20 「誰もいない部屋でソロパート」という新しい拷問
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一時間は経ったと思う。でもはい、眠りに落ちていってません。ずっと目覚めという名の湖の上をプカプカ浮いています。自分自身が浮き輪になったかっていうぐらい、沈む気配皆無です。最悪です。やはり、寝ようと思っても。駄目だ。目がギンギン。
もういい! 寝れなくてもいい。このまま耐えて朝を待てば、別のイベントが始まったミュージカルパートはスキップされるに違いない! そう願い、壁にかかっている大きく高価そうな古時計を見て、私は驚愕する。
「え? うそ……うそでしょ……」
そう、まったく時間が過ぎていないのだ。
秒針が動いていない。一分も、一秒も、時計が壊れているのかと思ったけど、カーテンの隙間から窓の外を見ると、景色が変わらない。風も吹かない。木々が揺れていない。
時間が、止まっている。
これは、大広間の時と同じ状況だ。歌わない限り、時間すら進まない。
「ええー。歌いたくないんですけど。なんとかなりませんか?」
空中に向けて、懇願するように言うが、勿論システム(?)は許してくれない。
《歌わなければ進みません。一生歌わなければ、一生進みません》
「………………」
シビアでドライなもんだわ。まったく。歌えばいいんでしょう。歌えば。
でも、一人かーー!! 一人!?
いや、誰かと一緒に歌うのもあれだけど、あれだけど!! 誰もいないところで一人で本気で歌うの、ヤバくない!? 誰が考えた拷問よ、これ。斬新な拷問だ! 効果的だわ! お風呂で鼻歌とかの次元じゃないよね!? 恥ずかしさのベクトルが違うというか。痛いヤツじゃん! 完全に痛いヤツ!! いやなんですけど。
〈ああ、何故こんなにも気になるのー♪〉
「……………………」
いやなんですけど……歌う、しか、ないのよね。
〈ああ、何故こんなにも気になるのー♪〉
「うるさいわね!!!! 歌うって言ってんでしょうがよ!!! あー、私、お風呂入ろうと思っている時にお風呂入りなさいって言われたり、宿題しようと思っている時に宿題しなさいって言われたり、スマホの機種変更しようと思っている時にスマホの機種変更しなさいって言われたら気持ちが萎えるタイプなのよ! だから、お願いだから私のタイミングでやらせてよ! お風呂くらい自分で入らせてよね! 宿題も、機種変も!」
私が叫ぶと、それを理解してくれたのか、催促するように点滅していた歌詞が、点灯状態に変わる。
私はそれを見届けると、はあとため息を吐き。口を開く。
「…………ごにょごにょごにょ、ごにょごにょにょ~~~~~」
《声が小さすぎます。はっきりと、歌詞が分かるように歌って下さい》
「………………」
普通に注意されたよ。
全校集会で校歌を歌う時みたいなノリでごにょごにょ歌ってみたけど、駄目なんだな。くそ!
「……ああ、ボケが~♪ 歌いたくないんじゃボケが、ふざけるな~~♪」
《歌詞が違います。歌詞通り歌って下さい》
当然、ツッコまれる。というか、なんでこんなに歌に厳しいのよ。お芝居として誰かにお披露目してんのこの世界? 私だけが転生して生きているんなら、別に関係ないでしょうが。
〈ああ、何故こんなにも気になるのー♪〉
〈ああ、何故こんなにも気になるのー♪〉
〈ああ、何故こんなにも気になるのー♪〉
〈ああ、何故こんなにも気になるのー♪〉
流石に私のおふざけが過ぎたのだろう。「気になるの」の歌詞が私の目の前でビンビン点滅し、再びの催促が始まった。
「ああ、ごめんなさい! 分かりました分かりました! 歌いますから、もう!」
時間も進まない、誤魔化しも通じないんじゃ埒が明かない。私は顔をパンパンと叩いて気合を入れると、歌詞を見ながら、口ずさむ。
「…………あ、ぁあ……な、何故、こんなにもぉ、気に、なるのぉ~♪」
〈味方はいない。誰にも心を許さないと、誓って故郷(帝国)を後にしてきたというのに~♪〉
「み、味方はいない。だ、誰にもここころを許さない、と、誓って、こきょうを後にしてきたというのにいいいい~♪」
2フレーズ、歌が進むと、勝手に部屋の明かりが暗くなり、婚礼の儀の大広間の様に、私だけにスポットライトが残る。だけどその色は青がメインで、どこか寂し気な明かりだ。この時のヴィオランテの心情を表現する為の演出。これはまあ、普通にナイスだと思う。
〈あの人の頼りない笑顔、だけど、帝国では見たことのない、優しい笑顔。信じていいの?〉
「あ、あの人の、頼りない笑顔、だけど帝国では見たことのない、優しいい笑顔。信じていいの?」
〈ひとりきり、ああ、ひとりきりだわ。真眼で分かった。私を襲ったのは、帝国の手の者……♪ 誰なの。お父様? お兄様? ここまで遠ざけてなお、私の存在が邪魔なの……♪〉
その後、私を照らしているベッドのスポットライトとは別の場所、ベッドの下の、部屋の中心辺りがチカチカと点滅を始める。これは、どういう意味なのだろう。
え? これってまさか、立ち位置? 動きながら歌えってこと? すごい演出入るじゃん。
これ、いつかダンスもくるぞ。立ち位置どころか、足や手の動きなんかの指令もくるに違いない。嫌過ぎる。嫌、過ぎる。
「ひとりきり、ああ、ひとりきりだわ…………」
その場で歌詞を口ずさんでも次の歌詞が表示されない。やはり移動しながら歌え、という意味だ。やれやれと私はベッドから降りて、移動しながら歌う。これ、この部屋に私しかいないのよね? なんでこんなに行動制限されなきゃいけないわけ?
「ひとりきり、ああ、ひとりきりだわ。しんがんでわかった。わたしをおそったのは、ていこくのてのもの……♪ だれなの。おとうさま? おにいさま? ここまでとおざけてなお、わたしのそんざいがじゃまなの……♪」
投げやりになり、棒読みで歌詞をなぞってやる。これも注意されるかと思ったが、意外にもそのまま歌詞は続いていく。ふうむ、棒読みは問題ないのか。実際、歌の上手さまで判定され始めたら、私一生かかっても先に進めない自信がある。これはある意味ラッキーかもしれない。
「けれど、わたしはまけない。くじけないわ。ていこくをおわれ、おうこくにさしだされても、わたしじしんはさしださない。わたしのいきかたはわたしがきめる。どこだろうと、さきほこってみせるわ。ああ、そう、わたしこそ、ろんりねすぷりんせすうううううううう♪」
頑張ってそこまで歌いきると、フッと、照明が部屋全体を照らし、元通りになった。
そして、しばらく待ってみても、新しい歌詞カードは浮かんでこない。
耳をすますと、カチコチと、時計の針がしっかりと進んでいる音も聞こえる。
…………どうやら、ミュージカルパートは無事に終了したようだ。
私はどさりとベッドに倒れ込むと、ほうと安堵の息を吐いた。
「…………疲れた」
目を閉じると、あっという間に深い眠りに落ちていった。
一章終了です。二章はストックが溜まり次第、投稿します。
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