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17 怪し過ぎる宰相、ニヤリンコ・ゲボゲボ

 婚約の儀にて婚約者が命を狙われているにも関わらず、動くことも出来なかった。自分は護衛に守られ、ただただ傍観しただけ。

 更にはその刺客達を婚約者一人で返り討ちにしてしまったとくれば、男性としてはプライドが傷つけられる出来事だっただろう。だけど、そもそも私とフィン様はキャラ的にも、ステータス的にも畑違いなんだから、仕方がない。

「殿下が私を助けようと、護衛騎士に声をかけ、押しのけて前に出ようとされていたことは気が付いていますよ。そのお気持ちだけで、十分です。王国の未来である殿下にお怪我がなくて、良かったです。あの場での護衛騎士の行動の優先順位も、何も間違ってはおりません。ですよね、宰相殿?」


 私の問い掛けに、ニヤリンコはニヤニヤしながら頷いてみせ、喰いついてくる。

「そのとおりですぞえ。あの場での護衛騎士の動きに問題はありませんでしたぞえニヤニヤ。まずは国王陛下、次に王妃殿下。そして三番目に王太子殿下。その次の四番目こそ国賓の皇女殿下でありました。刺客はその優先順位をも計算に入れて、皇女殿下の護衛が段階的に遅れるのを見越して、襲撃してきたものだと、我々は考えておりますぞえ」

 宰相とセバスチャンヌの対決も一応落ち着いたようでいつの間にか私とフィン様の会話に入ってきていた。ここからミュージカルにはならないように、気を付けよう。普通の会話、普通の会話。


「お言葉ですが宰相閣下。メイドの私が見ていた限り、あの場では優先順位といいますか。姫様の護衛を度外視しているようにも見えたのですが」

 これだけは言っておきたいとセバスチャンヌも言葉を挟む。ニヤリンコの言っていることも、セバスチャンヌの客観も、どちらも間違っていない。あの場にいた皇族、貴族達からすると「あの姫は誰からも守られる価値がない」と認識されたに違いない。

 まさにロンリネスプリンセス、と。


「ニヤリンコ。だけど、私はあの時の措置には今でも納得はいっていません」

「王太子殿下。いつも言っていますが、殿下のその意思を反映したいのでしたら、やるべきことは分かっていらっしゃいますぞえ? ニヤニヤ」

「……はい」

 ここも初見だとニヤリンコがニヤニヤしながらフィン様を一言で説き伏せていじめているように感じられるシーンなのだが、真意はまったく逆である。いずれ王になるフィンセント王太子殿下に、王族規律の仕組みを変えていく為に、成すべきことを成されて下さいと、諭しているのだ。幼少の頃からフィンセントの先生をしてきて様々なことを教えてきたのは、ニヤリンコなのだから。


 そんなニヤリンコに助け舟、という訳でもないのだけど、私は少し投げやりに意見を述べる。

「まあ、刺客といいましても今夜ご覧になった通り、私にとっては特に取るに足らない輩ではありましたけどね」

「ニヤニヤ! その件に関しましては、私も同感でございます」

「ほう?」

 セバスチャンヌの眉がピクリと持ち上がる。賊の侵入を許した王国のお前が同意するな、という意味だろうが、私は片目を瞑って従順なメイドの口を塞ぐ。

「ヴィオランテ皇女殿下のお命を狙うにしては、確かにお粗末な刺客であったと、私も理解しておりますぞえ。ニヤニヤ」


「どういうことですか、ニヤリンコ?」

「皇女殿下の実力を理解していなかったのですぞえ」

 ニヤリンコの言う通り。普通の皇女様を殺そうと思っていたら、刺客は3人でも寄越せば簡単にその命を奪うことが出来るだろう。だけど相手は帝国の戦姫。魔眼の戦姫ヴィオランテである。

「そう考えますとニヤニヤ。私が刺客を送るのでしたら、20人ですぞえ。それも、最低で20人。ベストは35人は欲しい所ですぞえ。まあ、かといって有象無象ですと無敵と名高い魔眼の力で一気に無力化されてしまいますぞえので、一番手、二番手、三番手、終の手と、班を分けて行動させますがぞえ」


「それは宰相様。今回の刺客がご自身の手の者ではない、という申し開きでしょうか? それともその申し開きを理由に『自分が首謀者ではないという証拠』を偽装した、裏の裏をかいた、工作でしょうか?」


 かなり攻めた私の問い掛けに、フィンセント殿下は息を呑む。宰相ニヤリンコにそこまで考えが及ぶのなら、自分が疑われない為に、今回の10人という少数の刺客を用意することが可能ではないか、という私の反論である。

 暗に、今回の件はあくまで王国の責任であって、貴方が被害者であるヴィオランテの前で持論を述べる権利等はない、と釘を刺しているのだ。貴方はただ、厳正な調査の上、首謀者と真実のみ壇上に捧げればいいのよ、と。


「…………」


 当のニヤリンコはというと。

 しばらく、じっくり40秒ほどニヤニヤ、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて黙った後、すう……………………とゆっくり魔法で霧の様に、姿を消していった。


「え? ニヤリンコ? 宰相? 消えちゃった? え? 今の流れで黙って? え? え?」


 宰相が黙って消えて、一人残されかわいそうに、慌てるのはフィンセント様である。

 ニヤリンコの行動に驚愕を覚え、私の部屋をきょろきょろと歩きまわって宰相の名を呼ぶ。

「ニヤリンコ? どうしたの? ニヤリンコ?」


「……怪しい。怪し過ぎます。姫様。あの宰相が首謀者なんじゃないですか?」

 セバスチャンヌもじとりと疑わしき眼差しで私に言ってくるが、彼が首謀者でないことを、私は知っている。


 時計を見ると今は午後10時。


 午後10時はニヤリンコが飼っているペットの猫ちゃん、ちゃんまろくんに餌をあげる時間なのだ。かつて何度かちゃんまろくんの餌やりを忘れてひもじい思いをさせてしまったニヤリンコはそのことを悔い、午後10時になると自動的にちゃんまろくんのいる自室へと自身を転送する魔法を施しているのだ。

 だから、今も会話中に午後10時になった時点で、自動的にニヤリンコが消えただけの話である。ただ、これは実際ゲーム内では一度も説明はない。ちゃんまろくんはその姿すら見せないしイラストもない。だけど、度々ニヤリンコは先程の様に大事な場面で、すうっと消えていくのだ。


 大事な話の途中で黙って出て行ってしまうから当然怪しいし、初プレイのユーザーからしてみれば、訳が分からない。

 追及されて突然いなくなる宰相に「これはバグでは? またはテキストと立ち絵の差し込みミス?」とゲーム会社に複数連絡がいった程である。

 それについて、ゲーム雑誌のインタビューでプロデューサーの柳田諒氏がたった一度だけ発言している。

 なんでも元々はニヤリンコが消えた後を追うと、自室でちゃんまろくんの餌やりをしている、というほのぼのストーリーがあったのだが、製品版のイラスト、テキストデータが重くなってしまい、泣く泣くその部分を削ったのだという。ただ、度々消えるニヤリンコを修正すると全体的なストーリーや場面を50箇所は弄らないといけなくなる為、消える演出はそのままにして、かくして種明かしは闇の中、「午後10時になるとニヤリンコがすうっと消える」という部分だけが残ってしまったということである。

 全てクリアしても消えるニヤリンコの伏線だけは回収されず、ただただ怪しまれるタイミングで毎回消えるニヤリンコを指して「10時の鐘で消えるキエリンコ」という通称まで生まれるのだった。


 ただ、私はその事情を全て知っているので、キエリンコに惑わされずにストーリーを進めていくことが出来る。


 さて、消える前に述べたニヤリンコの見解だが、あれは完全に正しい。

 刺客を放った首謀者は私の実力を見誤っていたのだ。私がたったの10名の刺客に遅れをとる筈がない。

 だが、実はこれは別の解釈も出来る。

 元々殺す気はなく、私から返り討ちに合わせるのが目的で、なんならそれが帝国の差し金であることが発覚しても構わない、という大胆な解釈である。

 ニヤリンコは現時点でその解釈に当然気が付いているが、敢えて「気が付いていないふり」をしている。

 現時点で帝国の仕業だと露見したからといって、王国に利益などない。

 それを追求すればまた戦争である。戦争になり、帝国が本気になると王国は三日で滅ぶ。降ってわいてきたこの輿入れを無事に進めることは王国にとって、重要な政治案件なのだ。帝国が戦争推進派、反対派で揺れている現状こそが、王国が生き残る為の細い、風が吹けば切れてしまう程の生糸程に脆い、だが、唯一の糸口なのだ。慎重にならざるを得ない。


 更に、戦争となると一人王国へやってきた皇女はどうなるか。国賓が一瞬で捕虜である。勿論、帝国は皇女だろうが気にも留めずに侵攻してくるだろう。元々、嫁に送った時点でヴィオランテは流刑と同様だったのだ。


 ニヤリンコは、そんなヴィオランテのことも現時点で案じている。まさしく賢臣であった。


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