18 名メイド、セバスチャンヌの考察は大体正解
「まったく、とんでもない国に来てしまいましたね!」
私と二人になった後、セバスチャンヌが頬を膨らませてぷりぷりと怒る。
宰相が突然消えた為、本当にかわいそうに、フィンセント様はたいそう気まずそうにペコペコと頭を下げながら私の部屋を後にしたのだった。
「まったく。謝罪だったのか嫌疑だったのか、挙句は自分が怪しまれるやいなや、ニヤニヤしながら黙って魔法で消える、ですって!!! なんてこと! 信じられないわ~~~♪」
まずい、チャンヌちゃん。興奮してちょっとミュージカルになっているじゃないか。
「セバスチャンヌ、落ち着きなさい。だけど、この調子なら身体がなまることはなさそうね」
それはまさにヴィオランテ節。呆れたように見据えるセバスチャンヌの瞳の奥にも、どこか楽しそうな輝きが灯っている。そう、ヴィオランテとセバスチャンヌはずっとこんな世界で生きてきた、まさしく戦友なのだ。
「まあ、姫様ならそういうと思っていましたけど。それにしてもついて早々、婚約の儀で命を狙ってくるなんて…………これって、まさか第八皇……」
「チャンヌ。めったなことは言わない方がよろしくてよ」
「…………ぬう、ごめんなさい」
ちょっとしゅんとなるセバスチャンヌ。超可愛い鬼萌える。
だけどセバスチャンヌもこれが純然たる王国の仕業だなんて思っていないわけである。勿論、警備を怠った王国側を責めるのは当然のことなので、彼女の言動はまったく矛盾していない。
「…………だけど、第八…女は戦争反対派。戦争ではなく世論を味方につけて皇位を狙っている筈。つまり、帝国の仕業となって王国との戦争が再開した場合、利を得るのは武闘派、戦争推進派の、第一皇子殿下筆頭に第二、第三、第四、第六、第九、第十四皇……」
「チャンヌ」
「……はい、ごめんなしゃい」
原作勢ならこの場面のセバスチャンヌが大好きである。その名も「真相のチャンヌ」。この時のセバスチャンヌの推理がほぼほぼ真相で、要は序盤で婚礼の儀にまつわる陰謀の謎をこの赤髪ロリメイドは突き止めているのである。
それをヴィオランテが妨げているので、この時は「真相のチャンヌ」と対を成す「無能のヴァイオラ」という呼称がされている。これは物語全般で度々見受けられる状況で、セバスチャンヌが鋭い考察(ほぼほぼ正解)をして、それをヴィオランテが妨げる、という展開が多くある。
「あなたも今日は疲れたでしょう。もう下がって休みなさい」
「はい。お嬢様。おやすみなさい」
あれだけ歌ったのだから、疲れただろう。恭しく頭を下げると、セバスチャンヌも部屋を後にした。
一人になった私はベッドに潜り込んで、考える。色々なことを。
まず、私がいる世界は『ロンリネス・プリンセス』の世界。しかも2.5次元、ミュージカル版。ひょっとしたらゲーム版、アニメ版等、すべてが混ざっているのかもしれないが、それでもミュージカル版の「異質感」が際立っているので、私の体感としてはかなりミュージカルの印象が前面に出てしまっている。
2.5次元版、実際には観てはいないんだけど、筋は知っている。というか、原作愛に溢れた作品で、完全にゲームやアニメを踏襲しているらしいので、世界観的にはロンプリ世界そのものである。ただ、さっきみたいに、要所要所でミュージカルが行われて、それに私のパートがあったなら、参加しないと時が進まない、ということだけ。
「だけ? 何がだけなの? とんでもないことだわ。信じられない。よりによってミュージカルなんて……」
昔からミュージカルだけは受け入れられなかったのだ。だって、突然人々が歌いだすって、おかしくない? 世界として、怖いじゃない。今日もそうだった。目の前に死体がゴロゴロ転がっているのに、フィンセント様が突然歌い出して。恋を語り出して。
更に更に周りの人も、アンサンブルって言うんだっけ? 練習もしてないのに合いの手みたいな歌詞を挟み込んで見事に歌い出す始末。
あんなの、不自然過ぎる。思い出すだけで背筋がゾワッとしてしまうわ。
昨日の夜はあれだけ嬉しかったゲーム内転生も、ミュージカル転生と分かった今、半減どころではない。今すぐ元の世界に帰りたい。
現実的に私が死んでいるのかどうかは分からない。この世界で死んだら戻れるかもしれないけど、それを「かも」で行動に移すなんて恐ろしことは出来ない。
それならば、やはり私は物語に沿って行動をするべきだと思う。
ストーリーは完全に把握しているし、ヴィオランテと私の知識、身体能力が合わさって、戦闘に関しては特に心配していない。何度でも言うが、歌さえなければ、何の問題もないのだ。
今日襲ってきた連中の目星はついている、というか犯人自体知っている。セバスチャンヌの読み通り、第二、第三、第四、第六、第九、第十四皇子派閥である。彼らが王国側の公爵筋を口車に乗せて、刺客を手配したのだ。帝国側からすると、成功すると皇女暗殺の責任で王国へ攻めこめる。失敗して帝国筋の刺客だと発覚しても、王国からの非難を宣戦布告とみなして攻め込める。いや、本当ただのヤ〇ザじゃないか。その状況にしない様に私は刺客を皆殺しにしたし、ニヤリンコも帝国へはすぐさま謝罪の報を送っている筈だ。
チャンヌの読みで一つ違うのは第一皇子のお兄様ヴィクトルは案外ヴィオランテを好きなので、この件には絡んでいない。
ちなみに私を王国に輿入れさせたのは帝国の第八皇女イクセラ。第四皇妃の母の本家筋であるイプシロミス公爵家の完全バックアップを受けて、私を王国へ飛ばしたのだ。
サブリミナル王国が貴族達の利権争いが盛んなように、グランセイバー帝国では王族間の皇位争いが盛んも盛ん。それもお父上であられるクレイジーウォール陛下が名言しちゃっているから。「皇位継承権の序列等、ただの数字に過ぎない。要は最後まで生き残った我が血を引く子が、皇帝になればいい」と。なんなら「血を引かずとも、騎士だろうが民兵だろうが、奴隷だろうが、我が首を刎ねたものが次の皇帝でもかまわん」とも明言している。まあ、これは初代皇帝がそもそも奴隷出身から剣一本で成り上がったという、帝国イズムなんだけどね。起源を否定すること自体が、帝国を否定することになるわけだ。
つまり、私の輿入れも完全に帝国間での皇位争いの一環である。さっきも述べた第八皇女イクセラの勢力。私の腹違いの妹で、彼女自身はプライドだけが高いだけのどこにでもいる皇族だけど、要はその母親、第四皇妃プリネシルレラが権力を得ることにのみ関心があり、そのことに命を懸ける女性なのだ。まあ元は三代前の皇帝を輩出したイプシロミス公爵家の血筋だから、自分の派閥から皇帝を出したいという気持ちも分からないでもない。「イプシロミス公爵家総意」を具現化した女性である。帝国は歴史的にも女帝も存在するから、イクセラを即位させることも可能だろうが、プリネシルレラ皇妃が公爵家の親戚筋から配偶者を連れてきて、その男を皇位に着かせるのが無難だろう。
その策略の手初めとして、皇女の中でも一番武勲が高く、皇帝の首をも刎ねる戦力を持っていた私を失脚させたのだ。
軍を任されていた、先日まで数万の兵を率いていたヴィオランテが、議会の決議が出た瞬間、帝国軍の将軍職を更迭され、数日後にはたった一人の従者を連れて輿入れなんて、皇位争いでみると、完全なる敗者でしかない。
命を奪われなかっただけマシ、という意見もあるけど、これは「魔眼の戦姫」と謡われていたヴィオランテからすると、殺されたり、それこそ凌辱されることよりも屈辱なことなのだ。その威力を第八皇女勢力も理解している。
そもそもヴィオランテは皇位争いには参加していなかったんだけどね。武力、カリスマ共にダントツで一番の力を持つ第一皇子ヴィクトル兄様から、自分の派閥に入るなら兄妹の中でもヴィオランテの命だけは助けてくれるという申し出があったが、「興味ないので」と返して逆に気に入られてしまったまでの話だ(このエピソードはヴィオランテらしくて好き)。
まあ、第一皇子ヴィクトルとヴィオランテは母親も同じ、正妻である皇后ヴィエラの子で、更に完全脳筋の武闘派なので、気が合うに決まっているんだけど。
諸国との戦争や蛮族の討伐で二人の軍は協力して、武人、軍人としての信頼もある。
逆に第一皇子の庇護もあって、ヴィオランテは周りにも放っておいてもらっていたというわけ。だけど、それで安心してしまっていた私は、敵派閥からは第一皇子の片腕とみられてしまい、それを捥ぐために、今回の措置に繋がったのだ。私の代わりに軍の指揮権を持ち、大将には第八皇女派閥である第七皇子がついたらしいけど。まあ、まともに指揮も出来ず、初陣で命を落とすことも、知っている。
まあ、私を嫁にやった第八皇女的には、どちらかというと私には平和に王国に嫁いで、なんなら世継ぎでも作って欲しいと考えているに違いない。
私が王国に嫁いだことで幸せになり、恨みを忘れてサブリミナル王妃として帝国を統治するイクセラ陣営にアシストする、なんてことも夢見ているだろう。だが、それはお花畑でもなんでもない物語である。畑は違えど、今回の第八皇女側の手腕をヴィオランテは評価している。戦場で自身を出し抜く巧妙な策に嵌った時、また、戦場で自身を遥かに上回る武を備えた将軍と対峙した時に感じる爽快感が、彼女達の策にはあった。その証拠に皇帝陛下も認めたのだ。当人である私も同じくである。
戦場で策に嵌めた智将に、恨みなど抱かず、敬意の念で称えるのと同じように、彼らは私を見事制圧したのだ。
なので、すなわちヴィオランテは投げやりでもなければ、復讐に燃えまくっているわけでもない。
ただ、与えられた場所で、どう自分らしく生きるか、自分らしく咲くか。それが彼女の生き方の、全てであった。