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"アムネス・ケンシア"

 音が、鼓膜を打った。

 脳が、音を噛み砕いた。

 でもすんでのところで、脳が理解するのを止めた。


 音が、心臓を打った。

 心臓は脈打ち、焦燥感が身体を支配した。

 身体は、薄らゆく意識を無視した。


 そうやって、また、自分の意思を捨ててしまった。



 何十回、何百回、何千回と考えては直して、また失敗に終わって。何回も何回も考えて、実行して。その先にある未来は、掴み取れるものでは無いと分かっていても。


 何十回、何百回、何千回と、心を殺していく。

 

 生きてさえいれば何もかも上手くいく。やり直しが効く。そう信じて、死んだ心の山を築いてきた。


 生きてさえいれば。生きてさえ───生きてさえ、いれば────


 生きてさえ.........





 洞窟の中特有の、薄ら寒い冷気が、土と岩の匂いを僅かに孕んだ空気が、鼻を優しく攻撃し、その直後に身体全体に酸素を行き渡らせる。

 肺を少し暖かくなった冷気が満たし、その満足感を糧に1人の男は───俺は、肺に貯めた空気を一気に解放する。


「ゴブリン総勢23!スキル持ち14!」


 俺は低い声を頑張って張り上げ、周りにいる2人の仲間に、敵の()()()()()()


「───分かってる アムネスはスキル持ちを頼んだ」


 背後から、爽やかな声音が俺の鼓膜を優しくノックし、その声の主は腰に携えた剣の柄を握りながら、地面を蹴ってゴブリンの群れに1人で向かう。


 肋骨の最下点辺りまで伸ばしたクリーム色の長髪を無造作に揺らし、声の主が地面を蹴った場所を中心に風が発生する。


 声の主はゴブリンの群れの真正面まで到達すると、腰を低く落として抜刀の姿勢を取る。

 鞘から綺麗なはがねが僅かに姿を覗かせ、岩の壁をその鋼に映し出す。


「───狩楼斬かるぎり」


 声の主は、抜刀の形で剣を引き抜き、素早く横に一閃振るう。剣を振るう動作が速すぎるのか、俺の目には、ただ振られた後の剣のみが情報として瞳に映っていた。


 剣を振り終わった後、長髪の男は低い姿勢を直し、綺麗に輝く剣を軽く払った。



『───終わりにしよう』



 次の瞬間、ゴブリンの群れの殆どの首が撥ねられ、宙に鮮皿と共に舞った。ゴブリンの緑色の頭部は洞窟の天井にぶつかり、土埃の舞う地面に儚く落ちる。


「頼んだって....俺要らねぇじゃんか...」


 俺は、一振で敵を殲滅してしまった長髪の男───俺ら勇者パーティのリーダーを見つめ、活躍出来なかったことに肩を堕とす。

 俺は赤い瞳を微かに揺るがし、勇者の名に相応しいリーダーに羨望の眼差しを向けた。


「───キャーー!!リーダー!ないすですぅ!!」


 そんな俺をよそに、茶色のポニーテールが特徴的な女が横で金斬り声にも近しい声を上げている?


 彼女は【シーバ】、このパーティメンバーの1人であり、回復魔法に特化した、いわゆるヒーラーである。俺よりも先にこのパーティに入っており、彼女いわくリーダーはイノチの恩人であるらしい。


「皆おつかれさま。 誰も怪我がないようで良かった 」


 リーダーは、剣を鞘に仕舞いながら、俺たちを労う言葉をかける。その様子に、シーバはリーダーに抱き着き、目を輝かせる。


「ふわぁぁカッコイイ!我らの【フラック・バシュキー】リーーダーー!!」


 シーバは、リーダー───【フラック・バシュキー】に抱き着いたまま、フラックへの愛を声を大にして叫ぶ。


「ふふっ、シーバは今日も可愛いな さ、アムネスが見ているからaaaaa】


 そう言って、フラックは茹でダコのように紅潮させた頬をしたシーバを優しく引き離す。

 シーバは「むぅ」と奇妙な"声声声声声声"を発してから、渋々俺の方に向かって歩いてくる。


「.....チッ」


「え、いま舌打ちした!?」


 シーバは俺の横を通り過ぎる寸前、俺にしか聴こえないように小さく、しかし確かに舌打ちをしたのだ。


「したけど。何か悪いんけ?」


「...態度違イすぎん?何だその語尾....ぉ」


 フラックと接する時とは明らかに違う態度、口調で、俺は少し怯んでしまう。





 脳を揺るがすような不快感。それは次第に膨れ上がっていった。存在感を放つそれは、俺には理解の出来ないそれで。

 理解。理解、理解、理解、理か、理か、理か───


 ───何かが、おかしい。


 俺は頭を抱えて、赤い瞳を走らせ、それで。


 ────俺の目の色、こんなんだっけ





 そのオラついた態度に、フラックは呆れ顔で「やれやれ」と言わんばかりに手を振り、洞窟の入口の方へと向かってしまった。恐らく、洞窟の外で待機している2人の仲間【リメモア】と【ブランカ・ルゼア】と合琉するつもりだろう。

 と、フラックがその場から去っていった直後だ。


「.....何見てんの? 邪魔なんだよ、消えろ。出来の悪いやつがでしゃばんな」


 そう言って、シーバは俺を睨み付ける。鋭い眼光に当てられた俺は、思わず身動ぎをしてしまう。しかし何故か、今日のシーバはいつもより悪口が過ぎていた気がした。


「なっ....で、できの悪さで言えばお前もなかなかだろ...」


「......」


 シーバの行き過ぎた悪口に、俺はつい頭に血が上り、いつもは言わないようにしている事をシーバにぶつける。

 シーバは俺に対する呆れからか、黙って俺を睨みつけている。


「正直、俺はお前のこと苦手だし、フラックもお前のこと、苦手だと、思う」






 不快、不快だ。

 こんな気持ちの悪い感覚は味わったことがない。全く理解ができない。何が起こったのか、何が起こるのか。

 これは、人違いの記憶だ。俺のじゃない。

 だって、そうじゃなきゃ────







 俺は、シーバの顔色を伺いながら勇気を振り絞って言いたかった事を全て伝えた。シーバはというと、未だ黙ッて俯いたままであり、下ろされた前髪のせいで目が見えない。

 前髪で隠れた目は、どんな感情を映し出しているだろうか。怒っているだろうか、失望しているだろうか。


「命の、恩人なんだよ....私にはリーダーしかいない。リーダーの為なら何だってできる。」


「シーバ─ー─」


「なのに何で!!リーダーは私と目すら合わせてくれないんだよ....!!!」


 やっと口を開いたかと思えば、いきなり俺の首根っこを掴むシーバ。そのことに驚きつつ、俺はシーバの潤った瞳を見て息を飲む。

 その瞳が、普段のシーバなら絶対に見せないような悲壮な瞳をしていたからだ。


 俺は、思わず後ろに倒れ込み、シーバが俺を押し倒しているような姿勢となる。


「───ッ、最悪」


 シーバは、落ち着きを取り戻したのか、目を袖で拭ってから俺を押し退け、素早く立つ。


「私はリーダーのとこ行ってくる。あんたは好きにして」


 そう言うと、シーバは早歩きで洞窟の入口へと向かい、俺は1人残されて洞窟の天井を見つめた。


「....何なんだよ、地雷どこよ....」


 俺はシーバと元から繋がりがあった訳では無い。だから、こんなすれ違いが起こるのは必然であって、起こってしまった事に俺はどうすることも出来なくて───。


 ただ、天井を見つめ続けた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()





───────────────────────

【アムネス・ケンシア】


 俺の名前である。

 記憶にしっかりと刻み付けるといい。


 きっといつか、誰かを救えるはずだ。

───────────────────────

「さて、アムネス。話がある」


 場面は変わらず薄ら寒い洞窟の中である。

 しかし、その洞窟には、俺とフラックしかおらず、俺は先程の事もあって少し気まずさを感じていた。


 あの後、俺はシーバ含むパーティの皆と合流。パーティメンバーからは、俺とシーバが泣いていた事にば触れられなかった。気付かれていなかったのか、はたまた気を使われているのか。


 その後、王都にある宿に戻ろうとしたのだが、フラックが話があると言って俺を洞窟の中に連れ出したのだ。

 他のパーティメンバーは、この状況になる事を知っていたのか、黙りこくって洞窟の中へ行く俺を見つめていた。


「だろうな。何となく雰囲気でわかるよ」


「そうか....じゃあ、簡潔に言おう」


 フラックは、数秒の間を置いた後、意を決したように息を吸い、吐いた。そして、


「このパーティから離脱して欲しい。いや──君を追放する」


 うっすらと分かっていた事だが、フラックの言葉を聞いた瞬間に、俺は全身から力が抜けるような脱力感を味わい、それと同時に吐き気を催した。


「一応、理由聞いてもいいか...?」


 俺は、ぐちゃぐちゃな顔でフラックの目を見て、フラックと目が合う。俺は先のシーバの発言が蘇り、フラックはやるせない表情をした。


「君は、その───足でまとい、なんだ。僕たち勇者おれをうらぎったパーティの」


「────。」


「パーティ全員の意向なんだ。どうか許してくれ」


「ッッ!全員の意向?足手まとい!? リメモアを巨人の群れから救ったのは誰だ!魔王の隙を作ったのは誰だ!? 俺より、シーバの方が───」


「君は!! 君は、何もしていないだろう。リメモアを救ったのは僕とシーバだ。魔王に隙を作ったのは、ブランカの功績うそだ。───君は、君だけが、何もしていないじゃないか....!!」


 フラックの叫び声に、俺は目を見開き、言葉を失う。共に酒を飲み合った仲のフラックも、今や俺の敵となっている。そんな絶望的な状況で、俺は何が出来る。


 何もしない、俺には何も出来ない。


「そう、かよ。俺が異常者だって、言いたいのかよ。」


「......。君をパーティから追放する、アムネス。一生分暮らせるお金と、騎士栄誉を君に渡す。これで、僕たちとは決別だ。」


 そう言い残し、場を去ろうとするフラック。その後ろ姿が俺には魔物のように見えて、それと同時に、あいつはもう敵なんだ、と改めて認識させた。


「....あぁそうかよ!それで十分だよ!でもな...覚えとけよ。独りになる孤独感を、お前ら一人一人に味あわせてやるよ!」


 俺の最後の抵抗に、フラックは無言を貫き、クリーム色の長髪を風で僅かに揺らした。


 その後ろ姿が、どうしようも無く憎く思えて、殺意すらも湧いてきて、



「お前も例外じゃねぇ。なぁ、勇者様よぉ...!!」




 俺はそう言って、勇者できそこないのにんげんとの決別をした。



───────────────────────


 ここはどこだろう。目の前には真っ青な空が見える。


 俺は、何かに溺れている。


 呼吸が出来ず、苦しい、辛い、負の感情が連鎖を起こし、どうしようも無く足掻く。


 水面に上がることは、もう二度と出来ないだろう。


 これから、どうすればいい。一生分の金はある。名声も得られる。だが、俺はこれから、どうすればいいんだ。分からない。


 きっと、そんな漠然とした不安が、水となって現れたのだろう。俺は、一生不安に溺れたままなのか。


 そんなの、あんまりだ。


 誰か、誰でもいい。俺を─────





『助けてやろうか?』



 声が、聴こえた。


 死ぬほど憎んだ相手だ。誰かは分からない。思い出せない。


『もう、忘れたのか?いいや、』


『.....そうか。何とも、哀れな小僧よ。今一度聞こう。助けてやろうか』


 あぁ、助けてくれ。俺を救ってくれ。


『良かろう。  つくづく、哀れだな、勇者よ』


 そう聴こえた瞬間、俺は────



 何かが、壊れる音がした。




「あぶ....ぁ はは...はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは.....ひひ」






※本作品の誤字や脱字は、ほとんどが演出です。

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