねぇよ」


 突如、フラックが捉えていたはずのアムネスが視界から消える。それと同時に、背後からアムネスの声がフラックの耳を突き抜け、脳にまで響かせた。


「──ッ!」


 言葉の意味を理解する間もなく、フラックは腹を中心に身体中に広がる衝撃に力を失う。


 石畳の地面に、輝きを失った剣が音を立てて落ち、フラックも力が抜けたように膝を折った。


「そんな生半可な覚悟で、俺を───魔王を倒せるかよ」


 フラックは、腹に当てていた手の平を見て、手の平が自身の血液で赤黒く染まっていることを確認し、ようやくアムネスの攻撃を受けたのだと理解する。


「驚いただろ?パーティの落ちこぼれがなんで...ってな。俺は、お前が思ってるほど落ちぶれちゃいねぇよ」


 フラックは、痛みを奥歯で噛み殺し、冷や汗が頬を伝う中、アムネスに無理やり好戦的な笑みを向ける。


「.....落ちぶれていないというのは....君の力の問題、かな?それだとしたら...僕も同意だよ。 ただし、君は、君が思っているほど....冷静じゃないよ」


「何を───」


「念入りに計画するから...余計に不安になる。その不安は、焦燥を呼び....計画を、狂わせる。 君は、1つ...見誤った」


 フラックは、不審な表情を浮かべるアムネスを横目に、息を荒らげながら話を続ける。


 血液が服に滲み、真っ白の正装が赤く染る。


 握った拳の中から血液が漏れだし、丸く形作って、やがて地面にぽつりと落ちる。


「───ッッ!」


 フラックは、脚に精一杯の力を入れ、地面を蹴る。

 すぐ側に放り投げられた剣を手にし、震える脚を叱咤し、無理やり立ち上がる。


 間髪を入れずに、判断が遅れたアムネスに向かって、フラックは不格好に剣を振るう。


 長い髪が激しく揺れ、フラックの顔面を覆う。


 しかしアムネスは、フラックの瞳から放たれる眼光が、自分の瞳を確かに貫いたことが分かった。


「───狩楼かる...り!!」


 勇者の剣が失った輝きを取り戻し、アムネスはその眩しさに目を細める。


(姿勢も何も成り立ってないけど...今はこれでいい!一撃でも入れられれば上等だ。そうでなくても──)


 フラックが、勇者の剣を振るいきる直前だった。アムネスから膨大な魔力が溢れ出し、その禍々しさとおぞましさに、フラックは目を見開く。


「───虚実転換きょじつてんかん:破空はくう


 直後、フラックの視界を黒い渦が埋めつくした。


 黒い渦は剣を伝い、フラックは抵抗も出来ずに全身を飲み込まれる。

 フラックは、溺れるような息苦しい感覚を味わい、暗闇の中を意味もなく手を伸ばした。


「────」


 意味もなく伸ばした手は、結局何も掴めずにおわる。


「────」


 目の前に居るはずなのに、届かない手を、フラックは憎々しく思った。


「───絶対」


 目の前で、肩を抱いて座り込む人物に向かって言葉をかける。その人物に届いているかは分からない。


「───絶対、救ってやる。君が諦めても、僕は絶対に諦めないよ」


 目の前の人物からは反応がない。

 その人物は、白いマントを羽織っていた。

 その人物は、フラックが憧れた存在であり、いつの間にか記憶の中から消え失せた存在。


 その人物は、フラックにとっての勇者だった。


「僕は───僕たちは、勇者なんだから」


 目の前の、アムネス・ケンシアは、肩を小さく震わせた。



「ふう。肝は冷やしたけど結果オーライ。それにしてもこの技、使いにくいんだよな」


 アムネスは、頭から血を流したフラックを見つめながら、飄々とした態度を取り戻す。

 直後に、アムネスは「ごめんごめん」と軽い口調で謝罪をする。


「───ぅ」


 フラックは、まだ光を失っていない剣を強く握りしめ、瞳に眼光を宿す。


「あぁああああああ!!」


 広場に響き渡る程の大声を上げ、フラックはボロボロの身体にムチを打つ。


 そして、出せる限りの力を振り絞り、アムネスの元へと瞬きの間でたどり着き、


「気悪くしたらごめんだけど...それ見えてんだわ」


 アムネスは、目の前まで一瞬で辿り着いたフラックの腹を軽々しく膝で蹴る。


「ぶ」


 フラックは、腹を貫く衝撃に小さく悲鳴を上げ、次の瞬間には身体が大きく吹き飛んでいた。


 フラックの体は酒場の壁を突き抜け、カウンターに大きく打ち付けられる。


「ぐっ...はぁ、はぁ.....」


 フラックは、剣を杖のようにして再び立ち上がる。


「立て....何回でも、立て....!」


 頭から赤いカーテンのように血が流れ、口の中に鉄の味が広がる。


 状況は依然劣勢だ。

 しかし、


「おいおい、まだ立つのかよ」


 酒場の扉を蹴り飛ばし、アムネスはフラックの前に現れる。

「さすが勇者様だな」と呟きながら、アムネスは腰から1本のナイフを取り出す。


「....殺す前に、1つ質問だ。」


「──お前、このナイフを覚えてるか?」


「.....?」


 アムネスは、小さな刃の尖ったナイフをフラックに見せびらかし、これみよがしに軽く振るってみせる。

 フラックの反応を見て、アムネスは「そうか」とだけ呟き、ナイフを持ち変える。


「ぐっ、はぁ.....さっき、さ。」


「お?なんだ?遺言か?」


「....いいや。 僕は、君に冷静じゃないと言ったね」


 アムネスは1歩、木製の床を踏み込む。

 木製の床は軋み、フラックはその振動を感じ取った。


「そして....1つ、見誤っているとも、言った」


「君は、僕に勇気があることは分かって...いるだろう?君が見誤っているのは、そこじゃあない」


 フラックは、確かに()()を感じ取り、アムネスに微笑みを向ける。

 それは、誰にも見せたことの無い、不器用な微笑みであった。



 ───1歩、また1歩、歩みを進める。


 ───1歩、また1歩、歩みを進める度、振動が大きく伝わる。


 ───1回、また1回、振動が──否、鼓動が高まっていく。



 それは、劣勢な状況を覆す切り札であり、フラックに希望を見出した。


 正に、勇者であった。



『───シーバは、何故攻撃魔法を覚えないんだい?』


 とある街の街道で、フラックとシーバは2人で過ごしていた。

 フラックは、何気ない話題をシーバに振り、不器用なりに場を繋げようとしていた。


『ん〜〜。リーダーやブランカと違って、私は体力が無いですから...それと』


『それと?』


 フラックが首を少し傾けて聞くと、シーバは満面の笑みを綺麗な顔面に貼り付けて言った。


『回復魔法の...こう、傷がジワジワと治っていくような感覚が、どうしようもなく癖になっちゃうんですよ!』





「───不死リムーブ回永ノンジュアード!!」


「なっ──」


 突如、聴こえるはずのない声が耳に届き、アムネスは目を見開いて硬直する。

 その隙を許さず、アムネスの背後で血だらけの状態のシーバが床に手を当て、魔法を発動する。


 木製の床に黒色の亀裂が走り、その亀裂は空間にまで及んだ。


「──よぉ、クソ野郎。いつぶりだぁ?あぁ?」


「いやぁぁあ痛いいぃぃいい!!シーバちゃああああん早く治してぇぇぇええ」


 アムネスが振り向いた先には、確かに殺したはずのシーバとリメモアの姿。

 見る見るうちに2人の腹の刺傷は治っていき、やがて無傷と言える状態まで治っていた。


「何がどうなって───」


「さあ、勝ち筋が見えてきたよ、2人とも。」


 まさしく、空いた口が塞がらない状態のアムネスは、背後から聴こえるフラックの声に目を向ける。


「ここで決めよう。僕たち、勇者パーティで」



 列戦の火蓋は、今切られたのだった。

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